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第一章 第2話 交際開始
2-5(終)
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今日はバイトが休みである。
ということで僕と真由は水族館に来ていた。
ここはエスカレーターでのぼる際に周囲が巨大水槽となっていて、まるで海の中を通っているような景色になることで有名だ。
「翔くん。すごいね」
と隣にいる真由もこの海のトンネルにはご満悦だ。
僕はそんなふうに楽しそうな真由を見ていると心がほっこりするというか、とても嬉しい気持ちになった。
実はこの場所は前の彼女の時にも来た事があったわけで、僕はここに真由と一緒に来れば過去の記憶が清算されると思っていた。
もちろん最初は当時の楽しかった事や辛かった事を思い出して複雑な気持ちだったけれども、こうして真由の笑顔を見ているとそんなことはもはやどうでもいいという気持ちになった。
「確かにすごいな」
それからこの長いトンネルを抜けると、各地域の海に生息する生き物の水槽に目がいく。
そこでも多種多様な綺麗な色をした海の生き物達が僕らを迎えてくれた。
「真由は何が好き?」
気が付けば僕はそんな事を聞いていた。
「私は翔くんが好き」
「そうじゃなくて、海の生き物だよ」
すると少し考えた後に
「翔くんは何が好き?」
と逆に聞いてきた。
「僕は、そうだな。クラゲかな」
「それじゃ、私もクラゲが好き」
「あとは、ダイオウグソクムシかな」
「うーん…… それはいいかな。というか変なのが好きだね」
真由が僕の腕に手を回してきた。
その際にふわりと揺れた黒髪から甘い香りがして僕の鼻腔をくすぐった。
さらに、抱きつく勢いで僕の腕に自分の腕を回すものだからその弾力のある胸の感触が伝わってくる。
「別に変じゃないよ。確かにダイオウグソクムシはほとんど動かないけど、それでも毎日をしっかりと生きてるんだ。どっしりとして物怖じしない、内側にそんな強いものを感じるから好きなんだ」
「うーん……そっか」
多分真由は分かっていないだろう。
そりゃそうだ。ダイオウグソクムシをそんなふうに思う学生は地球上を探しても恐らく僕だけだろうから。
「クラゲの方がいいよ。可愛いし」
次の水槽にはたくさんのクラゲが漂っていた。
さらに場所ごとで水槽を照らす灯りの色が異なっていて、全てのクラゲがみんな別々の色を発しているかのように見えていた。
それはまるで海に浮かぶ月のように幻想的な光景だった。
ふよふよと懸命に泳ぐクラゲに、水流に任せて流されていくクラゲ。個体同士がぶつかっては行き先を譲らないものや器用に避けていくもの。そのそれぞれが周囲に満ちていた。
「まもなく屋外スタジアムにてイルカショーを行います」
そんな館内放送が入ると、真由が僕の手を引いてその場所へ連れて行った。
その時の真由の様子もどこか子供っぽいというか、僕といるこの時間を本当に楽しそうにしてくれているようだった。
それから僕はふとある事を思い出した。
―今の僕の気持ちが好きのものなのかどうか分からない。
ーでもそれはいずれ分かる事なのかもしれない。
ーだから、もしも今のこの状態の僕でもよければお付き合いしましょう
あの日、僕と真由が付き合う事になった時の会話だ。
僕の前で手を引き続ける真由の指には、先日買った指輪がはめられ館内の照明に照らされて仄かに輝いていた。
僕はこのままでいいのだろうか。
真由は僕の事を好きでいてくれて、今だって僕と一緒にいることをこんなに嬉しそうにしてくれているじゃないか。
それなのに、僕はこの自分の気持ちを分からないという事のままにしておいていいのだろうか。
まもなく始まったイルカショー。
イルカが高く飛び上がり、着水した時にその水が僕に大量にかかった。
***
「楽しかったね」
「そうだな。ずぶ濡れになっちゃったけどな」
そんな時間はあっという間に過ぎ去り、僕らは水族館をあとにした。
それから真由が行きたいところがあると言ったので、僕は行先が分からないままについて行った。
水族館がある駅から電車を乗り継いで到着したのは神社だった。
そしてお参りをすると待っているように言われ、しばらくして真由が何かを持って戻ってきた。
「これは?」
「私から翔くんに。開けてみて」
その包みを開けると、中にはお守りが入っていた。
「翔くんはそろそろ就活だもんね。それが上手くいくようにって買ってきたの。どうかな?」
どうやらこの神社は就職活動や勉学に関してご利益がある神社だったようで、真由はどうしても僕と来たかったようだ。
そのお守りには『就職成就』と書かれており、直後、僕の心の中で何かが変わった。
「あぁ。ありがとう。すごく嬉しいよ」
僕はそのお守りを強く握り、鞄の中にしまった。
「真由」
そして僕は鞄からあるものを取り出すと、それを自らの指に付けた。
「僕はやっぱり真由が好きだ。やっと分かったよ。気持ちをはっきりさせるのが遅くなってしまってごめん。これからはちゃんとした恋人同士になれると思うから」
真由と同じ指に付けた指輪。
それは夕日に照らされて光り輝き、そして真由の目に溜まっていく涙もきらきらと煌めいた。
「……良かった。これでやっと私達は両想いになれたんだね」
すると真由は人目もはばからずに僕に抱きついてきた。
それを僕は様々な感情のもと、優しく抱き返して頭を撫でてやった。
