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2 サイケドラッグによる「無限部屋」体験 2月16日
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皆さんは地獄に行きたいと思ったことはあるだろうか?
普通ならわざわざ赤い苦痛の海に飛び込もうとはしない。僕もそうだった。現実世界が針で腕をなぞられるような、慢性的な拷問地獄だから求めるのは天国ただ1つ。しかし、余りに愚かな行動で意に反して――いや、自ら選んだのかもしれない。僕は地獄と呼んで差し支えない景色を見た。
どれくらい前だろうか、1年前? 確か9月下旬頃だ。毎日咳止めやオピオイド、精神安定剤を乱用していた時だった。ゼミの発表、大学が嫌すぎて、深夜に合法大麻を40回ほど吸い、2錠も飲めば効くオピオイドを50錠ほど、咳止めを数十錠、合法LSDを半枚1度に摂取した。
こんな種類の物をこんな量摂ったらそりゃ気が狂う。朝までのおよそ5.6時間、足をひたすら切って叫び続けて、死ぬほど吐いて時間の感覚と自己を完全に失っていた。心臓の音がイヤホンをして最大音量で聴く音楽くらいのボリュームで高鳴っていたのを覚えている。
その時声をかけ続けてくれた人が居なければ自殺していたと、今でも思う。ただ、その人には本当に申し訳ないけれど、あの時ほど「生きてる実感」を得たことは無かった。本気でもう死ぬと覚悟して入り込んだトリップには、魅力される何かが静かに佇んでいた。
タナトス――ギリシャ神話では「死神」を表し、心理学者・精神科医フロイトの用語では「死への誘惑」を表す。こういうことか? ともかく、僕はその経験から「死にたい」の気持ちをありのまま自傷やオーバードーズに投下しなくなった気がする。「ああなるくらいなら今の辛さはまだマシか」となるほどトラウマにもなっている。
凄く不快な話をすると、虐待やいじめといった外からの心的外傷の経験をトラウマとする人間が、被虐性愛、マゾヒズムに目覚めるということは割とあり得ると思う。トラウマとは忘れたくても忘れられないもので、それが脳に居続ければ居続けるほど感性の「芯」になっていく。好きと嫌いは対なる存在では無い。人間とは変な生き物で、「嫌だ」が「良い」に変換されることが珍しくない。僕もそんな感じで、トラウマになるくらい辛い地獄体験に甘美な味わいを少し持ってしまった。僕に言わせれば天国と地獄は似て非なるもの、と言うより非なれど似たものだと思うのだ。
それは置いといて。昨日の深夜、僕は押し入れに合法のLSDを4分の1枚、ずっと放置していたのを思い出した。時間的に食べるべきタイミングでもなく、ドーパミンを出す薬を限界量、エナジードリンクを2本夕方に採っていたものだから余計宜しくない。まあ馬鹿なのでノリで食べた。半年ぶりくらいだろうか。前述のこともあり少し怖かったが、如何せん少ない量なのでそこまで心配しなかった。
深夜2時頃摂取、朝8時には寝た。その時聴いた音楽の強い記憶は以下。
・4s4ki 「m e l t」
・Scarlxrd 「MISA MISA!」
・Briza Yavaisz Daze(Fuji Taitoのクルー) 「トリハダ」
・まふまふ 「一生不幸でかまわない」
聴いて貰えば分かるが、全てかなりやかましくて狂った世界観の曲だ。ベランダから見る日の出が眩しくて空が綺麗だった。めちゃくちゃ抜いた後、頭の中にそれを流すスピーカーがあるのか、というくらいの耳鳴りが酷い中「常にこの世界の統合失調症患者はさぞかし苦しいだろうな」「LSDを摂取して殺人事件を犯した加害者の気持ちが少しは分かるな」とか思いながら無理やり寝た。
今までこの幻覚剤を様々な量で何回も試したが、僕はやはり此度も、現実と完全に乖離した「宇宙!!!」みたいなトリップはできなかった。酷いオーバードーズの経歴があっても統合失調症にはなっていないのは、ここの違いかなと思う。どうあがいても「現実は現実、空想は空想」に過ぎない事実が混同を切り離す。有難いような、悲しいような。
まあそのような尖ったキチガイじみたトリップを、軽くだがしていた。今回はその中で脳内に流れた「無限部屋」の景色を記したいと思う。
2月16日
✎︎_____________________
