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第1章 それぞれの旅立ち

第10話 高級ワイン割るなよ・・・

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 最初に眠りから覚めたのはレウルーラ。魔法抵抗とは無関係の運であった。イタズラ好きのソドムとシュラでなくて幸いと言っていい。
 レウルーラは聖印徒であるクインを先に起こし、次にソドムらを起こす。目覚めた彼らはルゼッタを解放し、寝ているスペードを柱に縛り付けた。

「参ったぜ、俺達まで眠らされるとは…」ソドムは巻き込まれたことへの怒りはないが、トリスの魔曲の強力さに舌を巻いた。

「でも、簡単に片付いて良かったじゃない」レウルーラはトリスに微笑んだ。
(忖度ってやつよね。もっとも…、人質に向けている武器が棍棒なんだから、振り上げて振り下ろす間に仕留めることはできたんだけど)

「耳を塞いだりして自分らだけ防ぐことできないの?」やや怒り調子のシュラ。倒れたときに顔面を打ったのでイライラしているのだ。

「すいません!耳栓して試したことはあったのですが、見事に寝ておりました。ですが、寝付けない日は便利ですよ」と、銀髪の青年はやんわり返した。

「眠れないことなんてないから!」
 冒険者は過酷な環境で活動するため、食べれる時は食べる・寝れる時は寝ておかないと体が持たない。ゆえに大概の冒険者は食べて寝るのが得意なのだ。

「そう責めるな。おかげで任務完了だ」

 レウルーラは、呆然としているルゼッタに声をかけた。ルゼッタは、非現実的な戦いぶりの情報量が多すぎて、思考が追いつかないでいるのだ。

「ねぇ、怪我はない?」

「!? ええ、問題ないです」我に返り、手足を動かすルゼッタ。寝ていたとはいえ、興奮状態にあるため、顔のかすり傷には気がついていない。

 気が利くソドムが近寄って回復魔法をかけて、ルゼッタの傷を癒やした。なんだかんだ優しい男である。

 酒場で隣り合った時、過剰な装飾に加え、女を侍らしていたソドムに、「ろくでもない男」という第一印象を抱いていたルゼッタ。

「貴公は君主ロードなのですか!?」思わず言葉遣いを改めて聞いた。

「まあ、そうなるな。最高司祭パプワ殿に叙任されたのは何十年前か分からんが」

「数々の非礼に加え、救出していただき感謝の言葉もありません」と言って、王族ゆえに頭を下げ慣れていないルゼッタが、ぎこちなく頭を垂れた。何十年前というのは、何かの冗談だと思い軽く流すルゼッタ。まさか暗黒転生した魔人で、年を取らないなどと思いつきもしない。

「言葉がないじゃなく、ありがとうございます とか言えないの?」ちょっと頭の悪いシュラが突っかかった。

 育ちがいいので真に受けるルゼッタ。
「あ、申し訳ありません。助けていただき、ありがとうございます」と改めて礼を言った。

「おう。俺は君主のソドム、こっちの魔術師は妻のルーラ。あとは、戦士シュラに吟遊詩人のトリスだ」と、仲間を紹介するソドム。あえてレウルーラの名前は略称にしたのは、二十年前の四賢者として名が知られ過ぎているからだ。
影王シャドーロード影王女シャドークィーンだがな。ここは連邦王国でないから堂々と暗黒魔法を使っていいのだが、この娘は何かとうるさそうだから、わざわざ言う必要もあるまい)

「皆さん、夜遅くにお手間を取らせてしまい申し訳ありません」
(ソドム・・・、先の大戦の影王と同じ名前か。剣技はなかなかでしたが、この無法の大地では、極悪な名を語って箔を付けないと生きていけないのね)


 全てが片付いたので、クインが賊の首領であるスペードを叩き起こすため階段を降りてきた。ルゼッタの横を通り過ぎるときに立ち止まり、
「ルゼッタさん、リベンジで一騎打ちでもしますか?それとも、このまま刺していただいても構いませんよ」と、賊の生殺与奪を彼女に委ねた。

「お断りします。助けられた身で、この男を斬っても気が晴れるわけじゃない。貴方の言う通り、私の慢心が招いた結果なのだから」

「なるほど・・・」口元に微笑を浮かべるクイン。普通のセイントなら、賊を斬るなりして終わるところだが、クインは更なる功績を得たいと、狡猾な策を思案している。ソドムも似た考えを思いついていた。

「クイン殿、余罪がたんまりありそうな このケースは死罪なのだろうか?」
(確か・・・軽犯罪は収監して慈善活動、重犯罪は死罪か追放のはず)

「死罪になります」と、キッパリと答えた。

「だが、ギルドに協力的な態度を示し、利益をもたらすなら・・・」

「追放で済む場合もあります。二度と街に出入りできないよう、顔の目立つ場所に焼き印、もしくは刺青が施されますが」
(激しい尋問ありき・・・ですがね)

「わかった。では、男を起こそう」と言って、手を軽く上げてシュラに合図する。シュラは、手近にあった赤ワインのボトルをスペードの頭上にブン投げた。「ガシャ!!」という大きな音と、飛び散るガラス破片と内容物でスペードは目を覚ます。

「ひぃぃ!」わけのわからない状況に恐怖し、手で頭を覆いたかったが縛られていてできず、それが恐怖心を助長した。

「おい!」と、恫喝ぎみで声をかけるソドム。

「はいぃぃ!」仲間は死に、人質は奪われ、自分は縛られて絶体絶命であることを理解し始めたスペード。さっきまで「修羅の国」がどうとか言っていた威勢は微塵もなくなっていた。

「お前の負けだ。修羅の国って発想は面白かったが、完全無秩序っていうのは気に入らねぇ。やはり、ギルドが治安を維持しないとおちおち眠れんからな」

 隣にいるレウルーラは、目を丸くしてソドムを見ている。
(この人・・・、完全にギルドの狗になっちゃってるわね。あくまでもギルドを利用して、魔神を駆逐した後でコキュー島から侵攻するって目的を忘れてるような・・・。魔神討伐の戦利品で民の飢えの心配はなくなったけど、一気に暮らしが楽になる策はないのかしら)

「そんな面白いお前に朗報だ。ここに隠してある財を全て差し出し、取引先の名前を教えるのであれば、助命してやろう」ソドムは、しゃがみ込んで目線を合わせて、優しく笑ってからスペードの肩に手を置いた。物理耐性があるので、トゲトゲ肩パットなど全く気にせず、力いっぱいに。
(どうせ見つけにくい場所にあるのだろう、探す手間を考えれば逃がすほうがいい。キャッチ&リリース、また悪さして貯め込んだところを叩くのも良し)
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