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覚醒剤!
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「よし、集まったな」
俺を含め男2人女2人の4人が一軒家に集合した。我々は「共通の趣味」を持った者同士である。今日はそれをしながらパーティとでも洒落こもうと思い集まった次第である。
「各々『ブツ』は持ってきたか?」
尋ねると玉野は意気揚々とカバンからパケ袋に入ったラムネのような錠剤を掲げた。
「ウチは今日"バツ"!」
バツ――通称MDMA。それは強い多幸感をもたらし基本的に人間が好きになる。ラブドラッグとして使用している人もいる。
「僕と麻渕は"ウィード"だよ~」
そう言って日下部もパケ袋に丁寧にしまわれた2本の巻きタバコ(ジョイント)を取り出す。中には砕いたウィード――所謂大麻が入っている。これは楽しい気分になり、食欲促進効果が強く、マンチという単語まで存在する。
俺と日下部は数年前大学で出会ったからひょんなことからお互い大麻が好きだと知り、それから2人で集まっては大麻を炊くことが増えた。
「わ、わたしは"LSD"」
神里はこれまたパケ袋に入った切手のような1枚の紙切れを出した。
「なんか神里ちゃん元気なさげじゃない?バッド入らない?大丈夫?」
日下部の言う通り今日の神里はなんだかずっとオドオドしている気がする。LSDは強い幻覚作用があり、精神状態によってはバッドトリップ、恐怖と不快に塗れた世界を作り出すことがある。
「たぶん……だいじょうぶ」
「まあウチらがいるし助けられるっしょ!」
玉野からは早くキメたいという気持ちが表情から見て取れる。
「適当だな……まあいいか。神里は何回も食ってるしな」
そう、俺達はドラッグという共通の趣味を通じて知り合い、今日集まったのである。玉野と神里に関しては俺とよく使うモノは違うもののSNSで話しが合い、数ヶ月前から何回か一緒にドラッグを使って遊んでいる。
「始めよう」
俺と日下部はライターでジョイントを燃やして口に当てる。ゆっくりと吸い込むと喉の奥に強いキックを感じる。肺に深くその煙を入れ、吐き出す。大麻特有の香りに心が満たされる。上物だ。
「いただきまーす」
玉野はMDMAを口に放り込んで机に置いてあるペットボトルのお茶で流し込む。それを見て神里もLSDをパクリと口に入れ、舌を回して舌下に置こうとしている。LSDは舌下に配置して染み渡らせた方がよく飛べる。
それから俺達は数十分たわいもない話をした。大麻は作用が出るまでの時間が早いので俺と日下部は既に出来上がって、よく分からないことで笑ったり、裏で流している音楽に身を任せてじっくりとその時間を楽しんでいた。副作用の口渇で水分を良く取った。
「あ、ウチもキマッてきたぁ」
玉野が恍惚とした表情を見せる。ソファに横たわりニンマリとしている。
「俺と日下部はバツやったことないけど、どんな感じなの?」
「うーーんとねーー幸せがいっぱいいっぱいでぇ~」
その後数秒、彼女は俺と日下部をジーッと眺め、急に変なことを言い出した。
「エッチしよ」
「アハハ!」
日下部が手を叩いてゲラゲラ笑う。俺もなんだか面白くなって笑みが漏れてしまう。
「僕はしないよ。別にそういう気分でもない」
「俺もだな」
「ちぇー」
玉野はフン、と鼻を鳴らしてトイレに向かっていった。
「神里はどうだ?」
目線を向けると神里は目を強く瞑って唸るようにしていた。両手をグーにして意識は自分の内側に持っていかれている。俺の質問がまるで聞こえていない。
「神里ちゃん、大丈夫かな」
