37 / 77
第三十七話 太古のヘビ、リンドヴルム3
しおりを挟む
「ミーティア!?」
「こ、こっち」
輪郭がようやく見えるような薄暗がりの中、彼女の手をつかむことができた。新米魔女は大きく深呼吸を一つした。
「木霊の魔法で二人の話は聞いてたから、分かってる。やって」
俺は光子状になった左手に意識を集中する。奪い取り、支配する。国王であった頃に、そして生き返ってからも、散々やってきたことだ。だがそれをミーティアにすると思うとわずかに緊張する。
「いくぞ」
左手を彼女の胸の中心に当てる。ゆっくりと手を体の中に入れていった。
「う……うう……」
ミーティアが苦しそうな声を上げる。
「大丈夫、続けて……」
「ああ」
彼女の胸の中心で光を感じた。それは優しく、温かく、慈愛に満ちたものだった。だが、俺の指先が触れると途端に冷たく、トゲトゲしい敵意を向けてきた。
これだ。
その光をわしづかみにする。
「ぐ……う……」
彼女の肩に優しく右手を置いた。
「いくぞ」
やり方は俺の血が知っていた。
その昔、ほんの一瞬だけ見た女神の顔を思い浮かべる。それだけで憎悪の念がどろりと心の底に沸いた。あの女神の授けた天使の力を……簒奪する。
ミーティアの胸の中に感じられた温かい光が俺の体に流れ込んで来た。
「あああっ、うぐううううぅぅ」
「くっ、ぐがぁぁああああああ」
血管に火を流し込まれたような痛みが体を焼く。それでも俺は手を離さなかった。
果てしなく長く感じられたが、実際にはほんの五秒か六秒程度だったろう。力の移譲が終わった。俺が手を離すとミーティアががっくりと膝をついた。
「大丈夫……リンドヴルムを、お願い」
スクロールで作られた闇は消え去り、今までに見たどの建物よりも長さがあるであろう大蛇がこちらをにらんでいた。
「任せろ」
大剣を抜いて走り出す。
体が軽い。
鎌首を持ち上げたリンドヴルムが口を開いて威嚇してくるのを、空中を踏んで近づきながら見た。
太古の蛇の噛みつきを、宙を蹴って横に避ける。避けざまにその目に斬りつけた。
ジュウゥゥ。
肉が焦げるにおいがする。
エレンディア王国に伝わる宝剣ブレイブハートは俺の力を受けて刀身を赤熱させていた。
空を下り際に大蛇の胴体に斬撃を与える。
肉が焼かれているため、酸の血は飛び散らなかった。
「ギィオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
二匹目のリンドヴルムのあげる苦悶の声は、一匹目よりも重く長かった。
大蛇の尾がでたらめに振り回される。
その先に人影が見えた。女だ。そう思った時には地を蹴り、尾の先端に剣を食い込ませることができた。
「ひぃっ」
聞きなれた悲鳴が背後から聞こえた。頭に二本の角。羊獣人のマコモだった。
「おっとマコモちゃん。ここは危ないからな。でかい家の地下室にでも隠れてな」
「わ、わか、分かりました」
花柄のワンピースを翻して去っていった。
リンドヴルムは自身が傷つくのも構わず、何度も尾を俺に向かって叩きつけてくる。天使の力を得てなお骨身が軋む質量だったが、あえて俺は笑った。
「はっはっはっ! 効かんなあ! そうら今度はこちらからだ」
巨大な尾を弾き、胴体に深く斬りつける。
リンドヴルムが激しくのたうち回るのにも構わず、その体をなます切りにしていく。
大蛇ははっきりと弱まっていった。
鎌首は力なく下を向き、その口からは酸の血がだらだらと垂れて大地を焼いている。
大きく息を吸い、両手でしっかりとブレイブハートの柄を握りしめた。
俺の動きに反応してリンドヴルムが牙を向けてくる。
その口の下を滑り込むようにして首元にたどり着くと、ありったけの力を込めてのどに斬りつけた。
肉の焦げるにおいとともに、第十三開拓村の大蛇は大地に倒れた。
蛇の生命力の高さゆえか、その長く太い胴体はまだ弱弱しくのたうっていたが、アカリが改めて茨の拘束魔法で全体を拘束するとそれも収まった。
わずかな静寂ののち、村中から歓喜の声が上がった。
ボロボロになった家に隠れていた者、細い路地でうずくまっていた者、あるいは蛇の迫力にただ立ち尽くしていたものなどがわっと広場に集まってきた。
「おい、やったな。あんたすげえよ」
見知らぬ獣人が背中をバンバン叩いてくる。
ハーフリングの老婆が涙をぽろぽろ流しながら小さい体躯で深い礼をした。
「ふん、まあ当然だ。俺は王だからな」
誰も彼もが先ほど目にした光景について興奮して話し合っている。
犬狼族の獣人の少女が手を背中に回してもじもじと寄ってきた。その母親と思しき女が頭をなでる。
「ほら、行っといで」
少女が俺の前に来た。
「あ、あの、ありがとうございます」
差し出された彼女の手には一輪の赤い花が握られていた。
「ああ……あー、ありがとう」
