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01-プロローグ
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魔法都市グラシア。
そこは魔法と科学が共存する夢の都市。
大昔、異世界からやってきた賢者が『科学』というものをこの世界にもたらし、魔法と融合させたことで急速に発展した。
そんな華やかな都市の片隅――人の手があまり入らず草花が伸び放題の土地に、足を踏み入れる男が一人。
歳の頃は三十代前半。後ろに撫でつけられた金髪は短く、身に纏うチョコレート色のスーツと革靴は上等な仕立て。
整った顔立ちも上等な衣服に相応しいが、寄せられた眉が険しい印象を強めていた。
「チッ……少し来ないとすぐこれだ。通路くらい確保しとけって言ったのに……歩きにくいったらありゃしねぇ」
上品な身なりに似合わない荒い言葉を吐きつつ、男は腰まで伸びた雑草をかき分けながら奥へと進む。
やがて蔦に覆われた古びた屋敷が姿を現した。
ノックもせずにドアを開けると軋んだ音が響く。
「おーい、来たぞ」
広い玄関ホールで声をかけるが、反応はない。
耳に届くのは柱時計の秒針だけ――しかも時刻は、男の腕時計より三時間も遅れていた。
「ったく……まさかまだ寝てんじゃねえだろうな」
柱時計を一瞥し溜め息をつくと二階へ上がる。
玄関ホール横の階段を登り切って三つ目の部屋、そのドアが僅かに開いていた。
「おい、起きろ」
ノックもせずに踏み込むと、壁一面に本棚を備えた部屋の中央、ソファの上に彼はいた。
鎖骨あたりまで伸びた銀髪は艶やかに輝き、雪のように白い肌には染みひとつない。
平凡なシャツに黒いズボンを纏っているが、眠る横顔には性別さえ感じさせない美しさが宿っていた。
そんな彼に男は容赦なく叫ぶ。
「起きろ!今何時だと思ってんだこの寝坊助!」
「起きてる……そんなに喚かなくても……起きて……ぐう」
「寝てんじゃねえか!!」
返事をしたかと思えばすぐに寝息。
男は彼の頬を加減しつつぺしぺしと叩きながら懐から一枚の手紙を取り出した。
「依頼が来てるぞ、人形探偵」
―――――――
人形探偵。
それはまるで人形のように美しく感情を見せない探偵を指す呼称だ。
この魔法都市グラシアではそこそこ名が知られているが、その正体を知るものはほとんどいない――彼の"身内"と依頼人の仲介役を務める男を除いて。
「今回の依頼はリバニー男爵家のメイドからだ。男爵家の家宝とされるルビーのネックレスが盗まれ、仲間のメイドが逮捕された。しかし犯人だとは思えないから助けてくれって内容だな」
「ふーん……」
ようやく目を開けた彼は、ソファにもたれたまま気のない返事をした。
「そんなの、僕が出なくても君のとこで解決できるだろ?テディ警部」
「その呼び方止めろ!!」
テディ警部と呼ばれた男はくわっと目を開くと反射的に怒鳴る。
それを見た彼は面白そうに笑った。
男の名前はティベリオ・ディアス。
魔法都市グラシアの警察組織に所属する警部で、職場では厳格さゆえに恐れられている。
だが彼にとっては格好のからかい相手だった。
「君のフルネームはティベリオ・ディアス。だから頭文字を取って、テディ。可愛いだろ?」
「どこがだ!!名前で呼べっていつも言ってんだろうが!!」
いくら怒鳴っても、彼は涼しい顔のまま。
「とにかく依頼の手紙に目を通せ。それから着替えろ、髪も結べ。依頼人に会いに行く」
「えー……面倒だなぁ」
そうぼやきつつ、彼はティベリオの差し出した手紙を受け取ろうと手を伸ばす。
ゴトン
重い音と共に床に落ちたのは――彼の手首から先だった。
「あ、取れちゃった」
「っ……!!」
一瞬ぎょっとしたティベリオだが、すぐに冷静を装う。
「……何度見ても慣れねぇな」
眉間の皺を深くしたティベリオの呟きに彼は楽しそうに笑う。
落ちた手首を拾い上げて腕にねじ込むように装着した。
「そろそろ慣れてもいいと思うけど?僕が本物の人形だってことに」
――彼の正体、それは本当に命を宿した人形。
人々はその美しさと無感情さから"人形探偵"と呼ぶが、ティベリオだけは真実を知っている。
「ほっとけ。……依頼人の前では絶対に手首を落とすなよ」
「分かってるって。出かける前に緩んでないか点検するから……あ、それともテディが僕の全身をチェックしてくれる?」
にこりと微笑みシャツを脱ごうとする彼にティベリオは傍らにあったクッションを投げつけた。
「へぶっ」
見事に顔面に命中。
