5番目の王子

Moma

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二つの魔法陣

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湖上の遙か上、建造物の頂きで、魔法陣がゆるやかに、しかし確かな意志を持って回転している。
まるで道標のように、誰かを導くように――あるいは、待っているように。

リューネは岸辺からその姿を見上げ、そっと息をのんだ。
荘厳な建築。扉から流れ続ける水。水面は確実に、僅かずつ、だが着実に上昇していた。

(あれは…僕の、回答用紙の魔法陣…)

ふいに、脳裏に浮かぶ光景があった。アルとテスとともに行ったあの魔法陣の実験。
魔法陣に魔力を注ぐと、空中に浮かぶようにして球体が現れた、あの光景。

(同じ魔法陣なら…)

リューネははっとして、胸に手を当てた。

(魔力さえ、注げれば…!)

その瞬間、全身を駆けるような確信が走った。
彼はくるりと踵を返し、湖から走り出す。向かうのは、魔道塔。
草を蹴り、道を駆け抜け、息を切らしながら塔の中へと戻る。
そして、エントランスホールの床に伏す、アルとテスのもとへ。

「…ごめんね、アル。少しだけ、力を借りるね」

リューネはそっと手を伸ばし、アルの耳元からピアスを外す。
あの夜、アルが言った言葉を思い出す。

『ピアスには俺の魔力を最大に込めてある』

静かに、そして慎重にテスのピアスも外す。
彼の分にも、きっと少なからず魔力が込められているはず。
今はそれを信じて。

再び走り出す。大切に握りしめた、二つのピアス。
森へ、湖へ、建造物の魔法陣の元へ。

すべては、王都を、水に沈めないために。
すべては、愛する人と、大切な人たちを救うために。

◇ ◇ ◇

再び野鳥の森にたどり着いたリューネは、岸辺で立ち尽くした。
水はすでに湖面からあふれ出し、じわじわと森の低地を浸し始めている。

「なんてこと…!」

魔法陣は遥か上空。投げようにも届く距離ではない。
非力な自分では、どうすることもできない。

そのときだった。
空に、羽ばたきが描かれていることに気づく。
――ルリだ。

「ルリ!」

リューネは腕を差し出した。
ルリはすぐに気付き、旋回してリューネの元へと舞い降りる。

「ルリ……お願い。このピアスを、あの魔法陣に投げて。できる?」

リューネは自分の耳元のピアスも外すと、3つのピアスを掌に乗せて差し出す。
ルリは「ピイ」とひときわ高く鳴いたかと思うと、
誇らしげに嘴でピアスを挟み、そのまま空高く舞い上がった。

(お願い、うまくいって……!)

祈るように見上げるリューネの視界で、ルリは目標を定めて一直線に魔法陣へ向かう。

そして――
光がきらめき、魔法陣の中央にピアスが投じられた瞬間、
空間がふるりと震え、そこに球体が現れた。

「出た!」

だが、その球体は小さい。
建築物を覆うには、到底足りない大きさだった。

「魔力が足りない?!」

リューネの唇が震える。

(どうしたら、どうしたらいい?……)

リューネは膝をつき、深く項垂れた。
どれだけ走っても、願っても、非力な自分には届かない。
魔力を持たぬ者に、何ができるというのか。

けれど――その目は、まだ諦めていなかった。

ふと、視界の端。
霧の向こう、建造物の反対側の空に、かすかなゆらめきが見えた。
まるで、水面に光が差し込むような淡い揺らぎ。

(……もうひとつ、魔法陣がある……!)

あの時、魔道塔から風に舞って飛んでいった二枚の回答用紙。
魔法陣は確かに、二つ飛び去っていった。

「…でも、もう…魔力なんて…」

リューネは拳を握りしめる。
アルのピアスも、テスのピアスも、自分のピアスもすでに使ってしまった。
魔道塔にいるすべての魔導士たちは、深い眠りに落ちて動けない。

もう、なにを注ぎ込めばいいのかさえ、分からない。

「――!」

そのときだった。
頭上をかすめる、羽ばたきの音。

ルリがいた。
リューネのまわりを、何度も旋回している。
その翼の動きは、まるで訴えかけるようだった。

「……ルリ?」

リューネが見上げると、ルリは急降下して彼の目の前に降り立つ。
そして、その小さな身体を震わせるように鳴いた。

「まさか……」

リューネの目が大きく見開かれる。
毎朝、アルから魔力を分け与えられていたルリ。
もし、それをため込んでいたとしたら――

「……だめだよ、ルリ。絶対にだめ」

思わず、言葉がこぼれる。

「そんなこと、絶対にしちゃだめ…!」

ルリは動かない。
ただ、真っ直ぐにリューネを見つめたまま、羽を小さく震わせていた。

「ルリが無事だったから……ここまで、僕は来られたんだよ。だから…これ以上、ルリに――」

訴える声が、喉の奥で途切れる。
次の瞬間、ルリはきゅっと鳴いて、羽を強く広げた。
そして、意を決したように、リューネの制止を振り切って空へと飛び立つ。

「ルリ……!行かないで!」

彼の叫びも届かないまま、ルリは一直線に、もうひとつの魔法陣へと飛翔する。
蒼穹そうきゅうを裂くようなその軌跡は、どこまでもまっすぐで、悲しく、そして美しかった。

そして、光が満ちる。

魔法陣が呼応するように震え、瞬く間に輝きが集まる。
その中心にルリが身を投じた瞬間、空が震え、まばゆい光球が出現した。

ルリが身を投じた魔法陣の球体は遙かに大きく、一つ目の球体と融合するとゆるやかに降下してくる。
まるで、導かれるように――リューネの手が届く高さまで。

リューネはその光の球体にそっと手を触れ、唇を噛み締めた。

「…ルリ……ありがとう…」

頬を伝う熱が止められない。けれど、今は立ち止まってはいられない。
リューネは地上まで落ちてきた球体を力を込めて球押し出す。
建築物の中心――扉の奥へ向けて。

この光が、すべてを救う道となることを願いながら。


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