しあわせDiary ~僕の想いをあなたに~

翡翠ユウ

文字の大きさ
23 / 167
第二章 第2話 毎日が勉強の連続

2-23

「いつもの翔くんらしくなかったね。どうかしたの?」

 少し風にあたりに二人でコンビニに行って帰ってきた。その頃にはもう僕の心は落ち着いていて、さっきの罪悪感はあれど理由を話せるようになっていた。
 それで今はさっきと同じくベッドを背もたれにして並んで座っていた。

「……急に寂しくなったんだ。今日と明日は一緒にいられるけど、次の土日は仕事で会えないから。それで加奈さんと離れたくなくて」
「そう。次の土日は仕事なのね。それは寂しくなるわね。私も寂しいわ。でも仕事だから仕方ないわよね」
「うん。でも加奈さんと一緒にいる時とか、もうすぐ会えるってなると頑張れるんだ。それが来週はないって考えると寂しくて」

 こんなのはいつもの僕じゃない。それは分かっている。でも寂しいものは寂しい。とはいえ、こんなにも寂しいと感じたのは初めてだった。それこそ高校生とか大学生の時なんてそんなことはまったく思わなかった。
 そもそも友人は少なかったけどそれで寂しいとか虚無とかはなく、むしろ一人の方が楽とまで思っていたくらいだ。なのに、加奈さんがってなると今までに感じたことのないどうしようもない寂しさが押し寄せてきた。だから僕はいつもの自分らしくない行動をとってしまったのだ。

 ふと加奈さんを見ると、少しだけ動揺しているというか普段の凛としている感じが薄れているような気がした。しかもそれが少しずつ濃くなっていき、徐々に俯いていった。

「加奈さん?」
「……うん。大丈夫。ちなみにその次の週は?」
「たしか、休みじゃなかったはず」
「そう…… でも仕事…だもんね」

 声まで元気じゃなくなっていった。そしてずっと大人らしかった加奈さんが僕の胸に顔を埋め、背中に腕を回して抱き付いてきた。そしてそのまま何かを言い始めた。

「ごめん……私も寂しすぎる。二週間も翔くんと会えないのは無理ぃぃ。せめて一週間じゃないと寂しすぎて死んじゃうぅぅ」
「加奈さん?」

 なんか聞いたことのない若干ぽんこつというか子供っぽい感じの声が聞こえた気がする。でもあの加奈さんがそんなことになるなんて想像も出来ないし、きっと服に顔を押し付けているせいで変な調子に聞こえたんだろう。
 缶チューハイを買い足して飲んでいるとはいえ、酔うような量じゃないし。僕の聞き間違いに違いない。

「孤独恐怖症になるぅぅ」
「加奈さん?」

 引き続き服に顔を押し付けているせいで何を言っているのかがよく聞こえない。でも少なくとも言えるのは、いつもの加奈さんの調子ではない感じということだ。
 僕は一周回って冷静になったのでそんな加奈さんを一旦離して話をしてみようと思った。

「加奈さん?」
「あ……なんでもないわよ。ただ、やっぱり寂しいわねって思って。でも仕事だから仕方ないものね。大丈夫、大丈夫だから」

 絶対に大丈夫ではないということも分かった。それはなぜかというと、目に涙が溜まっていていかにも我慢しているような、無理矢理いつもの凛とした感じに保とうとしているのが見て分かったからだ。
 でも加奈さんはきっと僕を励まそうとしてそれで自分は大丈夫だからと少なくとも心配をかけないようにしているに違いない。そういう優しいところも大人の加奈さんらしい。
 それにしたって、なんだか必死すぎるような気がする。だから

「本当はどう思ってるの?」

 と聞いてみることにした。すると少し迷ったのか葛藤しているのか、明らかに雰囲気も表情も変わり始めた。そしてようやくその口が開かれた。それは恐る恐るというか、本当に話そうか迷っているような感じだった。

「引かない……?」
「うん」
「…………私は翔くんと会えない日が続くと駄目なのよ。本当に駄目になるのよ」
「そっか。なら同じなんだね」
「同じレベルじゃなくて……翔くんの中の私っていうイメージが崩れるくらいに駄目になるのよ。時には中村さんと飲み明かして話を聞いてもらうこともあるし、一人で泣くこともあるの」
「うん」
「それだけじゃなくて、翔くんがその……職場の女の人に言い寄られてないかとか心配になるのよ。それを考えてたらどうしても駄目になっちゃってね。その…いわゆるあれよ。ぽんこつって言葉があるじゃない? そんな感じになるのよ」
「そうは見えないというか、僕の知っている加奈さんからは考えられないんだよね」
「だと思う。でも実際そうなのよ。だから週明けから翔くんと二週間も会えないって考えただけでどうにかなりそうなのよ」

