【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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15歳の飛翔。

シトルウェルを出発。

 出立の朝、迎賓館の回廊に湿り気を含んだ森の風が流れ、木葉の匂いが胸の奥まで満ちた。リブが素早く襟元を直し、ミレイユは手帳を抱え、ナミリアは赤い腕章を確かめている。ナビは肩で小さく伸びをして「にゃ」と鳴いた。合図と共に僕らは大樹の城へ向かい、根の層を登る螺旋路で息を合わせる。控えの間でクチッフが歩み寄り、微かに笑んで耳元に囁いた。

「入場三歩目で一礼、合図ののち跪座……よろしい。楽しみにしてください」

 扉が開く。瑞々しい緑陰の香に包まれた謁見の間で、エルフの諸侯たちが一斉に手を胸に当て、深く礼を取る。僕は三歩目で一礼、所定の位置で膝を折り、頭を垂れた。ナビは肩から静かに降り、脇で丸くなる。

「ローラ・ルード・シトルウェル女大公様、ご入来」

 響きが波紋のように広がり、静寂が落ちる。

「一同、面を上げ」

 視線を上げると、昨夜と同じ、しかしどこか厳めしさを増したローラの眼差しがこちらを射抜いた。澄んだ声が空へ運ばれる。

「さて、これより謁見を始める。まず伝えておく。先に進めた政策の端緒は、ただ一人の来訪者がもたらした。森はそれを記憶した。その上で……」

 言葉が一拍置かれ、空気が締まる。

「エメイラヒルデの婚約者、リョウエスト・バァン・スサンよ」

「はい」

「そちの働き、誠に見事であった。親善の名で来た者とは到底思えぬほど、見事であった。報いを迷った。だが、わらわは決めた。そちに『案内人』の称号を与える」

 ざわめきが諸侯の列を走って消える。

「なお、この称号は名誉氏族長に準ずる。エルフの友として、これよりも先、森の縁に沿い続けよ。よろしく頼む」

 胸が熱くなり、喉に言葉が痞えそうになる。なんとか声を整える。

「ありがたき幸せ……謹んで拝命いたします」

 クチッフが一歩進み、薄翡翠の小函を捧げ持つ。蓋が開かれ、葉脈が刻まれた小札と細紐が露わになる。僕は両手で受け取り、額へ一瞬当てて礼をした。

「それから、そちらの国に送る親書と贈り物の目録である。しかと届けよ」

「確かにお預かりします。必ずやお渡しします」

「もうひとつ。リョウエスト」

「はい」

「港ができたら、こちらに船を出せ。わらわの国はこれまで細々と交易してきたが、ひとつ確かな窓口が欲しい。まずはそちの港から始めよう。我が民に『選ぶ自由』を増やしてやりたい」

 胸の内でアルカディアの岸壁と港の広場が浮かび上がる。チャンシルバの笑み、荷役台の抽選札、冷凍箱の白い吐息……。

「光栄です。港の規程を整え次第、必ず接続の段取りを進めます」

「よい。最後に、エメイラヒルデへ伝えよ。禁足は解けた。お主と夫が元気な顔を見せることを、国民すべてが望んでおると。よろしく頼む、リョウエスト……それでは謁見を終わる。気をつけて行くようにな」

 錫杖が床を打つかすかな音。号令。儀礼がほどけるや否や、諸侯と大臣たちが波のように押し寄せた。

「案内人殿、握手を」「よく来てくれた」「森は友を得た」

 ひとりひとりと掌を重ね、短く言葉を交わす。ナビはその間、要領よく列の足元を抜け、子どもの手に頬を擦りつけてまた戻ってくる。フュンフが目配せをし、アインスとツヴァイが列の整理に回る。クチッフが最後尾で立ち止まり、穏やかに笑った。

「これから長いお付き合いです。耳箱は既に市壁の内外に増設の手配を。港の件は書式を合わせます」
「心強い。こちらも準備を進めます」

 別れの刻が来た。城外へ出る回廊で、治療座の座長と神殿長が頭を下げる。

「配合は守ります」「選ぶ盾は磨き続けます」

「お願いします」と僕は返す。ナミリアが静かに礼を取り、ミレイユが最後の写しを束ねた。ミザーリは一同に視線を巡らせ、護衛の列を整える。

 大樹の根元で待ち受けるのは、木をくり抜いた車体の馬車。車輪が苔を柔らかく踏む。沿道は見送りの人であふれ、枝先には布が結ばれて揺れていた。風に乗ってエルフの歌声が重なる。発音の端々に森の湿り気が宿り、僕の胸骨に小さく響く。馬車が港へ差し掛かると、オシュヴァルトの舷側にエルフの警護船団が寄り添い、帆柱に結んだ緑の帯が翻った。

 タラップの麓で、ローラがもう一度立っていた。クチッフ、数名の大臣、そして市井の老若男女。僕は進み出て、深く礼を取る。

「必ず戻ってまいります」

「うむ。森は道を忘れぬ。そちも道を忘れるな」

 ローラは視線をすべらせ、ナビに目を留める。ナビは一声、短く鳴いた。それが合図のように、見送りの歌がひときわ強くなり、港の空気が震える。僕らはタラップを上がり、甲板へ。オビリケ軍将が敬礼し、舵手が命を受け、碇が上がる。艫の後ろで水が絡み合い、泡立ちながらほどけていく。

 離岸。港がゆっくり小さくなる。大樹はなおも空に巨大な影を落とし、やがてそれも薄い線へと変わった。甲板でリブが控えめに言う。

「次は南域連合、首都アミダへ。順風なら三日」

「頼りにしているよ」

「はい。まずは入域の作法と、通用の挨拶を復唱しましょう」

 ミレイユは航路の写しを並べ、ミザーリは当直の割り振りを改める。ナミリアは医療箱を点検し、アインスとツヴァイとフュンフは見張り台の移動経路を踏む。僕は欄干にもたれ、名札の入った小函を掌で温めた。案内人……名誉氏族長に準ずる称号。肩に乗った重さは、奇妙に軽かった。重いはずのものが、森の風に支えられている。

 海は三百六十度の青。南へ向かう潮が艦底を撫で、オシュヴァルトは静かな呼吸を続ける。遠ざかる緑の王国からの贈り物は、歌と手の温度と、選べるという約束だ。僕は胸の内で順に繰り返す。港の約定。贈答の目録。親書。エメイラへの言伝……禁足は解けた。必ず伝えよう。必ず、連れて帰ろう。肩のナビが喉を鳴らし、航海の風が髪へ潜り込む。

 夕刻、水平線が火の粒で縁取られた。オビリケ軍将が盤を持って現れ、リバーシの石を置く。黒が一枚、白が一枚。音が乾いた。ミレイユが笑みを漏らす。ミザーリが遠望を確かめ、フュンフが駆け足で伝令を結ぶ。日が落ちきる頃、甲板の灯は小さく点り、船は一定の拍で海を打つ。

 初日が過ぎる。二日目の朝、甲板で軽い稽古をし、昼に語学の復習、夕に方位の確認。星図の読み替えをリブと照らし合わせ、南域連合の暦と祭日の一覧を頭に入れる。三日目の午前、見張りの声が高く上がった。

「陸影、前方……!」

 僕は欄干に出て、握り拳ほどの濃い影を見つめる。やがて影は連なる稜線へ変わり、帆柱がいくつも、低く高く並び始めた。南域連合の海の門だ。オシュヴァルトは速度を落とし、入域の旗を掲げる。

「さあ、次の扉だ」と僕は小さく息を吐く。

 シトルウェルの緑は背に、アミダの空は前に。案内人の札が掌でひやりと光り、肩のナビがまた一声、短く鳴いた。
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