23 / 120
1-6章 異邦の拳法家
1-6-3 賑やかな夜
しおりを挟む◆
その日の夕飯は、珍しく賑やかなものになった。
ガキンチョをからかうのはなかなか楽しい。
彼女も彼女で、どんどん乗ってくるので際限がなかった。
「おっさんに頼むのもアレだけど」
もうタツノは怒りを隠そうともせず、乱暴な口調で言う。
「私を傭兵事務所に登録させてよ。できるんでしょ?」
「おっさん? 誰のことかな?」
「マギちゃんを登録させられたんだから、できるわよね」
うーん、まぁ、出来なくはない。二人の保証人は、俺とマギがやれば良い。
「なぁ、マギ。このガキンチョには何か優れた点があるのかな。剣を持っているわけでもない、槍を持っているわけでも、弓を持っているわけでも、銃を持っているわけでもない。なのに傭兵か? そこらの料理屋で女給の仕事を探した方がマシじゃないか?」
からかいというか、怒りという炎にじゃんじゃん油を注ぐつもりで言ってみたが、案の定、タツノは爆発した。
「私には拳法がある! 両親が磨き上げた技を私は全部、身につけているんだ!」
「拳法?」
久しく聞かなかった単語だな。
「拳法ってなんだったかな? 自殺の方法か?」
さすがに言いすぎたかな、と思ったが、タツノは怒りが強すぎて、逆に冷静になったようだ。正確には、冷酷になった、と言えるかもしれない。
「表へ出ろ、このオヤジ」
「それが手っ取り早いな」
俺はさっさと席を立った。剣を持つまでもない。
二人で表の通りに出る。申し訳程度の明かりしかないが、相手が見えれば十分だ。
「手加減してあげてよ」
そっと小娘が助言してくるが、はっきり言って、手加減するつもりはない。
こういう跳ねっ返りは、徹底的に打ち据えて、身の程を理解させるしかない。
通りにはちらほらと人、もしくは悪魔がいたが、素通りしていく。
ま、ちょうどいい時間帯だな。
「さ、かかってこい」
俺はただ突っ立って、ガキンチョと向き合った。ガキンチョは怒りに駆られているようだが、それでも静かに構えを取った。
なるほど。様にはなっているな。訓練が十分なのもわかる。
さてさて、どうやって料理してやろうか。
俺が動かないので、ガキンチョも動かない。攻めてこいよ、と挑発してもいいが、そこまでお膳立てするのも微妙かもな。もっとも、こちらから攻めることも、お膳立てではある。
俺は堂々と間合いを詰めた。
普通に歩いただけだ。
ガキンチョの姿が搔き消える。
速いが、速いだけだ。
拳の一撃を、俺は弾き飛ばす。ガキンチョが加速し、三連突き。
全部、弾き飛ばした。
遅いなぁ。これならマギの方がまだ速いぞ。
回し蹴りを背を逸らして回避してやる。かすりもしない。
ちょっと趣向を凝らしてやろうと思いつき、俺は足の動きをすべて止めて、上体の動きだけでガキンチョの連続攻撃を捌いてやった。
最後に、と彼女の手首を掴んで、投げ捨てようとする。
が、ここで予想外の事態が起きた。
普通だったら肩から手までの関節か途中をへし折られないために、自ら体を逃す。
だがそれをタツノはしなかった。
さすがに手加減しきれず、鈍い音ともにタツノの手首の関節が砕けた感触があった。
「えっ」
声を上げたのは俺ではなく、マギだ。
俺はといえば、タツノの手を解放し、距離を取っている。彼女の回し蹴りが初めて俺の顎を掠めていた。直撃すれば意識を失ったかもしれない。
まあ、当たらなかったわけだが、癪ではある。
タツノはまだ構えを取っているが、右手首から先には力が入っていない。
「何のつもりだ? その怪我でどうやって傭兵をやるつもりだ」
「すぐ治るわ」
彼女は痛みは感じるようで、表情こそ平静だが、脂汗が流れている。
「治るわけあるか」
俺はタツノに歩み寄る。それに対する反応は、蹴りだったが、俺はそれを掴み止め、今度は、肉を切らせて骨を断つ戦法を使わせず、即座に組み伏せ、その上で万全に絞め落とした。
「ちょっと、エドマ!」
小娘が駆け寄ってくる時には、安らかともいえる顔でタツノは意識を失っている。
「医者を呼んでくるから、お前の寝室に運んで、応急処置でもしておけ」
くそ、胸糞悪いな。ガキンチョとはいえ、女で、子供を締め落とすとは俺もどうかしている。
懇意の悪魔の医者を尋ねると、すでに病院は閉めているし、晩酌の最中でベロンベロンに酔っていた。奥さんの悪魔が嫌そうな顔をしたが、俺は構わず医者を部屋に引っ張っていった。
酒臭い医者に嫌そうな顔をする小娘は放っておいて、ガキンチョを診察させる。
「どこが折れているんだね? これのどこが?」
「は?」
俺は慌ててまだ眠っているガキンチョの手首に触れてみた。
腫れてはいるが、触れてみても違和感はない。ちょっとひねった程度にしか見えなかった。
だが、彼女の手首を砕いたのは俺だし、俺がまさか勘違いするわけもない。
「いや、折れたはずだが……」
「悪いが、帰るよ。まだ飲み足りん」
医者はそんな言葉を残して、俺が渡した紙幣を手に去って行った。
「応急処置した時、どうだった?」
リビングでまるで幽霊でも見たような顔のマギに尋ねると、彼女がかすかに怯えた声で言った。「それが、ひとりでに治っていって」
「ひとりでに?」
「そう、あれは、すごい治癒魔法の気配がした」
治癒魔法ではない、と俺はすぐにわかった。
何故なら、小娘が常時発動している魔法拒絶場に、ガキンチョは入っていたはずだ。
それでも治癒が発動したのなら、それは魔法ではない。
「本当に治るんだな……」
「え? どういうこと?」
「あいつが自分で言っただろ、俺が手首を砕いた直後に。すぐ治る、って」
ああ、そういうこと、と小娘が頷く。
「つまり織り込み済みだったんだ、腕を犠牲にしてもエドマを倒す、そういうつもりで攻撃したってことか」
「小癪だが、しかし、傭兵向きの技じゃない」
そうなの? と視線でマギが視線を向けてくる。
「そうだろ? あいつの治癒はたぶん、自分にしか作用しない。そりゃ一人で戦っているのなら、怪我を負ってもすぐに治るのなら、疲れ切るまで、装備が尽きるまで、戦える。だが地下迷宮はそんなに都合は良くない。大勢の敵と戦うし、自分の背後には大勢の味方がいる。敵は治りきらないほど傷つけようとする。味方はあいつの戦いにはついていけない。不向きだよ。俺が言うのも変だが、本当の傭兵は連携ができなくちゃな。一人きりじゃ、行き詰まっちまう」
微かな物音がして、俺はそちらを見た。マギも振り返る。
そこにはガキンチョが立っていて、俺の話を聞いていたのは明らかだ。
どういう反応をするのかな、と思ったら、ガキンチョの奴、脱兎の如く走りだし、部屋を飛び出していった。
「お前が連れてきたんだ」
ソファに横になりつつ、小娘に投げやりに指示する。
「お前が面倒を見ておけ」
マギは何か言うとしたが、結局、黙ってガキンチョを追っていった。
やれやれ。
これが賑やかな夜の結末かと思うと、うんざりするよ。
うんざりする、本当に。
(続く)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる