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第0章 神話に残る能力で
神の残渣<ざんし>
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「1日でなんて、絶対ムリだってば」
ラウラの視線が突き刺さる。だが、俺もここで退く気はない。
「今日中にやりたいんだ。頼むよ!」
「……はぁ……」
「別に宿を使うのはいいよ、みんなのためだもの。でも……」
「大丈夫、ラウラ」
俺の目に、青い炎が宿る。
「いざとなったらこの村ごと、俺が2倍のサイズで建て直してやるッ!」
外壁や家をすべて強化するには素材が足りない。
だから、今はこの手がベストなはずだ。
……たぶん。
「ふーん」
ラウラがまた、耳を指差した。
「強がっちゃって」
「……うるせー」
不安があるのはバレバレだ。
思わずため息をつく。と同時に、吹っ切れて笑いが込み上げてきた。
失敗を考えていても仕方ない。
今できる最善を尽くすしかないのだ。
「で、前は誤魔化されたけど、イツキってどれくらい天才なの?」
騎士たちに、布団を投げたときのことだろう。
インベントリ云々を説明するのは気が引けて、あの時は逃げてしまった。
この作戦を進めるとなれば、もう隠すことはできない。
「一日……、一晩あれば、簡単な城を造るくらいはできる」
これまでのロークラ人生を糧に、誇りと自信をもって告げた。
ラウラが少し呆けた表情になる。
「イツキ、そんな顔できるんだね」
「俺はいつだってこんな顔だよ」
「はいはい」
どうやら、俺が本気であることは伝わってくれたらしい。
「でも、とりあえず人手は必要でしょ? 早速、私がみんなに声をかけて……」
ラウラが立ち上がり、外に行こうとしたときだった。
宿の外で、ざッ、と足並みがそろう音が聞こえた。
ウソだろ! もしかして、もう襲撃が来たってのか!?
軽い音がして、宿の扉が開かれる。
その先に居たのは、冒険者たちだった。
「……イツキ、話は全部聞かせてもらった」
「サルートル……それに、みんなも……?」
一瞬の不安は的中せず、冒険者たちは一様にニヤリとしている。
「深刻そうな顔で走っていくから、何かと思って聞いていれば……イツキは心配性だな」
「宿の外まで丸聞こえなんだよ。ちゃんと壁を直しとけ、バーカ」
アベルが力強く俺を指差す。
「ただ――今までのお前から……村を守りてぇっていう気持ちは確かに伝わった!」
「アベルと意見が一致するのは癪だが……私も同感だ」
サルートルは深く息を吐いた。
「君にしかできないことは多いだろう。でも、私たちだってこの村を守りたいんだ。どうか、手伝わせてほしい」
「……いいのか?」
冒険者たちを見る。彼らはお互いに目を見合わせて、誰彼となくうなずいた。
村が好き。
その気持ちで団結した彼らを見て、熱いものがこみ上げてきた。
「みんなありがとう! 今日は忙しくなるけど、よろしく頼む!」
「おうッ!」という返事が重なる。
◇◇◇
作戦内容はこうだ。
宿屋を要塞に改造し、地下にシェルターを掘って外の森まで繋げる。
村人達はいったんそこに避難させて、一夜を明かしてもらう。
同じタイミングで、壁の周囲には冒険者を立たせて警備し、ヤバくなったら要塞に撤退する。
あとは要塞で籠城戦をしながら、村人たちが森に逃げるまで待つ。
最後に俺がトンネルを自動建築機で無理やり広げ、石壁に詰まった泥を流し込んで通行止めだ。
もちろん作戦の実行には、村人の協力が不可欠。
冒険者たちは「連絡は俺がやる」「警備は俺が」と、自分たちで役割分担をしてくれていた。
一通りの要請を終え、質問がある人はいないか聞くと、ラウラが手を上げた。
「はい、ラウラさん」
「これって、イチから建てたほうがいいんじゃない?」
「いや。今も監視されている可能性が高い。いまある建物を強化する形にして、出来る限り目立つのは避けたいんだ」
テンションが高くなっていて、勢いで彼女の肩をがっしりと掴んだ。
「だから……君の助けが必要だ、アルトラウラ」
「わ、わかった」
「では他に、質問のある方!」
俺の興奮具合に若干引きつつも、特に質問はされることなく、冒険者たちはぞろぞろと宿屋を出て行った。
図面は俺の頭の中にある。あとは、それを形にするだけだ。
深く息を吐いて、インベントリに手を伸ばす。
ラウラが声を上げた。
「……ねえイツキ」
「何?」
「どうして、あなたはそこまでしてくれるの?」
「ここは、俺の……」
続けようとして、彼女の目が俺の耳を追っている気がした。
気恥ずかしさを察されたくなくて、俺はインベントリを漁った。
◇◇◇
「イツキ! イツキ!!」
「んだぁ……今日は……魚がいい……」
「目を覚まして!」
バチン! と激しい一撃を頬にもらって、俺は強制的に目覚めさせられた。
「いった! あ!? ああ、アルトラウラさん……おは、ようございます」
「寝ぼけてる場合じゃない! アイツらが来たの!」
「……!」
すぐに飛び起きる。
食堂の床に開いた穴から、不安そうな顔をした村人たちが、小さく押し殺した声で何やら話をしている。
見渡すと、すでに冒険者たちは完全武装して、目を血走らせていた。
「状況は!」
「……完全武装の奴らが、ワケの分かんねぇデカい武器で鉄の門をなぎ倒して、そのまま村に押し入ってきた! 門番は命を優先して撤退、民家は三棟やられた!」
「……イツキ、お前の言った通りになったな」
サルートルが、ドアから視線を外さずにつぶやく。
「村人と一緒に、金目のものはこっちに全部引き上げてある。ぶっ壊し損だぜ、アイツら」
アベルは、はんっ、と軽く鼻で笑った。
「こちらのほうが、一枚上手だったというわけだ」
「だが……壁は一瞬でやられちまった。なあイツキ、ここは本当に大丈夫なのか?」
「できる限りの強化はしたつもり。けど、絶対に大丈夫かというと……分からない」
「分からない、か……」
