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七
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七
ゴールデンウィークで世間が浮かれている間、俺はスグミとみっちりと訓練を積み、休み明けに備えた。もっとも、逸脱霊管理者学校に在籍している人間のほとんどは、同じように時間を使ったはずだ。
何せ、山奥にあるせいで、娯楽が乏しい。どこかに出かける、というわけにはいかない。もちろん、ゲーム機やコンピュータの類はあるけれど、暇があれば訓練しよう、という人間が多いのだ。
休み明けの最初の模擬戦の授業で、俺とスグミは同級の霊管理者候補生とその守護霊と向き合った。
教官のカンナがホイッスルを吹く。
スグミが後退しつつ、こちらへと力を流す。
俺の方も、スグミへ力を流す。
それぞれの風が、接触すると、俺は背筋が震えるのを感じた。
両手に灼熱が生じ、しかし見た目にはぼんやりと光っている程度にしか見えない。
だが、これが俺の霊剣の代わりだ。
相手の守護霊が突っ込んでくる。
霊剣ははっきりしていて、一撃喰らうだけでも痛すぎるほどに痛いだろうことは想像がつく。
振り下ろされた霊剣を一度は回避、しかし二撃目は受け止めるしかない。
拳を叩きつけると、バチィッとぶつかった力同士が弾ける。
相手の霊剣と俺の拳は、同程度に反動で流れる。いや、俺の方が押され気味か。
だが、拳は二つある!
空いている拳を、相手に突き出す。
相手の守護霊は一歩後退、それだけで俺の拳は届かない。
わずかなその空隙で、相手は霊剣を引き戻し、俺は防御に使った片手を、完全には引き戻せなかった。
相手の二撃目。
もう一度、拳を衝突させて、弾き合う。やはり、こちらが押されていて、拳が流れる。
先に防御に使った手が、やっと戦線に復帰。
でも、遅かった。
相手の霊剣が翻り、最短距離で、俺の胸に衝突する。
激痛で息を飲み、弾き飛ばされて床に背中から衝突し、飲んでいた息が強制的に吐き出された。
まぁ、俺は守護霊だから、息を吸う必要はないのだけど。
しかし、激痛は激痛。俺の意識が回復するまで、数秒が必要だった。
模擬戦は、当然、負けだ。
「あんた、本気でやってる?」
格技室の隅で、小さな声でスグミが言った。
「この前はもっとすごかったでしょ」
「そんなことはない」
俺は憮然と言いかえす。胸に痛みが残っていて、それも俺の言葉を無愛想にさせていた。
そんな俺の態度もあってか、スグミの声の険は増す一方だ。
「私とあんたで、協力すれば、ちゃんと普通の守護霊くらいの出力が出るはずでしょ。それがどうして、さっき出来ないのよ。私はちゃんとやったわよ。後はあんたの問題だと思うけど」
「あのなぁ」
俺はそっぽを向いて応じる。
「素人に毛が生えた程度の俺に期待するなよ。俺としては、お前が十二分に実力を発揮して、リードして欲しいくらいだ。特待生なんだからな」
スグミの気配が荒だったのが分かった。
「残念だけど、私は特待生の中でも落ちこぼれで有名でね、余計な期待はするだけ無駄よ。まぁ、あんたのために少しは努力してあげるけど。ありがたがって欲しいね」
「ありがたいね」
俺はスグミを見た。
彼女の強い視線と、俺の視線がぶつかる。
気圧されることはなかった。
「特待生様の、中途半端なフォローほど、ありがたいものはない。お陰で、毎回、痛い思いを無料で享受できる。本当にありがたいぜ」
スグミが平手打ちでも繰り出すつもりか、大きく手を振りかぶる。
俺は殴られるつもりだった。
たぶんスグミは、俺を殴ることで、俺に殴られるより強く傷つくだろう、と俺は思っていた。
しかし、彼女の手は振られることはなかった。
「それくらいにしなさい」
スグミの手を掴んだカンナが、俺とスグミを見ながら言う。
「罵り合うのも結構、殴り合うのも結構。でも、今は授業の最中なの。そういうことは休み時間か放課後にしなさい。もし、それが待てないのなら、教室を出て行きなさい。早退扱いにはしてあげるから」
俺はカンナの冷たい視線から、思わず視線を逸らした。それはスグミも同様で、彼女は小声で「すみません」と応じた。俺も「すみませんでした」と言っておいた。