目を赤くした日下部が覗き込むようにして彼女の表情を見つめる。
「最悪玉野の持ってる眠剤飲ませればなんとかなる」
ここは玉野の家だ。玉野は謎に処方箋としてでしか貰えない作用の強い眠剤を多数持っている。LSDの作用はそれで減力することができる。トリップの落としとして使う人も多い。
「さとちゃんへーき?」
少しフラフラしながら戻ってきた玉野が神里の背中をさする。しかし神里の呼吸は段々と荒くなっていく。突然目を見開き、お経の様に言葉を唱え始める。
「神様、神様、神様、神様」
「っぷ!神里ちゃんが神様ってなんかおもろい」
「日下部」
馬鹿にするな、と中指を立てる。彼女はキャパオーバーを起こしている気がする。
「玉野、眠剤出してあげ――」
そう言おうとした刹那、神里はブクブクと泡を吹いて白目を剥いてその場に倒れた。
「え――」
俺達のヘラヘラとした雰囲気は一瞬にしてとんでもない緊迫感に覆われた。まずい。
「か、神里ちゃん?」
「やばいってこれ。救急車呼ばなきゃ――」
玉野がスマートフォンで119をコールしようとしたので急いで手で弾く。
「いや全員捕まるぞ。どうやって説明すんだよ」
「で、でもこれ相当やばくない?死んじゃうかも……」
「一旦落ち着こう。普通LSD1枚でこうなるか?混ぜ物入ってるんじゃないか」
上手く回らない脳で導き出した推測に日下部と玉野も「確かに……」と神里を見つめる。
「とりあえず、窒息死しないように体制を変えようよ」
日下部がゆっくりと彼女の体を横に倒す。落ち着きを取り戻そうとお茶を口いっぱいに含んだ時、何か異変があることに気がついた。
「おい、なんか俺も体おかしいぞ」
「は?」
「脳が冴えるような感覚がする」
この感覚には強い覚えがある。強い目の冴えに何かしなければならないという衝動、強い快感、これは――
「シャブだ」
覚醒剤――この世で1.2を争う手を出しては行けない薬物。強い依存性、精神に及ぶ悪影響から大麻、MDMA、LSDを好む人間の多くもそれは嫌っていることが多い。ここにいる奴らもそういう考えを持っていた。
「麻渕どうした?パニクって頭おかしくなってないか?」
日下部が体を数回揺する。違う、これはブリってる(大麻の作用が出ている状態)からおかしいんじゃない。確かに、確かに覚醒剤の影を強く感じる。
「お前も何か感じないか?」
「心拍数はめちゃくちゃ上がってるけど、これ焦ってるからだろ?」
「待って、ウチもなんか気持ちがやばい、なんかやばい」
玉野がその場にうずくまる。頬まで汗が垂れている。
「そうだ、俺達が飲んだり食ったりした物にもしかしたら」
ぼんやりとしつつも冴えている異常な頭をどうにか動かし、少し散らかった部屋を見渡してそれを探す。俺達全員が口にした物、それは――
「これか」
ペットボトルのお茶を震える手で取って底を見る。よく見ると何か白い粉の様なものが沈殿していることが分かった。
「この中の誰かが、飲み物にシャブを混ぜた」
2人に底を見せつける。
「マジで言ってる?」
日下部の大きく開いた瞳孔からは信じられない、という強い焦りが見える。
「神里はシャブとLSDの組み合わせでこんなことになってるんだ。」
「なんで、誰がこんなことしたの」
玉野は息が荒くなっているが体までおかしくなっている気はしなかった。MDMAの覚醒剤の組み合わせはあまり悪くない。なんなら覚醒剤を混ぜて作った"シャブ玉"なんてものもあるくらいだ。
日下部は震える手で心臓を抑えている。今作用が来たのだ。大麻と覚醒剤に関しては良くない組み合わせだ。どちらも心拍数が上がってしまうため危険だ。
「ふざけんなよ!てか、なんでシャブって分かったんだよ」
声荒らげて日下部が俺を睨みつける。