「大丈夫だ。イツキが気にすることじゃない。アベル、イツキはよくやってくれた。だろう?」
「……そうだな」
アベルから漏れたため息。ふーっと、様々な感情が含まれたその息が、唯一の音になる。
彼らにとって、ここは家なのだ。石垣をも一瞬で壊す兵器……その危機感は計り知れない。
「実はな」
アベルが、ちらりと俺を見た。
「アイツら、交渉材料として『お前』を要求してるんだよ」
「お、俺?」
俺はこの村とは無関係の……という訳でもないが、お客さんのような存在だ。
そんな俺を最初から指定してくるなんて、やはり襲撃者は――。
――ザイフェルト。ならず者の親玉。
きっとあいつだ。
あいつは言っていた。『お前みたいな能力のあるヤツは、絶対に最初から狙われる』と。
「……分かった」
仕方ない。俺が出て行って時間を稼ぐしかない。
相手の本当の強さがわからないんじゃ、ここだってどのくらい持つか分からないのだから。
「おい、何が分かったんだ」
俺が一歩踏み出したところで、アベルがその前に立ちはだかる。
「何って……そいつらの要求は俺だろ」
「待てイツキ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
サルートルも、じとっと冷たい目で俺を睨む。
「分かってるよ。でも、いきなり殺したりは……」
しないはず。だって、そんな事をしたら交渉の意味がない。
そこに、はぁ、とアベルが深いため息をつく。
「あいつらがお前を呼ぶ理由が、『邪魔なイツキという男を殺したいから』じゃないなんて、お前に分かるのか?」
「いいか、イツキ。あいつらは本気だ。そのくらいはやる。お前だって自分で当ててみせたじゃないか。奴らはプロだと」
「……」
大丈夫だ。俺が出て行って何とかしてやる。
そう言いたかった。だけど、体が勝手に震えている。今は、この異世界が俺のリアル。
死んだら、肉体も精神も、現実世界で死ぬのと変わらないんじゃないか。
そう、ここは現実……。
ちょっと止められただけで覚悟が揺らぐなんて、俺は惨めだ。
冒険者たちは、みんな体を張って村を、ラウラを、そして俺を守ろうとしてくれているのに。
俺には、その勇気がない。
「下がってろ」
アベルは俺の心中を読んだのか、にやっと笑って一歩前へ進み出た。
「待てアベル、俺が……!」
「聞いてくれ、イツキ。これで大丈夫だ。お前を差し出さない限り、奴らはこちらに危害を加えられない。お前の手がかりがなくなっちまうんだからな」
「でも……!」
嘘だ。危害を加えない根拠なんてない。拷問……脅迫……手段なんていくらでも――。
「――私たちは君を信じたぞ、イツキ。君は、私たちを信じてくれないのか?」
サルートルの言葉に、俺は何も言い返せなかった。
◇◇◇
アベルとサルートルが、宿の外へと出ていく。
俺は急いで2階に上がり、壁を少しだけ開けて隙間から外の様子を覗いた。
こんな状態、信じて待てと言われても無理だ。
ピンチになったら――。
俺はインベントリを開く。
そこには、例の『布団』があった。
「……遅いですね」
黒い甲冑を身にまとった男は、飽き飽きしたように深いため息を漏らした。
故意に聞こえるように発されたその声音はしかし、今までの『ならず者』とは全く異なる口調だ。
しかし、その声には聞き覚えがあった。
宿の外にいるのは、その一人だけ。そこにアベルとサルートルが近づく。
「どうも、先ほどは逃げている所を追いかけてしまって申し訳ありません」
「……」
「それで、彼を引き渡すという話は……了承して頂けましたか?」
「フン。あいつなら、もうここにはいねぇ」
「いない?」
アベルは腕を組んでのけぞっている。
その姿勢は、剣も抜きづらいしあんまり良くないんじゃないか、とは思うが……。
彼なりの威嚇のポーズなのかもしれない。
「奴なら、ちょちょっと壁を直してどっかに消えたぜ。なァ?」
「ええ……彼は旅の大工らしくて。こちらの問題に巻き込むのは酷でしょう? そういうわけで、彼は居ません。お引き取り願えますか」
「ほう……」
「ねえ、イツキ……」
「ッ!? ……ラウラか……何?」
後ろから話しかけられ、俺の体が跳ねる。
「ここ……大丈夫なんだよね?」
「素材は頑丈だから……多分。……破壊されるよりも、村人全員分の食料があるか、そっちのほうが心配かも」
冗談めかして答えると、ラウラがじっと俺を見た。
「こんなときに言うことじゃないかもしれないけど……オジーチャンの姿が見えないの」
「え……もう地下壕に避難してるんじゃないの?」
「ううん、普段はうちの裏庭にずっといるんだけど……今日は朝からいなくて……」
野生の勘が働いたのだろう。散々ラウラのお世話になっておいて薄情な気もするが、動物だからな……。
「オジーチャンは、そこらの草を食べていればどうにかなる。そのうち戻ってくるさ」
「……それに……朝からペンダントもなくて……」
「ペンダント?」
「ほら」
ラウラが自分の首元を指す。
もしかして、彼女と最初にあったとき首にかけていたものだろうか。
普段はあんまり印象になかったが、言われれば時々していたような。
「あれ、とっても大切なものだったのに……落としちゃったのかなぁ……」
「大丈夫。あいつらが帰ったら、オジーチャンも帰ってくるし、ペンダントもゆっくり探せる。俺も探すの手伝うから」
パァン!!
急に乾いた音がして、俺とラウラは肩をビクつかせた。
間違いなく、音は外からだった。
慌てて、俺は外を覗く。俺の頭の上から、さらにラウラが覗く。
石畳に穴が開き、煙が吹き上がっている。
「次は外しませんよ」
アベルの頬を裂く、一筋の線。
そこから赤い血が、ゆっくりと垂れ流れている。
彼は瞬き一つせず甲冑の男を睨みつけていた。
「何度言われても答えは変わらねえ……アイツはここにはいない」
「……強情ですねえ」
甲冑の男が、歴史の教科書でしか見たことのない武器に火薬を装填していた。
長筒の先端に火薬を詰めている。あれは、『火縄銃』……?
