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本編
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しおりを挟むその男は、あまりに大きかった。盛り上がった分厚い肩から続く上腕は二本あり、どちらも力強く浮かんだ血管の脈動が見て取れるほどだった。
あ、死んだ。
顔は仮面のようなものが覆っていて、鋭い眼光が隙間から覗いている。それに見据えられた瞬間、光輝は生の終わりを悟ったのだ。
異世界転移。物語の中で、よく耳にする言葉だ。自分もそういった系統の話しを読んだことは何回かあった。ちょっと羨ましいなあ、なんて。頭の片隅で思ったのがいけなかったのだろうか。それこそ物語の通り誰かを庇ってなら格好がついたかもしれないが、単純に信号無視をした車に引っ掛けられて気が付いたら空を飛んでいた。骨に臓器を傷つけられたのか喉から血が溢れて止まらなくて、溺れたときのように視界がぼやけていく。感覚が麻痺しているのか痛みはなく、周りの悲鳴や呼びかけが遠くで響いているように思えた。ああ、死ぬのかな。と、死を間際にしても尚、現実味がなかった。だって、そうだろ。友達とはついさっき別れたばかりで、また明日なって軽く約束だってしていた。それなのに、こんな風に指先が冷たくなっていく感覚を、今すぐに受け入れろっていうほうが無茶だ。けれど、受け入れようが受け入れまいが、その時は無情にも迫ってくる。真っ赤に揺れ動く視界を最後に、俺は虫の息のまま森へと飛ばされていた。
こういうとき、物語なら女神様とか爺さんとかが来てくれるものではないのだろうか。身体中の傷はそのままに放置とか鬼畜の所業過ぎるだろ、と毒吐くが、流れ出ていく血の量は増すばかりで止まりもしない。そもそも状況の異様さに頭がついていけず、余計に気持ちが悪くなってきた。
「ご、ぷ……っ」
とりあえず助けを呼ぼうと口を開くが、出てくるのは塊のような血ばかりだ。もしも神様とやらが本当にいるのであれば、ここまでされるようなことをしたのかと一言くらい文句が言いたい。自身のことを清廉潔白とまでは言わないが、人並みに生きてきたつもりだ。その終わりがこれとは流石に酷すぎるのではないだろうか。
声を上げることも動くことも出来ずにいると、前方から聞いたことのない奇妙な音が聞こえてきた。一縷の望みを懸けて、やけに重たく感じる頭をぐぐっと力を込めて持ち上げる。そこに立つ男を見上げ、俺は再度神を呪った。自分が伏せているせいもあるだろうが、巨人と見紛うほどの男が此方を見下ろしていたからだ。
その男は筋肉質という言葉では収まらないほど、分厚い身体つきをしていた。その上に乗った首も自分とは比べものにならないほど太く、顔の大半を覆う仮面の隙間からは赤く鋭い眼光が覗いている。人、ではないのだろう。尻の付け根辺りから、棘状の鱗を纏わせた図太い尾が垂れている。それは、男の意思に合わせて動いているように見えた。
ヒュー、ヒュー、と掠れた音がして、遅れてそれが自分の口から出ているものだと気付く。圧倒的な強者を前にして、本能が逃げろと悲鳴を上げているのだ。けれど、動かす足も這うための手も、どちらも使い物にならずに力なく藻掻くことしかできない。いっそ一思いに殺してくれと乞うことしかできないのが惨めだ。こんなことならサクッと元の世界で止めを刺してくれたらよかったのに。あまりの情けなさに両目から夥しいほどの涙が出てきて、口許をしょっぱく湿らせていった。
大男に続き、獣の頭がついた者を始めとして人から掛け離れた容貌の者達がぞろぞろと出てくる。こんなの、もうどうにもできないだろ。俺を見るなり怒ったような顔をする者たちがいる中、最初の大男は静かに此方を見下ろしている。そして、猛り立つ者たちを制すると、こちらに歩み寄ってきた。
彼は無言のまま、手を伸ばしてくる。俺は少しでも痛みがないようにと願いながら、ぎゅっと硬く目を閉じた。
他の者たちの視線が突き刺さる中、俺の身柄は大男に引き取られることになったらしい。傷から菌が入りこんだのか熱で朦朧としていたが、大男が甲斐甲斐しく世話をしてくれているのはぼんやりとだが分かっていた。けれど、仮面から見える眼光は鋭く、目が合うと勝手に身体が震えてしまう。何のために傷を癒してくれているのかもわからずに、恐怖が心臓を嫌に高鳴らせた。
彼は地位のある者のようだし、俺は何故か初対面にも関わらず、あの場の者達から敵意を持たれているようだった。怪我が治ったら尋問されるのだろうか、誰かと勘違いされているのかもしれない。
不安ばかりが巡って、うまく思考が働かない。痛みは薄れていくのに、先にあるものを想像するとそれが良い事とは思えなくなってきて冷や汗が滲む。帰りたい、逃げてしまいたい。けれど、突き刺すような視線の数々を思い出すと足が竦んでしまって、それすらも出来ないままシーツに包まる。今日も震えが止まらなくて、全てを遮断するように小さく小さく身体を縮めた。
けれど、どれだけ息を殺しても、その時はやってくる。部屋が大きく揺れて、重く響くような足音が近づいてくる。びくりと大袈裟に肩が跳ね上がるのを感じつつも、顔の前に布を合わせるようにして壁に身体を押しつける。四つ角の隅っこに張りつくようにして震えていると、頭上から大きな影が落ちてきた。それは全身を覆うほどのもので、余計に震えが酷くなってしまう。
「ひ……っ」
ぐわりと伸びてきた掌が、布越しに頭を撫でてくる。剥ぎ取ることもなく、ただ上からなぞるようにして触れるだけだ。恐怖は拭いきれないままだが、そこに優しさのようなものが感じられるような気がした。
そろそろと布を下げて、彼を見上げる。赤く鋭い眼光はそのままだが、頭を撫でる温もりも確かにあって。俺は振り払うことも逃げ出すこともできずに、しばらく彼を見つめていた。
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