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ティエラ ドラゴネス王国記
陛下の回想
しおりを挟む季節は初夏。
エストの森は、青葉を渡る風も清々しい。
この時期皇都では、しとしとと雨が降り続いている頃だろう。
雨に濡れるハイドランジアの花には趣が有るが、湿気が多く鬱々とした気分になる季節だ。
エストも同じように雨季に当たるが、一日中陰気な天気が続く事は無く、夕方から夜にかけてザっと激しい雨が降り、日中は蒼天が広がる、メリハリの利いた天気が俺の性分に合っている。
何より夜に降る雨は、ベットの上で番の香りを引き立たせてくれる。まさに天の恵みだ。
ティエラドラゴネスの王となって4年。
荒れていた国内も落ち着きを見せ始め、やっと俺とレンが望む国作りに着手できるようになった。
最初の2年は、本当に酷いものだった。
ゴトフリーの貴族や商人達は、利益を誤魔化し、真面な税を収めようとはせず。新たに叙爵され領主となった者達は、古参の貴族や商人達との軋轢と妨害で、領地運営もままならなかった。
表向き古参貴族は、恭順の姿勢と慇懃な態度で自分たちの窮状を訴え、裏では前王家の復権、復古を目論むという。
完全な反逆者なのだが、決定的な証拠が掴めず、うちの連中も、毎回歯噛みを繰り返していた。
確かに、エスカルと名前は忘れたが、側室の子が生きているから、旗印に担ぎ上げたい処ではあるだろう。
しかしエスカルは夢の国の住人だし、側室の子は帝国の監視下にある。
旧王家の復古など、帝国の力の前では非現実的で、レンに言わせれば 「基本教育をおざなりにした結果だと思う。客観的に現状を判断できない、お花畑なおじさんなんて、ゾッとするわ」 だそうだ。
「でもね私の国には、千丈の堤も蟻の一穴より崩れる。って言葉があってね。蟻の巣穴みたいに些細な事からでも、堤が崩れる原因になるし、国家のような大きな組織でも崩壊してしまうことが有る。って意味なのね。彼らの主張は、私達からすれば馬鹿げているし、非現実的よ? だからと言って見過ごしていいとは言えないでしょ?」
「君がそこまで言うなんて、何か具体的な被害があったのか?」
ベッドの上で俺の髪を編みながら、レンはバツの悪そうな顔をした。
なんでだ?
「ん~? 直接的な被害ではないのだけど、テイモンの処へ、人身売買を持ちかけて来た商人がいたそうなの」
「テイモン? なんでまた」
テイモンはレンの商会の仲間だが、芸術家の彼は作品の制作が中心で、表立った活動はしていない。
そんなテイモンへ、違法な商売を持ちかけるとは、何が狙いなのだ?
「なんかね、テイモンが表舞台に出ないのは、私とディータから冷遇されているから、と決めつけてたみたい。テイモンの功績を不当に搾取する愛し子を、一緒に見返してやりませんか? 的な話をしたのですって」
「なんだそれは?! 今すぐ皇都へ伝令を出し、ひっ捕らえてやる!! あっ! 痛てっ!」
「もう! 急に立ち上がったら危ないじゃない。 髪の毛を毟っちゃうところよ?」
「すまん」
「それに怒るところがおかしいわ」
「重ねてすまん」
「そりゃね。こっちに来てから人身売買の摘発数が多すぎて、お腹いっぱいなのは分かるけど、巻き込まれたのはテイモンなのよ? そこに注視してくれなくちゃ」
「レンの言う通りだ」
ゴトフリー時代。
国家事業でもあった人身売買は、帝国の法では違法なのだが、永らく非人道的な事業で甘い汁を吸ってきた者達は、新たな法に従う気が無いらしい。
大中規模の人身売買組織は潰すことが出来たが、個人で行う小規模な取引は、一人捕まえても、すぐに別の人間が取引を始めるという、鼬ごっこで切りがなく。それが複数となれば、いい加減にしてくれ。というのが正直な感想だ。
「このままテイモンを、放っておくことも出来まい?」
「いいえ。放っておく」
「ん? どうしてだ? テイモンと喧嘩でもしたか?」
「喧嘩なんてしてないわよ?」
ならどうして?
