上 下
104 / 120
3-6章 実験対象

3-6-4 爆破

しおりを挟む

     ◆

 エウロパの店に戻りつつ、私はセイルに説明した。
「この街で生活する悪魔は、穏健派悪魔が大半だけど、穏健派の中にも派閥がある。私を狙った連中みたいにね」
「名前は?」
「いくつかあるけど、「鉄槌派」とか「闇色」ね。鉄槌派は本当に過激で同志は少ないみたいだけど、闇色は少しずつ力を増している」
「彼らの目的って何だ?」
 私は少し唸ってしまった。
「悪魔同士の争いを避けること、かな」
「お前、目をつけられているだろ」
 だから唸ったわけだけど。
「前に私を襲ったのも、そういう連中かもしれない。ただ、逆の動きもあるの」
「逆?」
「人間との共存のために、同族で争うのを認める派閥よ。もちろん、全てを許す、認めるわけじゃないけど、共存を第一に考えるのね」
 へぇ、とセイルが呟く。
「じゃあ、さっきはどうして助けてくれた?」
「それはあんたの方がわかるでしょ。さっきの魔法使いが悪魔を実験材料にしたからじゃないの?」
 そういうことね、と勝手に納得してセイルは歩き続ける。
 私は私で、疑問があった。あんなに大勢の悪魔が協調して動くのは、初めて見た。大抵の悪魔は表向き、徒党を組まない。それは人間を刺激することに繋がるから、ほとんどタブーだと思っていた。
 それがどうして、あんな行動を?
 書店について、エウロパがセイルを叱りつけ、セイルも謝罪してまたロフトへ上がっていった。
「人間ってなんでこうなのかしらね!」
 怒りの収まらないエウロパをなだめて、私は椅子に腰を下ろした。
「夜明け前が助けてくれたけど、理由、わかる?」
 それとなく質問したけど、反応は劇的だった。
「関わっちゃいけません!」
 急に大声を出されて、危うく椅子から転がり落ちそうだった。何が? どうして?
「とにかく」エウロパが声をひそめる。「あなたは悪魔同士の争いに加わっちゃダメよ、これは絶対です」
 別に加わったんじゃなくて、巻き込まれたんだけど。
 しばらくエウロパにお説教されて、私はロフトに逃げた。
 セイルは何をしているかと思えば、もう平然と仕事をしていた。結局、また一階に降りて、書棚の間を行ったり来たりした。
 お昼ご飯をセイルは出前を頼んで、私も便乗した。
 一階のカウンターで、三人で食事になるけど、まだエウロパはプリプリしていて、怒りが収まらないようだ。
 夕方になって、店を出るまでエウロパは普通じゃなかった。
 中央通りに出たところで、人の喧騒が遠くで聞こえた。
「なんだろう?」
「さあな、明日の新聞に載るさ」
 そんなやり取りをして、途中に例のデリカテッセンで買い物をして部屋に戻ったけど、部屋の中にコスタがいない。
 やっぱり把握していたようでセイルは気にした様子もなく、食事にしよう、などと言っている。私が知らないところで、何かあるのかな?
 食事を始めると、フラッとコスタが戻ってきた。
「大浴場が混んでいてね」
「そうかい」斜に構えた様子でセイルがコスタを見る。「魔法使いの逮捕の瞬間はどうだった?」
 心底から嫌そうな顔で、コスタがソファに腰を下ろす。
「そうやって人を監視して、嬉しい?」
「嬉しくはないな。自衛のためだし、いざとなればお前も守れる」
「それはありがたいね。で、件の魔法使いは、傭兵たちに取り囲まれて、連行されたよ」
 魔法使いというのは、ルーサーのことだろう。
「傭兵が動いたのか?」
「誰が動員したかは不明だよ。警察が助っ人で雇ったのかも」
 そんなことがあるかな、と私は思ったけど、セイルは食事を続けるし、コスタも黙ってしまう。とりあえずはもう終わり、ということかな。
「あんた、何も関わっちゃいないよね」
 急にコスタがセイルに尋ねた。セイルは笑っている。
「俺だったらもっとうまくやる」
「つまり出来ないってことだ」