カンナは、もう一度、俺とスグミをじっと見てから、中断していた授業を再開した。
スグミは何も言わなかったし、俺も何も言わない。
時間だけが流れて行く。
実技の授業が終わる頃には、俺はだいぶクールダウンしていた。
ちょっと、スグミには酷いことを言い過ぎたかもな。
「スグミ」
格技室を出たところで、俺はスグミに声をかけた。スグミは肩越しに小さくこちらを振り返し、「何?」とつっけんどんな口調で言う。
「少しは努力する」
「……ちゃんと、努力してよ」
スグミはぷいっと前に向き直ると、そのまま歩みを再開した。
まったく、素直じゃないな。素直になって、損をした。まぁ、大きくない損だけど。
俺はケイスケのことを考えながら、スグミの後を追った。
ケイスケなら、何か、対策があるのではないか、と淡い期待がある。
◆
放課後、タクミがケイスケに会いたいと言うので、三人で学食で顔を合わせた。
「ふーん」
タクミがそう言って、椅子にもたれかかる。
タクミはケイスケに、守護霊としての力の使い方をレクチャーしてもらった。
私からすれば、守護霊ではないケイスケに話を聞くのは、若干、違っているような気もするけれど、私はそこにはあえて触れなかった。
ケイスケは守護霊ではないけれど、私とは違う、本当の一流の人間だから。
「参考になった?」
なかなかケイスケの言葉にタクミは答えなかった。
「力のコントロール、っていうのは、どれくらいで習得するもんなの?」
その言葉にケイスケが小さく笑ったのは、タクミの口調のせいか、それとも内容のせいか。
「才能のある奴は、すぐにできるよ。でも、一流の使い手になるのは、素質よりも、練習の量と質だろうね」
「ケイスケも、何か訓練、したんだ?」
タクミはすでにケイスケを呼び捨てにしている。もっと敬ってよ。
「ちょっとね」
「それ、教えてくれる? それ」
ケイスケは頷く。
「良いよ、すぐできる」
出来る?
私とタクミが視線を交わしているうちに、ケイスケはカバンからノートを引っ張り出した。四枚、紙を破り取ると、そこにペンで何かを書いて行く。複雑な紋章のようなそれは、呪印の中でも高度なものだった。
そうこうしていると、ケイスケはペンを止め、うん、と頷いた。二種類が二枚ずつ、呪印の書かれた紙が出来上がっていた。
「こっちを持っていると、力の流れがわずかに視認できるよ。ぼんやりとした光でね」
ケイスケが一方の二枚をそう言って、タクミに差し出す。もう二枚も差し出す。
「こっちは、力を当てる的になる呪印。壁に貼りつけておく。当たると、光を発するから、それで当たったかどうか分かる仕組みになっているよ。この二種類の呪印を使って、力を的に当てることで、精密なコントロールの訓練が出来る、ってことだね」
へぇ、とタクミが紙を拾い上げる。普通の守護霊は物体を手に取れないが、この学校では、守護霊でも触れることが出来る文房具が普通だ。
紙をじっくりと観察しているタクミに、ケイスケが言う。
「タクミくんの話を聞くと、たぶん、最初はすぐ近くに的を置いて練習するのが良いと思う。霊剣、作れないんだよね?」
「そう、それも気になるね」
呪印をテーブルに置いて、タクミはケイスケの方に身を乗り出す。
「霊剣って、どうやって作るんだ?」
「それは守護霊じゃない僕には分からないよ。でも、きっと自然に生み出せると思う。なんて言うのかな、守護霊と霊管理者の間で力が増幅されると、自然と出来るんじゃないか、と思っている。力の逃げ口が、霊剣、というかね」
ふーむ、と腕組みをしたタクミに、ケイスケが笑みを見せる。
「でも、タクミくんは拳を力で包める、ってことは、霊剣が全く出せないわけでもないんだから、まだ自分を疑う場面じゃないと思う。スグミとちゃんと力が交換できれば、霊剣も発現すると思う」
タクミは腕を組んだまま、唸っていた。
「ちょっと、タクミくん」私はやや強い口調で割り込む。「飲み物、買って来てくれる?」
「はぁ?」驚いたタクミの声。「なんでだよ」
「ちょっと秘密の話があるのよ」
私が言うと、鼻を鳴らしたタクミは、すっと席を立ち、「ありがとな」とケイスケに礼を言って、離れて行った。
「秘密の話って、何?」
ケイスケが私を見る。私は少し覚悟して、話し始めた。
「私の特異体質を、タクミくんには話していないんだけど、いつ、話せば良いと思う?」
