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#2 漆黒の闘士
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翌日、丘へ向かって放置してしまった自転車を回収し、サリアムの都へ戻る。背の高い草で死角となっていたお陰もあり、誰かに持っていかれずに済んだようだ。
冒険者ギルドの建物に入り、先日依頼受注したノルマの薬草を受付嬢に手渡す。
「はい、確かに頂きました。報酬の銅貨15枚です。…ヒビキさん、リムの丘に薬草を取りに行かれてるんですよね?」
俺は報酬を受け取って懐に入れる。
「うん、あそこが一番薬草が群生してると初日に教えてもらったからね」
「…今度から場所を変えた方が良いと思います。実は先日、友人がその辺りでポイズンベアーと遭遇してしまったらしくて…。ヒビキさんのような冒険者になったばかりの初心者さんじゃ絶対敵わないです。Dランク以上の冒険者さんなら平気だと思うのですが…」
受付嬢は不安そうな表情を浮かべ、小声でそう教えてくれた。…何とも心当たりのある話だ。
「お早う、リネ!」
冒険者ギルドの建物に入って来た赤髪の女性が俺の目の前にいる受付嬢に挨拶し、カツカツと歩み寄ってくる。リネ…というのはこの受付嬢の名前だった気がする。
「お早う、セリア」
「それで、どう?」
「…どうって、漆黒の闘士さんの目撃情報? 残念ながら何も無いわよ」
「…漆黒の闘士?」
俺が思わず反芻させたその言葉に、赤髪の女性セリアはピクリと反応を見せる。
「アンタ、見かけない顔だけど新人? 漆黒のフルプレートを着込んだ方なんだけど、見かけてないかしら?」
…漆黒のフルプレート、自分の勘違いでなければ、ハイヴェスが作ったベルトで変身した俺の姿だ。セリアと呼ばれた女性に見覚えがあると思ったら、先日ポイズンベアーから助けた女性だった訳か。
ここで「それは俺だ」と言うのは簡単だが、あの力を多用するつもりはない。変身後の力がチート過ぎて正直俺の技量では持て余すのだ。よって、俺の返答はひとつ。
「知らない」
「…そう、残念」
あのヒーローさんはもうこの世界に現れる事はないだろう。この女性が何故目撃情報を探しているのかは分からないが、諦めて頂こう。
「ところで、何でその『漆黒の闘士』さんとやらを探してるんだ?」
「…」
あの状況から助けられ、礼を言いたいという事だろうか。俺はそう予想して苦笑するが、その予想に反してセリアは頰を赤らめた。何だその反応は。
「ふふっ、セリアはその漆黒の闘士さんに助けられて惚れちゃったのよね?」
間で聞いていたリネが面白そうに笑って言った。惚れたって…マジか…?
「リ、リネ、そんなハッキリと…って、何で会ったばかりのアンタにこんな事教えないといけないのよ!」
セリアは更に紅潮して凄まじい形相で俺を睨んできた。
「お、落ち着け。その部分は聞かなかった事にする。でもその人も常にフルプレートを着込んでる訳じゃないだろうし、簡単には見つからないだろう」
「それは…分かってるわ」
少し落ち着きを取り戻したセリアを前に、俺は溜息を漏らす。
「もし見かけたら教えるよ。でも顔も見てないんじゃ、鎧脱がれたら特徴が無い。諦めた方がいいかもな」
俺はそう言い残して冒険者ギルドを後にする。女性に惚れられるという体験は嬉しいし貴重ではあるが、今後の平穏を考えるとあのヒーローはこのままフェードアウトした方が良い。
あの力を使わないという事は地力をある程度まで鍛える必要がある。比較的安全といわれているサリアムの都周辺にもポイズンベアーのような魔獣が出没したのだ。鍛えて熊に勝てるのかと言われたら、普通はNOだ。しかしここは日本と違って簡単に武器も手に入るし魔法も使える(俺は使えないが…)。そしてレベルアップと共に身体能力が確実に向上するのだ。それを考えると不可能ではない。
都の中の武器屋を覗いてみたが、現在の所持金で購入できそうな武器は無かった。素手で戦うのは不安も残る。購入費用が貯まるまでは今あるもので堪えるしかない。