「それでは、まずは見せしめとして……」
「待て!!」
思わず二階の壁の隙間から、大声で叫ぶ。今すぐにでも撃つ、そういう雰囲気だったからだ。
俺は叫ぶのとほぼ同時に壁に手を這わせ、周囲を一気に『収納』して、反対の手から『布団』を投げつけていた。
甲冑の男はそのトラップに、引っかか――らなかった。
視界をアベルから外さず、火縄銃の狙いすら変えずに、後ろに一、二歩下がっただけ。それだけで、避けた。
もちろん、何かが飛んで来たら避ける、というのは戦闘では基本かもしれない。
だが、布団が奴のもとに届くまで1秒の猶予もなかったはずだ。
「まったく……いきなり物を投げるなんて」
甲冑の向こう側の表情が、俺にも透けて見えるようだった。
じぃっと、サルートルの目が俺を冷たくにらみつけている。……勝手に姿を晒したからだろう。
アベルだけは額の冷や汗を拭い、肩を下した。
「いるじゃないですか」
甲冑の男はにやりと笑って、銃口を下に向けた。
「私は、あなたに用事があって来たのです。イツキ君」
「……俺にはないぞ」
インベントリには布団。
もう一発、いつでも行ける。
だが、不意打ちで避けられた攻撃が、アイツに通用するのか?
「手荒な真似はしたくありません。できる限り無傷であなたを連れ出したい」
「だからイツキは関係ねえだろって――」
「私が要求しているのは」
アベルの声を遮って、甲冑の男が声を張る。
「この村の全財産です。そしてイツキ君は、この村の財産そのもの」
「嬉しいお言葉だけど……俺はモノじゃないんでね」
「財産ですよ。モノって訳じゃありません」
男は甲冑の庇を開けた。
「お久しぶりです、イツキ君。いや……お久しぶりというには、あまりに日が浅いでしょうか」
「……やっぱりお前か……ザイフェルト」
彼の表情は、これまで見た山賊らしき風体とはまるで違う。
凛々しく、またどこかに無礼さを乗せた、野武士のそれにも近いように感じられた。
「ずいぶん口調が違うな」
「あのような話し方は本意ではありません。……目的のための役作り、とでもいいましょうか。こちらが、私の本来あるべき姿です」
「どっちが本当のお前かなんて、俺には興味ないけど」
「……二階と外では話しをしづらいですねえ」
俺はちらりと後ろを見た。ラウラが、心配そうな顔で俺を見ている。
「……それじゃあ、冒険者たちを全員一度開放してくれ。代わりに俺がそっちに出向く」
「イツキ!」
「いいでしょう」
サルートルの怒りの目を、ザイフェルトの声がかき消す。
「先に、冒険者を全員建物の中へ。それから俺がそっちへ」
「ふむ……」
彼の目が、じろじろと宿屋を見る。
細かくパーツを切り替えているが、見た目だけなら昨日までとまったく変わらない「古ぼけた宿屋」だ。
俺だって、ぱっと見たくらいじゃ要塞化されているなんて思わない。
「……まあ、いいでしょう」
ザイフェルトが目配せをすると、冒険者たちは彼から目線を切らずに、じりじりと後ろに下がっていき、やがて全員宿屋の中へと避難した。
建物の内部を通して、彼らの呼吸が聞こえる。
「これで全員です。次はあなたがこちらへ来る番ですよ」
「まあそう焦るなよ。俺、まだ寝間着なんだ。着替えるまで待ってくれない?」
ザイフェルトの目の色が、明らかに変わった。
俺は、振り返ってラウラに小さくささやく。
「下の扉、鍵をかけて外から開かないようにして」
ラウラは、察したように頷くと一階に飛び出していった。
俺は再び、壁の外を見る。
「イツキ君。私は、そこまで気が長くないものでね」
「昨日の、あのゴロツキみたいなのは演技だったんじゃ?」
「人間の本質はそう簡単に変えられません。半獣のあなたには通じない理屈かもしれませんが」
彼の口角が、くいと上がった。
「着替えには、どれほど掛かりますか」
銃が、首をもたげる。
あれが火縄銃だとしても、撃たれればもちろんタダじゃ済まない。
「なんだ。無傷で連れて行きたいんじゃなかったの?」
「……あなたは、その説明が必要なほど愚かではないでしょう?」
「そうだな……まあ、ちょっと待ってよ」
俺は、軽く咳ばらいをした。
「あのさ、どこに連れていかれるわけ? それによっても服は変わってくる」
「それは秘密ですが、まずは馬車のようなものに乗ることになるでしょうね。正直全裸でもいいくらいです」
「そりゃ困る。寒いのは苦手だ」
「獣人は寒さに強いと聞きますよ。なんなら、どこか途中の町で好きな服を買ってあげましょう」
「敏感肌なんだよ。気に入った服しか着れないし」
たったったっ、と小さな足音がこちらに駆けてくる。そして、「イツキ、終わった」とつぶやいた。
「……よし。それじゃあ、着替えて来ようか」
ザイフェルトの目が、俺の口元をじいっと見つめている。
「ルグトニアの部隊がこっちに来るまで待っといてくれよな!」
言い切って、一瞬で壁を閉じる。よし!
「ラウラ、一階へ!」
「きゃっ、ちょっ……!」
俺は彼女の手を取って、一階へ向かった。
「みんな聞いてほしい!」
外に聞こえないように気を付けつつ、俺は声を張る。
「今から、すぐにトンネルを通って逃げてくれ! 時間はここで稼ぐ!」
ばんッ!
どごッ!