「お前が混ぜたんじゃねえよな」
「落ち着け日下部!速くなってる。深呼吸をしろ」
彼の肩を叩いてやっと我に返ったようだ。お互い息を深く吸い込んで、呼吸を無理やりに整える。
「ごめん麻渕。やっぱ俺もおかしい。これシャブだわ」
「俺がシャブだって分かったのは……高校生の頃先輩に何も知らずやらされたんだ。依存したけど捕まって変わった。辞められたんだよ。その代わり大麻は吸ってるけど」
「麻渕!アンタがやったんじゃないの!?」
玉野が走って台所の方へ行く。引き出しから包丁を取り出して刃を俺に向ける。
「覚醒剤またやりたくなって!ウチ達にも依存させようとして!」
「やばい、玉野も速くなってる」
「お前も落ち着け!仮に俺が混ぜてたらこんなすぐ言わないだろ!」
「それに麻渕はそんな奴じゃないよ。シャブやってたのは初めて知ったけど……少なくとも僕と出会ってからはずっとウィードしかやってなかった」
「さっき疑った割にいいこと言うじゃんか」
「ごめん、なんか情緒不安定だ……」
「そ、そっか。そうだよね」
2人にとっては初めての覚醒剤だ。気が動転してしまうのも無理はない。
「一旦状況を整理しよう。皆のペットボトルにシャブを混ぜる時間があったのは誰だろう」
「えっと……僕と麻渕は1回この家に来た後お菓子買いにコンビニ行ったよね。その時玉野と神里ちゃんは家に居た」
「ウチはやってないよ!それにずっとさとちゃんとはーー」
そう言いかけて玉野の口が止まった。
「そう言えばトイレ行ってたから、さとちゃんが1人の時間があった」
なるほど。
「でも神里ちゃんがそんなことする必要ある?LSDと覚醒剤って相性最悪だし、自分も摂取するなんて自殺行為だよ」
額に手を当ててたどたどしく言葉を紡ぐ日下部。
「でもさ、神里は集まった時からなんか様子がおかしくなかったか?」
「たしかに」
玉野はうんうんと頷く。
「紙食いすぎて頭がおかしくなってて、俺達を巻き込んでぐちゃぐちゃにしようとした可能性は考えられないか?」
「…………」
2人は黙って泡を吹く神里をじっと見つめる。そこで日下部が「あっ」と声を漏らして傍らに置いてある彼女のスマートフォンを手に取る。
「投稿とか見てみたら何か分かるかもしれない!裏垢で書き込みとかしてるかも!あ、でもパスワードかかってる……」
「誕生日が9月4日だからそれで開けるかも」
玉野が素早くスマホを奪い『0904』の4桁を打ち込む。すると簡単に起動ができた。血眼になって某SNSを探し始める。俺と日下部も食い入るようにそれを見守る。
「えっと……あ!あった!先週『覚醒剤ってめちゃくちゃ気持ちいいんだろうなぁ。死ぬ前に一回はやりたいよね。最近楽しくないしつい考えちゃう』って――」
「これだ!」
「マジか。神里ちゃんがこんなことを……」
「神里だったか」
犯人が確定してホッと胸を撫で下ろす。決まりだ。この地獄は神里によって生み出された。
「……でもさ、それが分かったところでもうどうしようもないよね。あぁシャブやっちゃったんだ。どうしよう、おかしくなるかも」
日下部が膝をついてわなわなと震え出す。そう、この2人は覚醒剤の味を覚えてしまった。1回限りでは辞められる可能性は充分にあるが、何せ混ぜ込んだ量が多い。離脱症状で苦しむことは目に見えている。そうだ。
「神里を殺さないか?」
突拍子の無い提案に2人は同時に俺と目を合わせる。
「やったことは酷いけど、殺すって……」
「でもウチら、騙されたんだよ」
「そうだ。コイツのせいで俺らは狂わされた。許せなくないか?…………許せないよなぁ!」
俺の叫び声が一室に響く。玉野と日下部は俯いて何か考えているようだった。答えを待ち続けていると、先に日下部が叫び出す。