俺は武器になりそうな物を探す為、一度帰宅した。ハイヴェスはというと、俺のベッドで腹を出して昼寝をしている。
「人がこれだけ働いてるというのにコイツは…」
「…ん、ヒビキか…何じゃ…夜這いか?」
「まだ昼だ」
目を覚ましたハイヴェスは寝惚けた表情でそう言うが、俺の鉄の理性はそんな愚策に砕かれはしない。豊満な胸を寄せて見せてくるが、俺は瞬時にハイヴェスの姿を昨日見たポイズンベアーへと脳内ですり替えを行った。
コイツは熊、コイツは熊…。
よし、何とか切り抜けたな。
「武器になりそうな物を取りに戻っただけだ」
「何じゃ、あの変身ベルトを使えば良いではないか。変身後の能力ならわざわざ武器を用意する必要もあるまい」
「…あんな物騒な力、余程の事がなければ使えるか。お、これでいいか。学生時代の相棒、金属バット!」
ヤンキー的なアイテムではなく、野球部時代に使用していた相棒だ。野球では神聖なバットをヤンキー的な扱いをしてしまうのは気が引けるが、武器を購入する為の資金が貯まるまでの繋ぎと割り切ろう。
「それではそのバットにも創造主の加護を加えてやろうかの」
「いらん!」
俺はハイヴェスが余計な事をする前にバットを抱えて部屋を出た。ただでさえ変身ベルトを持て余しているのだ。これ以上身の丈に合わない道具は勘弁して頂きたい。
そしてレベル上げの為にリムの丘にやって来た訳だが、『周辺探知』で周囲を探る際にポイズンベアーのような強い獣の反応が無かったまでは良い。自分の後方30メートル程の辺りにセリアの反応があったのだ。
大方『漆黒の闘士』とやらを探しに来ているのだろうが、お目当ての方はもう現れる事はないだろう。
俺はセリアの反応を無視して周囲にいるリルラビットの位置を確認する。リルラビットは臆病な性格の為、自ら襲ってくる事もなく、俺のような低レベルの冒険者には良い経験値稼ぎとなる。ウサギ肉や毛皮と素材にしても小金稼ぎが行える為、おススメだとリネが教えてくれた。
一応臭いを気取られないように風下から近付き、リルラビットを視覚に捉える。後はこのバットで倒すだけ…なんだろうが、俺は元々動物が嫌いでない。あの小さい可愛らしい姿を見てしまっては攻撃意欲が全く湧き上がらないのだ。
そう躊躇してしている間にリルラビットに気付かれてしまい、逃げられてしまった。
「…アンタ、本当に冒険者? リルラビットを倒せないようじゃ芽は出ないわよ?」
俺の近くで隠れていたセリアが呆れながらやって来た。
「余計なお世話だ」
「まぁ、いいわ。えっと…ヒビキ、だったかしら? アンタに聞きたい事があるのよ」
「漆黒の闘士の話か? それなら見かけてないと言っただろう」
「嘘ね」
セリアの言葉に俺はドキリとした。何故そう言い切れるのか分からないが、俺の嘘が見破られてしまったらしい。俺がどう言い返そうかと言い淀んでいるとセリアは続けた。
「アンタ、さっきこう言ったわよね? 『顔も見てないんじゃ…』って。私は特徴としてフルプレートの事は話したけど、顔を見てないとは言わなかったわ」
…しまった。
ミステリー小説ものでよくある失言から嘘を見抜かれたパターンだ。顔を見ていない、それはつまりあの時の現場を見ていた人物にしか断言できない発言だ。
「アンタもしかして…」
セリアが俺の顔をじっと見つめてくる。ヤバイ、彼女の言う漆黒の闘士の正体が俺だと気付かれてしまったのだろうか。
「漆黒の闘士様の知り合い?」
「…は?」
「絶対そうよ! ただ偶然あの戦闘を見かけただけならそれを隠す必要もないし、きっと漆黒の闘士様に知らないフリをしろって頼まれたんでしょう?」
…よく分からないが、勝手に勘違いをしてくれているお陰で最悪の事態は防げそうだ。本人だと思われるよりは余程マシか。
「お、おぉ、奴とは親友だ。だから奴の為にも正体は言えねえな」
「や、やっぱりそうなのね。私、記者の仕事もしてるんだけど、親友のあなたから彼に頼んでもらえないかしら? 漆黒の闘士様の事を記事にしたいの!」
「断る」
「え?」
「い、いや、奴なら断るだろう。目立つのを嫌う奴だならな」