「これからもよろしくな。真由」
「うん……」
地平線の彼方へと向かう夕日は僕らを優しく照らしていた。
ということで僕と真由は水族館に来ていた。
ここはエスカレーターでのぼる際に周囲が巨大水槽となっていて、まるで海の中を通っているような景色になることで有名だ。
「翔くん。すごいね」
と隣にいる真由もこの海のトンネルにはご満悦だ。
僕はそんなふうに楽しそうな真由を見ていると心がほっこりするというか、とても嬉しい気持ちになった。
実はこの場所は前の彼女の時にも来た事があったわけで、僕はここに真由と一緒に来れば過去の記憶が清算されると思っていた。
もちろん最初は当時の楽しかった事や辛かった事を思い出して複雑な気持ちだったけれども、こうして真由の笑顔を見ているとそんなことはもはやどうでもいいという気持ちになった。
「確かにすごいな」
それからこの長いトンネルを抜けると、各地域の海に生息する生き物の水槽に目がいく。
そこでも多種多様な綺麗な色をした海の生き物達が僕らを迎えてくれた。
「真由は何が好き?」
気が付けば僕はそんな事を聞いていた。
「私は翔くんが好き」
「そうじゃなくて、海の生き物だよ」
すると少し考えた後に
「翔くんは何が好き?」
と逆に聞いてきた。
「僕は、そうだな。クラゲかな」
「それじゃ、私もクラゲが好き」
「あとは、ダイオウグソクムシかな」
「うーん…… それはいいかな。というか変なのが好きだね」
真由が僕の腕に手を回してきた。
その際にふわりと揺れた黒髪から甘い香りがして僕の鼻腔をくすぐった。
さらに、抱きつく勢いで僕の腕に自分の腕を回すものだからその弾力のある胸の感触が伝わってくる。
「別に変じゃないよ。確かにダイオウグソクムシはほとんど動かないけど、それでも毎日をしっかりと生きてるんだ。どっしりとして物怖じしない、内側にそんな強いものを感じるから好きなんだ」
「うーん……そっか」
多分真由は分かっていないだろう。
そりゃそうだ。ダイオウグソクムシをそんなふうに思う学生は地球上を探しても恐らく僕だけだろうから。
「クラゲの方がいいよ。可愛いし」
次の水槽にはたくさんのクラゲが漂っていた。
さらに場所ごとで水槽を照らす灯りの色が異なっていて、全てのクラゲがみんな別々の色を発しているかのように見えていた。
それはまるで海に浮かぶ月のように幻想的な光景だった。
ふよふよと懸命に泳ぐクラゲに、水流に任せて流されていくクラゲ。個体同士がぶつかっては行き先を譲らないものや器用に避けていくもの。そのそれぞれが周囲に満ちていた。
「まもなく屋外スタジアムにてイルカショーを行います」
そんな館内放送が入ると、真由が僕の手を引いてその場所へ連れて行った。
その時の真由の様子もどこか子供っぽいというか、僕といるこの時間を本当に楽しそうにしてくれているようだった。
それから僕はふとある事を思い出した。
―今の僕の気持ちが好きのものなのかどうか分からない。
ーでもそれはいずれ分かる事なのかもしれない。
ーだから、もしも今のこの状態の僕でもよければお付き合いしましょう
あの日、僕と真由が付き合う事になった時の会話だ。
僕の前で手を引き続ける真由の指には、先日買った指輪がはめられ館内の照明に照らされて仄かに輝いていた。
僕はこのままでいいのだろうか。
真由は僕の事を好きでいてくれて、今だって僕と一緒にいることをこんなに嬉しそうにしてくれているじゃないか。
それなのに、僕はこの自分の気持ちを分からないという事のままにしておいていいのだろうか。
まもなく始まったイルカショー。
イルカが高く飛び上がり、着水した時にその水が僕に大量にかかった。
***
「楽しかったね」
「そうだな。ずぶ濡れになっちゃったけどな」
そんな時間はあっという間に過ぎ去り、僕らは水族館をあとにした。
それから真由が行きたいところがあると言ったので、僕は行先が分からないままについて行った。
水族館がある駅から電車を乗り継いで到着したのは神社だった。
そしてお参りをすると待っているように言われ、しばらくして真由が何かを持って戻ってきた。
「これは?」
「私から翔くんに。開けてみて」
その包みを開けると、中にはお守りが入っていた。
「翔くんはそろそろ就活だもんね。それが上手くいくようにって買ってきたの。どうかな?」
どうやらこの神社は就職活動や勉学に関してご利益がある神社だったようで、真由はどうしても僕と来たかったようだ。
そのお守りには『就職成就』と書かれており、直後、僕の心の中で何かが変わった。
「あぁ。ありがとう。すごく嬉しいよ」
僕はそのお守りを強く握り、鞄の中にしまった。
「真由」
そして僕は鞄からあるものを取り出すと、それを自らの指に付けた。
「僕はやっぱり真由が好きだ。やっと分かったよ。気持ちをはっきりさせるのが遅くなってしまってごめん。これからはちゃんとした恋人同士になれると思うから」
真由と同じ指に付けた指輪。
それは夕日に照らされて光り輝き、そして真由の目に溜まっていく涙もきらきらと煌めいた。
「……良かった。これでやっと私達は両想いになれたんだね」
すると真由は人目もはばからずに僕に抱きついてきた。
それを僕は様々な感情のもと、優しく抱き返して頭を撫でてやった。
「これからもよろしくな。真由」
「うん……」
地平線の彼方へと向かう夕日は僕らを優しく照らしていた。
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