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第二十八話 魔法使いへの道2
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部屋には水瓶と清潔そうなタオルが置かれていた。
「おい、汗を拭くから体を起こすぞ…………歯を磨いとけ、冒険者は歯が命だからな…………水飲むか? 今水差しを持ってくる…………服がびしょびしょだな、いったん脱がせるぞ。む? ああボタンがズレてるのか…………ほら、おでこにタオル置いておけ」
…………体がビクンとして目が覚めた。
椅子に座ってミーティアを寝かしたベッドに突っ伏したまま寝ていたらしい。
寝不足の目をこすりながら体を起こす。
ベッドに座っているミーティアと目があった。肩までの銀髪は朝日を浴びてキラキラと輝き、頬はいつものように薄く紅がさし、健康そうな見た目をしている。
彼女はじーっと俺を見た後、口を開いた。
「昨日は……ありがと」
「……ああ」
「さっきアカリさんが部屋に来て、体のダルさとかがなかったら今日の午後にでも魔法の訓練をしようって」
「そうか。これでやっと魔法が使えるようになるな」
「うん……ジャンのおかげ」
「ふん、当然だ。これからもしっかり働いてもらうためだ……俺は寝る。少し詰めろ」
ミーティアは無言でベッドの端によった。
彼女の体温で温められたベッドに潜り込む。
「ジャン……その、おやすみ」
返事をすることなく俺はもう一度眠った。
魔法の訓練とは、まずは床に座り両手を組んで自身のマナを感じ取るところから始めるらしい。合わせて数々の植物や鉱石、モンスターの部位などの触媒についての知識を身につける。
そして実際に触媒に魔力を流し込む際のマナ回路の使い方。
魔法使いたちが詠唱を行うのは触媒を目覚めさせるためであると同時に、各マナ回路の魔素の動かし方を条件付で覚えるためでもあるらしい。
そんな話を俺はアカリの本棚にあったホコリを被った本を読みながら聞きながしていた。
「なんかジャンが本読んでるのって意外っていうか違和感があるね」
休憩時間にミーティアが話しかけてきた。
「失敬な、王たるもの武だけでなく文も重要だ。貴族を相手にする時、治水をする時、税について考える時、剣だけではどうにもならんからな……と大昔に宰相だったか父親だったか隣の国の王だったが言っていた」
「随分発言者にバリエーションがあるのね」
「男の顔なぞいちいち覚えとらん。だが言っていたことはなるほどと思ってな、とりあえず今はここ三百年の歴史書を読んでいるところだ」
「ふーん」
ミーティアの目はサイドチェストに置かれた『図解、各国それぞれの性交の仕方! セックス上級者の更に上へ』に向けられていた。
「勉強熱心だこと」
「なに、これも王の嗜みだ。ほれ、訓練にもどれ」
「はいはい」
ミーティアが可愛いおしりをこちらに向けて去っていった。
ゴンッ!
不意に硬質な音が外壁から聞こえてきた。
「なんだあ?」
階下に顔を出すと、ショートヘアにややうんざりしたような表情を浮かべたアカリが肩をすくめてこちらを見た。
「壁に石を投げられたようだ。村の若者の中にいたずら者がいてね。魔女の存在がお気に召さないらしい」
「お前なら何とでも出来るだろう」
「私には私の基準があってね。それを超えるようならうちの子の肥料にでもするんだけど、今はまあ、そこまででもないね」
「ふん、そうか」
俺は椅子に戻るとドワーフが滅亡した項にしばらく目を通していたが、やがて飽きた。
「散歩してくる。夕飯までには帰る」
リビングでは、アカリがどれも同じに見える植物の種子の一つを指さして熱心に解説している。
「君に忠告するようなことではないかもしれないが、外にはごろつきや魔女をよく思わないものも多い。気をつけ給え」
「ふっ」
アカリの家のかぐわしいニオイに鼻が慣れていたせいだろうか、第十三開拓村のよどんだ空気は眉をひそめるほどひどいものに感じられた。
バラックとも廃屋とも言えないような路地を抜けて村の目抜き通りに出る。
初期に建てられたのだろうか、こちらは古いが多少まともな家が揃っていた。ニオイもマシだ、いくらかは。
家の一階を肉屋に改築した店で何の肉だかわからない串焼きを買って、食べながら村をうろつく。
よそ者をジロジロと見てくる視線は相変わらずだが、鎧と大剣がない今、そこまで警戒した空気は感じない。
アカリによるとこの開拓村が破棄されたのは四十年も前だという。彼女は二十年前にここに越してきたとのことだ。