これは…気を付けないと嘘に嘘を塗り固めて後々剥がれ落ちてしまう予感がしてしまった。しかし目先の平穏の為、今はこうするしか考えが浮かばない。
あからさまに残念そうに肩を落とすセリアを前に俺はそっと距離を置こうとした。だがセリアの手が俺の腕を掴み、逃走は失敗に終わった。
「…まだ何か?」
「記事にするのは諦めるわ…。でも、せめて助けてもらったお礼を言いたいの。会えるように取り計らってもらえないかしら?」
…どうするべきだろうか。
あのヒーローは封印するつもりだったが、セリアも礼を言えば満足するだろう。そうすれば今後追い回される事もなくなるのではないか。
浅慮ではあったが、この時の俺はこの提案に「分かった」と答えてしまったのだった。
◆◇◆◇
「と、言うわけなんだドラ◯もん。声を変えられる道具とかないかな?」
「ふむ、あのアニメか。アレはなかなか良いものじゃった。今日はそのDVDを借りてきたのじゃ。後で一緒に観るとしよう」
ハイヴェスが手に持っていた俺の財布についてはいくつか言いたい事はあるが、今の問題は漆黒の闘士で会った時のセリアとの会話だ。声を変えないと正体が俺である事に勘付かれてしまう。
「声を変える…のぉ。魔法で変身ベルトにその効果も付与するかの」
「助かる。筆談という手も考えたんだが、お前の加護であの世界の文字は読めても書く事はできないんだ」
「難儀じゃの、もういっそ公にすれば良いではないか。漆黒の闘士…じゃったか? 『俺は漆黒の闘士! ジェット! ブラァック!』なんて名乗りはどうじゃ?」
「やめてください」
この歳になって変身後の名乗りは羞恥心に痛恨の一撃だ。後に黒歴史となること確実である。
明日、漆黒の闘士姿でセリアと会う事になってしまったが、何事も無く済めばよいのだが…。
冒険者ギルドの建物に入り、先日依頼受注したノルマの薬草を受付嬢に手渡す。
「はい、確かに頂きました。報酬の銅貨15枚です。…ヒビキさん、リムの丘に薬草を取りに行かれてるんですよね?」
俺は報酬を受け取って懐に入れる。
「うん、あそこが一番薬草が群生してると初日に教えてもらったからね」
「…今度から場所を変えた方が良いと思います。実は先日、友人がその辺りでポイズンベアーと遭遇してしまったらしくて…。ヒビキさんのような冒険者になったばかりの初心者さんじゃ絶対敵わないです。Dランク以上の冒険者さんなら平気だと思うのですが…」
受付嬢は不安そうな表情を浮かべ、小声でそう教えてくれた。…何とも心当たりのある話だ。
「お早う、リネ!」
冒険者ギルドの建物に入って来た赤髪の女性が俺の目の前にいる受付嬢に挨拶し、カツカツと歩み寄ってくる。リネ…というのはこの受付嬢の名前だった気がする。
「お早う、セリア」
「それで、どう?」
「…どうって、漆黒の闘士さんの目撃情報? 残念ながら何も無いわよ」
「…漆黒の闘士?」
俺が思わず反芻させたその言葉に、赤髪の女性セリアはピクリと反応を見せる。
「アンタ、見かけない顔だけど新人? 漆黒のフルプレートを着込んだ方なんだけど、見かけてないかしら?」
…漆黒のフルプレート、自分の勘違いでなければ、ハイヴェスが作ったベルトで変身した俺の姿だ。セリアと呼ばれた女性に見覚えがあると思ったら、先日ポイズンベアーから助けた女性だった訳か。
ここで「それは俺だ」と言うのは簡単だが、あの力を多用するつもりはない。変身後の力がチート過ぎて正直俺の技量では持て余すのだ。よって、俺の返答はひとつ。
「知らない」
「…そう、残念」
あのヒーローさんはもうこの世界に現れる事はないだろう。この女性が何故目撃情報を探しているのかは分からないが、諦めて頂こう。
「ところで、何でその『漆黒の闘士』さんとやらを探してるんだ?」
「…」
あの状況から助けられ、礼を言いたいという事だろうか。俺はそう予想して苦笑するが、その予想に反してセリアは頰を赤らめた。何だその反応は。
「ふふっ、セリアはその漆黒の闘士さんに助けられて惚れちゃったのよね?」
間で聞いていたリネが面白そうに笑って言った。惚れたって…マジか…?