建物を殴りつける音。砲撃の音。軽い衝撃。
梁からホコリが落ちてくる。
壕の中に隠れていた村人たちにもその衝撃は伝わったらしく、どよめきのような声が漏れ聞こえてきた。
「おいおい……あいつらは鉄の門をぶっ壊してこの村に来たんだぞ! 鹿の脚亭なんてひとたまりもない!」
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように、そうつぶやく。
「この建物の強度は、鉄の門より遥かに上だ。大丈夫……!」
「大丈夫ったって……」
轟音に合わせて、壁が揺れ、天井がきしむ。
だが、揺れ以上のことは起こらない。
ありったけの資材を注ぎ込んで作ったこの要塞が、この世界でも通用するなら……。
少なくとも人力や火縄銃で壊すことなんて、到底不可能だ。
「いいから、早く! ここは平気だ!」
実際、プレイヤーはそういう能力を発揮して大活躍したという。
だったら、この世界で作られたものより『ロークラ』のMODアイテムの方が強い……はずなのだ。
ただの剣や大砲で壊せるんだとしたら、夢がなさすぎる。
だから、俺は信じる。MODの素材に対抗できるのは、MODの武器や魔法だけ。
ここを壊す方法は、奴らにはないはずだ。
「ここに、みんなでまた戻って来よう。そのために、命はつながないと」
残ろうとするラウラを無理やり地下シェルターに押し込んで、俺はオリハルコン製の蓋を閉めた。内側から鍵をかけるように言い含める。
宿に残ったのは既に俺だけ――と言いたいところだが、やっぱり思い通りにならないヤツってのはどこにでもいる。
2人の冒険者と俺は広間で円になって、じっと押し黙っていた。
ガタンと激しい音がして、また建物が揺れた。
外から、動物の雄叫びにも似た声が聞こえている。
外の様子が気になる。
下手に顔を出せば巻き込まれるから、安易に外を見るべきじゃない。
だけど、戦況はどこかから把握しないと。
「サルートル、この宿屋に、外から見てもバレないような窓とかはないのか?」
「さあ……イツキこそ、何か心当たりは?」
「いや……」
不気味な静寂が鹿の脚亭に広がっている。このまま過ぎ去ってくれれば一番いい。
ここに籠っている限り、相手はこちらに手を出せない。占領する事も出来ないから、タイミングを見計らって帰るしかないだろう。
とは言え、悔し紛れに周囲の家を全部壊すとか、そういう嫌がらせをやっていく可能性はある。
向こうがどんな兵器を持っているか把握して、追い払うための手を考えなければ……。
「この宿は採光性ってやつが抜群でな。日当たりの悪いのは廊下か風呂か、物置くらいしか無ぇ」
アベルは何かのカードをシャッフルしながら、ぶつぶつとつぶやく。
「……窓から以外となると……屋上くらいだな」
「屋上? 内側から上がれるの?」
「物置から上がれるらしいぞ。掃除中のラウラから聞いたことがある」
「サル助」
アベルがニヤっと笑ってサルートルを見る。
「お前の分も配ったぜ、ほら座れよ」
「……こんな時にカードなど触っていられるか」
「酒飲むよりゃマシだろ」
「そのような気分ではない」
「……んだよ」
アベルの視線が俺に移る。
「おめぇは」
「……俺もパス、かな」
はぁ、と彼は大きくため息をついて、頬の傷痕を拭った。
「イライラしてても仕方ねえっつーの」
アベルとサルートルは、ザイフェルトと戦ったとき勝つことが出来るだろうか。
ザイフェルトは剣術から魔法まで使え、鉄砲まで持っている。
アベルの手が、誰も拾わなかった5枚のカードを山の一番下に戻した。
ごぅ……。
低い音が、遠くから聞こえる。
「今の音……?」
「何か聞こえたか?」
俺の耳が、真後ろを向いている感覚があった。意識せずに、音が鳴ったほうに動いてしまうようだ。
音の方向は、正面玄関よりさらに奥。村の入り口に近い場所……?
ごッ……ぎぎぎ……。
「なんか……山崩れみたいな……地鳴り……?」
「誰か、何か聞こえるか?」
「いんや……おらっ、俺は3枚カードチェンジだ!」
どどどど……ばぎばぎばぎッ……ぎぃ……ぎぎぎぎぃぃッ……!
「……来てる……こっちに何かっ……!」
俺は階段を一段飛ばしで駆け上がる。
北側の物置部屋から屋上。
使ったことのないルートだが、物置部屋の位置は分かる。あとはそれっぽいところを伝って……最悪天井を壊して上れば……。
俺の脳裏に、ラウラがニコニコしながらハンマーを掲げている絵が浮かんだ。
安心してください、アルトラウラ様……壊したらちゃんと直しますから……。
◇◇◇
屋上にたどり着いた俺が見たのは、村の道路に立ち込めている土煙だった。
「イツキ……!」
後ろから追いかけてきたサルートルが、焦ったように名前を呼ぶ。
俺は眼下を指差した。
「あそこ……石畳のはずなのに、なんで土煙が」
「おいおい、いきなり走るなよ」
遅れて、アベルが顔を覗き込む。
「ありゃ……なんだ……」
土煙に太陽光が差して、そのシルエットが浮かび上がってくる。
この宿の3階部に匹敵する、巨大な外見。
ゆっくりとその上端が、光を浴びる。
漆黒に輝く、四本の支柱。
そこに吊り下げられた一本の槌。先端には金属光沢をもつ、禍々しい羊の顔が取り付けられている。
何らかの熱機関で動いているのか、後方からは白煙が上がっていた。
「あれは……『ノーヴァ』さんの……!」
俺は、その姿に見覚えがあった。
あれは兵器の再現建築で有名な『ノーヴァ』さんが、科学MODを組み合わせて作った『攻城兵器 破城槌《はじょうつい》MK4』だ!
ロークラで見た時も機能美に感心したものだったが、リアルで見ると羊の顔の描写のリアルさなんかは別格だ。流石実物……すごいっ!
