しあわせDiary ~僕の想いをあなたに~

翡翠ユウ

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第二章 第1話 社会への第一歩

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「山本さんはよく食べるね」

 昼休憩の時、目の前の席で食べている山本さんに目を向けた。
 昨日もだったけど、彼は細身なのに食べる量がすごい。おにぎり三個に菓子パンも三個、それとホットスナックまであった。極めつけにコーラもある。
 なんでそんなに食べられるのだろう。この中で一番細いのに。

「まぁ、元から食べるの好きだしパンも米も好きなんだよね」
「そうなんだ。なら昨日の夕飯とか今朝の朝食もたくさん食べたの?」
「もちろん。米とパンのお代わりが自由なのが救いだね」
「そっか」
「そんな高橋さんは普通だね。それで足りるの?」
「足りるよ。食べすぎると今度は眠くなるんだよね。逆に眠くならないの?」
「ならないね。食べなさすぎると眠くなるけど」
「それは珍しいね」

 ふと僕は隣の滝沢さんに目を向けた。彼は今日もおにぎり二個だけだった。食事においてはまさに対照的である。

「鎌田さんは食べないの?」
「自分はそうだね。朝ちゃんと食べたから」

 山本さんが何も食べてない鎌田さんに目を向けた。
 彼は本当に何も食べずに話をしている僕達を見て頷いていた。
 稀に朝と夜しか食べない人がいるけど、鎌田さんはそのタイプなのかもしれない。でも昨日はパンを食べてたなぁ。

「山本さん。ちゃんと食べることの心配は滝沢さんにしてあげるといいかもね。目の下にクマが出来てるし」
「本当だ。滝沢さん、ちゃんと食べよう?」
「俺はこれでいいんだ。それにクマは昨日ソシャゲのガチャを回してて気づいたら朝だったんだ」
「課金したんだね」
「もちろん。課金しないと確率的に出ないよ」
「それで、出たの?」
「どうにか。四万の課金で済んだよ」
「にしてもかなり課金したんだね」
「今回は運が悪かったんだ。良い時は一万で出るよ」
「課金することに変わりはないんだね」

 僕と山本さんと滝沢さんでそんな会話をしていると、その中でも鎌田さんはうんうんと頷いて聞いているだけだった。
 何気なく女性陣に目を向けると、そんな会話を聞いていながらも向こうは向こうで話してる感じだった。

「それじゃ、午後の研修を始めようか」

 矢口課長と清水係長が戻ってきた。
 全員の食事が終了したので、ここから午後の研修がスタートした。

***

「では、本日もお疲れ様でした」
「「「「「「お疲れ様でした」」」」」」

 二日目の研修もどうにか終わりを迎えた。
 ここでやっと折り返しだ。部屋に戻ったら復習をして明日に備えるぞ。とは言っても、今回は復習が役に立った感じはしなかったなぁ。新しいことを学んだわけだし。
 でもやっておいて損はないだろう。それに、夕食まではまだ時間があるわけで無駄に過ごしてはもったいない。

 ということで僕は部屋に戻るとさっそく復習を始めた。
 今回はボリュームが多かったこともあって別のノートに書き記すことも多い。
 夕食の時間まであと一時間半くらいか。
 集中して一気にやってしまおう。今終わらせば食事とシャワーからのゲームで綺麗に一日を終わらせられる。

「よし」

 それから一気に集中して復習に励んだ。
 予習も出来たら良いんだけど、その日の研修のレジュメはその日に渡されるから出来ないんだよなぁ。まぁ、仕方ない。
 明日は何をやるんだろうなぁ。業界のことと社会人としてのマナーはやったから、あとは店に配属になった時に使う知識だろうか。

「……終わった」

 時刻は定められた夕食の時間内に入っていた。
 レジュメとノートを片付けて食事処に行くとまだ誰も来ていなかった。ということで僕はカウンター席に座って洋食を注文した。

 夕食でもパンなのだろうか。いや、出来ることならご飯がいいなぁ。
 そんなことを思っていると

「あ、お疲れ様です」
「お疲れ」

 女性の手島さんがやってきた。今回は北野さんと一緒ではないようだ。

「隣いいですか?」
「いいけど、それならテーブル席に移動するよ」

 ということでテーブル席に移動した。
 手島さんは専門学校卒業で僕よりも年下だ。だからなのか彼女は全員に対して敬語である。
 同期だから僕は別に気にしないのに。

「どっちにしました?」
「洋食にしたよ。昨日は和食だったからね」
「そうですか。だったら私は昨日洋食だったので和食にします。美味しかったですか?」
「そうだね。美味しかったよ」

