しあわせDiary ~僕の想いをあなたに~

翡翠ユウ

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第一章 第3話 感情が渦巻く日々

3-6(終)

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「―ということがあったんですよ。鈴谷さんから何か変な事をされたりとかはないですか?」

 僕は先日の事を芹乃さんに話した。
 万が一、いや、あまり考えたくはないが何か迷惑をかけていたりとか、それこそ嫌なことをされていないかが気になったのだ。
 もしも僕が知らないところでそんなことが起きていたのなら、真由との今後の事について少し考えていかなければならない。

「特にそんなことは無いよ。まぁ私達三人のシフトが被った時には変な視線を感じてたけど、それ以外は何も。中村さんの方でも何もないですよね?」
「そうね。前みたいに起伏が激しいみたいなことも無いし、普通に話すしね」

 今日は真由が休みで、休憩中の僕と芹乃さん、そして今は売り場にいる鷹谷が出勤である。
 そこに同じく休憩に入った中村さんが同席した。

「でもまぁ、男女の間には色々なことがあるものよね。もちろん女と女の間にもね。そこに男が絡んでくると、それはもう面倒なことになるものなのよ」
「やけに神妙に言いますね。昔そういう経験でも?」
「この年にもなれば色んなことがあるものだし、あったものなのよ。ね? 芹乃さん」
「私は中村さんよりも年下ですからね。でも確かにそうですね。人間関係なんてものは総じて面倒なものでした」

 中村さんと芹乃さんがしんみりとしてしまった。

「あの、僕の話だったんですけど……」
「あぁ、そうだったね。で、それからそっちでは何かあったわけ?」

 芹乃さんがそのしんみりムードを脱するために僕の話に戻した。
 中村さんは昼食のカップ麺にお湯を入れつつも、僕達の会話に耳を傾ける。

「こっちでも特にこれといって無いんですけど、ただ今回は芹乃さんに何か迷惑がかかっていないかが気になっただけでして」
「そう。でもさっきも言った通り、私には何もないわよ」
「なら良かったです」
「というかさ―」

 中村さんがふと僕達二人を見た。

「そういう仲が良すぎるところに鈴谷さんは嫉妬しちゃってるんじゃないの? あの子、一番最初に見た時から嫉妬深そうだなって思ってたし」
「僕達そんなに仲良く見えますか?」
「見えるわよ。何も知らない人が見たら高橋くんと鈴谷さんじゃなくて、芹乃さんが高橋くんと付き合ってるみたいに見えるわよ?」
「そうみたいよ? どうする?」
「どうする?ってなんですか? 別にどうもしませんよ」

 芹乃さんがいつものいじらしい顔を見せる。
 だがそれは単なるからかいであって、そこに深い意味は無いのだ。

「僕と芹乃さんは仕事だけでの関係ですし、それこそこの前話した通り、お互いにお互いのことをどうとも思っていませんので今更どうなるわけでもないです」
「でもさ、もし仮に高橋くんが鈴谷さんと付き合っていなくて、芹乃さんがその気になってアプローチしてきたらどうなってたか分からないんじゃない?」

 僕はふと芹乃さんを見た。
 その顔はやはりまだ悪戯っぽい顔をしていた。

 でもなんだろう。どこかしおらしい感じに見えなくもない。
 女っぽい。いや、芹乃さんは女だが、なんかこう内側にあるの部分が滲み出しているような、そんな気がするのだ。
 栗毛色のショートボブに、黒縁眼鏡の向こうにある凛とした瞳。落ち着きをまとった雰囲気と僅かに香る清潔感のある香り。
 幼い見た目の真由とは違い、その真由よりも年下なのにも関わらず大人の雰囲気を強く感じる芹乃さんから僕は目を逸らせなかった。