「それはスグミが決めなよ。守護霊と霊管理者は、何よりも、お互いを理解し合うのが大事だよ。それはスグミも分かるよね」
「でも……」
私は言葉が続かない。ケイスケの考えが正しい、と私は分かっているからだ。
私が悩んでいるのは、私の特異体質が、私の弱点となっていることを、タクミに話したらどうなるのか、うまく想像できないからだ。
いや、想像はできる。
今まで、私は九人の守護霊と契約し、九人と破綻した。そのほとんどは、私の特異体質を最初は認め、最終的には否定して、私から離れて行ったのだった。
私は今回も、タクミに特異体質のことを話して、タクミが私に見切りをつけるのではないか、と怖れている。
「スグミ」
ケイスケが穏やかな口調で言う。
「素直になりなよ。タクミは僕に疑問をぶつける程、正直な奴だと、僕は思っている。君たちはお互いにフォローし合えるはずだよ」
「う、ん……」
「スグミ、過去は大事だけど、未来も大事だよ」
その言葉の意味を探ろうと、私はケイスケの瞳をじっと見た。
いつもの、穏やかな色がそこにある。
「僕が知っているスグミは、大胆で、向こう見ずで、勇気のある女の子だ。もう、そんな気持ちは、なくしちゃった?」
「……なくしちゃったかも」
思わず漏れた言葉は、きっと、私の本音だった。
私は、過去に縛られている。いつまで、縛られているのか。
今、束縛を脱することは、果たして、出来るだろうか。
すぐにはできないのは確かだ。
少しずつでも、努力しよう。
ケイスケが言う通り、きっとタクミは、結果を出すために努力するだろう。努力するだろうということは、ケイスケに質問をぶつけたことからでも、明らかだ。
私はタクミの姿を探した。
離れたところ、壁際の自販機の近くで、立ったまま、缶を傾けている。
「スグミ」ケイスケが笑う。「もっと信じなよ」
何を信じるのだろう?
力? 素質? 経験? 過去? 未来?
誰を信じるのだろう?
自分? タクミ? ケイスケ?
私は答えが出ないままで、でも、答えが出ないけど行動しよう、という答えを自分に言い聞かせ、席を立った。
「ありがとう、ケイスケ」
どういたしまして、とケイスケが微笑む。彼を残して、私は小走りに、タクミに向かっていった。
◆
夜、自分の部屋の明かりを消して、俺は壁のすぐ近くに立っていた。
左手にはケイスケからもらった呪印を握りしめている。それを持っていると、確かに俺の体がぼんやりと光っている。
壁に向かって突き出した拳は、壁と数センチしか離れていない。
壁には呪印が貼られ、拳のすぐ前だ。
俺は意識を集中して、拳に力を流していく。光の靄がうねり、拳へと収束していくのが分かる。
が、それが限界だ。どうやっても、力の集中、収束が緩んでしまう。
もちろん、拳の先の呪印が光を発することはない。
わずか数センチを、俺の力は超えられていない。
止めていた息をゆっくりと吐き、肩の力を抜く。
カーテンを開いていたので、月あかりが差し込んでくる。俺は窓際に立って、遠くを見た。
真剣に守護霊としての力を磨く理由は、無いに等しいと思っている。
それでも努力しているのは、今、自分に出来ることはそれしかないということと。
スグミの力になりたい、と思っているからだ。
スグミを見ていると、どこか不安になる。彼女の行動に感じる、ちぐはぐな印象のせいかもしれない。
俺を頼っているようで、頼っていない。俺に何かを求めているようで、すでに俺に失望しているような。
その不安定さ、矛盾のようなものを、俺はどうにかしたい、と思っている。
解消することが出来れば、俺は楽になるだろうし、スグミ自身も、もっと楽になれるのではないかと俺は考えているけれど、まぁ、その辺りは、スグミ自身の問題か。
さて、訓練の続きをしよう。
また壁際に立ち、拳を突き出す。
集中しよう。何も考えずに、感覚を研ぎ澄ませる。
自分は素人同然だ。失敗を怖がる必要はない。自分を信じよう。出来るはずだ。
じっと壁の呪印を見つめ、拳を固く握った。
まだ、始まったばかりだ。
その日、俺は深夜まで、訓練を続けたけれど、壁の呪印は一度も光を発さなかった。
それでも眠って、目がさめれば、新しい一日が始まる。
今日は、昨日は無理だったことが出来るかもしれない。
朝が来ると、そう思えた。