キツメの酒を喰らった様に頭がぐらぐらする。壁にもたれながら、何かから逃げるように、ただ必死に廊下を歩いていた。すぐそこには白いシンプルドアがある。俺は神に縋るようにレバーを下げてその先に飛び出す。
「――――」
1面真っ白な部屋だった。飾り気のないテーブルを真ん中に、椅子が2つ。正面には通院している心療内科の医師が無表情で座っていた。映画「ジョーカー」のラストシーンの病院を彷彿とさせる。
俺は座る余裕もなくテーブルに両腕を付きうなだれた。そして悲鳴のような問いを投げる。
「先生、俺は何の病気なんですか!!!」
「うーん……うつ病、パニック障害、薬物依存症、強迫性障害、解離性障害――可能性があるのはこの辺だよね」
俺の焦燥など完全にシカトして淡々と告げる。息が切れて血走った眼球が勝手に上を向く。睨むように先生の目をただ見る。
「障害で言えばASD傾向はあると思います。けれど君はあっても軽度なんじゃないかな。診断は降りないよ」
「どうすれば治るんですか!薬を飲んでも変わらない!具体的な嫌なことがなくたって死が纏まりつく!教えろ!」
「薬を飲んでも変わらないというか……乱用に頼るの辞めたらいいんじゃないかな?君が実は辞めてないの知ってるんだよ。離婚したお父さんもアルコール中毒だったらしいね。やっぱり子は親に――」
「黙れ!!死ね!!!!死ね!!」
ダメだ。先生の後ろにある扉に向かう。逃げなければいけない。逃げなければいけない。
「はあ……」
ため息をついて呆れる先生を横目に千鳥足でドアにぶつかりながらまた開く。
「もうやってらんない!」
視界を向ける前にそんな言葉が聞こえた。母親だ。恐る恐る目を移すとそこはリビングだった。彼女は食卓の椅子に座って怒りと悲しみの表情を浮かべていた。
「あんた頭おかしいんだよ。どんな手を尽くしても変わらない!もう入院してよッ!気持ち悪い!」
それに同調するように飼い犬のドーベルマンがつんざく様な鳴き声をあげる。
「あはは」
意図せず反射的に笑ってしまった。ここもダメだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ハハハ!お父さんにそっくりでごめんなさい!まともに生きれなくてごめんなさい!!殺してくださいッ!!!楽しい!死にたい!幸せ……幸せ?アハハハハ!!」
壊れる前に逃げなきゃ。外の景色が見たい。この地獄の部屋巡りはいつ終わるんだろう。自分を含めてみんな俺を否定するのに、生きる意味はどこにあるんだろう?幸せへの道のりが分かる地図は?
「次、次――」
耳を塞いで、情けない足取りで木製の扉を開く。
「――は」
トイレ、トイレだ。2階のトイレ。狭くて落ち着く。ここはマシかもしれない。少し落ちつ
「ニャーーー」
手洗い管の小さな器のスペースに飼い猫のキジトラが居た。鋭い碧眼から目を離せない。
「君はずっと苦しんで生きてずっと苦しんで死ぬんだよ」
「ぁ――」
ここも地獄か。この四方に囲まれた苦痛の空間のループはどうすれば終わる?
「自己犠牲が美徳だと勘違いして、誰にも素顔を見せないで、誰の素顔も見れないで過ごす。形だけ人とか変わってるだけ。本質は独りと変わらない。可哀想だね。本当は純粋な優しさなんて持ってない。好きだった人、父親、薬のない自分――くだらない過去に執着して、勝手に苦しんで助けて貰って――迷惑だよ。自己犠牲に見せかけた他者犠牲じゃない?」
彼の金色の毛の部分は段々と黒く染まり、やがて黒猫になった。そうか、一緒に寝てる時も、過呼吸になってる俺を見てる時も、ずっとそう思ってたんだ。同じ考えだったんだ――
「はは……確かに、たしかに、あぁ、オエエエッ!!!!」
耐えきれず空っぽの胃から中身を捻り出して便器に嘔吐した。モンスターエナジーの様な緑色の液体が透明な水いっぱいに混ざり、壁の部分にビチャビチャと色を付けていく。
「血……?なんで緑?ふっ、あはは……エイリアン……ナメック星人……?ゾンビ……?ハハハ!なにこれ!きれい!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!」
右の壁に思いっきり頭を打ち付けた直後、猫の顔面を震える両手で思いっきり握り潰す。「ギャッ」という醜い悲鳴と共に眼が飛び出し真っ青な血液が顔に、腕に、壁に、全体にグラフティアートのように描かれる。
「1周まわって楽しい!いや5周!?死ね!死ね!死ね!」
生きる意味。生きる意味。そんなものただ1つ、快楽だ!
