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2-6章 刻まれる名前

2-6-1 似合わない仕事

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     ◆

 何が面白くてこんな仕事をしているのやら。
 俺とサーヴァは協力して太い材木を運んでいた。
 場所は第六縦穴で、もう数え切れないほど地上と第一階層を行き来している。
「助かるぜ、助っ人さん」
 ツナギの作業着を着た二人組が、俺たちを追い越していく。くそ、なんか不愉快だな。体力じゃ負けないつもりだが、しかし連中の熟練度には負ける。
 第一階層の半ばにある建設途中の拠点に材木を置き、二人で体のコリを伸ばしつつ、すぐに地上へ戻ることになる。
「こんな仕事をして稼ぐほど、俺たちって切迫していたっけ?」
 思わずサーヴァに声をかけたが、返事はない。
 切迫していない、という返事だ。もちろん、俺だって生活に困っちゃいない。
 そもそもこの仕事は暇つぶしなのだ。
 傭兵事務所で声をかけてきた土建屋の若者が、護衛を探している、と話したのが全てのきっかけだった。それほど大人数を雇うつもりがなく、少数で力量に保証がある奴を使いたい、というのだ。
 俺とサーヴァは、それほど自分を安売りするつもりもなかったが、俺たちがパーティーを組まないはぐれものの傭兵で、安売りも何も、安い賃金しか設定できない。
 まあ、それよりもその若者が気持ちの良い奴で、少なくとも俺はやる気になった。
 サーヴァの意見は知らん。ついてきたってことは、やる気なんだろう。
 結局、それから何往復か材木を運び続け、例の若者の一言で休憩になった。
「お疲れ様、おふたりさん」
 例の若者、カラスマガやってくる。
 カラスマ組と名乗る土建屋の御曹司、などと自分で言っていたが、カラスマ組などという土建屋は知らないし、ここで働いている連中も全部で十人ほどだ。非常に小規模である。
「ほら、水だ、うまいぜ」
 受け取ったボトルの水を飲むと、確かに美味い。疲れているせいだろうか。
「あんたらの助力もあって、工事は予定通りに進んでいるよ」
 危うく水を吹き出すところだった。
 俺たちの助力があって、予定通り?
 俺たちがいなかったら、遅れているのか?
「あまり気にするなよ」カラスマガ笑う。「終わり良ければすべて良しだ。期限までに出来上がればそれで問題ない」
「私たちは護衛のはずだが?」
 さすがにサーヴァが耐えきれずに質問しても、カラスマは平然としている。
「金は払うよ。悪魔が来たら相手をしてくれればいい」
「私たちが現場から離れた場所にいたら?」
「俺たちはさっさと逃げる」
 おいおい、雑すぎるだろ。
 そう思ったが、俺はおもわず笑っていた。可笑しい奴だな。サーヴァが胡乱げにこちらを見てくる。
「いいじゃないか、サーヴァ。働いてやろうぜ」
「傭兵としての誇りを失ったか?」
「材木運びで失われる誇りなんて捨てておけよ」
 ムッとするサーヴァの肩をカラスマが叩き、「任せたぜ」と離れていった。
 夕暮れまで材木運びをして、解散になる、と思ったら土建屋たちが食事に行くと言い出し、俺はついていくことにした。サーヴァがどうするかと思ったら、無言だったが、ついてくるようだ。食事代くらいは払わせよう、という小狡い発想の可能性もある。
 地下迷宮を出て、西通りへ向かう。十人を超える集団で、通りを行く間も大騒ぎしている。
 西通りに食べ物を出す店は少ないはずだが、と思っていると、連中はぞろぞろと脇道へ入り、さらに奥へ。
 と、前方に看板が見えたが、あまりに路地の奥過ぎて、薄暗くて遠くからは見えない。その店に連中が躊躇いもせずに入っていき、俺たちも続く。入る寸前に看板を確認。例によって肉料理の店らしい。
