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第1章 それぞれの旅立ち

第1話 影王の目覚め

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 世界の中心である大陸アスガルド。戦乱からの統一、そしてまた戦。各々おのおのが正義を振りかざし、歴史に学ばず、争いが絶えないこの地には、古き言い伝えがあった。
 ただ、残念ながら あまりにも現実離れしているため、語り継ぐ老人と一部の幼子おさなごくらいしか信じてはいない。

『神は暮らしに困らぬ大地を作り給うた。だが、愚かなる人間は争いを止めず、神に見放され、御使いである双頭の竜によって終末を迎える・・・』と。

 もう一節には、

『地中に封じられし数多の魔神は解き放たれ、大津波が世界を襲い、大地は荒れ果て、人は滅ぶであろう』とあった。
 実際これに近い惨状が、20年前の連邦歴1010年に惹き起こされ、人類は阿鼻叫喚の地獄を経験した。



 連邦歴1030年 現在、世界の最北端にある極寒の島で、初老の男が世の災厄とも言える王の名を呼んだ。

「目覚めよ、影王シャドーロードソドム!!」

 とうに春になっているが、この島では吹雪が続いている。しかも、地下にある王の寝室まで寒かった。吐く息は白く、薪代すら満足に払えぬ困窮ぶりがわかる。


 不毛ふもうな大地にたたずむ城には、飢えと寒さに耐えながら、王の復活を待ちわびる僅かな臣下しか住んではいない。王が眠りについて二十年、過酷な環境ゆえに人口は減り続けている。


 近年、このコキュー島を孤立たらしめていた大時化おおしけ(海が荒れること)がおさまりつつあり、年に数回しかなかった海が穏やかな日は 月数回に増えて食料も調達しやすくなった。


 ただ、天と海の穏やかとは逆行するように、この島では寒い地域が何故か拡がり続けている。以前は島の中心だけに発生したブリザード被害が、島全体にまで波及し、より一層生きるに厳しい環境になり、もはや民のほとんどは生活のために大陸に移り住んでしまった。

 しかも、食糧は輸入だよりのため、溢れんばかりの財宝があった国庫は、底をつきかけていた。

 つまり、金・食料・マンパワーの全てがない状態であった。


「おい!いい加減に起きろぉ!このバカ野郎がぁ!!」初老の男は そう言って、キングサイズのベッドで二人の女性をはべらしてスヤスヤと寝ている王の顔に勢いよく「どん」とこぶしうずめた。

 丸眼鏡をかけた齢六十の宰相、名をタクヤという。元々は派遣されてきた経理担当だったが、成り行きで宰相にさせられた男だ。物騒な時代ゆえ、武人でなくとも帯刀している。

 事務方に似つかわしくない筋骨たくましい戦士顔負けの体躯たいくのため、革のコートとズボンが はち切れそうであった。

 髪は禿げ散らかしているが、未練がましく伸ばしているので落ち武者のような外観をしていた。

 かつては金の力で、髪を復活させようという野心があったが、その希望が絶たれてからは、趣味の刀収集と遅くにできた子を溺愛している。

 ちなみに、今 彼が腰に差しているのは、かなりの値が張る妖刀である。ホントか嘘か定かではないが、空を斬れば衝撃波で離れた相手を倒すことができるのだとか。そんな噂もあってか、島では彼に絡んでくる輩はいなかった。


「痛てぇな!何しやがる!」と、激怒しながら闇王ソドムは二十年ぶりに目を覚ました。不機嫌さとは別に、異彩を放つ赤い眼光は人間や亜人では見かけない色だった。

 見かけは30歳くらいだが、彼が自ら創造した【暗黒転生】という魔法で、人のことわりを外れ『魔人』となり・・・60歳という老人の域に入った今でも、時が凍り付いたように見た目は当時から変わっていない。(精神年齢も)

 そんなソドムであるが、魅力的か?というと・・・顔面偏差値は平均より上ではあるが、誰もが惚れるほどではない。やや色白で黒髪、今は滅びた大和帝国人の特徴に近い。

 能力面では、戦士として少し筋力不足であり、背も男性にしては低く頼りない。若き日に料理人として魚や獣の解体で培った解剖学アナトミーによる急所攻撃クリティカルは目をみはるものがあれど、積極的に斬り結ぶ性格ではない。

 内なる魔力マナを使い様々な事象を起こす魔術師としての才があるかというと、才能以前に勉強や修練が性に合わないらしく投げ出していた・・・。

 もっとも、魔術師になるには 努力と才能だけではなく、貴族並みの経済力がないと魔術学院に入学できないので、ソドムが特別に怠惰ゆえに魔術師になれないという訳ではない。

 唯一の取り柄は、闇の神への信仰により行使する暗黒魔法だ。世界の中心地である大陸では、光の教団と連邦王国によって、闇の神ダインを信仰する者は邪教徒として狩り尽くされたので、使い手は珍しい。

 そんなマイナーかつ劣勢な教団の最高司祭を押してけられたのが、お人好しのソドムであった。しかも、「闇の最高司祭は虹彩が真紅になる」という見るからに怪しい特典付きで。

 暗黒魔法は、信仰自体が邪悪として忌み嫌われてるわりには、強力な大魔法はなく、風邪や腹痛を引き起こすなどの実戦向きではない嫌がらせ魔法ばかりで、脅威度は低い。

 そんなしょーもない闇魔法だが、一般には知られていない秘術があり、それに目を付けたのがソドムであった。

 闇の神ダインの最高司祭でもあるソドムは身分と信仰を隠しながら、二つの秘術を駆使して、光の神ホルスを国教とする大陸支配者・連邦王国内で成り上がって来た。

 一つは、フェアな戦いで打ち負かした魔獣を取り込み 自らが魔獣に変身できる『変化トランスフォーム』。もう一つは、神と契約を交わし、一つだけオリジナルの魔法を創造する『個人魔法オリジナルスペル』で会得した『暗黒転生』。

 前者は、二十年前の大戦で封じられてしまい、魔獣の特殊能力【魔力の超回復】くらいの恩恵しか体に残っていない。最強の魔獣として暴れられたのは過去の話で、「世の災厄」と呼ばれるなどと 何の冗談だろうというくらい、無力な男に成り下がっていた。

 後者こそが、若干じゃっかん役に立つ【暗黒転生】という魔法である。この暗黒転生は、人間から魔を帯びた存在へと転生する魔法で、結果に振れ幅を持たせることにより、成功時は魔物並の強さを手に入れられるが、九割方が朽ちるさだめのゾンビになるという非常にリスキーな魔法であった。

 自分や妻たちは運よく成功して魔人に転生できたが(一人失敗した)、最初の被験者であった10人の部下は ほとんどゾンビ化してしまった。

 成功するかの基準は、運だけなのか、闇の信仰によるものなのか、はたまた闇の神ダインが「おもしろそう」と思ってやった気まぐれなのか、ソドム自身わからない。

 20年前、この極寒のコキュー島では穀物の収穫は少なく、海が荒れて、大陸から食料を仕入れるのが困難だったため、民が飢え始めていた。

 頭を抱えた首脳陣だったが、ソドムが解決策を閃き、タクヤたちの賛同を得た。それが「眷族化による口減らし」である。ソドムは、さっそく転生希望者を募り 次々に民を転生させ眷族にしていった。