「そうか、例えるなら――自分に撃ち込んでいた言葉の弾丸を、全部他人に向けて乱射すればいいのか!自分のためだけに行うことを、全て肯定してしまえばいい!誹謗中傷も、窃盗も、殺人も――他人を犠牲に得る快楽を"善い"と認識したら幸せなんだ!俺は、人間は!そんな出来た生物じゃない!何が『満足な豚より不満足なソクラテス』だよ!苦しみもがいて善人を維持するくらいなら、獣に成り下がって笑っている方が良いに決まってんだろ!」
轢死体の様な猫を便器に投げ捨てて青の扉を蹴り開く。次はどんな部屋だ!?もっと血なまぐさい楽園を寄越してくれ!
「ほう」
自宅の螺旋階段だった。リビング、二階のトイレ、階段の順となると、俺は家に居るのか?いや、二階のトイレを出たのに、降りる方ではなく、登る方に出たのはおかしな話だ。元からおかしいか。
「アッ――」
ふと腹を見ると、背から刺されたであろう大きなナイフが貫通している。血がボタボタとマーキングするように段差に落下する。今度はちゃんと赤だ。
「気持ちいい」
まるで抱きしめられて人肌を充分に感じた時のような、優しい暖かさが全身に広がる。足先まで痙攣するくらいの快感。痛みは愛に似ている。利益や裏の意図のない、水晶のような純度の無償の愛。この無限の扉巡りは地獄なんかじゃなく、今登る階段の様に、天に登る道のりなのかもしれない。
「――♪♪」
「ヘブンドープ」という曲のイントロ部分の鼻歌を口ずさみながら、足を運んでいく。何故か最後の階段には、あるはずのない、眩しさを感じさせる黄色い扉があった。撫でるようにレバーをなぞり、また開いていく。
「ああ、幸せ」
壁も床も桜色の、何も無い部屋だった。床にあぐらをかいている男が居た。俺と同じタバコを吸ってリラックスしている。顔は鉛筆で乱雑に塗りつぶした様なモヤがかかっていて見えない。
「おお」
その2文字の発声で誰か分かった。ネットで度々ドラッグの話をするSNSの友人、Kだ。何故現実に現れたかは知らない。とにかく話したいことが溢れてきて、彼と少し距離を置いて同じ様にあぐらをかいた。ジッポライターでタバコに火をつけて捲し立てるように思案をぶつける。
「LSDによるサイケデリック体験と、急性の統合失調症の類似性が指摘されていたらしい」
「まあ紙は統失の疑似体験みたいなところあるからな」
「それがさ、70年くらい前に、統合失調症の患者にLSDを与える実験があったんだよ。意外なことに、患者達はLSDによるサイケデリック体験と自分達の妄想と幻覚を見分けることができた。その上慢性の患者には何の反応も見られなかった、という結果が出たらしい」
「面白いな」
「別なんだ、LSDが与える五感の歪みによる幻覚や幻聴と、統合失調症患者のそれらは。まあサイケ特有のカラフルな渦のような幻覚だとか、自然の景色がやけに綺麗に見えるアレは――確かに統合失調症の錯覚よりポジティブさがある。完全に別物だ」
「自分の病気に無自覚がちな統合失調症の人が、ちゃんとLSDの作用を見分けられるっていうのは不思議だな」
「うん。これさ、危険性はあるけど、自覚のない統合失調症患者に自覚をさせる為にLSDが役に立つんじゃないかって思ったんだよ」
「はは、一歩間違えたらクソ悪化するだろそれ」
予想通りの返答が来た。
「そうなんだよな。荒療治。ただ、統合失調症を誘発しがちなLSDが、逆に発症済みの人間に適応し得る事実が面白い」
「替えのきかない可能性があるよな、サイケドラッグには」
「エジソンの三大発明くらいの奇跡だよ。ドラッグには間違いなく世界を変える力がある。LSDは拷問や洗脳にも使われた。使いようで兵器にも、歴史を変える発想の種にもなる。俺からしたら、何故ドラッグに着眼点を当てない人がかなりの数居るのかが理解できない」
「ヤク中からしたらそうだろうな」
俺の遍歴を知っている彼のその言葉は、ただの見下す様な意見に見えても柔らかさがあった。
「こうやって頭の中で存在しない会話を構築してるのは、自分から見てもだいぶ頭がおかしい」
「はは」
Kがタバコを灰皿に押し付ける。俺もそれにならって投げ捨てて立ち上がる。
