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終章
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末
僕とアオはいつものアパートに帰った。
モエギが撤退した部屋に、少し遅れて、匠子がササラに連れられてやってきた。匠子は顔をしかめていて、右手で左腕を支えていた。
匠子の魔法で、匠子と僕、アオは魔界から魔迷宮に戻り、ササラはどこかへ消えて行った。魔迷宮を突破して、人間世界の匠子の工房に戻ったのが、九十九竜の砦での戦闘から一日が経過した後だった。
アパートに着く前、道を歩いている段階で、アオはフラフラしていて、酷く眠そうだった。そして部屋に入るなり、巨体は倒れ、彼はそのまま深い眠りに着いた。
アオをどうにか部屋の真ん中まで引きずり、敷布団は諦めて、掛け布団をかぶせた。
僕はアオの寝顔を見て、やっとここへ帰ってきたんだと、実感した。
アオがいないこの部屋は、まるで違う場所のようだったな。
あの時、僕はアオに、一緒に帰ろう、と告げた。
だからアオはここへ帰ってきた。
それが僕にはとても怖いことのように思えた。
僕の言葉に宿る、僕の知らない、意図しない、強制力。
そんなものがあるのなら、僕はこれから、どんな言葉を発すれば良いのだろう。何を言っても、僕も言葉には、力が宿ってしまう。
それが誰かを直接的、あるいは間接的に、傷つけるとしても。
「アオ……」
僕は眠っているアオの手に、なんとなく、触れた。
温かい大きな手は、少しも緊張したところはなく、柔らかい。
「アオ、僕と……」
僕は言葉に詰まった。
自分の望みが絶対に叶う時、人はそれを拒絶してしまうのだと、僕はぼんやりと考えた。
望みは叶わないからこその望みなのだ。願い、と言い換えても良い。
僕は恐る恐る、言葉を口にする。
頭の中だけで唱えることもできた。だけど、その言葉は、僕自身と、そしてアオに向けられた言葉のだ。
「僕と、同じ世界を見よう」
◆
目が覚める寸前、頭の中で繰り返し響く言葉があった。
言葉なのに、音ははっきりしない。ただ、その言葉の気配が、何か、風景のようなものを作る。
広い大地と広い空、広い海。風と雲と波。植物、動物。
俺はそれを知っているし、しかし知らない。
いつか見るだろうという予感と、既知を訴える本能。
まぁ、いいさ。
生きていれば、どこへでも行ける。
俺は瞼を持ち上げ、焦点が天井からぶら下がっている電灯に合った。今は光っていない。部屋を満たす光は、窓から差し込む光だ。
カーテンは開けられ、部屋の中には料理の匂いが満ちていた。
「おはよう、アオ」
無意識に視線を送った先、部屋と何の仕切りもなく繋がっている台所で、コンロの前に立っていた少年が言う。
彼は阿倍野凪、というらしい。
匠子の工房からの帰り道、どうにかこうにか、頭を絞ってそれだけは聞きだした。
「おはよう、凪」
どうにか答えて、俺は目元を擦った。
体力は七割ほど回復。気分は悪くない。眠る前のだるさも消えた。これで良しとしておこう。
「アオ、朝ご飯の準備をしてよ」
「ん」
俺は布団を片付けつつ、ちゃぶ台をセットする。
少しずつ、まともに働いていた思考が、停止していくのが分かる。
俺の心が、状況が戦闘中ではない、戦闘は終わったのだ、と認識しているのだろう。
「じゃあ、朝ご飯にしよう」
凪が料理の乗った皿を次々と運んでくる。俺はそれを眺め、何もしないうちに朝食の準備は整った。
「いただきます」
「いただきます」
二人で朝食を開始する。しばしの無言。
「あのさ、アオ」
味噌汁をすすっていた俺は、凪の言葉にお椀を降ろした。
凪の視線が、まっすぐに俺の瞳を見ている。
「……やっぱ、いいや」
思わず肩をすくめてみせると、凪は苦笑して、食事に戻った。
俺はこの少年を守りたいと思っている。
でもそれは、阿倍野凪がホームで、その力が発動した結果かもしれない。俺が望んだのではなく、凪がそう望み、俺がそれにただ流されているだけかもしれない。
でも、俺はそれを考えるのはやめた。
別にどうだって良い。俺がやりたいことを、おれはやる。
それに、考えるのは得意じゃない。
凪が食事を続け、俺もまたお椀を持ち上げた。