「馬鹿言ってねぇでさっさと準備しろ、人形探偵――セシル」
ティベリオに名を呼ばれたセシルは肩をすくめて面倒くさそうに返事をした。
そこは魔法と科学が共存する夢の都市。
大昔、異世界からやってきた賢者が『科学』というものをこの世界にもたらし、魔法と融合させたことで急速に発展した。
そんな華やかな都市の片隅――人の手があまり入らず草花が伸び放題の土地に、足を踏み入れる男が一人。
歳の頃は三十代前半。後ろに撫でつけられた金髪は短く、身に纏うチョコレート色のスーツと革靴は上等な仕立て。
整った顔立ちも上等な衣服に相応しいが、寄せられた眉が険しい印象を強めていた。
「チッ……少し来ないとすぐこれだ。通路くらい確保しとけって言ったのに……歩きにくいったらありゃしねぇ」
上品な身なりに似合わない荒い言葉を吐きつつ、男は腰まで伸びた雑草をかき分けながら奥へと進む。
やがて蔦に覆われた古びた屋敷が姿を現した。
ノックもせずにドアを開けると軋んだ音が響く。
「おーい、来たぞ」
広い玄関ホールで声をかけるが、反応はない。
耳に届くのは柱時計の秒針だけ――しかも時刻は、男の腕時計より三時間も遅れていた。
「ったく……まさかまだ寝てんじゃねえだろうな」
柱時計を一瞥し溜め息をつくと二階へ上がる。
玄関ホール横の階段を登り切って三つ目の部屋、そのドアが僅かに開いていた。
「おい、起きろ」
ノックもせずに踏み込むと、壁一面に本棚を備えた部屋の中央、ソファの上に彼はいた。
鎖骨あたりまで伸びた銀髪は艶やかに輝き、雪のように白い肌には染みひとつない。
平凡なシャツに黒いズボンを纏っているが、眠る横顔には性別さえ感じさせない美しさが宿っていた。
そんな彼に男は容赦なく叫ぶ。
「起きろ!今何時だと思ってんだこの寝坊助!」
「起きてる……そんなに喚かなくても……起きて……ぐう」
「寝てんじゃねえか!!」
返事をしたかと思えばすぐに寝息。
男は彼の頬を加減しつつぺしぺしと叩きながら懐から一枚の手紙を取り出した。
「依頼が来てるぞ、人形探偵」
―――――――
人形探偵。
それはまるで人形のように美しく感情を見せない探偵を指す呼称だ。
この魔法都市グラシアではそこそこ名が知られているが、その正体を知るものはほとんどいない――彼の"身内"と依頼人の仲介役を務める男を除いて。
「今回の依頼はリバニー男爵家のメイドからだ。男爵家の家宝とされるルビーのネックレスが盗まれ、仲間のメイドが逮捕された。しかし犯人だとは思えないから助けてくれって内容だな」
「ふーん……」
ようやく目を開けた彼は、ソファにもたれたまま気のない返事をした。
「そんなの、僕が出なくても君のとこで解決できるだろ?テディ警部」
「その呼び方止めろ!!」
テディ警部と呼ばれた男はくわっと目を開くと反射的に怒鳴る。
それを見た彼は面白そうに笑った。
男の名前はティベリオ・ディアス。
魔法都市グラシアの警察組織に所属する警部で、職場では厳格さゆえに恐れられている。
だが彼にとっては格好のからかい相手だった。
「君のフルネームはティベリオ・ディアス。だから頭文字を取って、テディ。可愛いだろ?」
「どこがだ!!名前で呼べっていつも言ってんだろうが!!」
いくら怒鳴っても、彼は涼しい顔のまま。
「とにかく依頼の手紙に目を通せ。それから着替えろ、髪も結べ。依頼人に会いに行く」
「えー……面倒だなぁ」
そうぼやきつつ、彼はティベリオの差し出した手紙を受け取ろうと手を伸ばす。
ゴトン
重い音と共に床に落ちたのは――彼の手首から先だった。
「あ、取れちゃった」
「っ……!!」
一瞬ぎょっとしたティベリオだが、すぐに冷静を装う。
「……何度見ても慣れねぇな」
眉間の皺を深くしたティベリオの呟きに彼は楽しそうに笑う。
落ちた手首を拾い上げて腕にねじ込むように装着した。
「そろそろ慣れてもいいと思うけど?僕が本物の人形だってことに」
――彼の正体、それは本当に命を宿した人形。
人々はその美しさと無感情さから"人形探偵"と呼ぶが、ティベリオだけは真実を知っている。
「ほっとけ。……依頼人の前では絶対に手首を落とすなよ」
「分かってるって。出かける前に緩んでないか点検するから……あ、それともテディが僕の全身をチェックしてくれる?」
にこりと微笑みシャツを脱ごうとする彼にティベリオは傍らにあったクッションを投げつけた。
「へぶっ」
見事に顔面に命中。
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