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第2幕
調査録④
しおりを挟む達季は何も言えないまま聞いていた。が、自分のメモをとる手まで止まっていたことに気付き、慌てて今聞いたことを書きつづった。
多田は達季の様子を窺いつつ、話を続ける。
「この間亡くなった深谷奈々子は、メンバーの中でも特に派手さが目立つ女子だった。彼氏の鈴木章良と組んで陰湿な嫌がらせをされる、って沙織は言ってたよ」
「ハァ……」
「魚住咲貴乃は、親が資産家なのをいいことに女王様気取りさ。真宮涼介は柔道部、力で物を言わせるタイプだね。彼が7人組のリーダー的存在だよ。上島桃子は魚住の友達……と言われてはいるけど、顔色を窺って調子を合わせてるだけらしい」
「そして1年生がいるんですよね?」
「そう、確か……長谷川麗音っていう男子だよ。真宮と仲が良いのもあって、仮にも上級生の沙織に対して遠慮のない態度だってさ」
名前の挙がった6人について、達季はしばし絶句するしかなかった。まどかと蓮が、急に可愛いものに思えてきたほどだ。
いや、そもそも2人の先輩は個性的だが、悪い人ではない。だがこの6人は……。
「何というか……ひどい人達ですね」
素直に浮かんだ感想。
「ああ、ひどいよ。一並君の言う通りさ」
多田はまた1つ、大きく溜め息をつく。
「あんな死に方をして当然、とまでは言わないけど、やっぱり厄介な奴らであることに違いはないね」
達季も沙織が気の毒で、思わず黙り込む。
ガラガラガラッ
2人の間に一瞬の沈黙が流れた時、図書室の扉を開けて誰かが入ってきた。
パタパタと軽い足音を立てながら近付いてきた人物を見て、多田がハッと顔を上げる。
「……沙織」
えっ、と達季も振り返る。
達季たちが座る大机のところから少し離れて、豊橋沙織は立っていた。
まどかと同程度の低い身長に、やせっぽちの体躯。腰に到達するほど長く重い黒髪。真っ直ぐにカットされた前髪が両目を覆っていて、その上うつむいているため、彼女の顔はほとんど窺えなかった。
「あ、すみません、ちょっと多田先輩にお話を伺ってまして。1年生の一並です」
達季はとっさに名乗っていた……が、心の中では、何か違和感のようなものを覚えていた。
言葉では言い表せないが。
何となく、違和感。
当の沙織はというと、達季が名乗ると同時にビクッと身を縮め、「あの」だの「どうも……」だのとボソボソ呟いただけだった。小さくて細い声。本当に自信無さげで、小動物のようにオドオドしている。
確かに、と言うのも申し訳ないが、格好のいじめの的になる理由が理解できてしまう。
沙織のそんな態度に、達季も自分が何かしでかしたかのような罪悪感を覚える。そっと多田の方を見ると、彼も小さく肩をすくめて達季を見ていた。その目が示すメッセージを読み取り、達季は席から立ち上がった。
「あの、色々教えてくださって、ありがとうございました」
どうやらここは、ひとまず去るべきらしい。
多田は達季に、声に出さず口の形だけで「ありがとう」と言い、笑った。
「また何かあったら来てね。僕は大抵、3年5組にいるから」
ぺこりと軽く頭を下げ、達季は歩き出す。
いいところで話を切られてしまった感覚は否めないが、それでも収穫は充分あった。今日は部活がないので、メモしたことをまとめて、明日まどかと蓮に報告すればいい。
そんなことを考えながら、達季が沙織の傍をすり抜けようとした瞬間、
沙織の口が小さく、小さく動いて……、
「…………気を付けて……」
思わず目を見開く。
細く聞こえたその声に、達季は立ち止まりそうになった。振り返って、沙織を凝視しそうになった。
――どういう意味だ……?
「気を付けて」?
一体、何に?
様々な疑問符が一挙に浮かんだが、今ここでそれを訊くために足を止めるのは、いかにも不自然な気がした。何より、これ以上2人の邪魔をしたくない。
釈然としないものを感じつつも、そのまま達季は後ろ手に図書室の扉を閉め切った。
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