上 下
14 / 33
第0章 神話に残る能力で

現れた賢者

しおりを挟む
 アンサスの村は晴天に恵まれていた。
 窓の外では鳥がオジーチャンの鼻先で鳴き、羽を食われそうになったりしている。

「イツキ、バター落ちてる」
「んぁ」

 トーストの上から、テーブルにバターがぼとりと落ちていた。
 俺は塊を指先で摘まみ上げ、皿の端に置いてから立ち上がり、「フキンある?」と聞く。

「最近ぼーっとしすぎだよ。はい」
「ありがとう」

 ラウラが少しだけ温かいふきんを寄越す。俺はそれでテーブルを拭いた。木目にバターがほんのりしみ込んで、跡が残っている。

「働きすぎなんじゃない?」
「そうかもしれないけど……早く直さないと、みんなの生活もあるし」
「家が壊れてる間はさ、みんな宿に泊まってくれるから。私としては、あんまり急いで直さなくてもいいんだよね」

 いやいや。ラウラに『がめつい』面があるのは知っていたけど。
 でもそれはさすがに邪道っていうか、ちょっとダメなんじゃないの?

「……冗談に決まってんじゃん」
「ホント?」
「ホントダヨー」

 ラウラと目線が合わない。まあ、田舎の宿屋なんていったら、そりゃ儲からないだろうからな。半分くらいは本音なのだろう。でも……。

「昨日で、とりあえず全員の家は直せたから、もう明日にはみんな出ていくぞ」
「えッ」
「……アルトラウラさん?」
「……」

 でも、俺は知っていた。
 ラウラが、村人に無償で食事を提供していること。その村人たちが、美味い美味いと飯を食うのを笑顔で見守っていること。
 だから単純に、みんなが帰るのが寂しいのかな。だとしたら可愛いとこあるよな。

「イツキ、なんか変なこと考えてるでしょ」
「さあね」
「はぁ……罰として晩ご飯の食材調達を命じます」
「……俺、まだ壁とか直さなきゃいけないんだけど。石畳も穴だらけだし」
「終わったらでいいから。よろしくね」

 彼女はお盆を抱きかかえて、俺に背を向けて歩き出した。

 ラウラに伝えた通り、家の修繕はほとんど終わっていた。
 とはいっても、とりあえず雨風がしのげる家に戻したって状態だが、それで今は大目に見てもらおう。
 細かい装飾を直すのは、申し訳ないが後だ。

 村の外壁は、泥がこぼれてしまったので石で置き換えている。機能は損なわれたが、見た目は元通りだ。
 ただ鉄扉はひしゃげたものを取り外しただけなので、再設置が必要である。

 あとは石畳だ。破城槌でボコボコに傷付けられた地面は、総入れ替えになる。
 とは言え、これは自動建築で何とかなりそうな気がする。

 最後の問題は、ロマン兵器を解体したあとの噴水だろう。
 あれは、俺とヒョウドウがそれなりに時間をかけて作り上げた、村の数少ないランドマークである。できる限り元に戻してやりたい。

「あと何日かかるかな」

 そして、修繕が終わったらどうしようか。
 もう少し……ここにいてもいいのかな。だとしたら、俺のやることって、一体なんなんだろう。
 
 俺はパンにかじりつく。バターの塩味がほとんどない、ただの焼いたパンだ。味気ないのは……ぼーっとしていた俺が悪い。



 ◇◇◇



 インベントリを確認して、鹿の脚亭を出る。
 今日の目標は、鉄扉を再建することだ。それを終えたら、午後からは石畳に着手しつつ、噴水にも手を入れる。
 とりあえず「形だけでも」普通の噴水に戻しておこうと思う。いつまでも水を止めっぱなしにしておくと、ボウフラとか湧きそうだし。

 村の入り口まで歩いていくと、門の外側に気配があった。
 人と……馬のいななきだろうか?

 俺は息を殺し、そっとひしゃげた鉄門に近付いていく。

「ここじゃな!」

 妙に可愛らしい声がし、馬から飛び降りる軽い足音が続いた。
 また騎士団が来たのか? それとも、まさか……。

「ん……そこのお主」

 鈴を転がすような耳障りの良い声が近くから聞こえた。

 キョロキョロと辺りを見渡す。
 だが、視線の先には誰もいない。

「お主!」

 声は……下から?

