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3-9章 過去

3-9-2 軍事利用

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     ◆


 懐かしい白の学び舎の校長室で、俺はその男と向かい合っていた。
 大陸ではたまに見る人類軍の制服の中でも、写真などでしか見たことのない将官のそれだ。
「こちらが計画書です」
 隣に座っている師匠を伺うけど、反応はない。なんでこんなに不機嫌なんだ?
「失礼します」
 受け取った書類を見て、思わず言葉を失ってしまった。
 理論魔法を応用した、広範囲を超高熱で焼き払う人造生命の製造計画だった。
 この人造生命を悪魔の軍勢の中に特攻させ、爆破させ、悪魔を殺す意図だ。
 繰り返し書類を見て、俺は時間を惜しまずに細部までを確認した。
「気になる点があります」
 書類を机に置いて、俺は軍人に尋ねた。
「この兵器にはいくつかの欠点がある。まず、悪魔の陣地までどうやって入り込ませるか。おおよそ人型のようですが、難しいでしょう。もう一点は、理論魔法を発動して辺り一帯を焼け野原にする時、味方を巻き込むのでは?」
 将官は平然と応じた。
「二点目からお話しします。我々は少しの犠牲には固執しない」
 おいおい、何を言い出すんだ?
 反論しようとしたら、横から手が伸びてきて遮られる。師匠だ。師匠は将官を見ている。
「人型の人造生命は、効率が悪い。もっと機動力と耐久力があり、敵陣深くまで突撃できる個体を考えましょう」
 な、何を言い出すんだ?
 唖然とする俺をよそに、師匠は将官と話を進め、将官もみるみる上機嫌になった。
 会合が終わり、将官を見送ってから、俺は師匠に詰め寄った。
「あんな兵器に何の意味があるのです!」
「悪魔を殺すためだ」
「味方も死にます! 人間がです!」
 座りなさい、とソファを示されたが、俺は怒りで震えながら、座るのを拒絶した。師匠はため息を吐いて、そっと座る。
「良いか? アルハルトン。魔法使いの立場を守ること、資金を得ること、後ろ盾を作ることは、どこの学校でも苦心している。さっきの話は私たちにとっては、それらを一度に全て、解消できる好機だ」
「本気ですか? 師匠」
 俺は唾を飛ばして喚いた。
「人間を巻き込んで悪魔を消し飛ばして、魔法使いが褒められますか? 人間の命を犠牲にして、魔法の技術を切り売りしてでも金が欲しいのですか? そして軍の言いなりになるのですか?」
「お前は若すぎるよ、アルハルトン」
 師匠が無表情で俺を見上げる。
 瞳の奥で火花が散っているが、知ったことか。
「俺は反対ですし、絶対に関わりません」
「お前には目をかけているのだ、アルハルトン。今回の仕事に関われば、お前も新しい技術や視点を手に入れることができる」
「お断りします」
 俺は頭を下げることなく、師匠に背中を向けて、部屋を出た。
 怒りが収まらないまま、書庫に向かった。地上五階、地下八階の巨大な施設だ。階段を駆け下り、地下へ向かう。地下に進むほど、古い本がある。
 書棚の前で古文書を読んでいるうちに、徐々に怒りが収まった。
 師匠は何を考えているんだ? 軍人に協力して、何の利がある?
 くそ、ふざけていやがる。
「そう怒るなよ、アルハルトン」
 さらに地下へ向かう学友が俺の肩を叩いて通り過ぎていく。
「怒っちゃいないよ」
 どうだかな、などと言いつつ、彼は下へ行った。
 それから数日は何事もなかった。
「アルハルトン、校長がお呼びです」
 書庫に潜っている俺のところに、師匠の秘書がやってきた。いけ好かない女だ。
 地下から地上へ上がり、校長室に向かった。
「失礼します」
 中に入ると、師匠しかいない。
「ついてきなさい」
 校長が立ち上がり、俺を連れて校長室を出る。そのまま建物を出て、研究棟などと呼ばれる建物に向かった。その中でも生物創造実験室という札のある部屋に二人で入る。
 嫌な予感しかしなかったが、それが現実になった。
「最悪だ」
 思わずつぶやく俺の前で、鎖で拘束されているのは、異形の生物だった。
 ずんぐりとした胴体は複雑な鱗に覆われている。手はなくて、足が八本。足の先には指があり、人間のそれとは違い、全部で八本か。
 頭は胴体にめり込むようにしてあり、俺たちに気づくと、ぬっと首が伸びて、こちらを眺めてくる瞳は、巨大な一つ目だ。
 すぐにわかった。
 いつかの軍人から依頼があった、特攻兵器のための人造生命だ。
「師匠、これは……」
 俺の声は震えていた。喜びでも興奮でもなく、怒りと恐れからだ。
「これは、生み出してはいけません」
「これを見ても、お前はまだそんなことを言うのか?」
「いつまでも言いますよ、あなたは間違っている、間違っている!」
 俺はローブの内側から杖を抜くと、オーラを一瞬で炎に変えた。
 作業中の魔法使いたちが悲鳴をあげるのも構わず、俺の業火が魔法生物を焼き払う。
 と、杖に師匠が手を置いた。
 炎が、消える。
「愚かしい」
 師匠の冷酷な声に、俺は睨み返した。
 魔法生物はすでに絶命し、煙を上げている。
「こんなことをしてもどうにもならないことがわからないのか、アルハルトン」
「……そうでしょうよ」
 俺は身を翻し、その部屋から飛び出した。
 やるべきことは決まってる。魔法使いを統括する組織は、大陸に四つある。その全てに通報する。それでこの馬鹿げた魔法の悪用は終わりにできる。
 書状は郵便で送るまでもない。意識交信で送ることにする。
 意識を集中させ、飛ばす。
 ビリっと痺れが走った。何者かが意識交信を妨害している。師匠もその程度には俺を警戒している。
 結局、郵便として送るしかないが、検閲されるだろう。
 どうにかして、事実を通報しないと。
 夜になり、俺は寮の私室で、じっと寝台の中で考えていた。考えていたのは、意識交信の妨害をどうやって潜り抜けるかで、それが当面の問題だった。
 思考に集中していて、行き詰まり、ため息を吐いた。
 もしここでため息を吐かなければ、俺は死んでいただろう。
 部屋の中心でオーラが小さく瞬き、瞬間、俺は防御魔法を展開した。理論魔法を行う時間的余裕がないので、オーラを放射し、自分を包み込む。
 部屋の中心で光が爆発した。
 爆風に吹き飛ばされ、崩れた建物の残骸に埋もれている体を、増幅魔法も使って、引っ張り出す。咳き込みつつ、見れば、寮の一角が完全に崩壊している。
 ここまでするか。
 いや、するだろうか?
 師匠はそこまで無謀な人間ではない。では、誰かの陰謀か?
「動くな! アルハルトン!」
 声の方を見ると、白の学び舎の卒業生で、研究職につきながら警護を担当する魔法使いが三人、こちらに杖の先を向けている。
「動くな!」
 困惑していたせいで、俺はそれに従った。
 拘束され、独房に放り込まれる。対魔法使い仕様の独房だ。オーラの集中が不可能になる。
 じっと座って、俺は考え続けていた。
 師匠は正気を失っているのか、それとも正気なのか。
 誰が俺を狙っているのか。どういう意図が働いているのか。
 数日を過ごした時、その男はやってきた。
 魔法使いではない。
 いつかの将官だった。


(続く)
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