 ということで手島さんは和食を注文した。

「北野さんと一緒じゃないのは珍しいね」
「そうですか? 今朝はたまたま一緒だっただけですよ」
「そっか。なんか研修中でも仲がいいから食事も一緒なのかと思ったよ」
「まぁ、女性は私達だけですからね。あと、北野さんは結構周りを見ていて一番年下の私を気にかけてくれるんです」
「そうなんだ。まだ北野さんのことは詳しく知らないけど、なんか鎌田さんみたいだね」
「鎌田さんとはちょっと違うかもです。鎌田さんは……そうですね。少し変わった方ですよね」
「確かにミステリアスなところがあるよね。でもそっか。少し違うのか」

 すると僕の洋食がやってきた。
 良かった。ご飯にハンバーグだ。あとはサラダとかスープだ。
 まもなくして手島さんの和食も運ばれてきた。そのメニューは昨日とは少しだけ変わっていた。

「いただきます」
「いただきます」

 食べていると途中で滝沢さんが横を通ってカウンター席に座った。彼はスマホでゲームをしていた。

「そういえば、研修の時にやけに大きなペンケースを持ってたよね。重くないの?」
「重いですよ。でもたくさん持ち歩いていると落ち着くんです」
「もしもの時のために?」
「そうではなくて、私は昔から文房具が好きでペンとかそういうのを集めるのが趣味なんです」
「そうなんだ。確かに色々な種類があって面白そうだよね」
「はい。そうなんです。そういうのを集めていたらいつの間にかあんなことになりました。あ、でも実家とか引越しの荷物の中にはまだありますよ」

 僕は日中に見たパンパンに膨れた手島さんのペンケースを思い出した。
 中までは見ていないけど、きっとぎちぎちに入っているに違いない密度も感じた。それがまだ一部となると、全部でいったいどれだけの量になってどれだけの金額になるのだろう。
 それこそ滝沢さんではないが、手島さんは文房具に課金しているようだ。

「そうなんだ。コレクションは面白いこともあるけど、だいぶ高いのもあるよね」
「ありますね。今までで一番高かったのはボールペン一本で一万円でした」
「一万円? 使っている素材が高級ならそんなに高いのは仕方ないけど、それ以外に何か変わるの?」
「変わりますよ。握った時のフィット感とか書き心地がかなり違います。それこそ百均のものとか一般の文房具とは雲泥の差です」
「そうなんだ。僕はペンなんかは書ければいいな程度だから分からないかもね」
「きっと分かると思います。でも、そっちに慣れてしまうと安いペンを使いたくなくなるので注意が必要ですね」
「ちなみに手島さんは安いのはもう使いたくない感じ?」
「欲を言えば。でも金銭的にそういうわけにはいかないじゃないですか? 中堅や他のものがあるからこそ高級品が高級でいられるんです。美味しいものと一緒で、それこそたまにでいいんですよ」
「僕にはその世界はよく分からないけど、文房具を愛する手島さんがそう言うならそうなんだね」
「はい」

 なんか文房具の話になった途端に目が輝いていた。よほど好きなんだな。

 食べ終えて食事処を出ようとした時、向こうから山本さんと北野さんがやってきて別のテーブル席で食事を共にし始めた。
 珍しい組み合わせだなぁ。
 そういえばと、カウンター席にいた滝沢さんに目を向けるといつの間にかいなくなっていた。それに食器が片付けられていたので、だいぶ前に出て行ったのだろう。

 それから食事処を出てお互いに部屋に戻った。
 今日まであまり話してこなかった手島さんは案外話しやすい人だったな。文房具への愛はさておいたとしても、気さくで人に好かれそうな人だった。
 接客に向いていると思わざるをえない柔和な雰囲気も出ていたし、店に配属になっても上手くやりそうだな。

 僕はシャワーを浴びてからゲームを開始した。
 やはり一日の終わりはゲームだよな。でも……

 そこで僕は時間を見るともう少しで日付が変わりそうだった。

 加奈さんはそろそろ寝ちゃうかな。また中村さんと飲んでいる可能性もあるけど、それなら邪魔したらいけないな。
 そう思って電話をかけることを遠慮した。それでも少しだけ気になっていたのが徐々に大きくなっていき、それがゲームに影響を及ぼし始めた。具体的にはクエストの失敗とか変なところでのミスが増えたのだ。

「駄目だ。寝よう」

 ということで、明日の準備をしてからベッドに入った。それでもやはり落ち着かずに、LINEだけ送ることにした。
 すぐに既読は付かなかったので僕はそのままスマホを置いて目を閉じた。

 明日は研修三日目だ。
 終わったら加奈さんに電話しようかな。また声が聞きたいし。
 本当は会いたいけど、それは我慢だ。研修が終わった土日は会えるんだから。
 そうだ、その予定も決めないとな。週末は楽しみだ。

 そんなことを考えていてもLINEの通知はこなかったのでそのまま眠りについた。
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