「ああ!許せねえ!やるか!麻渕!」
「ウチも許せない!殺そう!」
この場にいる全員が狂っていた。
「やっちゃったね」
瞳孔が酷く開いている玉野がヘラヘラ笑っている。どこか清々しさを感じられる。俺の車のトランクには全員に数十回殴打されて冷たくなった神里が入っている。
「これからどうする?僕ら」
「とりあえずどっかに死体を隠して、海外にでも逃げないか?」
「「いいかも」」
即答だった。大麻を吸える国もあるしちょうどいい。あても無いがとりあえず今後の動きは決まった。
「俺達はこれからチームだ」
そう、チームだ。家族と言ってもいい。俺達は同じ罪を抱えた者同士だ。やってしまったことは仕方ない。
まあ、覚醒剤を盛り込んだのは俺なのだが。
日下部は知らなかったようだが俺は未だに覚醒剤を辞められていない。頻度はそこまでと言えど普通にやっていた。騙していたのだ。数日前に覚醒剤を注射した時に思った。コイツらにこの味を覚えさせたらどんな反応をするのだろう、と。
後のことは何も考えていなかった。脳がおかしくなっていたのだろう。しかし、偶然にも神里が何故か情緒不安定な状態でやってきて、その上あのような投稿もしていて罪を擦り付けることに成功した。彼女のスマホを開こうとした時はこれでもかというくらいに心臓が高鳴った。とんでもないスリルだ。
2人はキマッているせいか気づいていなかったが、神里がトイレ、玉野と日下部が台所で何かを作っていた際、一瞬の隙を見逃さず盛った。全部が上手くいった。俺はなんて運がいいのだろう。神に好かれている。
「麻渕、お前が真っ先に気づいてくれたおかげだよ」
「ありがとう」
2人がギラギラした目で礼を言う。いい気分だ。
俺達はすぐに捕まるかもしれない。けれどもそんなことどうでもいい。俺は今が楽しくて仕方がない。馬鹿2人を偽って後の短い人生を精一杯謳歌しようと思う。
俺を含め男2人女2人の4人が一軒家に集合した。我々は「共通の趣味」を持った者同士である。今日はそれをしながらパーティとでも洒落こもうと思い集まった次第である。
「各々『ブツ』は持ってきたか?」
尋ねると玉野は意気揚々とカバンからパケ袋に入ったラムネのような錠剤を掲げた。
「ウチは今日"バツ"!」
バツ――通称MDMA。それは強い多幸感をもたらし基本的に人間が好きになる。ラブドラッグとして使用している人もいる。
「僕と麻渕は"ウィード"だよ~」
そう言って日下部もパケ袋に丁寧にしまわれた2本の巻きタバコ(ジョイント)を取り出す。中には砕いたウィード――所謂大麻が入っている。これは楽しい気分になり、食欲促進効果が強く、マンチという単語まで存在する。
俺と日下部は数年前大学で出会ったからひょんなことからお互い大麻が好きだと知り、それから2人で集まっては大麻を炊くことが増えた。
「わ、わたしは"LSD"」
神里はこれまたパケ袋に入った切手のような1枚の紙切れを出した。
「なんか神里ちゃん元気なさげじゃない?バッド入らない?大丈夫?」
日下部の言う通り今日の神里はなんだかずっとオドオドしている気がする。LSDは強い幻覚作用があり、精神状態によってはバッドトリップ、恐怖と不快に塗れた世界を作り出すことがある。
「たぶん……だいじょうぶ」
「まあウチらがいるし助けられるっしょ!」
玉野からは早くキメたいという気持ちが表情から見て取れる。
「適当だな……まあいいか。神里は何回も食ってるしな」
そう、俺達はドラッグという共通の趣味を通じて知り合い、今日集まったのである。玉野と神里に関しては俺とよく使うモノは違うもののSNSで話しが合い、数ヶ月前から何回か一緒にドラッグを使って遊んでいる。