「リ、リネ、そんなハッキリと…って、何で会ったばかりのアンタにこんな事教えないといけないのよ!」
セリアは更に紅潮して凄まじい形相で俺を睨んできた。
「お、落ち着け。その部分は聞かなかった事にする。でもその人も常にフルプレートを着込んでる訳じゃないだろうし、簡単には見つからないだろう」
「それは…分かってるわ」
少し落ち着きを取り戻したセリアを前に、俺は溜息を漏らす。
「もし見かけたら教えるよ。でも顔も見てないんじゃ、鎧脱がれたら特徴が無い。諦めた方がいいかもな」
俺はそう言い残して冒険者ギルドを後にする。女性に惚れられるという体験は嬉しいし貴重ではあるが、今後の平穏を考えるとあのヒーローはこのままフェードアウトした方が良い。
あの力を使わないという事は地力をある程度まで鍛える必要がある。比較的安全といわれているサリアムの都周辺にもポイズンベアーのような魔獣が出没したのだ。鍛えて熊に勝てるのかと言われたら、普通はNOだ。しかしここは日本と違って簡単に武器も手に入るし魔法も使える(俺は使えないが…)。そしてレベルアップと共に身体能力が確実に向上するのだ。それを考えると不可能ではない。
都の中の武器屋を覗いてみたが、現在の所持金で購入できそうな武器は無かった。素手で戦うのは不安も残る。購入費用が貯まるまでは今あるもので堪えるしかない。
俺は武器になりそうな物を探す為、一度帰宅した。ハイヴェスはというと、俺のベッドで腹を出して昼寝をしている。
「人がこれだけ働いてるというのにコイツは…」
「…ん、ヒビキか…何じゃ…夜這いか?」
「まだ昼だ」
目を覚ましたハイヴェスは寝惚けた表情でそう言うが、俺の鉄の理性はそんな愚策に砕かれはしない。豊満な胸を寄せて見せてくるが、俺は瞬時にハイヴェスの姿を昨日見たポイズンベアーへと脳内ですり替えを行った。
コイツは熊、コイツは熊…。
よし、何とか切り抜けたな。
「武器になりそうな物を取りに戻っただけだ」
「何じゃ、あの変身ベルトを使えば良いではないか。変身後の能力ならわざわざ武器を用意する必要もあるまい」
「…あんな物騒な力、余程の事がなければ使えるか。お、これでいいか。学生時代の相棒、金属バット!」
ヤンキー的なアイテムではなく、野球部時代に使用していた相棒だ。野球では神聖なバットをヤンキー的な扱いをしてしまうのは気が引けるが、武器を購入する為の資金が貯まるまでの繋ぎと割り切ろう。
「それではそのバットにも創造主の加護を加えてやろうかの」
「いらん!」
俺はハイヴェスが余計な事をする前にバットを抱えて部屋を出た。ただでさえ変身ベルトを持て余しているのだ。これ以上身の丈に合わない道具は勘弁して頂きたい。
そしてレベル上げの為にリムの丘にやって来た訳だが、『周辺探知』で周囲を探る際にポイズンベアーのような強い獣の反応が無かったまでは良い。自分の後方30メートル程の辺りにセリアの反応があったのだ。
大方『漆黒の闘士』とやらを探しに来ているのだろうが、お目当ての方はもう現れる事はないだろう。
俺はセリアの反応を無視して周囲にいるリルラビットの位置を確認する。リルラビットは臆病な性格の為、自ら襲ってくる事もなく、俺のような低レベルの冒険者には良い経験値稼ぎとなる。ウサギ肉や毛皮と素材にしても小金稼ぎが行える為、おススメだとリネが教えてくれた。
一応臭いを気取られないように風下から近付き、リルラビットを視覚に捉える。後はこのバットで倒すだけ…なんだろうが、俺は元々動物が嫌いでない。あの小さい可愛らしい姿を見てしまっては攻撃意欲が全く湧き上がらないのだ。
そう躊躇してしている間にリルラビットに気付かれてしまい、逃げられてしまった。