「お主! ココじゃ!」
「え、小っさ……」

 大の大人を想像していた俺は、そのあまりの背丈の低さに拍子抜けして、思わずそう漏らしてしていた。

「小さな子が老人みたいな話し方をしている……」
「ちょいと訊きたいことがある」
「……女の子がこんなところに居たら危ないぞ」
「誰が女の子じゃ、子ども扱いするな! いいからワシの話を聞け!」

 声を張り上げても可愛い。どこの子だ? 見覚えがないし、ずっと部屋に引き籠っていたのか?
 俺もわかる。それは中二病を拗らせるルートだ。だから、こんな話し方なのか。

「ワシはな、『賢者の丘』の長じゃ。話があって、ここに馳せ参じた」
「『賢者の丘』……?」

 改めて姿を見る。
 耳の先がとがっている。ハーフエルフのラウラよりも長い……という事は、エルフ族だろうか。

 ひょっとして、俺より年上の可能性があるのか?

「……なんじゃお主、知らんのか。賢者の丘はのう、ここからずーっと、ずーっと、ずうぅぅぅッと遠くにある、魔法に満ちた大国じゃ!」

小さな女の子が楽しそうに夢を語っている。
大事に育てたファンタジーのようだ。
構ってあげたいが、今は大切な仕事がある。

「えっと、お兄さんは忙しいので……また今度にして貰えるかな?」
「マジなんじゃよ!?」

 はぁ、と女の子がため息をついて、首を横に振った。

「よいか? 賢者の丘の長として重要な話がある。この村の代表者を呼んで欲しい」
「……代表者……?」

 そういえば、この村の代表って誰なんだろう。村長なんて聞いたこともないし、もしかしてラウラなのだろうか。
 いや、ラウラはあくまで宿屋の主人のはず……。

「なんじゃ、おらんのか?」
「うーん、俺には分からないな」
「ならば、それでもよい。ワシとしては『犯人』の身柄だけ寄こしてくれれば」

 はん、にん……?
 突然の不穏な言葉に、俺は眉をひそめる。

「ワシは事件の犯人を引き取りに来たんじゃ。聞いておらんか?」
「……ちょっと知らないです」
「数日前の事じゃ。この村から、バカでかい建築物がワシらの街に飛んできた」
「建築物……?」
「とぼけるでない。ルグトニアからの報だぞ。この村が巨大な鉄の塊を吹き飛ばしたと」

 え……もしかして、あの攻城兵器?
 俺の顔から、血の気が引いていくのを感じる。

「それだけならまだしも! よりにもよってそれを『賢者の塔』にブチ当ておったんじゃ!」
「と、と仰いますと……」
「『賢者の丘』最大の研究施設、国の象徴ッ! というか、ワシの居城じゃ! 犯人め、よっくもやってくれおって!」

 そのこめかみには青筋が立っている。

「……あうぅ」
「なんじゃ、何を涙目になっておる」
「あの……お、俺……」
「ほう。お主、ワシと共に悲しんでくれるのか。そうじゃ、外道の行いであろ? 賢者の塔は真っ二つ。ワシの生活はお手上げじゃ」
「うぐぅ」
「分かったな。だからワシは犯人を探し出す事にした。ほら出すのじゃ! 犯人を!」
「あの……ぼくが……」
「なぜ小声になる! はっきり喋らんか!」
「ぼくがやりました……」
「っ!? なんと!?」
「ぼくがですね……敵が来たので、村を改造して……最終的にはこう……」

 ああ、自分でも聞いていられない。手で顔を覆う。
 力が抜け、膝から座り込んだ。

「だから、犯人はぼくだと思いますぅ……」
「……おっ」

 声が途切れる。何かを掴んだ音がした。

「お主が! あの鉄クズを吹き飛ばした張本人かっ!」
「こ、ごめんなさい、なんでも――」

 バシィンッ!!