ゴールデンウィークで世間が浮かれている間、俺はスグミとみっちりと訓練を積み、休み明けに備えた。もっとも、逸脱霊管理者学校に在籍している人間のほとんどは、同じように時間を使ったはずだ。
何せ、山奥にあるせいで、娯楽が乏しい。どこかに出かける、というわけにはいかない。もちろん、ゲーム機やコンピュータの類はあるけれど、暇があれば訓練しよう、という人間が多いのだ。
休み明けの最初の模擬戦の授業で、俺とスグミは同級の霊管理者候補生とその守護霊と向き合った。
教官のカンナがホイッスルを吹く。
スグミが後退しつつ、こちらへと力を流す。
俺の方も、スグミへ力を流す。
それぞれの風が、接触すると、俺は背筋が震えるのを感じた。
両手に灼熱が生じ、しかし見た目にはぼんやりと光っている程度にしか見えない。
だが、これが俺の霊剣の代わりだ。
相手の守護霊が突っ込んでくる。
霊剣ははっきりしていて、一撃喰らうだけでも痛すぎるほどに痛いだろうことは想像がつく。
振り下ろされた霊剣を一度は回避、しかし二撃目は受け止めるしかない。
拳を叩きつけると、バチィッとぶつかった力同士が弾ける。
相手の霊剣と俺の拳は、同程度に反動で流れる。いや、俺の方が押され気味か。
だが、拳は二つある!
空いている拳を、相手に突き出す。
相手の守護霊は一歩後退、それだけで俺の拳は届かない。
わずかなその空隙で、相手は霊剣を引き戻し、俺は防御に使った片手を、完全には引き戻せなかった。
相手の二撃目。
もう一度、拳を衝突させて、弾き合う。やはり、こちらが押されていて、拳が流れる。
先に防御に使った手が、やっと戦線に復帰。
でも、遅かった。
相手の霊剣が翻り、最短距離で、俺の胸に衝突する。
激痛で息を飲み、弾き飛ばされて床に背中から衝突し、飲んでいた息が強制的に吐き出された。
まぁ、俺は守護霊だから、息を吸う必要はないのだけど。
しかし、激痛は激痛。俺の意識が回復するまで、数秒が必要だった。
模擬戦は、当然、負けだ。
「あんた、本気でやってる?」
格技室の隅で、小さな声でスグミが言った。
「この前はもっとすごかったでしょ」
「そんなことはない」
俺は憮然と言いかえす。胸に痛みが残っていて、それも俺の言葉を無愛想にさせていた。
そんな俺の態度もあってか、スグミの声の険は増す一方だ。
「私とあんたで、協力すれば、ちゃんと普通の守護霊くらいの出力が出るはずでしょ。それがどうして、さっき出来ないのよ。私はちゃんとやったわよ。後はあんたの問題だと思うけど」
「あのなぁ」
俺はそっぽを向いて応じる。
「素人に毛が生えた程度の俺に期待するなよ。俺としては、お前が十二分に実力を発揮して、リードして欲しいくらいだ。特待生なんだからな」
スグミの気配が荒だったのが分かった。
「残念だけど、私は特待生の中でも落ちこぼれで有名でね、余計な期待はするだけ無駄よ。まぁ、あんたのために少しは努力してあげるけど。ありがたがって欲しいね」
「ありがたいね」
俺はスグミを見た。
彼女の強い視線と、俺の視線がぶつかる。
気圧されることはなかった。
「特待生様の、中途半端なフォローほど、ありがたいものはない。お陰で、毎回、痛い思いを無料で享受できる。本当にありがたいぜ」
スグミが平手打ちでも繰り出すつもりか、大きく手を振りかぶる。
俺は殴られるつもりだった。
たぶんスグミは、俺を殴ることで、俺に殴られるより強く傷つくだろう、と俺は思っていた。
しかし、彼女の手は振られることはなかった。
「それくらいにしなさい」
スグミの手を掴んだカンナが、俺とスグミを見ながら言う。
「罵り合うのも結構、殴り合うのも結構。でも、今は授業の最中なの。そういうことは休み時間か放課後にしなさい。もし、それが待てないのなら、教室を出て行きなさい。早退扱いにはしてあげるから」
俺はカンナの冷たい視線から、思わず視線を逸らした。それはスグミも同様で、彼女は小声で「すみません」と応じた。俺も「すみませんでした」と言っておいた。
カンナは、もう一度、俺とスグミをじっと見てから、中断していた授業を再開した。
スグミは何も言わなかったし、俺も何も言わない。
時間だけが流れて行く。
実技の授業が終わる頃には、俺はだいぶクールダウンしていた。
ちょっと、スグミには酷いことを言い過ぎたかもな。
「スグミ」