 店内は誰もおらず、一瞬で貸切になった。
 土建屋たちは慣れた様子で大声で注文を連続させ、店員も慣れた様子で注文を伝票に記していく。
 俺とサーヴァが注文しなかったのは、あまりに連中が大量に注文するので、その食べきれない分を食べればいい、という変な遠慮だったが、彼らは不思議なものを見るようにこちらを見ていた。
 まぁ、この気遣いは無意味だとこの直後、はっきりするわけだが。
「どういう胃袋をしているんだ……?」
 思わずつぶやくほど、彼らはよく食べてよく飲んだ。
 傭兵たちも食べる方だが、この土建屋たちは異常だ。一人で十人前くらい食べたのではないか。俺とサーヴァも結局は注文したが、なんか、連中のあまりの食べっぷりに気勢を削がれた感は否めない。
 だって、さぁ……。
 食事が終わると連中はあっさりと席を立ち、会計はカラスマが全部持った。その辺はさすがは御曹司ではある。
 店の前で解散になり、土建屋たちは散っていった。
「お疲れさん、二人とも。これが今日の分の報酬」
 あっさりと紙幣が差し出される。封筒に入れたりしないらしい。
 剛毅というか、無頓着なんだろう。サーヴァがひったくるように金を受け取り、「明日もか?」と尋ねている。契約は五日間で今日はまだ一日目。
「明日もだ。そういう約束だろ?」
「私は傭兵だ」
「いいじゃないか、旦那。たまにはこういう仕事も勉強するべきだ。じゃあな」
 反論から逃げるようだが、カラスマは堂々とした態度でそう言うと、去って行った。その場に残ったのは俺とサーヴァだけで、サーヴァがものすごい目で俺を見てくる。
「良いじゃないか、サーヴァ。気分転換だと思えよ」
「それなら剣術の稽古をした方がマシだ」
「土建屋も地味に訓練になるぜ」
 地下迷宮と地上を、材木を背負って移動する。基礎的な体力作りにはなる。
 納得できないという顔のサーヴァが、溜息を吐くと、
「またな、アルス」
 と、俺に背を向けて離れていった。なんとか奴も自分を納得させたらしい。
 俺も自分の部屋に戻りつつ、考えていた。
 たまにはこんな仕事も良いだろう。何より安全だ。
 俺はあまり安全を考えないし、むしろ危険な場所こそが自分に合っていると感じる。命が危ない、という緊張感、綱渡りをするような感覚が、俺を高めるし、俺の技を冴え冴えとさせるとさえ思う。
 だから、この前の吸血鬼の件は考えさせられた。
 俺が危険にハマるのは良いし、サーヴァも、俺の勝手な都合ではあるが、許容できる。
 しかしリーンは、どうも、ダメだ。
 彼女には安全な場所で、落ち着いて生活して欲しいと思う自分がいる。
 なんでだろう? それは俺自身にもよくわからなかった。
 帰りがけに銭湯に寄って汗を流した。部屋に戻る前に家主に声をかけると、家賃の支払いをせがまれ頼んで、ついさっき、カラスマから受け取ったばかりの紙幣をそっくり渡した。老婆が嬉しそうに笑って下がっていった。
 俺は自分の部屋で装備を全部外し、ベッドに横になる。
 きっと、ずっと簡単な仕事をすることはできない。どんどん場違いだと感じるだろう。サーヴァは今日の時点でそう感じたようだった。
 結局、俺たちは命を賭けるのが好きな、ちょっとおかしな人間なんだろう。
 それでもいいか。もう両親もいないし、俺を待っている人もいない。
 パーティーを組もうとしない自分の心理を、あまり深くは分析しなかったが、俺は身一つの根なし草で、何の束縛も受けたくなかったのかもしれない。
 ベッドの上で目を閉じると、眠りはすぐにやってきた。
 どこかスッキリしない疲労が俺を包み込んだ。





(続く)
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