 うたい文句は、不老と肉体強化であったが、正直者のソドムは最大のデメリットである成功率の低さと眷族はソドムの命令に背けない縛りがあることをくどいほど説明したため、皆が転生せず 転生希望者は たったの2割という低さだった。

 それでも、経理担当も兼ねている宰相タクヤには大いに褒められたものである。
 
 まず、成功者は口減らしのために長い眠りにつくことにし、失敗作であるゾンビさん・ゾン子ちゃんたちも、もしかしたら将来解決策ができるかもしれないので、一年中低温な場所に霊廟れいびょうを建設し、そこに安置ねかした。

 これにより、幾分かは食糧問題は解決し、なんとか民の暮らしを守ると同時に、城や船の建造も進めることが可能になった。


 さて、魔人に転生したソドムの能力は、最上位不死者じょういアンデット吸血鬼ヴァンパイアのように不死身というわけではないが、転生した恩恵で、吸血による回復と物理・冷気・毒耐性を獲得しているため、剣で物事を解決する時代では敵なしと言っていい。

 ただし、炎と光魔法にはめっぽう弱くなったため、大陸で過ごしていた期間は、わざわざ口外せず人間のふりを徹底したものであった。

 ついでながら、冷気耐性のおかげで この過酷な寒冷地でも、人間であるタクヤと違って黒いガウンしか着ていなくてもヘッチャラであった。

 ただ、暗黒転生では若返るわけではなかったので、彼の髪はボリュームを失いつつあった時のままであり、「もっと早く魔法を完成できていれば・・・」と、悔やんではいる。


「起きて早々で悪いが、国の資金が尽きそうだ!お前が寝てから二十年・・・食料自給率も低いままだ!大波は治まったんだから何か手を打ってくれ。あと、指示通り城を完成させて防衛体制を整えたはいいが・・・冷静に考えたら氷結地獄みてぇな凍土に攻めてくる奴なんていねぇんじゃないのか?」と、タクヤは二十年の不満と疑問をソドムにぶつけた。

 コキュー島は、大和帝国で言うところの伊豆半島がポッキリ折れて孤立したような規模で、大半が平坦な農地を占め、先端である東の岬に向けて盛り上がっていき、城のある頂上の先は切り立った断崖絶壁という奇妙な地形となっていた。

 短い夏はあるが、あまり暖かくならず農業効率は悪い。ただ、いくら北の辺境とはいっても、同じ緯度の土地よりも一年を通して寒かった・・・まるで呪われているように。


 そもそも、公式には国ですらない。極寒の島の軍閥など滅びている、というのが世界の中心たる大陸の人々の認識であった。ゆえに、コキュー島の住民は城塞都市ソドムシティと呼称していた。

 城は崖以外の侵入可能な外周を住居を兼ねた二重壁で守り、その地下の断崖内部は蟻塚のように通路・階段が張り巡らされ住居スペースや広間などがあり、崖下の海にまで通路・階段は到達していた。その一角が今のこの寝室である。

 ちなみに崖下には小規模ながらも白砂のビーチがあるのだが、流氷が押し寄せる極寒の地では水遊びする者は皆無なのは言うまでもない。

 また、上物である『城』は資金や労働力不足など諸事情のため最後に着手して、昨今 完成を見た。外壁こそ武骨な石造りではあるが、内部は大理石の床や厚みある絨毯、金銀で縁取られたドアなど贅の限りを尽くしたものであった。

 有名デザイナーを招いて仕上げた螺旋階段は緩やかな勾配こうばいで、その空間の使い方は優雅(無駄)の一言に尽きる。

 また、ステンドグラスで外光を積極的に取り入れているため、「天への階段では・・・?」と思ってしまうほどの素晴らしい出来であった。だが、残念なことに寒さのため観葉植物などは置けず、それ以前に人々は凍えながら生活している状態なので、壮麗な城を眺めている暇人などいない。

「で、どうすんだよ この状況。想定内のことだよな、ドム?」タクヤはガミガミ言いながらも、はちみつレモン水をグラスに注ぎ、ソドムに手渡した。

 さりげないが、胃が空っぽの状態で飯にガッツくと、頓死する場合があるので、栄養価の高い飲み物を準備したタクヤは、有能と言わざるを得ない。

 そんな気遣いをよそに、寝起きにオッサンから怒鳴られたソドムの気分は最低であった。

 ちなみに史上最大規模の破壊と虐殺を行ったとされる影王ソドムは、人類…いや、生命の敵である。その影王ソドムに あだ名&タメ口で呼ぶ人間は、おそらく世界広しといえども そうはいない。

(てか、扱い雑・・・俺、王なんだけど・・・。まあ、寒い上に高波で孤立している状況が嫌になって、国政を丸投げして二十年も寝ていたわけだから、非難されて当然ではあるが・・・・)


「愚問だな・・・」はちみつレモン水を飲みながら、憮然ぶぜんと言ってのけるソドム。だが、それはただのデマカセで、横に寝ている女性の胸元を右手で触りながら必死に考えていた。


 白いネグリジェ姿で寝ている黒髪の女性は魔術師メイジのレウルーラ、ソドムの妻である。激レアな召喚の腕輪を所持し、契約した魔物を呼び出し戦わせる召喚魔法が得意で、魔術学院時代から好奇心旺盛だったため、闇の魔法にも手を染めた変り者。闇司祭としての実力もあるため、長い眠りに入る前は、この地での祭事は彼女が取り仕切っていた。

 見た感じは二十歳くらいで、ソドムに比べると随分と若い。整った顔立ちの美人だが、子供の頃から容姿を褒められてきたので、「美しい」「お綺麗」などと言われるのは日常であり さして喜ばず、女性同士の美の競い合いにも無頓着で、服装などに こだわりがない。魔法の研究が趣味であるので、彼女の場合 その方面を褒められると喜ぶ・・・やはり、変り者であった。

 それらを心得たソドムは、闇魔法という共通の話題を見つけ出し、かつ 将来の野望を語り、上手く心を引き寄せて口説き落としたらしい。ぶっちゃけ、スレンダー美人だったから酒場で声をかけたわけであり、内面に惚れるのは何度か逢瀬を重ねてから・・・だったのだけれど。

 付き合ってすぐにソドムは「これは、誰にも譲れぬ」と思った。レウルーラのしなやかな黒髪、肌は白く美しい・・・だけではなく数百人に一人…かどうかわからないが、神秘的なほどの もち肌だと知った。

 一般的な乙女の柔肌とは比べ物にならないと言い切っていいだろう。その肌は、きめ細かく柔らかい。そして、絹のようにサラリとしている。まるで、つきたての餅に刷毛はけで丹念に小麦粉をまぶしたかのような心地よさで、ずっと触っていたい感触であり、言葉通りずっと触っている。

 ついでながら、魔術師として一流なので、得意としている召喚魔法は戦力としても頼りになり、付与魔法などへの造詣ぞうけいも深いため魔道具創造などでの金策もできる最高のパートナーであった。

 この天才女魔術師の実年齢は50歳。20代で魔法事故により犬になり、人間に戻るまで10年かかり、ソドムの転生魔法で眷族化してからは夫と共に二十年寝ていた。ゆえに見た目は若いままなのだ。ちなみに眷族としての魔人になっても、高位の魔術師である彼女の魔法抵抗は高く、洗脳や記憶消去などが無効であるため、夫婦間は対等であり、ソドムもまたそれで良しとしている。その理由としては、何でもかんでもイエスマンばかりしかいないのでは、つまらないからかと思われる。

 二十年ぶりに見た妻が劣化していないことを確認して、胸をなでおろすソドム。

(よかった・・・、俺よりも老けてたらシャレにならんからな)

 暗黒転生という魔法で歳をとらないのは自らでわかっていたが、他の者には未検証であったため不安があったのだ。

 愛妻にお触りをして少し機嫌が直ったソドム、

「そもそも、二十年寝ていたわけであるし、判断材料がない。これでは考えようがないではないか」と、言いたかったがグッと堪えて、今度は左で寝ている赤髪の女子のくびれに手をまわした。短気は損気、王たるもの、冷静さが必要なのだ。


 大の字で寝ている下着姿の赤髪の娘は、押しかけ女房の戦士シュラ。髪はショートで、ぱっと見は可愛いのだが、肉弾攻撃が主体の戦士ゆえに腹筋がバキバキに割れ 腕も太い。 「もはや男ではないか」・・・などと思ったことを言ったら殴られるので注意せねばならない。

 女戦士なら素早く動き 敵を翻弄ほんろうしそうだが、鉄板でよろわれた敵と戦うには筋力がものを言うので、華奢な体では務まらないのだ。ちなみに髪を赤く染め、普段着のミニスカートや革鎧も赤いのだが、理由は単純で・・・返り血が目立たないかららしい。

 戦闘狂の彼女は、まぁ・・・トラブルを引き起こす天才で、火のない所に着火するので、ソドムはどれだけ無駄な戦いに巻き込まれたかわからないほどであった。ちなみに、シュラは『破邪の剣』という斬った相手を燃やすことができる魔剣を所持していて、その魔剣を振るって戦場で荒れ狂う様は、火竜・・・「チビドラ」と畏怖を込めて呼ばれていた。

 この表現だと魔剣が凄いというイメージだが、火は相手を少し驚かせる効果はあれど、手で払えば消える程度なので、力と技量によって名が知られているのが正解だ。知能が低く、痛覚のないアンデットに対しては、剣の名の通り非常に有効な武器ではあるが、派手さだけの刃こぼれしないだけマシな剣といったところだ。

 微妙な性能の『破邪の剣』は、三流魔術師が作ったチャージ式(永続ではない魔法剣)なので、魔力が尽きると着火しなくなるという欠点があった。そのため、ある程度使ったら、魔術師であるレウルーラに魔力を充填してもらう必要があり、お願いしてばかりなので、どうしてもレウルーラの手下っぽい立ち位置になってしまっている。

 シュラとしては元からレウルーラを慕っていて、敵対するつもりは全くない。三人で面白おかしく過ごせたらそれで良いという楽天家であった。


 シュラは欠点が多く、女性としても変わり種だが、気立てはよく(結果は別として)優しく(裏目に出やすいが)、胸もそこそこあって素材は悪くない。むしろ、女性らしい女子おなごなど とうに見飽きた貴族のボンボンどもには新鮮に映るようで、宮廷に赴くと求婚されて大変らしい。

 特徴的なチャームポイント?として右目の下に何やらタトゥーがあるのだが、あまりジロジロ見ると胸ぐらを掴まれるので、そこはスルーした方がいいようである。
 
 なにせ「床上手とこじょうず」という不名誉極まりない刺青タトゥーなのだから。

 目の下に刺青を入れる風習は、今はなき傭兵ギルドの上級傭兵の証であり 本来誇るべきものだが、傲慢な性格があだとなり、刺青を担当した職人に横柄な態度をとったため揉めてしまい、文字が読めないことをいいことに嫌がらせで妙な文言を彫られてしまった・・・言わば自業自得であった。

 そんな絵に描いたような凶暴おてんばなシュラは、正妻ではなく寵姫ちょうきにあたる。

 彼女とソドムの出会いは、大陸での大戦争で戦災孤児になった子供のシュラを、ソドムが引き取り 養女として育てることになったのが始まりであった。他にも養子がいたので、ついでに育てられただけだが、周囲に剣を教えてくれる者が大勢おり、腕試しには丁度いいアンデッド(ゾンビや死霊)も近隣に湧いていることもあって、気がついたら戦士になっていたのだ。18歳になった頃には、傭兵になり各地を転戦していた。

 ただ、過保護なソドムは、シュラの粗野で世間知らずなところを心配し、呼び戻して自らの護衛として雇い、手元に置いた。

 そこまでは問題なかったのだが、シュラが子供の頃に命を救ってくれた魔獣おんじんが・・・変身したソドムだったことを知り、既婚などものともせず強引に結婚を迫った。

 彼女にとっては恩人たるソドムとの結婚は、子供の頃からの決定事項だったのである。相手が魔獣ならばコッチも魔獣になれないものかと真剣に考えていたほどのイカれ具合だったので、その正体が人だったとわかったとなれば、渡りに舟であった。

 そのやり口は酷いもので、ソドムが頼み事を断れない 当時の隣国の長に養女にしてもらい、その圧力で正妻とまではいかないまでも寵姫として傍らにいることを無理やり認めさせたのであった。数か月の短い養女の期間、花嫁修業の一環として殿方との交際云々を叩き込まれてきたため、結果として床上手には違いない。

 渋々 首を縦に振ったソドム、内心は公然の浮気相手ができることに小躍りした。だが、妻に配慮して必死に気難しい表情を作っていたのだとか。 

 妻であるレウルーラは当然不快感を持ったが、無邪気で根は良い子である義理娘むすめのシュラを嫌うことも出来ず、呆れながらも承認した。

 それ以前にシュラが夫婦の部屋に居座ったりしていたわけで、もはや今さらという感覚であり、これからは夜の営みも加わる・・・「それだけのことか」と思った。少し考え「そうだ!ソドムの分身がいた」と、レウルーラに妙案が浮かぶ。

 ソドムが昔、闇の最高司祭を押し付けられた時に得た唯一無二の能力「影武者シャドーサーヴァント」というものがある。

 詠唱いらずで影から一体の影分身を作り、意のままに動かすことができた。念じれば分身にも魔法を唱えさせることもでき、武器をもたせれば共に戦うこともできる能力である。

 難点は、術者の10分の1しか耐久力がないため、弓矢程度が命中しただけで霧散してまう脆弱さ。さらに、倒された場合は復帰にクールタイムがあるので実戦では役に立たず、せいぜい相手を驚かすのが関の山であった。

 が、なんとか活用法を考えるのがソドムである。レウルーラとの夜の行為で助手にすることを閃き、影と二人がかりで彼女を攻めた。歴代最高司祭が聞いたら、呆れ果てて溶けるほどの馬鹿さ加減…であるが、妻を悦ばせたのだから、ある意味正解なのだろう。