文献も散逸していて破棄された理由は分かっていない。
……奇妙だな。
手入れがされず傷みの激しい木製の壁を見ながら思う。
紛いなりにも数百人の生活が成り立つほどの村であり、安くない投資をしたであろう開拓村が破棄されたまま、か。
「おい」
背後から声をかけられた。
振り返るとこの村に来たときに最初にあった犬狼族の獣人のほか、三人の若者がいた。
一人は同じく門で見た羊族の若い女、もう一人は片耳の欠けたハーフリング、最後は茶髪の背の高い只人の男だった。
「お前、あの魔女の家に出入りしてるらしいな。俺言ったよな、魔女と関わるなって」
犬面が凄む。
「あー、名前を聞いていたか?」
「ガウ・ルーだ。この村でパトロールをしてる」
ようするに若者が暇をつぶしてブラブラしているわけだ。あとは人の家に石を投げたりとか。
「いや、お前じゃない。そちらの可愛い女の子だ?」
「は?」
「羊族とは珍しい。それにひまわり色のワンピースもよく似合っている」
羊族はその昔悪魔と関係すると断じられたことがあり、街から追われ、ときに虐殺されてきた過去がある。
「あ、あたしはマコモ……あなた今の状況分かってるの!?」
「おめえ、俺を舐めてやがんな」
おそらくは彼のガールフレンドなのだろう、腹をたてたガウ・ルーは腰のナイフを抜くと目立たないように俺の腹に突きつけた。
「そこの路地を入ったところにちょうどいい場所がある。そこまで歩け。言っておくが大声を出したりしたら──」
「おっとっと、怖いな。言う通りにしよう」
みなまで聞かずに歩き出した。四人が慌てて追いかけてくる。
国によって差異はあるが、太古の神話により、人間種の中でも獣人とハーフリングは差別されやすい。獣人の中でも人当たりのよい猫族や兎族は接客業に就くことが多いが、気性の荒い者が多いとされる犬狼族や熊族は兵士などで重宝されることはあっても、平穏な仕事に就くことは只人よりも難しい。
「おい、汗を拭くから体を起こすぞ…………歯を磨いとけ、冒険者は歯が命だからな…………水飲むか? 今水差しを持ってくる…………服がびしょびしょだな、いったん脱がせるぞ。む? ああボタンがズレてるのか…………ほら、おでこにタオル置いておけ」
…………体がビクンとして目が覚めた。
椅子に座ってミーティアを寝かしたベッドに突っ伏したまま寝ていたらしい。
寝不足の目をこすりながら体を起こす。
ベッドに座っているミーティアと目があった。肩までの銀髪は朝日を浴びてキラキラと輝き、頬はいつものように薄く紅がさし、健康そうな見た目をしている。
彼女はじーっと俺を見た後、口を開いた。
「昨日は……ありがと」
「……ああ」
「さっきアカリさんが部屋に来て、体のダルさとかがなかったら今日の午後にでも魔法の訓練をしようって」
「そうか。これでやっと魔法が使えるようになるな」
「うん……ジャンのおかげ」
「ふん、当然だ。これからもしっかり働いてもらうためだ……俺は寝る。少し詰めろ」
ミーティアは無言でベッドの端によった。
彼女の体温で温められたベッドに潜り込む。
「ジャン……その、おやすみ」
返事をすることなく俺はもう一度眠った。
魔法の訓練とは、まずは床に座り両手を組んで自身のマナを感じ取るところから始めるらしい。合わせて数々の植物や鉱石、モンスターの部位などの触媒についての知識を身につける。
そして実際に触媒に魔力を流し込む際のマナ回路の使い方。
魔法使いたちが詠唱を行うのは触媒を目覚めさせるためであると同時に、各マナ回路の魔素の動かし方を条件付で覚えるためでもあるらしい。
そんな話を俺はアカリの本棚にあったホコリを被った本を読みながら聞きながしていた。
「なんかジャンが本読んでるのって意外っていうか違和感があるね」
休憩時間にミーティアが話しかけてきた。
「失敬な、王たるもの武だけでなく文も重要だ。貴族を相手にする時、治水をする時、税について考える時、剣だけではどうにもならんからな……と大昔に宰相だったか父親だったか隣の国の王だったが言っていた」
「随分発言者にバリエーションがあるのね」
「男の顔なぞいちいち覚えとらん。だが言っていたことはなるほどと思ってな、とりあえず今はここ三百年の歴史書を読んでいるところだ」
「ふーん」
ミーティアの目はサイドチェストに置かれた『図解、各国それぞれの性交の仕方! セックス上級者の更に上へ』に向けられていた。
「勉強熱心だこと」
「なに、これも王の嗜みだ。ほれ、訓練にもどれ」
「はいはい」
ミーティアが可愛いおしりをこちらに向けて去っていった。
ゴンッ!