「高橋くん?」
「……あっ。いえ」

 中村さんの一声により我にかえった僕は、芹乃さんからやっと目を逸らした。

「やっぱり二人は仲良しよ。少し不安になるくらいにね」
「いやでも、私は無いですね。高橋くんは年下ですし」
「年下でもね、年を重ねればいつかは年下がいいって思うようになるのよ。それが今日なのか明日なのか、それとも明後日か。もしかしたら気がついていないだけかもしれないけどね」
「中村さんは私達をどうしたいんですか?」
「どうもしないわよ。見ていて面白いなって、そう思ってるだけよ」
「そう思っているだけならいいですけど」

 僕は二人のその会話の様子を見ていた。
 芹乃さんは困り顔で、中村さんはそんな芹乃さんをいじらしく見ていた。

 しかし二人に共通していることがあった。
 そのそれぞれの顔の裏に別の感情があるように思えるのだ。
 中村さんはその表情で芹乃さんの心底に問いかけているように思え、芹乃さんはそれに気付きつつもその答えを自らに封じ、時折僕の方を見て心配と躊躇いを孕んだ顔を見せてきた。
 もちろんその様子すらも中村さんは見逃さず、芹乃さんがそうした直後には自分もと僕に視線を向けてきた。

「まぁでもね、人生は一回きりなんだから後悔の無い選択をしなきゃね」

 最後に中村さんがそう言うと、だいぶ伸びてしまったカップ麺の蓋を開けて麺をすすり始めた。
 どうやらこの話はここまでということのようだ。


***


「ところでさ、高橋くんはそろそろ就活よね? いつから面接とかが始まる感じ?」

 休憩時間も残り僅かのタイミングで中村さんが問いかけてきた。

「そうですね。来週からです。書類やらをまとめつつ大学で就活用の講義というか、対策をやってくれることになってます」
「そう。ということは、バイトもあまり出られなくなる感じよね?」
「そうですね。一応その点は店長に相談済で、就活優先でということにしてくれることになりました」

 まもなく幕が開ける就活という戦争。
 それに勝つか負けるかで今後の人生に大きく響く。
 それこそ就活浪人なんてのは絶対に嫌だ。

「高橋くんはYoutubeをやってるわけだし、そっちで食べていけばいいんじゃない?」
「そう簡単に言わないでくださいよ。あれだけで食べていけるほど甘くないんですから。それこそ芹乃さんはどうするんです? 来年、というかずっとここにいるわけでもないでしょうし」
「そうね。まぁ私はそれなりにやるわよ。私のことよりも自分の事を心配しなさい。高橋くんみたいなタイプは就活が長引きそうな感じするし」
「経験者は語る、ですか?」
「私はすんなり決まったわよ。こう見えてやる時はやる女だからね」

 とはいっても、今はこうしてここでバイトをしているわけだしなぁ。
 なんてことはもちろん言わない。
 なので

「そうですね」

 とだけ言っておいた。

「二人とも、そろそろ休憩終わりじゃない?」

 中村さんの一声で時計を見ると、間もなく休憩の終わりを迎えようとしていた。

「それじゃ、後半も頑張るかな。高橋くんは次はどこだっけ?」
「二階ですね」
「なら同じね。それじゃ行くわよ」

 僕の前をいつも通りの調子で歩き始める芹乃さん。
 今気が付いた事だけど、真由と身長がほとんど変わらない気がした。
 しかし、その背中からはどこか安心感というか、気兼ねなさという自由さが僕の心の中にもたらされた気がした。
 良い意味で緊張感が無く、年上なのに年上らしくない。でもたまに年上らしくもある。そんな女性が芹乃さんだった。
 一言で言うならば、なのである。

 そんないい人に迷惑はかけられないな。
 真由の事、それに伴った自分の事。
 これから就活が始まるということで僕にも余裕が無くなってくるだろう。
 そういう時こそ人に迷惑をかけやすいものだ。
 
 だから僕は今後も気を付けていかなければならない。
 色々な、本当に色々なことに。
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