 レウルーラは、この影分身にがんばってもらおうと考えた。寵姫ができても、影を含めて四人でまぐわうだけの話で、娯楽の少ない世の中ゆえに「それも悪くない」と、ポジティブな結論に至る。闇の信徒らしい倫理観のズレが彼女をそう思わせた。

 ついでながら、良識?あって優しく世話好きなレウルーラだが、趣味の魔術研究には目がなく、新たな案件にのめり込むと、数日は部屋に篭るほどの異常さを見せたりする。ジャンルは違うが暗黒魔法も司祭なみに扱え、そのためかサイコ気味だった。

 随分昔の話だが、死体を大量に埋葬しなくてはならない時に、その死体をゾンビ化して操り、自ら墓穴を掘らせ 、作業終了と同時に落下させるという合理的かつ無慈悲なセルフ埋葬を平然とやってのけた。周囲がドン引きする中、召喚したドラゴンの吐息ブレスでご丁寧に火葬までしたという・・・。

 その冷徹さ見たソドムやシュラ達は、「絶対にレウルーラとは争わない!」と心に誓うほどであった。


 ・・・さて、タクちゃんに財政再建を迫られても、この島の現状と外界である大陸の情勢を知らなくては埒らちが明かん。俺が寝ている間に新型戦艦の建造を任せていた宮廷魔術師長サエコどのに話を聞かねば・・・と、ソドムが思っていた所に、本人が丁度現れた。

 それもそのはず、波はおさまり、城も戦艦も完成したため「時は熟した」と冴子が判断して、タクヤに影王を起こすように言っておいたのだ。

 魔窟まくつ 冴子さえこ、旧名 サエコ=ガンダルフ=アスガルド。大陸を支配する連邦王国の王族にして宮廷魔術師長だった女性である。魔道具創造などの付与魔術を得意とし、戦闘ではゴーレム(魔力で動く土などで造られた兵)を召喚して、さらに後方から魔法攻撃もする。

 彼女一人で小国を滅ぼせるほどの恐るべき魔術師であり、二十年前に世界を救った四賢者の一人でもあった。

 説明が遅れたが、召喚魔法を得意とするレウルーラも四賢者であり、二十年前に世界の大厄災「終末の双頭竜」の討伐で、大魔術師ザーム・聖女ユピテルと共に活躍した。そして、勇者ゼイターが双頭竜を討ち取ったがゆえに今の世界がある。

 諸事情あって現在の冴子は大陸を追われ 亡命の身であり、二人目の押しかけ女房みたいな状態に納まっている。役職は連邦時代と同じ宮廷魔術師長、北魔術師連盟の盟主。(ソドムが「できる範囲なら願いを叶える」という空手形を乱発した結果であった)

 正妻であるレウルーラの王立魔法学院時代(大陸の連邦王国)の後輩だが、暗黒転生したのが三十歳だった為、見た感じは第一夫人の風格がある。肌は白いが、どちらかと言えば血色が悪い・・・。というのも、暗黒転生でハズレ枠のゾンビになってしまったからだった。

 元々、光の神を信仰していただけに、転生に不安を抱えていた。そのため、抗ゾンビ化の研究をしていて、市民が暗黒転生を試みるときに様々な成分を与えて臨床実験を繰り返していた。数々の失敗はあったが、ネギやショウガなどが有効であり 寒冷地ならば更にゾンビ化が遅くなると突き止め、自分がハズレた時の準備をしてきた。
 結果として、自分も助かり後に続いた転生者たちの命を救うことができ、抗ゾンビ薬を支給していることによって、彼女と北魔術師連盟の求心力を高めることに成功した。


 ソドムのことは結婚する前から興味深く思っていたが、愛というほどではなく、どちらかと言えばレウルーラの方を好いている。「ルーラ姉」と、昔から子犬のようにまとわりついていたほどだったので、寵姫として潜り込んだ現状は心地よく、レウルーラ同様に魔術師としてソドムに認められ、国家を担う重責にやりがいを感じていた。それどころか、国の行く末を一番考えている苦労性かもしれない。

 彼女は先の二人とは また違うタイプで、グラマラスボディにフィットした黒絹の服を着ている。ロングスカートのスリットから覗く太ももは男を狂わせるほど魅力的で、意図しなくとも視線はそちらに向いてしまうほどだ。薄紫の長髪は作業の邪魔にならぬよう後ろで結ばれ、敵襲に備え 手には魔導書を携えている。

 趣味は仕事。多忙な日々の合間に旧大和帝国のカラクリ人形やネジ巻き時計を分解して、ギアやゼンマイの構造を調べたり、女子でも扱える武器を試行錯誤していたりする。

 作戦や創作物は壮大なものを好むが、自分の意見を曲げず・助言も聞かずに推し進める場合があり、結果アイディアが空回りして失敗する意外な一面があったりもする。


 とまれ彼女は忙しい。北魔術師連盟の導師たちを取り仕切るだけではなく、幼年学校の学長もしているのだ。教育により識字率を高め国民の質を上げるとともに、魔術の才がある子供を見極め 自らの弟子として育てたりもしていた。
 さらにソドムからの宿題もしなくてはならなかった。地殻変動による大波がおさまった時、各国の交易が盛んになると同時に、その護衛や貿易などに戦艦の需要があると見込んで、ソドムが宮廷魔術師長に戦艦の開発・建造を命じていたのだ。

 それだけではない、冴子が古文書を解読して試作に成功した 火薬を用いた「大砲」を搭載した、風や人力に頼らない安定した推進力の戦艦・・・という無理難題であった。

 嘘みたいな話だが、当時の帆船は「風待ち」といって、後方もくは横から風が来るまでは帆とイカリを降ろして、ひたすら待たねばならず、二日の航海予定が一週間ズレたりするのはザラであった。

 斜め前からの風を推進力に変えて風上へ向かう技術は、これより百年待たねばならない。

 人がかいいで進むガレー船は、風に左右されないため軍戦に向く。ただ、人が多く乗船するため荷物があまり運べず、人件費がかかる上に、長い航海には向かなかった。ソドムは、それら問題の解決を冴子に期待していたのだった。


「おはようございます、ソドム卿」と、部屋に入るなり抑揚よくようのない声で他人行儀なあいさつをし、ベッドの横まで歩いて来てソドムを見下ろした。

 ソドムは咄嗟とっさに女性達から手を引っ込め姿勢を正した。ソドム的には彼女と敵対していた時期もあり、その強さは十二分に知っていて、そうでなくても格が違い過ぎたこともあって、つい「ちゃんと」してしまう。夜の営みでも、敬語になったりするらしい。

 冴子は、別に威張っている訳でもマウント取りたい訳でもないのだが、連邦王国時代から偉かったので、そのようになってしまうだけであって、常日頃 上から目線ではない。

「宰相殿から国の財政は聞いたと思いますが、私からは大陸の現状と・・・侵略者について報告いたします」と、彩子は微妙に心服してなさそうな敬語を言い放った。

「ちょ、ちょっと待て。・・・侵略者とは、穏やかではないな」動揺を誤魔化しながら訊ねるソドム。

「何ぃ~?俺も知らんぞ」と、宰相のタクヤまで驚いた。何やら兵たちが騒がしいとは思っていたが、鬼気迫るとは逆の陽気さを感じたので、剣術大会か何かイベントでもあると勘違いしていたのだ。