「始めよう」
俺と日下部はライターでジョイントを燃やして口に当てる。ゆっくりと吸い込むと喉の奥に強いキックを感じる。肺に深くその煙を入れ、吐き出す。大麻特有の香りに心が満たされる。上物だ。
「いただきまーす」
玉野はMDMAを口に放り込んで机に置いてあるペットボトルのお茶で流し込む。それを見て神里もLSDをパクリと口に入れ、舌を回して舌下に置こうとしている。LSDは舌下に配置して染み渡らせた方がよく飛べる。
それから俺達は数十分たわいもない話をした。大麻は作用が出るまでの時間が早いので俺と日下部は既に出来上がって、よく分からないことで笑ったり、裏で流している音楽に身を任せてじっくりとその時間を楽しんでいた。副作用の口渇で水分を良く取った。
「あ、ウチもキマッてきたぁ」
玉野が恍惚とした表情を見せる。ソファに横たわりニンマリとしている。
「俺と日下部はバツやったことないけど、どんな感じなの?」
「うーーんとねーー幸せがいっぱいいっぱいでぇ~」
その後数秒、彼女は俺と日下部をジーッと眺め、急に変なことを言い出した。
「エッチしよ」
「アハハ!」
日下部が手を叩いてゲラゲラ笑う。俺もなんだか面白くなって笑みが漏れてしまう。
「僕はしないよ。別にそういう気分でもない」
「俺もだな」
「ちぇー」
玉野はフン、と鼻を鳴らしてトイレに向かっていった。
「神里はどうだ?」
目線を向けると神里は目を強く瞑って唸るようにしていた。両手をグーにして意識は自分の内側に持っていかれている。俺の質問がまるで聞こえていない。
「神里ちゃん、大丈夫かな」
目を赤くした日下部が覗き込むようにして彼女の表情を見つめる。
「最悪玉野の持ってる眠剤飲ませればなんとかなる」
ここは玉野の家だ。玉野は謎に処方箋としてでしか貰えない作用の強い眠剤を多数持っている。LSDの作用はそれで減力することができる。トリップの落としとして使う人も多い。
「さとちゃんへーき?」
少しフラフラしながら戻ってきた玉野が神里の背中をさする。しかし神里の呼吸は段々と荒くなっていく。突然目を見開き、お経の様に言葉を唱え始める。
「神様、神様、神様、神様」
「っぷ!神里ちゃんが神様ってなんかおもろい」
「日下部」
馬鹿にするな、と中指を立てる。彼女はキャパオーバーを起こしている気がする。
「玉野、眠剤出してあげ――」
そう言おうとした刹那、神里はブクブクと泡を吹いて白目を剥いてその場に倒れた。
「え――」
俺達のヘラヘラとした雰囲気は一瞬にしてとんでもない緊迫感に覆われた。まずい。
「か、神里ちゃん?」
「やばいってこれ。救急車呼ばなきゃ――」
玉野がスマートフォンで119をコールしようとしたので急いで手で弾く。
「いや全員捕まるぞ。どうやって説明すんだよ」
「で、でもこれ相当やばくない?死んじゃうかも……」
「一旦落ち着こう。普通LSD1枚でこうなるか?混ぜ物入ってるんじゃないか」
上手く回らない脳で導き出した推測に日下部と玉野も「確かに……」と神里を見つめる。
「とりあえず、窒息死しないように体制を変えようよ」
日下部がゆっくりと彼女の体を横に倒す。落ち着きを取り戻そうとお茶を口いっぱいに含んだ時、何か異変があることに気がついた。
「おい、なんか俺も体おかしいぞ」
「は?」
「脳が冴えるような感覚がする」
この感覚には強い覚えがある。強い目の冴えに何かしなければならないという衝動、強い快感、これは――
「シャブだ」
覚醒剤――この世で1.2を争う手を出しては行けない薬物。強い依存性、精神に及ぶ悪影響から大麻、MDMA、LSDを好む人間の多くもそれは嫌っていることが多い。ここにいる奴らもそういう考えを持っていた。