「バカにするなよ、これでもやる時はやるさ」
 冗談をやりとりしているようだけど、いつも通りの雰囲気に私は安心したし、コスタもそんな様子だ。
 食事が終わって、三人でどこかに部屋をちゃんと借りよう、という話になった。
 最初にそれに気づいたのはコスタだった。
「伏せた方がいいんじゃないか?」
「そんな間抜けな行動ができるか」
 そうセイルが答えた途端、窓ガラスが弾け飛び、何かが飛び込んできた。
 生物のようだけど、常識的ではない。頭が三つあり、腕が七本ある。脚が二本でそこが変に人間を連想させる。
 頭にはそれぞれ五つずつ瞳があり、ギョロギョロと全く別の方を見ていた。
「こいつはまずい」
 声と同時にコスタが私に飛びかかり、そのまま押し潰すように伏せさせる。
 セイルは、とそちらを見ると、杖をどこかから取り出し、構えていた。
 異形の生物が一瞬動きを止めたと思ったら、全てが膨らみ始めた。
 何が? と思う間も無く、その膨らんだ体が収縮し、強烈な光とともに弾けた。
 目が見えなくなり、耳も聞こえなくなった。
 誰かが私を揺さぶっている。
 声がなかなか聞こえず、視力が戻るのにも時間がかかった。
 私は床に寝かせられていて、揺さぶっているは無事らしいコスタだ。
 セイルは?
 彼は少し離れたところに倒れていた。
 思わず跳ね起き、コスタを押しのけて、セイルに這いよる。
 目の前で、彼が体を起こした。
 ホッとした。
 私を見て、不機嫌そうになり、何か言ったけど、聞こえない。
 ただ私は視界が潤んでいて、目が痛いのでよく見えるように袖で拭った。いや、拭ったら袖が埃まみれで、本当に目が痛くなった。
「これで」
 やっと聴覚が復活してくる。コスタの声だ。
「新居を探すのは確定だな」
「都合がいいというか、悪いというか」
 私のすぐ横でセイルの声がする。何か魔法が作用して、私の両目が一瞬で本来の機能を取り戻した。
 私たちが生活していたフロアは、家具のほぼ全てが完全に消し飛び、床にすり鉢状の穴ができている。壁と柱は危ういところで、上にある二階分の重量を支えているよだ。
 周囲に人の気配が増え始め、私たちは顔を見合わせた。
「えっと、どうすればいいの?」
 思わず誰にともなく質問すると、セイルが答える。
「まずは弁済しなくちゃな、ここの家主に」
「犯人に吹っかければいいんじゃないの?」
 コスタの指摘に、セイルは渋い顔だ。
「犯人が爆発しているしな、どうやって立証するべきか……」
「と、とりあえず、外に出ようか」
 私がそう言った時、ものすごい音が響いた。何かが折れるような音だ。
 天井から埃が落ちてきて、私たちは事態に気付いた。
 必死に走って、外に飛び出す。玄関のドアが吹っ飛ぶけど、かまわない。
 私たちが外に出るのを待っていたみたいに、建物の一階部分が潰れて、上にあった二階部分が、まるで一階部分のようになった。
「これを弁済するって、どうするんだい?」
 まるで他人事のようにコスタがそう言うのに対して、セイルが堂々と応じる。
「俺たち三人で金を出し合うしかないだろ」
「私も?」コスタが自分を指差す。「私は居候じゃないの」
 プイッとセイルがそっぽ向く。
 私はなんて言えばいいかわからず、ただなんとなく、可笑しくて、少し笑ってしまった。セイルがすごい顔で睨んできたので、真顔を装ったけど。
 不安もあるし、怖い思いもあるけど、やっぱりセイルはどこか、可笑しい。コスタもだ。
 私たちは警官がやってくるまで、二階と三階から降りてきた住民に散々、苦情を言われて、お金を要求されたけど、どうにかこうにかやり過ごし、でも結局、手持ちのお金を全部、彼らに手渡し、その夜だけの住まいに移動した。
「何がどうなっているの?」
 私たちを眠そうな目で出迎えたエウロパに、さて、どう説明するべきか……。



(第26話 了) 
しおりを挟む

処理中です...