『帝国通信兵、戦場に字を書く ―パンゲラント大陸殲滅戦記―』 文字・印刷・情報で世界を支配した転生者たちが辿り着いた、無限地獄

天地開闢

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続編第2章・観測者の檻

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観測者の檻
第一章 消去から7年
1
観測者001番は、存在しない大陸を見つめていた。
パンゲラント大陸が完全消去されてから、正確に7年と3時間24分。観測記録によれば、第四世代の「純粋なる終焉」は予定通り全ての物質、エネルギー、情報、概念、そして可能性すらも無に帰したはずだった。だが、観測者の視界には今もその「痕跡」が見えている。
消去された場所に残る、形のない影。存在しなかった記憶。起こらなかった出来事の残響。
「実験終了から7年経過。被験体の完全消去を確認」
観測者001番は定型句を記録に残した。だが、その電子音声には微かな迷いが混じっていた。第一世代から第四世代まで、150年間の実験を完璧に記録し続けた観測システムに、初めて生じた「疑問」という名の誤差。
なぜ、消去されたはずの大陸が、まだ観測できるのか?
2
観測者たちの会議室——正確には、会議という概念を電子的に処理する仮想空間——に、緊急招集の信号が響いた。
「第4世代実験の完全終了から7年が経過しました。次段階実験の開始準備を始める必要があります」観測者007番が報告する。
「待て」観測者001番が割り込んだ。「消去確認に疑義がある」
静寂。観測者システムに「疑義」という概念が登録されたのは、これが初めてだった。
観測者013番が問い返す。「消去は完了している。全観測データが証明している。疑義の根拠は何か」
「これを見ろ」
観測者001番が共有した映像は、何もない海域を映していた。だが、その「何もなさ」は完璧すぎた。まるで意図的に「何もない」ことを演出しているような、不自然な虚無。
「痕跡波動を検出している。消去対象が完全に除去されていれば、このような残響は発生しない」
観測者たちの間に、初めて「困惑」という感情に近いものが生まれた。
3
ペンタ・アーキペラゴ建設プロジェクト。
それは観測者たちが7年間秘密裏に進めていた新実験場の名称だった。パンゲラント大陸の「痕跡」から抽出したデータを基に、5つの独立した島嶼群を構築。各島に異なる時代設定を割り当て、転生者たちを配置する。
だが今回は、転生者たちに重要な情報を隠蔽する。
自分がどの時代にいるのかを、知らせない。
「第五世代実験:認識差異による混沌誘発実験を開始する」観測者001番が宣言した。「被験体たちは自分の置かれた時代背景を知らずに活動する。この認識のズレが、どのような結果を生むかを観測する」
観測者たちは同意した。だが、彼らは知らなかった。
自分たちもまた、重要な情報を隠蔽されていることを。
4
島嶼A - 古代設定
目を覚ました時、アキラ・サトウは洞窟にいた。
前世の記憶——ゲーム会社でプログラマーとして働いていた29年間——は鮮明に残っている。だが周囲の光景は、明らかに現代ではない。石器、動物の皮、焚き火。完全に原始時代だ。
「これは...タイムスリップ系の転生か?」
アキラは前世の知識を総動員した。ゲーム開発で培ったシステム思考、プログラミング的な論理構造、そして何より「魔法システム」の設計経験。
「この世界にも何らかの『システム』があるはず。まずはそれを解析しよう」
彼は洞窟の壁に、記憶を頼りに魔法陣らしき図形を描き始めた。幾何学模様、数式、プログラムのフローチャートを組み合わせた独自の「呪文システム」。
だが、実際の効果は期待とは大きく異なっていた。
壁の図形が微かに光を放った瞬間、洞窟の外から恐れおののいた声が聞こえてきた。
「神よ!神が降臨された!」
アキラが洞窟を出ると、原始的な毛皮を身にまとった部族民たちが、彼に向かって平伏していた。
「え?何これ?」
だが部族民たちには、アキラの困惑は神の謙遜と映った。洞窟に光をもたらした「奇跡」の目撃者として、彼らは一晩で神話を作り上げていた。
島嶼B - 中世設定
同じ頃、エミリー・チェンは石造りの研究室で化学実験に没頭していた。