レンは優しさの権化だが、身内に手を出されて黙っている人ではないだろ?
「テイモンは大人しい子だけれど、頭も良いし、大人になってそれなりに胆力が付いたの。私の準備が整うまで、お馬鹿な商人を引き留めて置けるくらいにはね? それに私に喧嘩を売って来たのだから、当然対抗措置は取ってあります」
「お? おぉ・・・具体的にはどのように?」
子供を産み王妃となってから、レンは色艶が増し、大人の色気がムンムンと・・・。
あっいや、そうではなく。
いやいや、そうなのだが。
兎に角だ。
人を圧倒する迫力というか、人の上に立つもの特有の存在感が増し、銀の虹彩が煌めく黒曜石の瞳に見つめられると、レンの望みを全て聞いてしまいたくなるのは、俺だけではないはずだ。
ニッと口の端を上げ、艶然と微笑む番に、クラクラしてくる。
「皇都で起きた事だから、テイモンは直ぐに第一騎士団へ通報して、それと同時に私へ鳥を飛ばしてくれたの」
「ふむ。それで?」
「知らせを受けて、私は後始末をアスタロスさんにお願いしたってわけ」
「アスタロス?」
いや誰だよ?
知って居て当然、みたいに胸を張っているが、そんな雄は知らんぞ?
「変な顔してどうしたの? あれ? アスタロスさん知らない? ロロシュさんの養父の、影の頭目をやっている」
「あ~~っ! あいつか!」
漸く合点がいった。
「あいつは会う度に名前も姿も違うから、誰の事かわからなかった」
「そうなの?」
「俺が初めて会ったときは、サントスと名乗っていたからな。その後は・・・3いや4度だったかな、名を変えていたのではないかな?」
「へぇ~。徹底してるのねぇ」
レンは妙に感心しているが、二人はいつ知り合ったのだ?
これまであいつはレンに絡むのを、極力避けていた様子だったのに。
「ロロシュさんが出ていった後、私を訪ねて来たの。迷惑をかけて申し訳ない。頼めた義理じゃないけど、マークさんとエミール君の事をよろしく頼むって」
しんみりと話す頭を撫でると、愛しい番はやるせない息を吐いた。
「そうだったのか」
マークとロロシュは連絡を取り合ってはいるらしいが、ロロシュの居所は俺もマークも良く分からない。
暗部の仕事は熟しているし、報告は上がって来るが、あの日からロロシュが俺達に会いに来る事は無くなった。
ロロシュ・メリオネスという雄など、最初から居なかったかのように、綺麗さっぱり、俺達の前から消えてしまったのだ。次に会うときは、影の頭目と同じく、見た目と名前も違う、まったくの別人として現れるのだろうか。
「どう始末を付けさせる気だ?」
「基本は帝国騎士団にお任せね。私達が手出し口出ししたら、内政干渉になってしまうもの」
「まあ、そうだよな。でも、それだけでは無いのだろ?」
「うん。私ずっと考えてたのだけど、人身売買みたいな裏稼業って、正攻法だけじゃ、早期根絶は難しいんじゃないかって思うの」
「言いたいことは分かる」
「それで、影の皆さんに手伝ってもらおうと思って」
「具体的には?」
「裏組織を作ってもらって」
「うっ裏?!」
「そう裏。私的にはカジノかキャバレーを表向きには経営してもらおうかと。あっ! キャバレーって言っても、古き良き方のキャバレーよ。歌とかダンスみたいなショーを見せる方ね」
何だか分からんが、新しい方はどんななんだ?
「それで、人身売買組織をホイホイしてもらって、裏組織に取り込んでもらったら。ペシャンッ! ってしてもらおうかと」
ペシャン。の処でレンは、掌で何かを潰す仕草を見せた。
話の内容は恐ろしいが、仕草の可愛らしさで全てが相殺されているな。
何歳になっても、俺の番は愛らしい。
それにしてもホイホイする、とは、たまにレンが使う言葉だが何の事だ?
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