「もし同じ人生をやり直せたとしても、俺は咳止めやオピオイドの様な粗末な物からこういう物まで満遍なく食う」
どんな駄作よりつまらない現実が、粒のような小さい物質1つで裏返るように色を付けて輝く。「事実は小説よりも奇なり」が実現される。この景色は常識が対価だが、元から無い自分からしたら引かれようがないので金の成る木と大差ない。
無味無臭の食事を一生続けるのと、吐くほど不味い飯と泣くほど美味い飯がランダムに提供される食事、どっちの方が良いか?完全無音の世界と、発狂するほどの轟音・絶頂するほどの旋律が流れてくる世界、どっちの方が楽しくて厚みを増すか?答えるまでもない。溢れるデメリットじゃなく、欠片の様なメリットに着目するんだ。
「死じゃなくドラッグが救済になったんだ。素敵なことじゃないか」
自分の狂った発言に何を思ったのか分からないKを置いてピンクの部屋を出る。
「やった」
ベランダに出た。外だ。朝焼けが、冷たくスッキリした空気が、鳥のさえずりが、心を溶かしていく。
終わりのない無限なんて存在しない。不幸の次には幸福が、幸福の次には不幸が決まってやってくる。苦痛を味わえば味わうほどその分の幸福が落ちてくる。逆も然り。約束された一生の幸福も不幸も無い。だからこそどちらも結果的に「良かったな」と思える生き方が得だ。忘れたい過去、忘れたくない過去も一緒に忘れずに抱えて人生を積み上げていく。それは今までに読み終えた本の様に、知識や感性として活きて経験の証になる。
✎︎_____________________
我ながら狂っている。普通に薬は辞めろ。
マルキ・ド・サドの「ソドムの120日」坂口安吾の「堕落論」「白痴」が届いたので近い内に読もうと思う。
普通ならわざわざ赤い苦痛の海に飛び込もうとはしない。僕もそうだった。現実世界が針で腕をなぞられるような、慢性的な拷問地獄だから求めるのは天国ただ1つ。しかし、余りに愚かな行動で意に反して――いや、自ら選んだのかもしれない。僕は地獄と呼んで差し支えない景色を見た。
どれくらい前だろうか、1年前? 確か9月下旬頃だ。毎日咳止めやオピオイド、精神安定剤を乱用していた時だった。ゼミの発表、大学が嫌すぎて、深夜に合法大麻を40回ほど吸い、2錠も飲めば効くオピオイドを50錠ほど、咳止めを数十錠、合法LSDを半枚1度に摂取した。
こんな種類の物をこんな量摂ったらそりゃ気が狂う。朝までのおよそ5.6時間、足をひたすら切って叫び続けて、死ぬほど吐いて時間の感覚と自己を完全に失っていた。心臓の音がイヤホンをして最大音量で聴く音楽くらいのボリュームで高鳴っていたのを覚えている。
その時声をかけ続けてくれた人が居なければ自殺していたと、今でも思う。ただ、その人には本当に申し訳ないけれど、あの時ほど「生きてる実感」を得たことは無かった。本気でもう死ぬと覚悟して入り込んだトリップには、魅力される何かが静かに佇んでいた。
タナトス――ギリシャ神話では「死神」を表し、心理学者・精神科医フロイトの用語では「死への誘惑」を表す。こういうことか? ともかく、僕はその経験から「死にたい」の気持ちをありのまま自傷やオーバードーズに投下しなくなった気がする。「ああなるくらいなら今の辛さはまだマシか」となるほどトラウマにもなっている。
凄く不快な話をすると、虐待やいじめといった外からの心的外傷の経験をトラウマとする人間が、被虐性愛、マゾヒズムに目覚めるということは割とあり得ると思う。トラウマとは忘れたくても忘れられないもので、それが脳に居続ければ居続けるほど感性の「芯」になっていく。好きと嫌いは対なる存在では無い。人間とは変な生き物で、「嫌だ」が「良い」に変換されることが珍しくない。僕もそんな感じで、トラウマになるくらい辛い地獄体験に甘美な味わいを少し持ってしまった。僕に言わせれば天国と地獄は似て非なるもの、と言うより非なれど似たものだと思うのだ。
それは置いといて。昨日の深夜、僕は押し入れに合法のLSDを4分の1枚、ずっと放置していたのを思い出した。時間的に食べるべきタイミングでもなく、ドーパミンを出す薬を限界量、エナジードリンクを2本夕方に採っていたものだから余計宜しくない。まあ馬鹿なのでノリで食べた。半年ぶりくらいだろうか。前述のこともあり少し怖かったが、如何せん少ない量なのでそこまで心配しなかった。