「麻渕どうした?パニクって頭おかしくなってないか?」
日下部が体を数回揺する。違う、これはブリってる(大麻の作用が出ている状態)からおかしいんじゃない。確かに、確かに覚醒剤の影を強く感じる。
「お前も何か感じないか?」
「心拍数はめちゃくちゃ上がってるけど、これ焦ってるからだろ?」
「待って、ウチもなんか気持ちがやばい、なんかやばい」
玉野がその場にうずくまる。頬まで汗が垂れている。
「そうだ、俺達が飲んだり食ったりした物にもしかしたら」
ぼんやりとしつつも冴えている異常な頭をどうにか動かし、少し散らかった部屋を見渡してそれを探す。俺達全員が口にした物、それは――
「これか」
ペットボトルのお茶を震える手で取って底を見る。よく見ると何か白い粉の様なものが沈殿していることが分かった。
「この中の誰かが、飲み物にシャブを混ぜた」
2人に底を見せつける。
「マジで言ってる?」
日下部の大きく開いた瞳孔からは信じられない、という強い焦りが見える。
「神里はシャブとLSDの組み合わせでこんなことになってるんだ。」
「なんで、誰がこんなことしたの」
玉野は息が荒くなっているが体までおかしくなっている気はしなかった。MDMAの覚醒剤の組み合わせはあまり悪くない。なんなら覚醒剤を混ぜて作った"シャブ玉"なんてものもあるくらいだ。
日下部は震える手で心臓を抑えている。今作用が来たのだ。大麻と覚醒剤に関しては良くない組み合わせだ。どちらも心拍数が上がってしまうため危険だ。
「ふざけんなよ!てか、なんでシャブって分かったんだよ」
声荒らげて日下部が俺を睨みつける。
「お前が混ぜたんじゃねえよな」
「落ち着け日下部!速くなってる。深呼吸をしろ」
彼の肩を叩いてやっと我に返ったようだ。お互い息を深く吸い込んで、呼吸を無理やりに整える。
「ごめん麻渕。やっぱ俺もおかしい。これシャブだわ」
「俺がシャブだって分かったのは……高校生の頃先輩に何も知らずやらされたんだ。依存したけど捕まって変わった。辞められたんだよ。その代わり大麻は吸ってるけど」
「麻渕!アンタがやったんじゃないの!?」
玉野が走って台所の方へ行く。引き出しから包丁を取り出して刃を俺に向ける。
「覚醒剤またやりたくなって!ウチ達にも依存させようとして!」
「やばい、玉野も速くなってる」
「お前も落ち着け!仮に俺が混ぜてたらこんなすぐ言わないだろ!」
「それに麻渕はそんな奴じゃないよ。シャブやってたのは初めて知ったけど……少なくとも僕と出会ってからはずっとウィードしかやってなかった」
「さっき疑った割にいいこと言うじゃんか」
「ごめん、なんか情緒不安定だ……」
「そ、そっか。そうだよね」
2人にとっては初めての覚醒剤だ。気が動転してしまうのも無理はない。
「一旦状況を整理しよう。皆のペットボトルにシャブを混ぜる時間があったのは誰だろう」
「えっと……僕と麻渕は1回この家に来た後お菓子買いにコンビニ行ったよね。その時玉野と神里ちゃんは家に居た」
「ウチはやってないよ!それにずっとさとちゃんとはーー」
そう言いかけて玉野の口が止まった。
「そう言えばトイレ行ってたから、さとちゃんが1人の時間があった」
なるほど。
「でも神里ちゃんがそんなことする必要ある?LSDと覚醒剤って相性最悪だし、自分も摂取するなんて自殺行為だよ」
額に手を当ててたどたどしく言葉を紡ぐ日下部。
「でもさ、神里は集まった時からなんか様子がおかしくなかったか?」
「たしかに」
玉野はうんうんと頷く。
「紙食いすぎて頭がおかしくなってて、俺達を巻き込んでぐちゃぐちゃにしようとした可能性は考えられないか?」
「…………」
