しあわせDiary ~僕の想いをあなたに~

翡翠ユウ

文字の大きさ
133 / 153
第一章 第2話 交際開始

2-5(終)

しおりを挟む
 今日はバイトが休みである。
 ということで僕と真由は水族館に来ていた。
 ここはエスカレーターでのぼる際に周囲が巨大水槽となっていて、まるで海の中を通っているような景色になることで有名だ。
 
「翔くん。すごいね」

 と隣にいる真由もこの海のトンネルにはご満悦だ。
 僕はそんなふうに楽しそうな真由を見ていると心がほっこりするというか、とても嬉しい気持ちになった。
 実はこの場所は前の彼女の時にも来た事があったわけで、僕はここに真由と一緒に来れば過去の記憶が清算されると思っていた。
 もちろん最初は当時の楽しかった事や辛かった事を思い出して複雑な気持ちだったけれども、こうして真由の笑顔を見ているとそんなことはもはやどうでもいいという気持ちになった。

「確かにすごいな」

 それからこの長いトンネルを抜けると、各地域の海に生息する生き物の水槽に目がいく。
 そこでも多種多様な綺麗な色をした海の生き物達が僕らを迎えてくれた。

「真由は何が好き?」

 気が付けば僕はそんな事を聞いていた。

「私は翔くんが好き」
「そうじゃなくて、海の生き物だよ」

 すると少し考えた後に

「翔くんは何が好き?」

 と逆に聞いてきた。

「僕は、そうだな。クラゲかな」
「それじゃ、私もクラゲが好き」
「あとは、ダイオウグソクムシかな」
「うーん…… それはいいかな。というか変なのが好きだね」

 真由が僕の腕に手を回してきた。
 その際にふわりと揺れた黒髪から甘い香りがして僕の鼻腔をくすぐった。
 さらに、抱きつく勢いで僕の腕に自分の腕を回すものだからその弾力のある胸の感触が伝わってくる。

「別に変じゃないよ。確かにダイオウグソクムシはほとんど動かないけど、それでも毎日をしっかりと生きてるんだ。どっしりとして物怖じしない、内側にそんな強いものを感じるから好きなんだ」
「うーん……そっか」

 多分真由は分かっていないだろう。
 そりゃそうだ。ダイオウグソクムシをそんなふうに思う学生は地球上を探しても恐らく僕だけだろうから。

「クラゲの方がいいよ。可愛いし」

 次の水槽にはたくさんのクラゲが漂っていた。
 さらに場所ごとで水槽を照らす灯りの色が異なっていて、全てのクラゲがみんな別々の色を発しているかのように見えていた。
 それはまるで海に浮かぶ月のように幻想的な光景だった。

 ふよふよと懸命に泳ぐクラゲに、水流に任せて流されていくクラゲ。個体同士がぶつかっては行き先を譲らないものや器用に避けていくもの。そのそれぞれが周囲に満ちていた。

「まもなく屋外スタジアムにてイルカショーを行います」

 そんな館内放送が入ると、真由が僕の手を引いてその場所へ連れて行った。
 その時の真由の様子もどこか子供っぽいというか、僕といるこの時間を本当に楽しそうにしてくれているようだった。
 それから僕はふとある事を思い出した。

―今の僕の気持ちがのものなのかどうか分からない。
ーでもそれはいずれ分かる事なのかもしれない。
ーだから、もしも今のこの状態の僕でもよければお付き合いしましょう

 あの日、僕と真由が付き合う事になった時の会話だ。

 僕の前で手を引き続ける真由の指には、先日買った指輪がはめられ館内の照明に照らされて仄かに輝いていた。

 僕はこのままでいいのだろうか。
 真由は僕の事を好きでいてくれて、今だって僕と一緒にいることをこんなに嬉しそうにしてくれているじゃないか。
 それなのに、僕はこの自分の気持ちをという事のままにしておいていいのだろうか。

 まもなく始まったイルカショー。
 イルカが高く飛び上がり、着水した時にその水が僕に大量にかかった。


***


「楽しかったね」
「そうだな。ずぶ濡れになっちゃったけどな」

 そんな時間はあっという間に過ぎ去り、僕らは水族館をあとにした。
 それから真由が行きたいところがあると言ったので、僕は行先が分からないままについて行った。

 水族館がある駅から電車を乗り継いで到着したのは神社だった。
 そしてお参りをすると待っているように言われ、しばらくして真由が何かを持って戻ってきた。

「これは?」
「私から翔くんに。開けてみて」

 その包みを開けると、中にはお守りが入っていた。

「翔くんはそろそろ就活だもんね。それが上手くいくようにって買ってきたの。どうかな?」

 どうやらこの神社は就職活動や勉学に関してご利益がある神社だったようで、真由はどうしても僕と来たかったようだ。
 そのお守りには『就職成就』と書かれており、直後、僕の心の中で何かが変わった。
 
「あぁ。ありがとう。すごく嬉しいよ」

 僕はそのお守りを強く握り、鞄の中にしまった。

「真由」

 そして僕は鞄からあるものを取り出すと、それを自らの指に付けた。

「僕はやっぱり真由が好きだ。やっと分かったよ。気持ちをはっきりさせるのが遅くなってしまってごめん。これからはちゃんとした恋人同士になれると思うから」

 真由と同じ指に付けた指輪。
 それは夕日に照らされて光り輝き、そして真由の目に溜まっていく涙もきらきらと煌めいた。

「……良かった。これでやっと私達は両想いになれたんだね」

 すると真由は人目もはばからずに僕に抱きついてきた。
 それを僕は様々な感情のもと、優しく抱き返して頭を撫でてやった。

「これからもよろしくな。真由」
「うん……」

 地平線の彼方へと向かう夕日は僕らを優しく照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...