深夜2時頃摂取、朝8時には寝た。その時聴いた音楽の強い記憶は以下。
・4s4ki 「m e l t」
・Scarlxrd 「MISA MISA!」
・Briza Yavaisz Daze(Fuji Taitoのクルー) 「トリハダ」
・まふまふ 「一生不幸でかまわない」
聴いて貰えば分かるが、全てかなりやかましくて狂った世界観の曲だ。ベランダから見る日の出が眩しくて空が綺麗だった。めちゃくちゃ抜いた後、頭の中にそれを流すスピーカーがあるのか、というくらいの耳鳴りが酷い中「常にこの世界の統合失調症患者はさぞかし苦しいだろうな」「LSDを摂取して殺人事件を犯した加害者の気持ちが少しは分かるな」とか思いながら無理やり寝た。
今までこの幻覚剤を様々な量で何回も試したが、僕はやはり此度も、現実と完全に乖離した「宇宙!!!」みたいなトリップはできなかった。酷いオーバードーズの経歴があっても統合失調症にはなっていないのは、ここの違いかなと思う。どうあがいても「現実は現実、空想は空想」に過ぎない事実が混同を切り離す。有難いような、悲しいような。
まあそのような尖ったキチガイじみたトリップを、軽くだがしていた。今回はその中で脳内に流れた「無限部屋」の景色を記したいと思う。
2月16日
✎︎_____________________
キツメの酒を喰らった様に頭がぐらぐらする。壁にもたれながら、何かから逃げるように、ただ必死に廊下を歩いていた。すぐそこには白いシンプルドアがある。俺は神に縋るようにレバーを下げてその先に飛び出す。
「――――」
1面真っ白な部屋だった。飾り気のないテーブルを真ん中に、椅子が2つ。正面には通院している心療内科の医師が無表情で座っていた。映画「ジョーカー」のラストシーンの病院を彷彿とさせる。
俺は座る余裕もなくテーブルに両腕を付きうなだれた。そして悲鳴のような問いを投げる。
「先生、俺は何の病気なんですか!!!」
「うーん……うつ病、パニック障害、薬物依存症、強迫性障害、解離性障害――可能性があるのはこの辺だよね」
俺の焦燥など完全にシカトして淡々と告げる。息が切れて血走った眼球が勝手に上を向く。睨むように先生の目をただ見る。
「障害で言えばASD傾向はあると思います。けれど君はあっても軽度なんじゃないかな。診断は降りないよ」
「どうすれば治るんですか!薬を飲んでも変わらない!具体的な嫌なことがなくたって死が纏まりつく!教えろ!」
「薬を飲んでも変わらないというか……乱用に頼るの辞めたらいいんじゃないかな?君が実は辞めてないの知ってるんだよ。離婚したお父さんもアルコール中毒だったらしいね。やっぱり子は親に――」
「黙れ!!死ね!!!!死ね!!」
ダメだ。先生の後ろにある扉に向かう。逃げなければいけない。逃げなければいけない。
「はあ……」
ため息をついて呆れる先生を横目に千鳥足でドアにぶつかりながらまた開く。
「もうやってらんない!」
視界を向ける前にそんな言葉が聞こえた。母親だ。恐る恐る目を移すとそこはリビングだった。彼女は食卓の椅子に座って怒りと悲しみの表情を浮かべていた。
「あんた頭おかしいんだよ。どんな手を尽くしても変わらない!もう入院してよッ!気持ち悪い!」
それに同調するように飼い犬のドーベルマンがつんざく様な鳴き声をあげる。
「あはは」
意図せず反射的に笑ってしまった。ここもダメだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ハハハ!お父さんにそっくりでごめんなさい!まともに生きれなくてごめんなさい!!殺してくださいッ!!!楽しい!死にたい!幸せ……幸せ?アハハハハ!!」
壊れる前に逃げなきゃ。外の景色が見たい。この地獄の部屋巡りはいつ終わるんだろう。自分を含めてみんな俺を否定するのに、生きる意味はどこにあるんだろう?幸せへの道のりが分かる地図は?