 それも仕方がない話で、二十年という長きにわたり、鍛錬を重ねてきた兵士たちは実戦に飢えていて、「これは好機」とばかりにお祭り騒ぎであった。

 訓練は散々してきたものの、身内相手では自分が世間で通用するのか分からなくなってきていたのと、平和で娯楽のない日々に飽きていたのだ。

「会敵したのは今しがたで、ゲオルグ将軍指揮のもと迎撃しております」冴子は落ち着いた口調で報告を続ける。

「近年 大陸でもチラほらと被害が出ている魔神まじん災害かと思われます。ある日 突然、地下迷宮の入り口が出現し、魔神と隷下の魔物が近隣に危害を及ぼすそうです。特に魔神は周囲の環境を変える力があり、それで滅びた街もあるのだとか」

「滅びた!?おいおい、ウチもやべぇんじゃねぇのか?」幼子を持つタクヤが、一瞬将来を悲観した。

 ソドムは冷静なのか、ピンときてないだけなのか初歩的な質問をした。

「え~と、魔神って何だっけ?いや、魔神とは、どのようなものか?」

「平たくいうなれば・・・デビルです。まあ、悪魔デーモンの上位互換もしくは神のごとき力を持った魔物といったところでしょうか。現在の二大主神である【光と再生の神ホルス】と【闇と力の神ダイン】によって、地下深くに封じ込められていた 土着どちゃくの神々や魔物と思われます」と淡々と応じる冴子。

「ほう、魔神ねぇ。言われてみれば、この土地の寒さや吹雪は異常だな。いくら、大陸より北だからといって、こうまで気候が変わるとは思えん」タクヤは、封じられていたような相手ならば、弱点もあるだろうと思い、少し冷静さを取り戻した。20年、この地で人間として寒さに耐えてきたため、魔神災害というのも腑に落ちた様子を見せた。

「ええ、年々極寒の地域が拡がってきたのは、寒さをもたらす魔神が、地下の深層から地上を目指して掘り進んで近づいて来た・・・と考えれば説明がつくかと」

「なんなんだよ、ソイツらは。ただの伝説とかじゃなかったんか?だいたい、何の得があって資源もなにもない極寒の島に攻め込んでくるんだよ・・・。しかも、波が治まって大陸進出しようとしているこの時期に」起きて早々 頭を抱えるソドム。わけのわからない勢力に攻め込まれるなど、さすがに想定外だったらしい。

「想定外は私も同じです。詳しく説明しますので、とりあえず お二人を起こしてください。とくにルーラねえに聞いてもらって、今後の方策を決めなくては」

 つまり、何も考えていないソドムでは話にならないということを遠回しに伝えた。ソドムは、いざという時に世界で一番頼りになるが、普段はシュラと一緒におふざけで行動したり、デマカセでテキトーに乗りきったりと、信頼性は高くない。

 ましてや最強魔獣に変身できなくなったソドムは、その名残で内から湧き出る 無限と言うべき魔力はあっても、容量不足で蓄積することができず、魔術の鍛錬不足からか放出する出力も小さいため、強力な魔法は使えない。戦闘では置物と化していると言ってもいいだろう。

 影王シャドーロードという敬称は、事情の分からない民草がつけただけであって、四賢者たる冴子からしてみれば、情夫もしくはヒモ・・・というのは言い過ぎだが、少し魅力が減ってしまった存在であった。

 好きではある、頼りにもしている、「でも、昔ほどでは・・・」と思いつつ、たまに突飛な発想や革新的な案を出してくるので惚れ直す、そんな状態であった。

けいの言はもっともである。再度 説明するのも骨が折れるというものだからな」ソドムは我に返り、若干の威厳をみせてから 「おい、起きろ寝坊助たち!」と言って、自分で永い眠りにつかせた二人の肩を激しめに揺すって目覚めさせた。


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 さかのぼること三十年前、


 連邦歴1000年、「世の災厄は、邪教徒の仕業」そうささやかれていた暗黒時代。いや、言い方を変えれば・・・風邪や腹痛すらも闇の教団のせいにされた、闇信徒や亜人にとっての暗黒時代。

 光の神ホルスを信奉する連邦王国は、長きに渡ってアスガルド大陸を治めてきたが、極東にある島国の大和帝国に侵略を受け、大陸北東部を失った。その後、二大国の小競合いは十年続く。


 連邦歴1010年、わらべと老人しか信じていないような預言・迷信の類だった、世界を滅ぼす「終末の双頭竜」が実際に現れて状況が一変する。闇の教団の最高司祭にして、魔族の長である影王ソドムが人間たちを一掃するために召喚したのである。

 もはや、覇権のために人間同士が戦争している場合ではなくなった。

 その双頭の黒竜は、城のように巨大な体躯で空を覆い、二つの口から放たれる火炎ブレスで街や人を安々と焼き払った。それには躊躇ためらいなどなく、焼畑農法のように必要悪を淡々と行う様は、神々に仕組まれた役割をこなしてるようにみえた。まさに終末竜デスドラゴンであった。


 あまりの惨劇を目撃した人々は、この世の終わりを予感したという。 


 神話以降、神が人類や生物を殺した数は、悪魔がそれらを殺した数の数千倍であるという。その際の無慈悲さは、人が害虫に対処するに近かろう。

 神が世界の滅びを望んでいるか、はたまた人類に試練を与えているのか・・・いずれにせよ、当時の人々にとっては迷惑千万この上なかった。


 神の裁きのような双頭竜の暴走を、座して観ている人類ではない。若き連邦王アレックス=ガンダルフは、不倶戴天の敵である帝国と和睦し、共に戦う決断を下す。

 また、大陸中央の山林に隠れ暮らしていた数多の亜人達も、この難局に立ち向かうべく人間たちと共闘した。

 が、彼らが槍や弓矢などで攻撃しても、鉄の大楯がごとき鱗に鎧われている竜には効果はなかった。魔術師たちが雷などで攻撃しても、鱗数枚を焦がす程度で、ほぼ無傷。弱点と思われる冷気魔法は高度なため、習得者は世界で数名であり、とても対抗できるものではなかった。仮に『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれる伝説の武器があっても、空を飛ぶ相手が優位性を失ってまで わざわざ陸上戦に合わせてなどくれるはずもない。

 絶望的な戦い続いたが、各地で隠棲していた者たちが、重い腰を上げて参戦したのが転機となった。

 この世のことわりを知る大賢者ザームが老体にムチ打ちやって来て 禁術を用いて悪魔王デーモンロードを使役し、あらゆる病を癒やす唯一の聖女ユピテルは大天使アークエンジェルを降臨させ、召喚魔法を専門としている召喚魔術師レウルーラは竜王を操り参戦したのだ。

 これら三体は終末竜デスドラゴンが現れるまでは世界最強と言われていた生命体であり、その巨大さは終末竜にも劣らず、魔法やブレス そして爪牙による攻撃は人間達の比ではない。