「っぐふぉぉおおッ!?」

 股間に、強烈な痛みを感じた。
 たまらず、その場でうずくまる。

「このバカもんがっ!」
「んぐぅ……! な、なにを……」
「大賢者プラムとは! このワシのこと! 股間で覚えておくがよいッ!!」

 バシッ! バシッ! バシィンッ!!

「プラ……ム……」

 両手で必死に股間を抑えながら、名前を呟く。聞き覚えのある名前だ。
 どこかで……。頭の中で、必死に記憶を辿る。
 そうだ、プラム!

「プラムって、『あの』変態賢者、プラム!?」
「だっ、誰が変態だっつうんじゃ!!」

 バシィンッ!!

「おふッ!?」

 杖が、手の隙間を潜り抜けて再び俺の股間に直撃する。
 こいつが俺の知っている『プラム』……プレイヤーの、あのプラムなのか!?

「ストップストップ!」

 俺は両手を挙げ、降参の意を示した。
 少女は杖を止めて深々とため息をつく。

「っ、てて……」

 股間を抑えながら立ち上がる。
 足に力が入らない。生まれたての子羊とはこのことだ。

「君、プラム……って言った?」
「いかにも」
「本当に? 本人?」
「くどい! ワシこそ賢者の丘を統べる七賢者が1人、プラムじゃ!」

 がしり、と小さな肩を掴む。プラムは目を丸くして杖を振り上げた。

「な、なんじゃッ!? 名乗りを上げさせておいて反撃とは、何たる――」
「生きてたんだな! よかった! みんな死んでるって聞いてたんだぞ!」
「なーにを訳のわからぬことを! 生きていたのか……な、ど……?」

 と、そこまで言って、プラムが息を呑んだ。

「お主、まさかッ」

 声を詰まらせる。

「まさか『プレイヤー』か!」


 ◇◇◇



 宿屋のカウンターで、ラウラが目を丸くしている。

「ほ、本物の賢者様!? お名前だけは拝聴したことがありましたが――」
「うむ。ワシこそ七賢者が1人、プラムじゃ」
「――まさかこんなに小さいなんて……!」
「そうじゃろ、そうじゃろ……って誰がミニサイズじゃ!」
「プラム、ちょっと」

 広間からは、冒険者たちの好奇の目が注がれている。

「イツキのやつ、エルフのガキを連れ込んできやがった」
「いや、見た目はそうだが子供とは限らねぇ。エルフ族は年齢不詳だからな。俺らのヒイバァさんより年上かも」
「……あいつ、計り知れねーな……」

 ヒソヒソとしゃべりながら、ニヤついている。
 アベルなんか、親指を立ててウインクまでして……。完全にヤベーヤツ扱いじゃねーか。

「みんなが気になるなら、部屋で話したら?」

 ラウラが提案してくる。

「私にはわからないけど、大事な話なんでしょ?」

 俺にウインクしてみせる。
 ……その通り。ここからは確認や質問、謝罪まで目白押しだ。

「部屋に移動しよう」
「ふむ……了解じゃ。では向かうぞ!」

 プラムは俺の腕をがっしりと掴み、「こちらでいいのか?!」などと言いながら勝手に歩き始めた。

「ごゆっくり~」
「プラム! 放せって、ちょっとぉ!?」

 彼女に引きずられるように、俺は階段をのぼって行った。



 ◇◇◇



 幸い、ラウラがベッドメイクしておいてくれたおかげで、俺の部屋はそこまで散らかっていない。
 俺はベッドに、プラムはイスに腰を下ろし、互いの顔を見合わせている。

「だーめじゃな」

 プラムのため息が、俺の膝にかかる。

「残念じゃが、お主のことは思い出せん。ワシの記憶は曖昧なんじゃ。遥か昔に、本当に昔にここへやってきたこと、自分が『プレイヤー』であること、あとは魔法の扱い方、アイテムの知識……。それ以外はほとんど覚えておらん」
「記憶がないって、そんな」
「覚えとらんもんは覚えとらん! 第一、ワシも自分のことをちょっぴり疑っておるんじゃ。ワシにあるのは、『プレイヤーであった』という記憶のみ……」