「次、次――」
耳を塞いで、情けない足取りで木製の扉を開く。
「――は」
トイレ、トイレだ。2階のトイレ。狭くて落ち着く。ここはマシかもしれない。少し落ちつ
「ニャーーー」
手洗い管の小さな器のスペースに飼い猫のキジトラが居た。鋭い碧眼から目を離せない。
「君はずっと苦しんで生きてずっと苦しんで死ぬんだよ」
「ぁ――」
ここも地獄か。この四方に囲まれた苦痛の空間のループはどうすれば終わる?
「自己犠牲が美徳だと勘違いして、誰にも素顔を見せないで、誰の素顔も見れないで過ごす。形だけ人とか変わってるだけ。本質は独りと変わらない。可哀想だね。本当は純粋な優しさなんて持ってない。好きだった人、父親、薬のない自分――くだらない過去に執着して、勝手に苦しんで助けて貰って――迷惑だよ。自己犠牲に見せかけた他者犠牲じゃない?」
彼の金色の毛の部分は段々と黒く染まり、やがて黒猫になった。そうか、一緒に寝てる時も、過呼吸になってる俺を見てる時も、ずっとそう思ってたんだ。同じ考えだったんだ――
「はは……確かに、たしかに、あぁ、オエエエッ!!!!」
耐えきれず空っぽの胃から中身を捻り出して便器に嘔吐した。モンスターエナジーの様な緑色の液体が透明な水いっぱいに混ざり、壁の部分にビチャビチャと色を付けていく。
「血……?なんで緑?ふっ、あはは……エイリアン……ナメック星人……?ゾンビ……?ハハハ!なにこれ!きれい!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!」
右の壁に思いっきり頭を打ち付けた直後、猫の顔面を震える両手で思いっきり握り潰す。「ギャッ」という醜い悲鳴と共に眼が飛び出し真っ青な血液が顔に、腕に、壁に、全体にグラフティアートのように描かれる。
「1周まわって楽しい!いや5周!?死ね!死ね!死ね!」
生きる意味。生きる意味。そんなものただ1つ、快楽だ!
「そうか、例えるなら――自分に撃ち込んでいた言葉の弾丸を、全部他人に向けて乱射すればいいのか!自分のためだけに行うことを、全て肯定してしまえばいい!誹謗中傷も、窃盗も、殺人も――他人を犠牲に得る快楽を"善い"と認識したら幸せなんだ!俺は、人間は!そんな出来た生物じゃない!何が『満足な豚より不満足なソクラテス』だよ!苦しみもがいて善人を維持するくらいなら、獣に成り下がって笑っている方が良いに決まってんだろ!」
轢死体の様な猫を便器に投げ捨てて青の扉を蹴り開く。次はどんな部屋だ!?もっと血なまぐさい楽園を寄越してくれ!