平和だな、と思う。
だから、俺はここにいる。
(了)
僕とアオはいつものアパートに帰った。
モエギが撤退した部屋に、少し遅れて、匠子がササラに連れられてやってきた。匠子は顔をしかめていて、右手で左腕を支えていた。
匠子の魔法で、匠子と僕、アオは魔界から魔迷宮に戻り、ササラはどこかへ消えて行った。魔迷宮を突破して、人間世界の匠子の工房に戻ったのが、九十九竜の砦での戦闘から一日が経過した後だった。
アパートに着く前、道を歩いている段階で、アオはフラフラしていて、酷く眠そうだった。そして部屋に入るなり、巨体は倒れ、彼はそのまま深い眠りに着いた。
アオをどうにか部屋の真ん中まで引きずり、敷布団は諦めて、掛け布団をかぶせた。
僕はアオの寝顔を見て、やっとここへ帰ってきたんだと、実感した。
アオがいないこの部屋は、まるで違う場所のようだったな。
あの時、僕はアオに、一緒に帰ろう、と告げた。
だからアオはここへ帰ってきた。
それが僕にはとても怖いことのように思えた。
僕の言葉に宿る、僕の知らない、意図しない、強制力。
そんなものがあるのなら、僕はこれから、どんな言葉を発すれば良いのだろう。何を言っても、僕も言葉には、力が宿ってしまう。
それが誰かを直接的、あるいは間接的に、傷つけるとしても。
「アオ……」
僕は眠っているアオの手に、なんとなく、触れた。
温かい大きな手は、少しも緊張したところはなく、柔らかい。
「アオ、僕と……」
僕は言葉に詰まった。
自分の望みが絶対に叶う時、人はそれを拒絶してしまうのだと、僕はぼんやりと考えた。
望みは叶わないからこその望みなのだ。願い、と言い換えても良い。
僕は恐る恐る、言葉を口にする。
頭の中だけで唱えることもできた。だけど、その言葉は、僕自身と、そしてアオに向けられた言葉のだ。
「僕と、同じ世界を見よう」
◆
目が覚める寸前、頭の中で繰り返し響く言葉があった。
言葉なのに、音ははっきりしない。ただ、その言葉の気配が、何か、風景のようなものを作る。
広い大地と広い空、広い海。風と雲と波。植物、動物。
俺はそれを知っているし、しかし知らない。
いつか見るだろうという予感と、既知を訴える本能。
まぁ、いいさ。
生きていれば、どこへでも行ける。
俺は瞼を持ち上げ、焦点が天井からぶら下がっている電灯に合った。今は光っていない。部屋を満たす光は、窓から差し込む光だ。
カーテンは開けられ、部屋の中には料理の匂いが満ちていた。
「おはよう、アオ」
無意識に視線を送った先、部屋と何の仕切りもなく繋がっている台所で、コンロの前に立っていた少年が言う。
彼は阿倍野凪、というらしい。
匠子の工房からの帰り道、どうにかこうにか、頭を絞ってそれだけは聞きだした。
「おはよう、凪」
どうにか答えて、俺は目元を擦った。
体力は七割ほど回復。気分は悪くない。眠る前のだるさも消えた。これで良しとしておこう。
「アオ、朝ご飯の準備をしてよ」
「ん」
俺は布団を片付けつつ、ちゃぶ台をセットする。
少しずつ、まともに働いていた思考が、停止していくのが分かる。
俺の心が、状況が戦闘中ではない、戦闘は終わったのだ、と認識しているのだろう。
「じゃあ、朝ご飯にしよう」
凪が料理の乗った皿を次々と運んでくる。俺はそれを眺め、何もしないうちに朝食の準備は整った。
「いただきます」
「いただきます」
二人で朝食を開始する。しばしの無言。
「あのさ、アオ」
味噌汁をすすっていた俺は、凪の言葉にお椀を降ろした。
凪の視線が、まっすぐに俺の瞳を見ている。
「……やっぱ、いいや」
思わず肩をすくめてみせると、凪は苦笑して、食事に戻った。
俺はこの少年を守りたいと思っている。
でもそれは、阿倍野凪がホームで、その力が発動した結果かもしれない。俺が望んだのではなく、凪がそう望み、俺がそれにただ流されているだけかもしれない。
でも、俺はそれを考えるのはやめた。
別にどうだって良い。俺がやりたいことを、おれはやる。
それに、考えるのは得意じゃない。
凪が食事を続け、俺もまたお椀を持ち上げた。
平和だな、と思う。
だから、俺はここにいる。
(了)
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