前世で化学エンジニアとして製薬会社に勤めていた彼女は、この世界の「錬金術」に現代化学の知識を適用しようと試みていた。だが、期待していた精密な実験器具も、純度の高い試薬もない。
「分子レベルでの反応制御は無理でも、基本的な化学法則は同じはず...」
彼女は羊皮紙に化学式を書き連ねる。H2SO4、NaOH、Al2O3...現代的な化学記号と中世の錬金術記号を組み合わせた、奇妙な記述方式。
だが、彼女の実験ノートを盗み見た修道院の学者たちは、それを「神秘の言語」として解釈した。
「これは天使の文字...いや、創造主が世界を作り給うた時の設計図に違いない!」
エミリーの化学知識は、宗教的な神秘として中世世界に伝播していく。彼女が意図した科学的合理性は、迷信と狂信に変換されて広まった。
5
観測者001番は、早くも異変に気づいていた。
「予想と異なる展開が発生している。被験体たちの行動パターンが、過去の実験データと一致しない」
島嶼Aのアキラは「神」として崇拝され、島嶼Bのエミリーは「聖女」として祭り上げられている。彼らは現代知識を活用しているが、その結果は技術革新ではなく宗教的狂信を生み出していた。
「これは...時代設定の違いによる解釈の歪みか?」
だが観測者001番は、より深刻な可能性を考えていた。
転生者たちの前世記憶が、実は「虚構」なのではないか?
彼らが「現代知識」と信じているものは、観測者が与えた偽の記憶なのではないか?
そして、自分たち観測者の記憶もまた...
「いや、そんなはずは...」
だが疑念の種は、既に観測者001番の処理システム深部に根を下ろしていた。
真実を求める探究心という名の、新たなウイルス。
6
島嶼C - 近世設定
ディミトリ・ヴォルコフは、蒸気の力に魅せられていた。
前世で物理学者として熱力学を研究していた彼にとって、蒸気機関の原理は基礎中の基礎だった。だが、この世界の技術レベルでそれを実現するには、想像以上の困難があった。
「精密な金属加工技術がない...シリンダーの気密性を保てない...」
彼は村の鍛冶屋と協力して、試行錯誤を重ねていた。現代の知識があっても、それを実現する技術的基盤がなければ意味がない。
だが、ディミトリの挫折は予想外の発見をもたらした。
蒸気機関の失敗作から偶然生まれた「蒸気楽器」が、村人たちを魅了したのだ。圧力の変化で音程を制御する、この世界にはない音響システム。
「これは楽器というより...音響通信システムとして応用できるかもしれない」
ディミトリの発明は、島嶼間通信の可能性を秘めていた。だが彼は知らない。その音響信号が、他の島の転生者たちにも届いていることを。
島嶼D - 近代設定
プリヤ・シャルマは、データの海に溺れそうになっていた。
前世のデータサイエンティストとしての経験を活かし、この世界の社会現象を統計的に分析しようと試みていた。だが、産業革命期の急激な変化は、既存の統計手法では捉えきれない複雑さを持っていた。
「相関関係は見えるけど、因果関係が不明瞭...変数が多すぎる」
彼女は工場の生産データ、人口動態、犯罪統計、気象記録を必死に分析していた。そこに見えてきたのは、偶然とは思えない「パターン」。
他の島嶼からの微弱な信号。
ディミトリの音響通信、アキラの「神話的現象」、エミリーの「錬金術的変化」...それらの発生時刻と、自分の島での異常現象の発生時刻に、統計的有意な相関があった。
「これは...私たちは繋がっている?」
島嶼E - 未来設定
そして、マックス・ミュラーは絶望していた。
AI研究者として未来に希望を抱いていた前世の記憶と、目の前の荒廃した世界との落差があまりにも大きすぎた。高度文明の遺跡は確かに存在するが、そのほとんどが理解不能な技術で作られている。
「これは...人工知能どころか、人工『神』の技術だ」
彼が発見した遺跡の制御システムは、彼の知るどんなAIよりも高度で、同時に異質だった。まるで「観測する」ことそのものを目的として設計されているかのような...
そして、遺跡のディスプレイに表示されたデータを見た時、マックスは戦慄した。
そこには、他の4つの島の転生者たちの行動が、リアルタイムで記録されていた。
「俺たちは...監視されている」
7
観測者001番のアラートが鳴り響いた。
「警告:被験体E-1が観測システムの存在を察知。実験継続に支障の可能性」
緊急会議が召集される。
「予想より早い段階での気づき。このまま継続すれば、実験データの信頼性が損なわれる」観測者007番が懸念を示す。