「ほう」
自宅の螺旋階段だった。リビング、二階のトイレ、階段の順となると、俺は家に居るのか?いや、二階のトイレを出たのに、降りる方ではなく、登る方に出たのはおかしな話だ。元からおかしいか。
「アッ――」
ふと腹を見ると、背から刺されたであろう大きなナイフが貫通している。血がボタボタとマーキングするように段差に落下する。今度はちゃんと赤だ。
「気持ちいい」
まるで抱きしめられて人肌を充分に感じた時のような、優しい暖かさが全身に広がる。足先まで痙攣するくらいの快感。痛みは愛に似ている。利益や裏の意図のない、水晶のような純度の無償の愛。この無限の扉巡りは地獄なんかじゃなく、今登る階段の様に、天に登る道のりなのかもしれない。
「――♪♪」
「ヘブンドープ」という曲のイントロ部分の鼻歌を口ずさみながら、足を運んでいく。何故か最後の階段には、あるはずのない、眩しさを感じさせる黄色い扉があった。撫でるようにレバーをなぞり、また開いていく。
「ああ、幸せ」
壁も床も桜色の、何も無い部屋だった。床にあぐらをかいている男が居た。俺と同じタバコを吸ってリラックスしている。顔は鉛筆で乱雑に塗りつぶした様なモヤがかかっていて見えない。
「おお」
その2文字の発声で誰か分かった。ネットで度々ドラッグの話をするSNSの友人、Kだ。何故現実に現れたかは知らない。とにかく話したいことが溢れてきて、彼と少し距離を置いて同じ様にあぐらをかいた。ジッポライターでタバコに火をつけて捲し立てるように思案をぶつける。
「LSDによるサイケデリック体験と、急性の統合失調症の類似性が指摘されていたらしい」
「まあ紙は統失の疑似体験みたいなところあるからな」
「それがさ、70年くらい前に、統合失調症の患者にLSDを与える実験があったんだよ。意外なことに、患者達はLSDによるサイケデリック体験と自分達の妄想と幻覚を見分けることができた。その上慢性の患者には何の反応も見られなかった、という結果が出たらしい」
「面白いな」
「別なんだ、LSDが与える五感の歪みによる幻覚や幻聴と、統合失調症患者のそれらは。まあサイケ特有のカラフルな渦のような幻覚だとか、自然の景色がやけに綺麗に見えるアレは――確かに統合失調症の錯覚よりポジティブさがある。完全に別物だ」
「自分の病気に無自覚がちな統合失調症の人が、ちゃんとLSDの作用を見分けられるっていうのは不思議だな」
「うん。これさ、危険性はあるけど、自覚のない統合失調症患者に自覚をさせる為にLSDが役に立つんじゃないかって思ったんだよ」
「はは、一歩間違えたらクソ悪化するだろそれ」
予想通りの返答が来た。
「そうなんだよな。荒療治。ただ、統合失調症を誘発しがちなLSDが、逆に発症済みの人間に適応し得る事実が面白い」
「替えのきかない可能性があるよな、サイケドラッグには」
「エジソンの三大発明くらいの奇跡だよ。ドラッグには間違いなく世界を変える力がある。LSDは拷問や洗脳にも使われた。使いようで兵器にも、歴史を変える発想の種にもなる。俺からしたら、何故ドラッグに着眼点を当てない人がかなりの数居るのかが理解できない」
「ヤク中からしたらそうだろうな」
俺の遍歴を知っている彼のその言葉は、ただの見下す様な意見に見えても柔らかさがあった。
「こうやって頭の中で存在しない会話を構築してるのは、自分から見てもだいぶ頭がおかしい」
「はは」
Kがタバコを灰皿に押し付ける。俺もそれにならって投げ捨てて立ち上がる。
「もし同じ人生をやり直せたとしても、俺は咳止めやオピオイドの様な粗末な物からこういう物まで満遍なく食う」
どんな駄作よりつまらない現実が、粒のような小さい物質1つで裏返るように色を付けて輝く。「事実は小説よりも奇なり」が実現される。この景色は常識が対価だが、元から無い自分からしたら引かれようがないので金の成る木と大差ない。
無味無臭の食事を一生続けるのと、吐くほど不味い飯と泣くほど美味い飯がランダムに提供される食事、どっちの方が良いか?完全無音の世界と、発狂するほどの轟音・絶頂するほどの旋律が流れてくる世界、どっちの方が楽しくて厚みを増すか?答えるまでもない。溢れるデメリットじゃなく、欠片の様なメリットに着目するんだ。
「死じゃなくドラッグが救済になったんだ。素敵なことじゃないか」
自分の狂った発言に何を思ったのか分からないKを置いてピンクの部屋を出る。
「やった」
ベランダに出た。外だ。朝焼けが、冷たくスッキリした空気が、鳥のさえずりが、心を溶かしていく。
終わりのない無限なんて存在しない。不幸の次には幸福が、幸福の次には不幸が決まってやってくる。苦痛を味わえば味わうほどその分の幸福が落ちてくる。逆も然り。約束された一生の幸福も不幸も無い。だからこそどちらも結果的に「良かったな」と思える生き方が得だ。忘れたい過去、忘れたくない過去も一緒に忘れずに抱えて人生を積み上げていく。それは今までに読み終えた本の様に、知識や感性として活きて経験の証になる。
✎︎_____________________
我ながら狂っている。普通に薬は辞めろ。
マルキ・ド・サドの「ソドムの120日」坂口安吾の「堕落論」「白痴」が届いたので近い内に読もうと思う。
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快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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