「…アンタ、本当に冒険者? リルラビットを倒せないようじゃ芽は出ないわよ?」
俺の近くで隠れていたセリアが呆れながらやって来た。
「余計なお世話だ」
「まぁ、いいわ。えっと…ヒビキ、だったかしら? アンタに聞きたい事があるのよ」
「漆黒の闘士の話か? それなら見かけてないと言っただろう」
「嘘ね」
セリアの言葉に俺はドキリとした。何故そう言い切れるのか分からないが、俺の嘘が見破られてしまったらしい。俺がどう言い返そうかと言い淀んでいるとセリアは続けた。
「アンタ、さっきこう言ったわよね? 『顔も見てないんじゃ…』って。私は特徴としてフルプレートの事は話したけど、顔を見てないとは言わなかったわ」
…しまった。
ミステリー小説ものでよくある失言から嘘を見抜かれたパターンだ。顔を見ていない、それはつまりあの時の現場を見ていた人物にしか断言できない発言だ。
「アンタもしかして…」
セリアが俺の顔をじっと見つめてくる。ヤバイ、彼女の言う漆黒の闘士の正体が俺だと気付かれてしまったのだろうか。
「漆黒の闘士様の知り合い?」
「…は?」
「絶対そうよ! ただ偶然あの戦闘を見かけただけならそれを隠す必要もないし、きっと漆黒の闘士様に知らないフリをしろって頼まれたんでしょう?」
…よく分からないが、勝手に勘違いをしてくれているお陰で最悪の事態は防げそうだ。本人だと思われるよりは余程マシか。
「お、おぉ、奴とは親友だ。だから奴の為にも正体は言えねえな」
「や、やっぱりそうなのね。私、記者の仕事もしてるんだけど、親友のあなたから彼に頼んでもらえないかしら? 漆黒の闘士様の事を記事にしたいの!」
「断る」
「え?」
「い、いや、奴なら断るだろう。目立つのを嫌う奴だならな」
これは…気を付けないと嘘に嘘を塗り固めて後々剥がれ落ちてしまう予感がしてしまった。しかし目先の平穏の為、今はこうするしか考えが浮かばない。
あからさまに残念そうに肩を落とすセリアを前に俺はそっと距離を置こうとした。だがセリアの手が俺の腕を掴み、逃走は失敗に終わった。
「…まだ何か?」
「記事にするのは諦めるわ…。でも、せめて助けてもらったお礼を言いたいの。会えるように取り計らってもらえないかしら?」
…どうするべきだろうか。
あのヒーローは封印するつもりだったが、セリアも礼を言えば満足するだろう。そうすれば今後追い回される事もなくなるのではないか。
浅慮ではあったが、この時の俺はこの提案に「分かった」と答えてしまったのだった。
◆◇◆◇
「と、言うわけなんだドラ◯もん。声を変えられる道具とかないかな?」
「ふむ、あのアニメか。アレはなかなか良いものじゃった。今日はそのDVDを借りてきたのじゃ。後で一緒に観るとしよう」
ハイヴェスが手に持っていた俺の財布についてはいくつか言いたい事はあるが、今の問題は漆黒の闘士で会った時のセリアとの会話だ。声を変えないと正体が俺である事に勘付かれてしまう。
「声を変える…のぉ。魔法で変身ベルトにその効果も付与するかの」
「助かる。筆談という手も考えたんだが、お前の加護であの世界の文字は読めても書く事はできないんだ」
「難儀じゃの、もういっそ公にすれば良いではないか。漆黒の闘士…じゃったか? 『俺は漆黒の闘士! ジェット! ブラァック!』なんて名乗りはどうじゃ?」
「やめてください」
この歳になって変身後の名乗りは羞恥心に痛恨の一撃だ。後に黒歴史となること確実である。
明日、漆黒の闘士姿でセリアと会う事になってしまったが、何事も無く済めばよいのだが…。
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