格技室を出たところで、俺はスグミに声をかけた。スグミは肩越しに小さくこちらを振り返し、「何?」とつっけんどんな口調で言う。
「少しは努力する」
「……ちゃんと、努力してよ」
スグミはぷいっと前に向き直ると、そのまま歩みを再開した。
まったく、素直じゃないな。素直になって、損をした。まぁ、大きくない損だけど。
俺はケイスケのことを考えながら、スグミの後を追った。
ケイスケなら、何か、対策があるのではないか、と淡い期待がある。
◆
放課後、タクミがケイスケに会いたいと言うので、三人で学食で顔を合わせた。
「ふーん」
タクミがそう言って、椅子にもたれかかる。
タクミはケイスケに、守護霊としての力の使い方をレクチャーしてもらった。
私からすれば、守護霊ではないケイスケに話を聞くのは、若干、違っているような気もするけれど、私はそこにはあえて触れなかった。
ケイスケは守護霊ではないけれど、私とは違う、本当の一流の人間だから。
「参考になった?」
なかなかケイスケの言葉にタクミは答えなかった。
「力のコントロール、っていうのは、どれくらいで習得するもんなの?」
その言葉にケイスケが小さく笑ったのは、タクミの口調のせいか、それとも内容のせいか。
「才能のある奴は、すぐにできるよ。でも、一流の使い手になるのは、素質よりも、練習の量と質だろうね」
「ケイスケも、何か訓練、したんだ?」
タクミはすでにケイスケを呼び捨てにしている。もっと敬ってよ。
「ちょっとね」
「それ、教えてくれる? それ」
ケイスケは頷く。
「良いよ、すぐできる」
出来る?
私とタクミが視線を交わしているうちに、ケイスケはカバンからノートを引っ張り出した。四枚、紙を破り取ると、そこにペンで何かを書いて行く。複雑な紋章のようなそれは、呪印の中でも高度なものだった。
そうこうしていると、ケイスケはペンを止め、うん、と頷いた。二種類が二枚ずつ、呪印の書かれた紙が出来上がっていた。
「こっちを持っていると、力の流れがわずかに視認できるよ。ぼんやりとした光でね」
ケイスケが一方の二枚をそう言って、タクミに差し出す。もう二枚も差し出す。
「こっちは、力を当てる的になる呪印。壁に貼りつけておく。当たると、光を発するから、それで当たったかどうか分かる仕組みになっているよ。この二種類の呪印を使って、力を的に当てることで、精密なコントロールの訓練が出来る、ってことだね」
へぇ、とタクミが紙を拾い上げる。普通の守護霊は物体を手に取れないが、この学校では、守護霊でも触れることが出来る文房具が普通だ。
紙をじっくりと観察しているタクミに、ケイスケが言う。
「タクミくんの話を聞くと、たぶん、最初はすぐ近くに的を置いて練習するのが良いと思う。霊剣、作れないんだよね?」
「そう、それも気になるね」
呪印をテーブルに置いて、タクミはケイスケの方に身を乗り出す。
「霊剣って、どうやって作るんだ?」
「それは守護霊じゃない僕には分からないよ。でも、きっと自然に生み出せると思う。なんて言うのかな、守護霊と霊管理者の間で力が増幅されると、自然と出来るんじゃないか、と思っている。力の逃げ口が、霊剣、というかね」
ふーむ、と腕組みをしたタクミに、ケイスケが笑みを見せる。
「でも、タクミくんは拳を力で包める、ってことは、霊剣が全く出せないわけでもないんだから、まだ自分を疑う場面じゃないと思う。スグミとちゃんと力が交換できれば、霊剣も発現すると思う」
タクミは腕を組んだまま、唸っていた。
「ちょっと、タクミくん」私はやや強い口調で割り込む。「飲み物、買って来てくれる?」
「はぁ?」驚いたタクミの声。「なんでだよ」
「ちょっと秘密の話があるのよ」
私が言うと、鼻を鳴らしたタクミは、すっと席を立ち、「ありがとな」とケイスケに礼を言って、離れて行った。
「秘密の話って、何?」
ケイスケが私を見る。私は少し覚悟して、話し始めた。
「私の特異体質を、タクミくんには話していないんだけど、いつ、話せば良いと思う?」
「それはスグミが決めなよ。守護霊と霊管理者は、何よりも、お互いを理解し合うのが大事だよ。それはスグミも分かるよね」
「でも……」
私は言葉が続かない。ケイスケの考えが正しい、と私は分かっているからだ。
私が悩んでいるのは、私の特異体質が、私の弱点となっていることを、タクミに話したらどうなるのか、うまく想像できないからだ。