不意に硬質な音が外壁から聞こえてきた。
「なんだあ?」
階下に顔を出すと、ショートヘアにややうんざりしたような表情を浮かべたアカリが肩をすくめてこちらを見た。
「壁に石を投げられたようだ。村の若者の中にいたずら者がいてね。魔女の存在がお気に召さないらしい」
「お前なら何とでも出来るだろう」
「私には私の基準があってね。それを超えるようならうちの子の肥料にでもするんだけど、今はまあ、そこまででもないね」
「ふん、そうか」
俺は椅子に戻るとドワーフが滅亡した項にしばらく目を通していたが、やがて飽きた。
「散歩してくる。夕飯までには帰る」
リビングでは、アカリがどれも同じに見える植物の種子の一つを指さして熱心に解説している。
「君に忠告するようなことではないかもしれないが、外にはごろつきや魔女をよく思わないものも多い。気をつけ給え」
「ふっ」
アカリの家のかぐわしいニオイに鼻が慣れていたせいだろうか、第十三開拓村のよどんだ空気は眉をひそめるほどひどいものに感じられた。
バラックとも廃屋とも言えないような路地を抜けて村の目抜き通りに出る。
初期に建てられたのだろうか、こちらは古いが多少まともな家が揃っていた。ニオイもマシだ、いくらかは。
家の一階を肉屋に改築した店で何の肉だかわからない串焼きを買って、食べながら村をうろつく。
よそ者をジロジロと見てくる視線は相変わらずだが、鎧と大剣がない今、そこまで警戒した空気は感じない。
アカリによるとこの開拓村が破棄されたのは四十年も前だという。彼女は二十年前にここに越してきたとのことだ。
文献も散逸していて破棄された理由は分かっていない。
……奇妙だな。
手入れがされず傷みの激しい木製の壁を見ながら思う。
紛いなりにも数百人の生活が成り立つほどの村であり、安くない投資をしたであろう開拓村が破棄されたまま、か。
「おい」
背後から声をかけられた。
振り返るとこの村に来たときに最初にあった犬狼族の獣人のほか、三人の若者がいた。
一人は同じく門で見た羊族の若い女、もう一人は片耳の欠けたハーフリング、最後は茶髪の背の高い只人の男だった。
「お前、あの魔女の家に出入りしてるらしいな。俺言ったよな、魔女と関わるなって」
犬面が凄む。
「あー、名前を聞いていたか?」
「ガウ・ルーだ。この村でパトロールをしてる」
ようするに若者が暇をつぶしてブラブラしているわけだ。あとは人の家に石を投げたりとか。
「いや、お前じゃない。そちらの可愛い女の子だ?」
「は?」
「羊族とは珍しい。それにひまわり色のワンピースもよく似合っている」
羊族はその昔悪魔と関係すると断じられたことがあり、街から追われ、ときに虐殺されてきた過去がある。
「あ、あたしはマコモ……あなた今の状況分かってるの!?」
「おめえ、俺を舐めてやがんな」
おそらくは彼のガールフレンドなのだろう、腹をたてたガウ・ルーは腰のナイフを抜くと目立たないように俺の腹に突きつけた。
「そこの路地を入ったところにちょうどいい場所がある。そこまで歩け。言っておくが大声を出したりしたら──」
「おっとっと、怖いな。言う通りにしよう」
みなまで聞かずに歩き出した。四人が慌てて追いかけてくる。
国によって差異はあるが、太古の神話により、人間種の中でも獣人とハーフリングは差別されやすい。獣人の中でも人当たりのよい猫族や兎族は接客業に就くことが多いが、気性の荒い者が多いとされる犬狼族や熊族は兵士などで重宝されることはあっても、平穏な仕事に就くことは只人よりも難しい。
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