 プラムの耳が、へたっと垂れる。プラムの耳も俺と同じなのか。

「ワシの記憶が正しければ、プレイヤーはクラフト――物質を一瞬で構築する能力を持っているはずじゃろ?」

 ならば、と続ける。

「ワシにもとーぜんクラフトができるはず。……だが、無理だった」
「インベントリを思い浮かべて、そこから素材をピックすれば……」
「いいや、無理じゃ。それどころか、一時期は『インベントリ』の存在すら忘れておった」

 そう言った彼女の表情に、嘘はないように思われた。
 確かに、この世界でロークラのプレイヤーがインベントリを忘れてしまうとは考えにくい。
 特にそれが、あの『変態七賢者のプラム』なら、なおさらだ。

「何か、ほかに覚えていることは?」
「自分が何を覚えているかなど分からん。だが、塔を破壊した鉄の塊……あれを見たときに、ワシは『ノーヴァ』というプレイヤーを思い出した。顔は思い出せぬが……聞いてよいか」
「もちろん」
「ノーヴァもまた、プレイヤーか?」
「ああ……ノーヴァはプレイヤーだ」

 返事を聞いて、少しだけプラムの表情が明るくなる。

「そうか! やはり、あれはノーヴァの『破城槌』だったんじゃな! カメのようにのろい、ジョーク兵器……おぼろげにしか思い出せんが、ワシにも分かるぞ!」

 間違いない。こいつは本物のプラムだ。

「プレイヤーはみんな死んだって聞いてたんだ。プラムが残ってくれていて、本当に良かった……」
「大丈夫じゃ。森の賢人たるワシは長寿。お前を待つくらい造作もない」
「さすが賢者! よっ、変態七賢者!」
「……ヌうッ!?」

 急に、プラムの表情が険しくなる。

「……いいかイツキ。さっきも言うたが、ワシを『変態』呼ばわりするのはやめてくれんか?」
「えっ」

 嘘だろ、その記憶もなくなってるのか?
 お前、自分から「私は変態だあああぁぁあぁぁ!!」とか言ってただろ!

「だってお前はヘンタ――」
「やめろと言っておる! なぜワシを変態と呼ぶんじゃ! ワシは賢者じゃぞ! 偉いんじゃ!」
「えっと、ちょっと待ってくれ。もしかして、そのしゃべり方って『キャラ付け』でやってんじゃないの? つまりその――ロールプレイというか、のじゃロリプレイというか」
「……何を訳の分からんことを。ワシは普通に喋っておるだけじゃ」
「嘘だろ……あの、変態――」
「しつこいッ! この場で丸焦げにしてやろうか!」

 プラムが立ち上がり、指先に念を溜め始める。赤く輝いているってことは……火炎魔法か!? マズい!

「ごめっ、やめてくれ! ストップ! 賢者様ストップ!」

 プラムが手を下す。指先の炎が、ふっと空間に溶けて消えた。

「……ワシの、いったい何を知っておる?」
「お前が昔、自分で『変態賢者』と名乗っていたこと?」
「嘘じゃッ!!」

 ぐわッと大きく目と口を開き、絶叫するプラム。
 怖いって、その表情。

「信じたくなきゃ信じなくていい。でも、俺の記憶ではそうなってる」
「ほー……そんじゃ、信じんことにするわい!」
「俺の知っているプラムは、とにかく魔法に詳しい奴だった。おそらくプレイヤーの中でもトップクラスだ」
「フン! ワシは賢者じゃぞ。当然じゃ」

 リアクションもそこそこに、俺は続ける。

「ヘンタイってのは、なにも悪口じゃない。能力の水準がおかしいとか、行動が理解できないとか、そういうヤバイやつを俺たちは『変態』って呼んでたんだよ」
「むう」
「で、その中でも有名な7人に、ついに賢者って称号≪あだな≫がついた。プラムの場合は、魔法にメチャクチャ詳しかったからだ」
「……それで、ワシは『変態七賢者』になったというんじゃな。にわかには信じがたいが……」