「イ、イツキお前、なんで笑ってんだ……」
「笑ってる場合ではないぞ!」
「んな事言ったって、あれはノーヴァさんの……」
「ノーヴァだか老婆だか知らねえが、ヤバい! ありゃ『神の残渣《ざんし》』だぞ!」
「神の……?」
記憶喪失はこれだから……そういう顔で、サルートルは顔を強張らせる。
「プレイヤー達が残した神話兵器や装備をそう呼ぶんだ。信じられないほど強力で、まさに神の残滓……!」
「あぁ……」
そういえば石畳に消えたアベルの剣も、プレイヤー装備のコピーだという話だ。
いまだにそこまで知名度があるのは、実物がまだあるからなのか。
その一つが、ノーヴァさんの破城槌ってわけだ。
ラウラの視線が突き刺さる。だが、俺もここで退く気はない。
「今日中にやりたいんだ。頼むよ!」
「……はぁ……」
「別に宿を使うのはいいよ、みんなのためだもの。でも……」
「大丈夫、ラウラ」
俺の目に、青い炎が宿る。
「いざとなったらこの村ごと、俺が2倍のサイズで建て直してやるッ!」
外壁や家をすべて強化するには素材が足りない。
だから、今はこの手がベストなはずだ。
……たぶん。
「ふーん」
ラウラがまた、耳を指差した。
「強がっちゃって」
「……うるせー」
不安があるのはバレバレだ。
思わずため息をつく。と同時に、吹っ切れて笑いが込み上げてきた。
失敗を考えていても仕方ない。
今できる最善を尽くすしかないのだ。
「で、前は誤魔化されたけど、イツキってどれくらい天才なの?」
騎士たちに、布団を投げたときのことだろう。
インベントリ云々を説明するのは気が引けて、あの時は逃げてしまった。
この作戦を進めるとなれば、もう隠すことはできない。
「一日……、一晩あれば、簡単な城を造るくらいはできる」
これまでのロークラ人生を糧に、誇りと自信をもって告げた。
ラウラが少し呆けた表情になる。
「イツキ、そんな顔できるんだね」
「俺はいつだってこんな顔だよ」
「はいはい」
どうやら、俺が本気であることは伝わってくれたらしい。
「でも、とりあえず人手は必要でしょ? 早速、私がみんなに声をかけて……」
ラウラが立ち上がり、外に行こうとしたときだった。
宿の外で、ざッ、と足並みがそろう音が聞こえた。
ウソだろ! もしかして、もう襲撃が来たってのか!?
軽い音がして、宿の扉が開かれる。
その先に居たのは、冒険者たちだった。
「……イツキ、話は全部聞かせてもらった」
「サルートル……それに、みんなも……?」
一瞬の不安は的中せず、冒険者たちは一様にニヤリとしている。
「深刻そうな顔で走っていくから、何かと思って聞いていれば……イツキは心配性だな」
「宿の外まで丸聞こえなんだよ。ちゃんと壁を直しとけ、バーカ」
アベルが力強く俺を指差す。
「ただ――今までのお前から……村を守りてぇっていう気持ちは確かに伝わった!」
「アベルと意見が一致するのは癪だが……私も同感だ」
サルートルは深く息を吐いた。
「君にしかできないことは多いだろう。でも、私たちだってこの村を守りたいんだ。どうか、手伝わせてほしい」
「……いいのか?」
冒険者たちを見る。彼らはお互いに目を見合わせて、誰彼となくうなずいた。
村が好き。
その気持ちで団結した彼らを見て、熱いものがこみ上げてきた。
「みんなありがとう! 今日は忙しくなるけど、よろしく頼む!」
「おうッ!」という返事が重なる。
◇◇◇
作戦内容はこうだ。
宿屋を要塞に改造し、地下にシェルターを掘って外の森まで繋げる。
村人達はいったんそこに避難させて、一夜を明かしてもらう。
同じタイミングで、壁の周囲には冒険者を立たせて警備し、ヤバくなったら要塞に撤退する。
あとは要塞で籠城戦をしながら、村人たちが森に逃げるまで待つ。
最後に俺がトンネルを自動建築機で無理やり広げ、石壁に詰まった泥を流し込んで通行止めだ。
もちろん作戦の実行には、村人の協力が不可欠。
冒険者たちは「連絡は俺がやる」「警備は俺が」と、自分たちで役割分担をしてくれていた。
一通りの要請を終え、質問がある人はいないか聞くと、ラウラが手を上げた。
「はい、ラウラさん」
「これって、イチから建てたほうがいいんじゃない?」
「いや。今も監視されている可能性が高い。いまある建物を強化する形にして、出来る限り目立つのは避けたいんだ」
テンションが高くなっていて、勢いで彼女の肩をがっしりと掴んだ。
「だから……君の助けが必要だ、アルトラウラ」
「わ、わかった」
「では他に、質問のある方!」
俺の興奮具合に若干引きつつも、特に質問はされることなく、冒険者たちはぞろぞろと宿屋を出て行った。
図面は俺の頭の中にある。あとは、それを形にするだけだ。
深く息を吐いて、インベントリに手を伸ばす。
ラウラが声を上げた。
「……ねえイツキ」
「何?」
「どうして、あなたはそこまでしてくれるの?」
「ここは、俺の……」
続けようとして、彼女の目が俺の耳を追っている気がした。
気恥ずかしさを察されたくなくて、俺はインベントリを漁った。
◇◇◇
「イツキ! イツキ!!」
「んだぁ……今日は……魚がいい……」
「目を覚まして!」
バチン! と激しい一撃を頬にもらって、俺は強制的に目覚めさせられた。
「いった! あ!? ああ、アルトラウラさん……おは、ようございます」
「寝ぼけてる場合じゃない! アイツらが来たの!」
「……!」
すぐに飛び起きる。
食堂の床に開いた穴から、不安そうな顔をした村人たちが、小さく押し殺した声で何やら話をしている。
見渡すと、すでに冒険者たちは完全武装して、目を血走らせていた。
「状況は!」
「……完全武装の奴らが、ワケの分かんねぇデカい武器で鉄の門をなぎ倒して、そのまま村に押し入ってきた! 門番は命を優先して撤退、民家は三棟やられた!」
「……イツキ、お前の言った通りになったな」
サルートルが、ドアから視線を外さずにつぶやく。
「村人と一緒に、金目のものはこっちに全部引き上げてある。ぶっ壊し損だぜ、アイツら」
アベルは、はんっ、と軽く鼻で笑った。
「こちらのほうが、一枚上手だったというわけだ」
「だが……壁は一瞬でやられちまった。なあイツキ、ここは本当に大丈夫なのか?」