 伝説の終末竜とはいえ、三体の苛烈な攻撃に耐えきれず、ついには地に叩き落された。

 終末竜が大地に落ちたことにより、人間側に勝機が見えた。連邦王国宮廷魔術師長サエコ=ガンダルフが操る巨大な石灰ライムゴーレム(クリスタルを埋め込まれた魔法で動く人型の兵。主に鉱石で造られる)で終末竜を押さえつけ、近距離から連邦軍による投石機と巨大クロスボウによる一斉攻撃、続いて騎士団・武士団が槍を構えて突撃した。


 死闘の末、光の神の末裔たる勇者ゼイター=ガンダルフ(アレックスの兄)が魔法の剣で 終末竜の首を刎ね、連邦王家に代々伝わる「封印の宝珠」で封印して禍根かこんを断った。

 この戦いは人間同士の争いなどの比ではなく・・・人間の軍隊を蟻の集団として例えるなら、それらの生活圏で猛獣たちが激闘を繰り広げているようなもので、近場にいたものは巻き込まれて死に絶えている。
 つまり、大賢者ザームらが登場したくだりは、遥か遠くの安全な場所から見たものであり、想像や誇張も含まれるため後世の歴史家は信憑性に疑問を抱くことになる。激戦地での生存者は、物語サーガの英雄たち以外ほとんどいないのだから当然だろう。


 何はともあれ、この決戦で大きな功績をあげた勇者と四賢者は、後のちに「五英雄」と呼ばれ、終末竜を召喚した 闇の申し子「影王ソドム」との戦いを表現した物語サーガ「五英雄と影王」は語り継がれた。


 物語には続きがある。一連の黒幕である影王が健在だったからだ。勝利に勢いづいた諸将は影王ソドムの討伐のため、大陸南東にある城塞都市ソドムシティに殺到し大軍で包囲した。



 人類全てを相手にするような圧倒的な戦力差に、勝ち目はないと悟った影王は、自らの拠点である 半島そのものを魔法で大陸から分断し、その島を強引に動かして 大陸の遥か北方に逃れた。そして、追撃を避ける為、荒波とブリザードの結界を張り 大陸と断行し、彼の眷属と共に深い眠りについた・・・。これが、後のコキュー島である。


 影王による大魔法は、彼の領土のみならず、アスガルド大陸に前代未聞の地殻変動をもたらした。


 大陸の南半分ほどの地が隆起して、大陸を南北に分断してしまったのだ。その高低差は百メートルに及び、南北の交流は困難になった。

 温暖で肥沃な南の高地にある連邦王国と、寒冷地が多くを占め 大地が隆起したことによる津波や塩害の影響で生産力が低下した北部とに分かれたのである。

 連邦の人々は、断崖を乗り越えて来るであろう魔物や難民を寄せ付けぬため、崖沿いに長大な壁を築いた。

 その壁は大陸を東西に貫き、南北を完全に分断するもので、豊かな暮らしをしている連邦の民は、次第に優越感を覚え 自らが住む南部を天界、崖下の貧しい北部を下界と呼ぶようになった。  


 大陸だけの騒動と思われた地殻変動は、時間差で連邦の仇敵である島国・大和帝国本土に大津波という形で襲い掛かった。これにより都市部・港湾は崩壊、人々は波に飲まれ、農地は塩害により壊滅的な被害に遭い、なんとか生き残った帝国民も食糧難で ついには餓死した。

 侍の国である帝国は滅び、生き残りは大陸北部を侵略・占領していた僅かな者たちしかいなくなっていた。

 これにより大陸での連邦と帝国の戦力バランスが大きく変わり、帝国残党は北の辺境部族程度の脅威でしかなくなった。

 連邦王アレックスは一連の混乱からいち早く復興すべく、大陸を東西に横断している断崖の両端に城と街を築き、北からの脅威に備え、内政に専念した。その偉業を称え、民からは叡王えいおうと呼ばれることになる。


 なお、西のタイタン城塞は嫡子ジオルド(1歳)に預けた。その後見人にして実質の城主は宮廷魔術師アジールであり、光の高司祭ミディアと共にジオルドの養育を任せた。

 この一見無茶な養育方針は連邦王国の伝統で、王族でも特別扱いはせず、家臣の下で厳しく育てることにより、貴族的な傲慢さがない 民に寄り添える人物になってもらうことが目的であった。


 東の要塞ユーロンは連邦王の兄であるゼイター公爵。終末竜を倒した勇者ゼイターは、連邦最高位の貴族であり、元々の所領が東部ということもあって、引き受けてもらった形となる。本来、連邦王になるべきはゼイターなのだが、何かと最前線にいたいタイプであることと、弟好きもあってアレックスを推挙して、自らは既存の領地と地位に落ち着いた。

 本拠のダリウム城に付随する領土もあるため、重臣リックを国境の防衛に就かせ、月に数回ゼイターが訪れ 連携を強化していた。



 連邦歴2030年、世界の滅びを回避してから二十年の月日が経った。叡王アレックスの治政は盤石のものになり、天界と呼ばれる大陸南部は更に豊かになって、人々は平和を謳歌している。


 皇太子ジオルドは成人し、西の要衝であるタイタン城塞と近隣の村を自ら管理している。2mはある恵まれた体躯は祖父ファウストに似たのだろう。幼少から剣術などの訓練を積み、叔父である勇者ゼイターを越す成長ぶりだと評判であった。それでいて、顔は父王アレックスに似て美形なので、まさにいいとこ取りだった。



 ゼイター公爵も東のユーロン要塞と領土を良く治めた。特筆すべきは、ゼイターが崖下(下界)と交流を持ち、双方に富をもたらしたことだ。皇太子ジオルドは、エリートの育成と軍拡に重きを置いていることから、両者の方向性は真逆であった。

 ゼイターは将来を見据えて、断崖を削って階段状にする工事を推し進め、転落者・けが人をだしつつも数年かけて完成させ、下界との行き来を可能にした。そして、崖下の波穏やかな湾に漁村を拓いた。

 これは画期的なことで、魚介に飢えた連邦王国の民から大いに喜ばれた。のみならず、下界の小覇王で北東にきょを構える 月山つきやま 出羽守でわのかみ 九兵衛きゅうべいとの貿易で大きな益を得ていた。ジオルドのタイタン城塞は、下界への移動手段が縄梯子なわばしご一本という貧弱さなので、陣営の考え方の違いがよく分かる事例だった。



 北に勢力圏を持つ月山 九兵衛は、旧大和帝国の大陸侵攻軍 総督・月山 七兵衛の孫娘で、本国が滅び 物資が不足して衰弱の一途を辿っていた帝国残党を取りまとめ、亜人部落などを糾合して、アクシー港を押さえている軍閥である。

 波が穏やかになって来た昨今、急速に勢力を拡大している。ちなみに開祖の六兵衛は唐揚げとモツ煮込みを売りにしていた定食屋で、七兵衛の代で武士として飛躍し、その子 八兵衛はウッカリものゆえに家督を譲られず、女だてらに九兵衛が跡を継いで今に至る。