 加奈さんは慎重に言葉を選んでいる感じだった。
 まぁ、途中でぽんこつって言ってたけど、とはいえ加奈さんだ。実際は少し気が沈んだりして元気がないくらいだろう。それは誰にだってあることだし、僕自身にも今後ある可能性が高いものだ。だから別に言うほどぽんこつではないと思う。

「……やっぱり寂しいな」
「うん。寂しい。会えない距離じゃないのに、平日とか休日でも次の日仕事ってなってたら行くのは悪いし。今回翔くんの家に一日早く行ったのだって本当のところは勇気を出したのよ?」
「どうして勇気がいるの?」
「それは他の―…」

 そこでどうしてか口を閉じた加奈さん。そして仕切り直して口を開けた。

「押しかけみたいで嫌かなって」
「そんなことはないけどね。実際来てくれて嬉しかったし」
「そう言ってくれると嬉しいんだけど、それでも勇気がいることだったのよ。それこそ、新入社員なら上司から食事の誘いとか歓迎会とかがあるかもしれないじゃない? なのに私のせいでそういう交流の場に行けないなんてなったら翔くんの今後にも関わるかもしれないし」
「別に行けなくていいと思うんだけど。そもそもどうして行かないといけないんだ?って思うんだよね」
「え? そういうものじゃないの? だって上司とか先輩とそういう場で交流して仲良くなって出世に繋げるのが社会人なんじゃないの?」
「いやいや、なんて言うんだっけ……あ、そうそう。そういうみたいなのはないし、このご時世あったら会社単位で問題視されるよ」
「そう。でもあくまで経験則だけど、出世をしたいならそういうこと、評価とかに関与している上司と仲良くなっておくのは悪くないことよ? だから私は翔くんのこれからの邪魔をしたくないの」
「そういう気持ちは嬉しいけど、僕は仕事よりも加奈さんとの時間の方が大事なんだ。だから本当に気にしなくていいんだよ。そもそも、仲良くしていないと評価されないなんてどこの時代錯誤だよって思うんだよね」
「……そうね。ありがとう」

 すると加奈さんが少しだけ笑った。
 その笑顔はまるで僕のことをまだ若いなと言っているかのようだった。
 加奈さんは当然ながら僕よりも社会人経験が長い。だから今の僕が知らない、それこそバイトの立場の時では知らなかった社会人とはどういう人達でどういう思考で動いているのかを知っている。それに、他にも良いことも悪いことも知っているに違いない。
 それでも正論を言うわけではなく微笑んだのは僕の気持ちを汲んだうえでの優しさだったのかもしれない。

「翔くんはこれからどうなりたいの?」
「僕は、そうだね。仕事を頑張ってしっかりと稼いでいきたいかな。もちろんYouTubeもやるよ。最近は出来てないけど、それだって今じゃ立派な副業なわけだし。加奈さんは?」
「私は、そうね。正直見えてないのよ。翔くんみたいにYouTubeをやっているわけじゃないし、新社会人ってわけでもないから当時の熱意とか野心みたいなものはとっくの昔に無くなったのよ。だから仕事でこうなりたいっていうのはないわ。でも……」
「でも?」

 加奈さんが黙った。そして何かを考えているのか何を思っているのかは分からないけど、どこか遠くを見ているような目をしていた。そんな目を一度閉じて再び開けた時、僕のことをじっと真剣に見つめてきた。

「私は翔くんと一緒にいたい。どうなりたいとかじゃなくて、それだけは絶対に譲れないことよ」

 決意と決断を孕んだ強い目をしていた。
 凛としているという言葉では表現出来ないような芯のある顔だった。まさに本音を言っていると感じざるをえない表情で、その思いも言葉も僕の心の奥まで一直線に入ってきた。
 でもなぜだろう。変な重さ―それこそかつての鈴谷のような異常な執着や我儘みたいな悪いものは感じなかった。むしろ純粋な思いを感じた。
 僕はそれに射貫かれてつい言葉を失ってしまった。でもその目からは目が離せなかった。

 それから僕は少しの間、一切目を離さない加奈さんの目を見ていた。そして僕はさっきの加奈さんと同じように一度だけ目を閉じてから真剣に見つめ返した。

「加奈さん。いつか言おうと思っていたことを話すね。いい?」
「……うん」

 僕は決意した。その話をすることを。
 加奈さんは少し驚いたというか僅かに不安なのか、若干その強い表情が揺らいだ気がした。それでも僕の話を真剣に聞こうと目を離さなかった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。