「できる限りの強化はしたつもり。けど、絶対に大丈夫かというと……分からない」
「分からない、か……」
「大丈夫だ。イツキが気にすることじゃない。アベル、イツキはよくやってくれた。だろう?」
「……そうだな」
アベルから漏れたため息。ふーっと、様々な感情が含まれたその息が、唯一の音になる。
彼らにとって、ここは家なのだ。石垣をも一瞬で壊す兵器……その危機感は計り知れない。
「実はな」
アベルが、ちらりと俺を見た。
「アイツら、交渉材料として『お前』を要求してるんだよ」
「お、俺?」
俺はこの村とは無関係の……という訳でもないが、お客さんのような存在だ。
そんな俺を最初から指定してくるなんて、やはり襲撃者は――。
――ザイフェルト。ならず者の親玉。
きっとあいつだ。
あいつは言っていた。『お前みたいな能力のあるヤツは、絶対に最初から狙われる』と。
「……分かった」
仕方ない。俺が出て行って時間を稼ぐしかない。
相手の本当の強さがわからないんじゃ、ここだってどのくらい持つか分からないのだから。
「おい、何が分かったんだ」
俺が一歩踏み出したところで、アベルがその前に立ちはだかる。
「何って……そいつらの要求は俺だろ」
「待てイツキ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
サルートルも、じとっと冷たい目で俺を睨む。
「分かってるよ。でも、いきなり殺したりは……」
しないはず。だって、そんな事をしたら交渉の意味がない。
そこに、はぁ、とアベルが深いため息をつく。
「あいつらがお前を呼ぶ理由が、『邪魔なイツキという男を殺したいから』じゃないなんて、お前に分かるのか?」
「いいか、イツキ。あいつらは本気だ。そのくらいはやる。お前だって自分で当ててみせたじゃないか。奴らはプロだと」
「……」
大丈夫だ。俺が出て行って何とかしてやる。
そう言いたかった。だけど、体が勝手に震えている。今は、この異世界が俺のリアル。
死んだら、肉体も精神も、現実世界で死ぬのと変わらないんじゃないか。
そう、ここは現実……。
ちょっと止められただけで覚悟が揺らぐなんて、俺は惨めだ。
冒険者たちは、みんな体を張って村を、ラウラを、そして俺を守ろうとしてくれているのに。
俺には、その勇気がない。
「下がってろ」
アベルは俺の心中を読んだのか、にやっと笑って一歩前へ進み出た。
「待てアベル、俺が……!」
「聞いてくれ、イツキ。これで大丈夫だ。お前を差し出さない限り、奴らはこちらに危害を加えられない。お前の手がかりがなくなっちまうんだからな」
「でも……!」
嘘だ。危害を加えない根拠なんてない。拷問……脅迫……手段なんていくらでも――。
「――私たちは君を信じたぞ、イツキ。君は、私たちを信じてくれないのか?」
サルートルの言葉に、俺は何も言い返せなかった。
◇◇◇
アベルとサルートルが、宿の外へと出ていく。
俺は急いで2階に上がり、壁を少しだけ開けて隙間から外の様子を覗いた。
こんな状態、信じて待てと言われても無理だ。
ピンチになったら――。
俺はインベントリを開く。
そこには、例の『布団』があった。
「……遅いですね」
黒い甲冑を身にまとった男は、飽き飽きしたように深いため息を漏らした。
故意に聞こえるように発されたその声音はしかし、今までの『ならず者』とは全く異なる口調だ。
しかし、その声には聞き覚えがあった。
宿の外にいるのは、その一人だけ。そこにアベルとサルートルが近づく。
「どうも、先ほどは逃げている所を追いかけてしまって申し訳ありません」
「……」
「それで、彼を引き渡すという話は……了承して頂けましたか?」
「フン。あいつなら、もうここにはいねぇ」
「いない?」
アベルは腕を組んでのけぞっている。
その姿勢は、剣も抜きづらいしあんまり良くないんじゃないか、とは思うが……。
彼なりの威嚇のポーズなのかもしれない。
「奴なら、ちょちょっと壁を直してどっかに消えたぜ。なァ?」
「ええ……彼は旅の大工らしくて。こちらの問題に巻き込むのは酷でしょう? そういうわけで、彼は居ません。お引き取り願えますか」
「ほう……」
「ねえ、イツキ……」
「ッ!? ……ラウラか……何?」
後ろから話しかけられ、俺の体が跳ねる。
「ここ……大丈夫なんだよね?」
「素材は頑丈だから……多分。……破壊されるよりも、村人全員分の食料があるか、そっちのほうが心配かも」
冗談めかして答えると、ラウラがじっと俺を見た。
「こんなときに言うことじゃないかもしれないけど……オジーチャンの姿が見えないの」
「え……もう地下壕に避難してるんじゃないの?」
「ううん、普段はうちの裏庭にずっといるんだけど……今日は朝からいなくて……」
野生の勘が働いたのだろう。散々ラウラのお世話になっておいて薄情な気もするが、動物だからな……。
「オジーチャンは、そこらの草を食べていればどうにかなる。そのうち戻ってくるさ」
「……それに……朝からペンダントもなくて……」
「ペンダント?」
「ほら」
ラウラが自分の首元を指す。
もしかして、彼女と最初にあったとき首にかけていたものだろうか。
普段はあんまり印象になかったが、言われれば時々していたような。
「あれ、とっても大切なものだったのに……落としちゃったのかなぁ……」
「大丈夫。あいつらが帰ったら、オジーチャンも帰ってくるし、ペンダントもゆっくり探せる。俺も探すの手伝うから」
パァン!!
急に乾いた音がして、俺とラウラは肩をビクつかせた。
間違いなく、音は外からだった。
慌てて、俺は外を覗く。俺の頭の上から、さらにラウラが覗く。
石畳に穴が開き、煙が吹き上がっている。
「次は外しませんよ」
アベルの頬を裂く、一筋の線。
そこから赤い血が、ゆっくりと垂れ流れている。
彼は瞬き一つせず甲冑の男を睨みつけていた。
「何度言われても答えは変わらねえ……アイツはここにはいない」
「……強情ですねえ」
甲冑の男が、歴史の教科書でしか見たことのない武器に火薬を装填していた。
長筒の先端に火薬を詰めている。あれは、『火縄銃』……?