 下界と呼ばれる大陸北半分は、未だに統一国家はおろか国すらない無法地帯のままで、かろうじて街や部落などが自治しているものの、他勢力に攻め込む程の余力はなかった。それらの治安を担っているのが、各集落などにある「冒険者ギルド」で、冒険者を雇い 近隣の魔物討伐や盗賊団の取り締まりをして、なんとか秩序を保っていた。


 そして最近、「冒険者ギルド」に登録する者が急増していた。原因は、下界の各地に地下迷宮ダンジョンの入り口が現れ、主である魔神が周囲の環境を壊したり、治安を悪化させることから、冒険者による討伐依頼が急増したのだ。また、それら魔神が大量の財宝を抱えていることが知られ、トレジャーハントがブームになったということもある。

 ダンジョンの入り口やマップの情報は、各冒険者ギルドで共有され、ギルド登録者には情報や依頼が来るため、冒険者ギルドへの加入が一気に増えた。


 もちろん、冒険者ギルドに所属せず、野良で活動するのも自由だ。ただし、その場合だと同業者からの妨害や横取り・・・最悪なケースでは殺害もありうる。街など冒険者ギルドが治安を受け持っている地域では殺人は禁止だが、野外はその限りではない。せっかくダンジョンを攻略しても、疲れ果てた帰り道に奪われる・・・というのはザラなのだ。


 ギルドに所属すれば、決められた戦闘時間ハッスルタイム以外は私闘は禁止なので、時間配分さえ気を付ければ、街までの帰路は比較的安全になる。さらに後述する三派閥に加入すれば、戦闘時間ハッスルタイムであっても、同じ派閥は攻撃禁止なので更に敵は減る仕組みになっている。



 最大派閥はアクシー港を本拠にする「アクシーズ」。月山 九兵衛が総帥であり、旧大和帝国・ギオン公国の残党や、竜王山脈が崩れたために 棲み処を追われた亜人勢力を糾合して、北部に強い影響力を持つ。


 西に支配地域がある派閥「タイタンズ」はタイタン城塞のジオルドが、叡王アレックスの許可を得ないまま活動している。
 叡王は、「北の人々に光の教えを押し付けてはならない」とは言い含めているが、侵攻してはならないとは言ってはいないので、命令違反ではないと言うのが彼の考えであった。ジオルドは、精鋭エリートによる天界・下界の統治、すなわち天下統一という野心を抱いている。

 タイタンズのエリートの中でも、ジオルド親衛隊には「勇者人間」というものがいる。孤児もしくは幼少期に親元から離され、集団生活と訓練づけにして育てらた者達である。その過程で素養のない者は はじかれ野に下り、18歳まで修行に耐えたものは、高司祭ミディアから勇者の資格を与えられるのだ。これは、失脚して最高司祭ではなくなったミディアが無理やり勇者にした「似非えせ勇者」というものであり、本物の勇者・ゼイター公爵には遠く及ばない。
 だが、勇者専用スキルの帰還リターンも自身限定ながら使え、神官戦士として修行もしたことにより光魔法での退魔・回復魔法も扱えた。また、サムライと同様の中距離攻撃魔法・武器への付与魔法まで使いこなせる隙の無い戦士・・・それが勇者人間と呼ばれる者たちであった。

 厳しい鍛錬に耐えてきた勇者人間は、生真面目で任務に忠実である。が、他者への嫌悪感や敵意が強く、友情や愛情とは無縁なため、敵に容赦はない。
 そんな彼らの性質を見込んだのが冒険者ギルドであった。ギルドでは、冒険者に随伴して、共に戦いながらも功績を伝える「聖印徒セイント」を必要としていて、勇者人間の強さと忠実さ、そして帰還スキルによって離脱できる点に注目していた。
 冒険者同士の戦いを公正に取り仕切ったり、お宝発見時のギルド取り分の確保、全滅時の冷徹なる資産回収役として最適だったのである。
 もちろん、セイントになった場合はタイタンズとの関係を一旦断ち切ってもらい、契約期間終了時にはセイントとして冒険者を導いた功績に応じ、ジオルドの下で富貴を手にする仕組みになっていた。それゆえにセイントは、公正ではあるが、冒険者たちをハイリスク・ハイリターンな方向へいざう傾向がある。(仮に全滅しても自分は生還し、ペナルティも少ないため)


 東の要塞ユーロンの下にある港湾を拠点にする派閥は「ユーロ」。タイタンズとは違い、積極的に支配地域を拡げる動きは少ない。
 勇者ゼイター自身の趣味が、昔からダンジョン攻略や悪の成敗であるため、下界は彼にとっての理想郷になったといってもいいだろう。強敵多く、冒険し放題。
 そして、光の最高司祭に勇者と認められて得た「帰還リターンスキル」によって、危険な時はパーティーごと瞬間移動して、最後に睡眠をとった場所きょてんへ逃れ、再起を図ることもできるし、攻略成功した時は楽に宝を運び出せるので、楽しくてしかたがないらしい。つまり、下界は趣味の場に過ぎず、野心はない。

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「~というのが大陸の現状になります。ここまではお分かり頂きましたでしょうか?」と、コキュー島で20年眠りについていた三人に、歴史と現在を伝える魔窟 冴子。相手の反応などお構いなしで、どんどん話を進めてゆく。

「それでは、この島の近況についてですが・・・」



 残念ながら、真面目に耳を貸しているのは同じ魔術師のレウルーラだけで、キングサイズのベッド上では、ソドムとシュラによる枕での小突き合いが始まり、だんだんエスカレートしていき枕投げに移行していた。

 シュラが子供の頃に、ソドムとの就寝前のコミニュケーションの一環で、投げ技や関節技の訓練(ソドムが、小柄で体重の軽い子供だったシュラを技の練習台にして楽しんでただけ)をしていた名残で、ついには乱闘にまで発展するのは茶飯事であった。

 子犬同士の追っかけっこが狩りの練習であるように、彼らなりの戦闘訓練といったところだろうか。

「シュラよ、お前は確かに強くなった。だが、それだけでは勝てぬことを教えてやる!」そう言って姿勢を低くして飛び掛かるソドム。タックルして押し倒すつもりであった。

 ソドムとしては、嫁入り前の少女相手だったがゆえにしなかった禁じ手を、寵姫にごうになった今なら遠慮なく使えるのだ。胸だろうが局部だろうが遠慮なく鷲掴みするつもりであった。

 だが思惑とは裏腹に、ベッドの上でのことなので瞬発力に欠け、モタモタと近づく結果となり・・・。

「甘めぇ~わ!こんのぉボケナスがぁ!」と膝蹴りで難なく迎撃されるソドム。

 しかも、シュラの両手で頭をむんずと掴まれての不可避かつ強力な膝蹴りをまともに食らった・・・それも鼻と目の間に。

「ぐはぁ」と呻き、後ろに倒れるソドム。物理耐性がない人間ならば即死の一撃であったが、鼻血が出るにとどまった。

 正妻であるレウルーラは、その惨状を見て「ぎょっ」とし、シュラを睨んだ。大事な話を無視して遊んだ挙句、怪我をさせたのだから当然である。対照的に冴子は気にも留めず淡々と話を続けている。