2人は黙って泡を吹く神里をじっと見つめる。そこで日下部が「あっ」と声を漏らして傍らに置いてある彼女のスマートフォンを手に取る。
「投稿とか見てみたら何か分かるかもしれない!裏垢で書き込みとかしてるかも!あ、でもパスワードかかってる……」
「誕生日が9月4日だからそれで開けるかも」
玉野が素早くスマホを奪い『0904』の4桁を打ち込む。すると簡単に起動ができた。血眼になって某SNSを探し始める。俺と日下部も食い入るようにそれを見守る。
「えっと……あ!あった!先週『覚醒剤ってめちゃくちゃ気持ちいいんだろうなぁ。死ぬ前に一回はやりたいよね。最近楽しくないしつい考えちゃう』って――」
「これだ!」
「マジか。神里ちゃんがこんなことを……」
「神里だったか」
犯人が確定してホッと胸を撫で下ろす。決まりだ。この地獄は神里によって生み出された。
「……でもさ、それが分かったところでもうどうしようもないよね。あぁシャブやっちゃったんだ。どうしよう、おかしくなるかも」
日下部が膝をついてわなわなと震え出す。そう、この2人は覚醒剤の味を覚えてしまった。1回限りでは辞められる可能性は充分にあるが、何せ混ぜ込んだ量が多い。離脱症状で苦しむことは目に見えている。そうだ。
「神里を殺さないか?」
突拍子の無い提案に2人は同時に俺と目を合わせる。
「やったことは酷いけど、殺すって……」
「でもウチら、騙されたんだよ」
「そうだ。コイツのせいで俺らは狂わされた。許せなくないか?…………許せないよなぁ!」
俺の叫び声が一室に響く。玉野と日下部は俯いて何か考えているようだった。答えを待ち続けていると、先に日下部が叫び出す。
「ああ!許せねえ!やるか!麻渕!」
「ウチも許せない!殺そう!」
この場にいる全員が狂っていた。
「やっちゃったね」
瞳孔が酷く開いている玉野がヘラヘラ笑っている。どこか清々しさを感じられる。俺の車のトランクには全員に数十回殴打されて冷たくなった神里が入っている。
「これからどうする?僕ら」
「とりあえずどっかに死体を隠して、海外にでも逃げないか?」
「「いいかも」」
即答だった。大麻を吸える国もあるしちょうどいい。あても無いがとりあえず今後の動きは決まった。
「俺達はこれからチームだ」
そう、チームだ。家族と言ってもいい。俺達は同じ罪を抱えた者同士だ。やってしまったことは仕方ない。
まあ、覚醒剤を盛り込んだのは俺なのだが。
日下部は知らなかったようだが俺は未だに覚醒剤を辞められていない。頻度はそこまでと言えど普通にやっていた。騙していたのだ。数日前に覚醒剤を注射した時に思った。コイツらにこの味を覚えさせたらどんな反応をするのだろう、と。
後のことは何も考えていなかった。脳がおかしくなっていたのだろう。しかし、偶然にも神里が何故か情緒不安定な状態でやってきて、その上あのような投稿もしていて罪を擦り付けることに成功した。彼女のスマホを開こうとした時はこれでもかというくらいに心臓が高鳴った。とんでもないスリルだ。
2人はキマッているせいか気づいていなかったが、神里がトイレ、玉野と日下部が台所で何かを作っていた際、一瞬の隙を見逃さず盛った。全部が上手くいった。俺はなんて運がいいのだろう。神に好かれている。
「麻渕、お前が真っ先に気づいてくれたおかげだよ」
「ありがとう」
2人がギラギラした目で礼を言う。いい気分だ。
俺達はすぐに捕まるかもしれない。けれどもそんなことどうでもいい。俺は今が楽しくて仕方がない。馬鹿2人を偽って後の短い人生を精一杯謳歌しようと思う。
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