いや、想像はできる。
今まで、私は九人の守護霊と契約し、九人と破綻した。そのほとんどは、私の特異体質を最初は認め、最終的には否定して、私から離れて行ったのだった。
私は今回も、タクミに特異体質のことを話して、タクミが私に見切りをつけるのではないか、と怖れている。
「スグミ」
ケイスケが穏やかな口調で言う。
「素直になりなよ。タクミは僕に疑問をぶつける程、正直な奴だと、僕は思っている。君たちはお互いにフォローし合えるはずだよ」
「う、ん……」
「スグミ、過去は大事だけど、未来も大事だよ」
その言葉の意味を探ろうと、私はケイスケの瞳をじっと見た。
いつもの、穏やかな色がそこにある。
「僕が知っているスグミは、大胆で、向こう見ずで、勇気のある女の子だ。もう、そんな気持ちは、なくしちゃった?」
「……なくしちゃったかも」
思わず漏れた言葉は、きっと、私の本音だった。
私は、過去に縛られている。いつまで、縛られているのか。
今、束縛を脱することは、果たして、出来るだろうか。
すぐにはできないのは確かだ。
少しずつでも、努力しよう。
ケイスケが言う通り、きっとタクミは、結果を出すために努力するだろう。努力するだろうということは、ケイスケに質問をぶつけたことからでも、明らかだ。
私はタクミの姿を探した。
離れたところ、壁際の自販機の近くで、立ったまま、缶を傾けている。
「スグミ」ケイスケが笑う。「もっと信じなよ」
何を信じるのだろう?
力? 素質? 経験? 過去? 未来?
誰を信じるのだろう?
自分? タクミ? ケイスケ?
私は答えが出ないままで、でも、答えが出ないけど行動しよう、という答えを自分に言い聞かせ、席を立った。
「ありがとう、ケイスケ」
どういたしまして、とケイスケが微笑む。彼を残して、私は小走りに、タクミに向かっていった。
◆
夜、自分の部屋の明かりを消して、俺は壁のすぐ近くに立っていた。
左手にはケイスケからもらった呪印を握りしめている。それを持っていると、確かに俺の体がぼんやりと光っている。
壁に向かって突き出した拳は、壁と数センチしか離れていない。
壁には呪印が貼られ、拳のすぐ前だ。
俺は意識を集中して、拳に力を流していく。光の靄がうねり、拳へと収束していくのが分かる。
が、それが限界だ。どうやっても、力の集中、収束が緩んでしまう。
もちろん、拳の先の呪印が光を発することはない。
わずか数センチを、俺の力は超えられていない。
止めていた息をゆっくりと吐き、肩の力を抜く。
カーテンを開いていたので、月あかりが差し込んでくる。俺は窓際に立って、遠くを見た。
真剣に守護霊としての力を磨く理由は、無いに等しいと思っている。
それでも努力しているのは、今、自分に出来ることはそれしかないということと。
スグミの力になりたい、と思っているからだ。
スグミを見ていると、どこか不安になる。彼女の行動に感じる、ちぐはぐな印象のせいかもしれない。
俺を頼っているようで、頼っていない。俺に何かを求めているようで、すでに俺に失望しているような。
その不安定さ、矛盾のようなものを、俺はどうにかしたい、と思っている。
解消することが出来れば、俺は楽になるだろうし、スグミ自身も、もっと楽になれるのではないかと俺は考えているけれど、まぁ、その辺りは、スグミ自身の問題か。
さて、訓練の続きをしよう。
また壁際に立ち、拳を突き出す。
集中しよう。何も考えずに、感覚を研ぎ澄ませる。
自分は素人同然だ。失敗を怖がる必要はない。自分を信じよう。出来るはずだ。
じっと壁の呪印を見つめ、拳を固く握った。
まだ、始まったばかりだ。
その日、俺は深夜まで、訓練を続けたけれど、壁の呪印は一度も光を発さなかった。
それでも眠って、目がさめれば、新しい一日が始まる。
今日は、昨日は無理だったことが出来るかもしれない。
朝が来ると、そう思えた。
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三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
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