 さすがにマズいと思ったシュラは戦闘を止め、猫のような四つ足歩きでソドムにすり寄って怪我の具合を聞いた。

「ごめん、やり過ぎた・・・大丈夫?」

「むぅ、も・・・問題ない。このくらい回復魔法ですぐ治る」そう言って、ソドムは光の回復魔法を自らにかけて傷を治していく。不機嫌になったわけではないが、シュラを指さし「手加減してんだからな!俺はな、ホントは最強なんだぞ・・・本当だからな!」と、中年酔っ払いの自慢話っぽく、負け惜しみを吐いた。シュラは罪悪感から反論はせず「うんうん」と穏やかに頷いて優しくソドムの頭を撫でる。

 なぜ、闇の勢力代表たるソドムが光の回復魔法を扱えるのか・・・・。彼が若いころは、闇司祭とバレると死刑という時代だったので、信仰を隠しヒッソリ生きる必要があった。

 そのため、ソドムの内面に多少はあった光の神への信仰と優れた剣技とで、光の神殿より「君主ロード」の位を叙任してもらい(賄賂で買収したが)、連邦王国の騎士として表向き演じていた。それゆえ、効果はイマイチながらも、光の魔法を使えるのだ。

 なお、ソドムの見解ではあるが、光と闇の神は別に対立していないのではないかとも思っている。闇のトップである彼が世間に公表することはできはしないのだが。

 シュラは心配してソドムの血を手で拭って、皆からは見えない死角に顔を向け、ペロリと舐めた。
(・・・美味い!やっぱりコイツの血は最高ぉぉぉ!いくら魔人に転生したって、人の血なんかより牛肉のステーキとかのほうが旨いのに、ソドムの血だけは別格なのよねぇ。眷族の真祖だからなのか、元竜王様だからなのか・・・。じゃれ合ってるときにしか飲むチャンスはないのが悩みの種なのよねぇ)と、しみじみ思った。

「もう!バカなことやってないで話を聞きなさいよ、あなた達」レウルーラはソドムの無事を知って、声のトーンを落として二人を諭した。

「も、もちろん聞いていたぞ。大陸の情勢は分かった、あとは降り掛かった火の粉を払うだけだよな」と言って、レウルーラに優しく抱き着くソドム。

 レウルーラとしては、シュラのようにジャレたいのが本音だった。一昔前までは、魔法事故で10年犬だった名残で、レウルーラがソドムにいつもベったりしていて、常にソドムの膝に座っていたりしていたものだが、側室が出来てからは年長者としての余裕を見せたいがために自重していた。

「ちゃんと聞いていたのね」と、ソドムの顔を引き寄せレウルーラは口づけをした。

 それを見ているタクヤと冴子はバカバカしくなったが、もはや慣れっこである。

「おぃおぃ、大丈夫なのか?まるで、隣の家から回覧板がまわってきた的な反応しやがって」と、苦言を呈するタクヤ。普通なら、街に魔物が大挙して押し寄せたら、パニックどころの話ではない。

「そりゃそうだ、ゲオルグたち戦鬼兵団が出たものだから、すっかり安心してしまった。古き神だった場合は、苦戦もありうる。各方面から援軍を出さねばならんな」と、ソドムは三人の女性に目配せした。

戦鬼トロール兵団でも歯が立たないってことあるのかなぁ。アイツらなら、ドラゴンも倒せるって話聞いたことあるけどさ」シュラは、厚み1cmもある全身板金鎧フルプレートメイルに身を包んだ、怪力の2m級巨漢たちを思い出しながら言った。
 
 ソドムシティ虎の子の戦鬼兵団は、ただの重装歩兵ではなく、凄まじい再生能力を有したトロールで構成された十人を指す。ソドム初の暗黒転生実験体であり、失敗作。将軍であり兵団団長ゲオルグは、生物を食べると体力を全回復できる「食人鬼グール」、他の団員は「ゾンビ」という下級アンデットである。

 ただ、結果としてトロール族の再生能力によって、ゾンビとしての腐敗は防げたので、冷気耐性と毒耐性を得た再生能力搭載のスーパーアンデットとして、影王軍で最強の存在となっている。

「平和な日々も悪くないが、緊迫した状況もオツなものさ・・・」と言いながら、ソドムはのっそりと姿勢を正し、命令を発した。

「命を下す!宮廷魔術師長は配下の魔術師を招集せよ。シュラは、寝ている獣人・魔人を叩き起こせ。闇魔術師ダークメイジレウルーラは、神殿に協力を求めるべし。宰相タクヤは守備隊を指揮して民間人を安全な所に避難させた後、戦況を把握しやすい場所へ我らを案内あないせよ!」彼には珍しく、真顔で言い放った。

「ああ、それと・・・シュラ。吟遊詩人のトリスも呼んできてくれ。戦闘にはバックミュージックがないと盛り上がらないからな」と笑ってみせた。

「りょーかい!」シュラは、久々に会う銀髪の美男子を思い浮かべた。恋心は全くないが、便利なのだ彼は。

「一つ言い忘れた。戦時ゆえ、俺の目覚めを祝う言葉や催しは控えるように民と兵に伝えよ」

「御意」タクヤと冴子は軽く頭を垂れて承諾した。なにしろ、ソドムの人気は凄いもので、飼い犬が主人を出迎えるように老若男女が大騒ぎになるのだ。

 それは、眷族化を始める前からの事で、他の貴族の税が4~6割だった頃、ソドムは2割という低い税率に加え、『ミニスカ無税』という 一家の中でミニスカートで過ごす女子がいる場合は無税とする無茶苦茶な法律により、民の人気があがり、その恩恵に与あずかれない独身男も 目の保養になるので喜んだ。

 他にも、国でアパートメントを建てて安く貸し出したり、兵士の副業に職人仕事を定着させ 退役後の不安を取り払ったりと人々の生活を支えたものだ。(ちなみに、今の城壁もアパートメントとして安く貸し出していたりする)

 加えて、人の顔と名前を憶えてるたちのソドムは、彼らの仕事ぶりを褒めたり、話を聞いたりと民との距離が近い。その辺は、平民からの叩き上げのなせるわざなのかもしれない。

「楽しくなりそうね、さっそく着替えて行きましょう!」と言って、レウルーラはソドムの手を取りベッドを降りる。存亡の危機を楽しむあたり、タクヤ以外どうかしているのだが、皆がどうかしているので、それに気がつく者はいない。

「隣の部屋に皆さんの服があります、お気に召していただけるかと・・・」含み笑いをしながら、場を去ろうとする冴子。三人とも普通に会話していたが、下着のままということを忘れているのが可笑しかったのだ。さらにソドムから依頼されて用意した、エロさと戦いやすさを兼ね備えた服と装備を着た二人を想像して、ニタリと笑う。

「お、俺は一応別室で着替えるから、侍女じじょを一人をよこしてくれ。それと濡れタオルもな」変な所に気を使うソドム。

「心得ております、侍女たちは隣室に控えておりますのでご安心を・・・」そう言い残し、冴子は部屋を出た。
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