 いまだ半信半疑といった表情だが、ひとまずは納得してくれたようだ。
 まあ実際のところ、魔法の詳しさ以外も結構ヤバイやつではあったんだけど。本人が忘れていることだし、今は言わないでおこう。
 長命のエルフ族として生きていれば、そうやってどんどん記憶が薄まっていくのかもしれないし。

「ま、ひとまず互いが『プレイヤー』のようだ、ということは分かったな」

 プラムが、俺のとなりにぼふっと腰を下ろす。
 ふわっと、花の蜜のような香りがした。

「じゃが……それはそれ、これはこれじゃ」

 彼女の小さな指先が、俺の頬をつつく。

「賢者の塔はよくもやってくれたのう」

 そうだった。
 プラムはその交渉……というか、犯人捜しのためにここまでやってきたんだった。

 俺が破壊した塔。俺のせいで、破壊された皆の建築。俺のせいで。

「……どうしたイツキ、顔が青白いぞ」
「いや……俺が壊しちゃったんだなって思って」
「その通りじゃ。まったく」

 今のプラムは、俺の過ちも、きっと覚えていない。……そうであって欲しい。

「ま、そう気に病むでない。お主がプレイヤーだと分かった今、元通りに直してくれれば文句はないんじゃ」

 プラムの人差し指が、ぐんと強く頬を押す。

「なるべく早く、で頼むぞ?」
「分かった。ごめん」
「……変な奴じゃな……調子が狂うわい」

 コンコン、と部屋をノックする音があった。続けて、ドアが開く。

「お邪魔しま――」

 そこには、ラウラの姿があった。
 俺は左頬を何度も突かれながら、ラウラの顔を見た。

「お取込み中だった?」
「いや、なんにも」

 上手に誤魔化せているだろうか。

 駄目だ。どうせ耳でバレているだろう。



 ◇◇◇



 翌朝、俺は喧噪で目覚めた。
 カーテンを開け、窓を開く。

「ルグトニア騎士団……?」

 巨大な旗の上分が、壁から頭をのぞかせていた。
 俺は急いで着替えると、鹿の脚亭を飛び出す。

「開門せよ! 我々はルグトニア聖王国騎士団である!」
「だーかーらー! 理由がないと開けられないって!」

 門番をやっていた冒険者が、門の向こう側にいるコブレンツと言い争いをしている。

「なんですか、またですか」

 階段を駆け上がる。壁の上に立ち、息を整えてあたりを見る。
 門の向こう側には、コブレンツと、その後ろにずらりと騎馬兵がいた。
 騎馬兵のうち数人はルグトニアの国旗らしきものを掲げており、ぴっちりと、少しの乱れもなく並んでいる。

「来たか、イツキ。久しぶりだな」
「数日振りだと思うけど……何の用?」
「聖王猊下からの達しだ。勅令である」
「と言われても……」
「よいか。現在ここは、ルグトニア聖王国騎士団の精鋭である第二、第三騎兵部隊116名によって包囲されている。勅令を受け取るために我々を中に入れるか、交渉決裂として聖王猊下に刃を向けて戦闘になるか、貴様はどちらか選ぶしかない」
「なんだそれ」

 面倒だ。頭をかいて、コブレンツをにらむ。
 目が本気じゃないか。
 今の外壁は、ただの石壁だ。魔法に対する耐性はあまりない。
 騎馬兵たちがどこまで魔法が使えるかは分からないが、連続で喰らえばすぐに壁は崩れるだろう。

「選択の余地なしかよ……勅令の対象は、俺だけ?」
「ああ。そうだ」
「もしも入れたら、建築物に危害は加えないんだな?」
「アンサスは公領だ。自ら守護する地を無意味に攻撃するなど有り得ん」
「人命も」
「くどい!」

 俺は、門を抑えている冒険者をちらっと見た。

「開けてやってくれ」
「しかし……」

 今度は、コブレンツを見る。

「……静かに入って来いよ。まだみんな寝てるだろうから」

 まだ眠たい頭を起こしながら、俺は門に背を向ける。
 ギギィ、と重たい扉が開く音が聞こえた。
しおりを挟む

処理中です...