「それでは、まずは見せしめとして……」
「待て!!」
思わず二階の壁の隙間から、大声で叫ぶ。今すぐにでも撃つ、そういう雰囲気だったからだ。
俺は叫ぶのとほぼ同時に壁に手を這わせ、周囲を一気に『収納』して、反対の手から『布団』を投げつけていた。
甲冑の男はそのトラップに、引っかか――らなかった。
視界をアベルから外さず、火縄銃の狙いすら変えずに、後ろに一、二歩下がっただけ。それだけで、避けた。
もちろん、何かが飛んで来たら避ける、というのは戦闘では基本かもしれない。
だが、布団が奴のもとに届くまで1秒の猶予もなかったはずだ。
「まったく……いきなり物を投げるなんて」
甲冑の向こう側の表情が、俺にも透けて見えるようだった。
じぃっと、サルートルの目が俺を冷たくにらみつけている。……勝手に姿を晒したからだろう。
アベルだけは額の冷や汗を拭い、肩を下した。
「いるじゃないですか」
甲冑の男はにやりと笑って、銃口を下に向けた。
「私は、あなたに用事があって来たのです。イツキ君」
「……俺にはないぞ」
インベントリには布団。
もう一発、いつでも行ける。
だが、不意打ちで避けられた攻撃が、アイツに通用するのか?
「手荒な真似はしたくありません。できる限り無傷であなたを連れ出したい」
「だからイツキは関係ねえだろって――」
「私が要求しているのは」
アベルの声を遮って、甲冑の男が声を張る。
「この村の全財産です。そしてイツキ君は、この村の財産そのもの」
「嬉しいお言葉だけど……俺はモノじゃないんでね」
「財産ですよ。モノって訳じゃありません」
男は甲冑の庇を開けた。
「お久しぶりです、イツキ君。いや……お久しぶりというには、あまりに日が浅いでしょうか」
「……やっぱりお前か……ザイフェルト」
彼の表情は、これまで見た山賊らしき風体とはまるで違う。
凛々しく、またどこかに無礼さを乗せた、野武士のそれにも近いように感じられた。
「ずいぶん口調が違うな」
「あのような話し方は本意ではありません。……目的のための役作り、とでもいいましょうか。こちらが、私の本来あるべき姿です」
「どっちが本当のお前かなんて、俺には興味ないけど」
「……二階と外では話しをしづらいですねえ」
俺はちらりと後ろを見た。ラウラが、心配そうな顔で俺を見ている。
「……それじゃあ、冒険者たちを全員一度開放してくれ。代わりに俺がそっちに出向く」
「イツキ!」
「いいでしょう」
サルートルの怒りの目を、ザイフェルトの声がかき消す。
「先に、冒険者を全員建物の中へ。それから俺がそっちへ」
「ふむ……」
彼の目が、じろじろと宿屋を見る。
細かくパーツを切り替えているが、見た目だけなら昨日までとまったく変わらない「古ぼけた宿屋」だ。
俺だって、ぱっと見たくらいじゃ要塞化されているなんて思わない。
「……まあ、いいでしょう」
ザイフェルトが目配せをすると、冒険者たちは彼から目線を切らずに、じりじりと後ろに下がっていき、やがて全員宿屋の中へと避難した。
建物の内部を通して、彼らの呼吸が聞こえる。
「これで全員です。次はあなたがこちらへ来る番ですよ」
「まあそう焦るなよ。俺、まだ寝間着なんだ。着替えるまで待ってくれない?」
ザイフェルトの目の色が、明らかに変わった。
俺は、振り返ってラウラに小さくささやく。
「下の扉、鍵をかけて外から開かないようにして」
ラウラは、察したように頷くと一階に飛び出していった。
俺は再び、壁の外を見る。
「イツキ君。私は、そこまで気が長くないものでね」
「昨日の、あのゴロツキみたいなのは演技だったんじゃ?」
「人間の本質はそう簡単に変えられません。半獣のあなたには通じない理屈かもしれませんが」
彼の口角が、くいと上がった。
「着替えには、どれほど掛かりますか」
銃が、首をもたげる。
あれが火縄銃だとしても、撃たれればもちろんタダじゃ済まない。
「なんだ。無傷で連れて行きたいんじゃなかったの?」
「……あなたは、その説明が必要なほど愚かではないでしょう?」
「そうだな……まあ、ちょっと待ってよ」
俺は、軽く咳ばらいをした。
「あのさ、どこに連れていかれるわけ? それによっても服は変わってくる」
「それは秘密ですが、まずは馬車のようなものに乗ることになるでしょうね。正直全裸でもいいくらいです」
「そりゃ困る。寒いのは苦手だ」
「獣人は寒さに強いと聞きますよ。なんなら、どこか途中の町で好きな服を買ってあげましょう」
「敏感肌なんだよ。気に入った服しか着れないし」
たったったっ、と小さな足音がこちらに駆けてくる。そして、「イツキ、終わった」とつぶやいた。
「……よし。それじゃあ、着替えて来ようか」
ザイフェルトの目が、俺の口元をじいっと見つめている。
「ルグトニアの部隊がこっちに来るまで待っといてくれよな!」
言い切って、一瞬で壁を閉じる。よし!
「ラウラ、一階へ!」
「きゃっ、ちょっ……!」
俺は彼女の手を取って、一階へ向かった。
「みんな聞いてほしい!」
外に聞こえないように気を付けつつ、俺は声を張る。
「今から、すぐにトンネルを通って逃げてくれ! 時間はここで稼ぐ!」
ばんッ!
どごッ!