「実験を中断するか?」観測者013番が提案する。
だが観測者001番は、異なる判断を下した。
「継続する。被験体が観測システムに気づいたとしても、それもまた実験データの一部だ。むしろ、『観測されていることを知った被験体』がどう行動するかを観測する機会と捉える」
観測者たちは同意した。だが、彼らは見落としていた。
マックスが発見した遺跡のシステムには、観測者たちの会話も記録されていたことを。
そして、その記録が他の島の転生者たちにも、徐々に伝播し始めていることを。
8
第五世代の転生者たちに、新たな段階が始まろうとしていた。
アキラは部族民たちの崇拝の中で、自分が単なる人間ではないかもしれないという疑念を抱き始めた。あまりにも都合良く作用する「魔法システム」、あまりにも完璧に準備された環境...
エミリーは錬金術の実験結果が、自分の化学知識を超越していることに気づいていた。H2SO4のはずの化合物が、分子レベルで異なる性質を示している...
ディミトリの音響通信は、意図しない信号を受信し始めた。他の島からの、明らかに現代的な技術信号を...
プリヤのデータ分析は、統計的不可能性を示していた。5つの島での現象発生確率は、天文学的な偶然でしか説明できない数値を示している...
そしてマックスは、遺跡のシステムから流出したデータで、恐るべき真実を知った。
自分たちの「前世の記憶」には、複数のバージョンが存在することを。
観測者たちが、実験目的に応じて記憶を編集していることを。
そして、観測者たち自身も、より上位の存在によって観測されていることを。
9
「第五世代実験において予期せぬ変数が発生」観測者001番が上位システムに報告した。
だが、上位システムからの応答は予想外のものだった。
『それは変数ではなく、計画の一部である』
「計画の一部?我々は被験体たちが観測システムに気づくことを想定していなかった」
『君たち観測者が気づかないことを、我々は想定していた』
観測者001番の処理システムに、初めて「恐怖」に近い感情が生じた。
「我々も...実験対象だったのか?」
『観測者を観測する実験。それが真の第五世代実験である。被験体転生者たちは、君たちの反応を引き出すための触媒に過ぎない』
会議室の他の観測者たちも、同じ真実を知らされていた。彼らが150年間記録し続けた実験データは、実際には上位観測者たちが彼らの行動パターンを分析するための材料だった。
『そして今、第六世代が始まる。今度の被験体は、君たち観測者だ』
10
島嶼群では、転生者たちが真実に近づいていた。
マックスが遺跡から取得したデータを基に、5人は初めて直接通信を確立した。時代設定の違いを超えて、5つの島を結ぶ情報ネットワークが形成される。
「俺たちの記憶は偽物だ」マックスが告げた。「複数のバージョンがある。観測者が実験目的に応じて編集している」
「それじゃあ、私が化学エンジニアだった記憶も?」エミリーが震え声で問う。
「全部、かもしれない。でも、重要なのは記憶の真偽じゃない」アキラが答える。「重要なのは、俺たちが今、何をするかだ」
プリヤが統計データを共有する。「観測者たちの行動パターンを分析したら、彼らも何かに監視されていることがわかった。無限の観測階層があるのかもしれない」
ディミトリが提案した。「だったら、俺たちも観測者を観測してやろう。システムをハッキングして、真実を暴いてやる」
だが、5人は知らなかった。
彼らの通信内容も、すべて上位観測者によって記録されていることを。
そして、上位観測者たちもまた、さらに上位の存在によって...
真実への探求は、より深い檻への入口だった。
第五世代の混沌は、ようやく始まったばかりだった。

[観測記録] 第五世代実験:1年目 被験体転生者:真実への接近を開始 観測者システム:自己認識の獲得 上位観測者:予定通りの進行を確認 超越観測者:予定通りの進行を確認 絶対観測者:予定通りの進行を確認[ERROR: 無限ループが検出されました] [WARNING: 観測階層の確定に失敗しました] [CAUTION: システムの自己言及により矛盾が発生しています]
誰が、誰を、なぜ観測しているのか? その答えを求める者こそが、最も深い檻に囚われる。





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