建物を殴りつける音。砲撃の音。軽い衝撃。
梁からホコリが落ちてくる。
壕の中に隠れていた村人たちにもその衝撃は伝わったらしく、どよめきのような声が漏れ聞こえてきた。
「おいおい……あいつらは鉄の門をぶっ壊してこの村に来たんだぞ! 鹿の脚亭なんてひとたまりもない!」
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように、そうつぶやく。
「この建物の強度は、鉄の門より遥かに上だ。大丈夫……!」
「大丈夫ったって……」
轟音に合わせて、壁が揺れ、天井がきしむ。
だが、揺れ以上のことは起こらない。
ありったけの資材を注ぎ込んで作ったこの要塞が、この世界でも通用するなら……。
少なくとも人力や火縄銃で壊すことなんて、到底不可能だ。
「いいから、早く! ここは平気だ!」
実際、プレイヤーはそういう能力を発揮して大活躍したという。
だったら、この世界で作られたものより『ロークラ』のMODアイテムの方が強い……はずなのだ。
ただの剣や大砲で壊せるんだとしたら、夢がなさすぎる。
だから、俺は信じる。MODの素材に対抗できるのは、MODの武器や魔法だけ。
ここを壊す方法は、奴らにはないはずだ。
「ここに、みんなでまた戻って来よう。そのために、命はつながないと」
残ろうとするラウラを無理やり地下シェルターに押し込んで、俺はオリハルコン製の蓋を閉めた。内側から鍵をかけるように言い含める。
宿に残ったのは既に俺だけ――と言いたいところだが、やっぱり思い通りにならないヤツってのはどこにでもいる。
2人の冒険者と俺は広間で円になって、じっと押し黙っていた。
ガタンと激しい音がして、また建物が揺れた。
外から、動物の雄叫びにも似た声が聞こえている。
外の様子が気になる。
下手に顔を出せば巻き込まれるから、安易に外を見るべきじゃない。
だけど、戦況はどこかから把握しないと。
「サルートル、この宿屋に、外から見てもバレないような窓とかはないのか?」
「さあ……イツキこそ、何か心当たりは?」
「いや……」
不気味な静寂が鹿の脚亭に広がっている。このまま過ぎ去ってくれれば一番いい。
ここに籠っている限り、相手はこちらに手を出せない。占領する事も出来ないから、タイミングを見計らって帰るしかないだろう。
とは言え、悔し紛れに周囲の家を全部壊すとか、そういう嫌がらせをやっていく可能性はある。
向こうがどんな兵器を持っているか把握して、追い払うための手を考えなければ……。
「この宿は採光性ってやつが抜群でな。日当たりの悪いのは廊下か風呂か、物置くらいしか無ぇ」
アベルは何かのカードをシャッフルしながら、ぶつぶつとつぶやく。
「……窓から以外となると……屋上くらいだな」
「屋上? 内側から上がれるの?」
「物置から上がれるらしいぞ。掃除中のラウラから聞いたことがある」
「サル助」
アベルがニヤっと笑ってサルートルを見る。
「お前の分も配ったぜ、ほら座れよ」
「……こんな時にカードなど触っていられるか」
「酒飲むよりゃマシだろ」
「そのような気分ではない」
「……んだよ」
アベルの視線が俺に移る。
「おめぇは」
「……俺もパス、かな」
はぁ、と彼は大きくため息をついて、頬の傷痕を拭った。
「イライラしてても仕方ねえっつーの」
アベルとサルートルは、ザイフェルトと戦ったとき勝つことが出来るだろうか。
ザイフェルトは剣術から魔法まで使え、鉄砲まで持っている。
アベルの手が、誰も拾わなかった5枚のカードを山の一番下に戻した。
ごぅ……。
低い音が、遠くから聞こえる。
「今の音……?」
「何か聞こえたか?」
俺の耳が、真後ろを向いている感覚があった。意識せずに、音が鳴ったほうに動いてしまうようだ。
音の方向は、正面玄関よりさらに奥。村の入り口に近い場所……?
ごッ……ぎぎぎ……。
「なんか……山崩れみたいな……地鳴り……?」
「誰か、何か聞こえるか?」
「いんや……おらっ、俺は3枚カードチェンジだ!」
どどどど……ばぎばぎばぎッ……ぎぃ……ぎぎぎぎぃぃッ……!
「……来てる……こっちに何かっ……!」
俺は階段を一段飛ばしで駆け上がる。
北側の物置部屋から屋上。
使ったことのないルートだが、物置部屋の位置は分かる。あとはそれっぽいところを伝って……最悪天井を壊して上れば……。
俺の脳裏に、ラウラがニコニコしながらハンマーを掲げている絵が浮かんだ。
安心してください、アルトラウラ様……壊したらちゃんと直しますから……。
◇◇◇
屋上にたどり着いた俺が見たのは、村の道路に立ち込めている土煙だった。
「イツキ……!」
後ろから追いかけてきたサルートルが、焦ったように名前を呼ぶ。
俺は眼下を指差した。
「あそこ……石畳のはずなのに、なんで土煙が」
「おいおい、いきなり走るなよ」
遅れて、アベルが顔を覗き込む。
「ありゃ……なんだ……」
土煙に太陽光が差して、そのシルエットが浮かび上がってくる。
この宿の3階部に匹敵する、巨大な外見。
ゆっくりとその上端が、光を浴びる。
漆黒に輝く、四本の支柱。
そこに吊り下げられた一本の槌。先端には金属光沢をもつ、禍々しい羊の顔が取り付けられている。
何らかの熱機関で動いているのか、後方からは白煙が上がっていた。
「あれは……『ノーヴァ』さんの……!」
俺は、その姿に見覚えがあった。
あれは兵器の再現建築で有名な『ノーヴァ』さんが、科学MODを組み合わせて作った『攻城兵器 破城槌《はじょうつい》MK4』だ!
ロークラで見た時も機能美に感心したものだったが、リアルで見ると羊の顔の描写のリアルさなんかは別格だ。流石実物……すごいっ!
「イ、イツキお前、なんで笑ってんだ……」
「笑ってる場合ではないぞ!」
「んな事言ったって、あれはノーヴァさんの……」
「ノーヴァだか老婆だか知らねえが、ヤバい! ありゃ『神の残渣《ざんし》』だぞ!」
「神の……?」
記憶喪失はこれだから……そういう顔で、サルートルは顔を強張らせる。
「プレイヤー達が残した神話兵器や装備をそう呼ぶんだ。信じられないほど強力で、まさに神の残滓……!」
「あぁ……」
そういえば石畳に消えたアベルの剣も、プレイヤー装備のコピーだという話だ。
いまだにそこまで知名度があるのは、実物がまだあるからなのか。
その一つが、ノーヴァさんの破城槌ってわけだ。
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