俺はそれを受け取ると鎧の隙間に差した。
少女はパーッと走って行ってしまった。
その先ではミーティアが壊れた家の壁に背を預け、にやにやとこちらを見ている。
商人が倒れた屋台を起こし、商魂たくましく市を再開しようとしていた。
背後ではアカリのもとに多少裕福そうな只人の中年の男が来ていた。ローブにハット、ひげを蓄えている。あれがアカリの言っていた村の顔役だろう。
「本当にありがとうございます。これで国に再度開発の申請を出すことができるかもしれませんな」
長身ショートヘアの魔女は腕を組んでむっつりした顔をしていた。顔役の話にも上の空の様子だ。
「アカリ殿?」
「……視線を、感じる」
彼女の言葉に男は首をひねった。
だが言われて俺も気づいた。確かに見られている感じがする。村人たちではない。
五感を集中させて周囲を見渡すがそれらしい者はいない。
誰が──不意に正体に思い当ってつばを飲み込んだ。
その視線は、俺の体の中、天使の力そのものから感じられた。
「女神……」
視線からは憎悪も憤怒も嫌悪も感じられなかった。ただ見ていた。天使の力を取り込んだ俺を。
視界の端にミーティアが映った。
彼女は、空を見上げていた。
ボロボロになった村に散り散りになっている村人たちも、一人また一人と目を空に向ける。
昼下がりの太陽から東にずれた雲の下。そこには、巨大な窓が浮いていた。
高さは……十メートルくらいだろうか。比べるものがなくて大きさがわかりにくい。
見たところ高級な邸宅にある窓と同様に、上品な木の枠を白い緻密な装飾が彩っていた。
「こ、こっち」
輪郭がようやく見えるような薄暗がりの中、彼女の手をつかむことができた。新米魔女は大きく深呼吸を一つした。
「木霊の魔法で二人の話は聞いてたから、分かってる。やって」
俺は光子状になった左手に意識を集中する。奪い取り、支配する。国王であった頃に、そして生き返ってからも、散々やってきたことだ。だがそれをミーティアにすると思うとわずかに緊張する。
「いくぞ」
左手を彼女の胸の中心に当てる。ゆっくりと手を体の中に入れていった。
「う……うう……」
ミーティアが苦しそうな声を上げる。
「大丈夫、続けて……」
「ああ」
彼女の胸の中心で光を感じた。それは優しく、温かく、慈愛に満ちたものだった。だが、俺の指先が触れると途端に冷たく、トゲトゲしい敵意を向けてきた。
これだ。
その光をわしづかみにする。
「ぐ……う……」
彼女の肩に優しく右手を置いた。
「いくぞ」
やり方は俺の血が知っていた。
その昔、ほんの一瞬だけ見た女神の顔を思い浮かべる。それだけで憎悪の念がどろりと心の底に沸いた。あの女神の授けた天使の力を……簒奪する。
ミーティアの胸の中に感じられた温かい光が俺の体に流れ込んで来た。
「あああっ、うぐううううぅぅ」
「くっ、ぐがぁぁああああああ」
血管に火を流し込まれたような痛みが体を焼く。それでも俺は手を離さなかった。
果てしなく長く感じられたが、実際にはほんの五秒か六秒程度だったろう。力の移譲が終わった。俺が手を離すとミーティアががっくりと膝をついた。
「大丈夫……リンドヴルムを、お願い」
スクロールで作られた闇は消え去り、今までに見たどの建物よりも長さがあるであろう大蛇がこちらをにらんでいた。
「任せろ」
大剣を抜いて走り出す。
体が軽い。
鎌首を持ち上げたリンドヴルムが口を開いて威嚇してくるのを、空中を踏んで近づきながら見た。
太古の蛇の噛みつきを、宙を蹴って横に避ける。避けざまにその目に斬りつけた。
ジュウゥゥ。
肉が焦げるにおいがする。
エレンディア王国に伝わる宝剣ブレイブハートは俺の力を受けて刀身を赤熱させていた。
空を下り際に大蛇の胴体に斬撃を与える。
肉が焼かれているため、酸の血は飛び散らなかった。
「ギィオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
二匹目のリンドヴルムのあげる苦悶の声は、一匹目よりも重く長かった。
大蛇の尾がでたらめに振り回される。
その先に人影が見えた。女だ。そう思った時には地を蹴り、尾の先端に剣を食い込ませることができた。
「ひぃっ」
聞きなれた悲鳴が背後から聞こえた。頭に二本の角。羊獣人のマコモだった。
「おっとマコモちゃん。ここは危ないからな。でかい家の地下室にでも隠れてな」
「わ、わか、分かりました」
花柄のワンピースを翻して去っていった。
リンドヴルムは自身が傷つくのも構わず、何度も尾を俺に向かって叩きつけてくる。天使の力を得てなお骨身が軋む質量だったが、あえて俺は笑った。
「はっはっはっ! 効かんなあ! そうら今度はこちらからだ」
巨大な尾を弾き、胴体に深く斬りつける。
リンドヴルムが激しくのたうち回るのにも構わず、その体をなます切りにしていく。
大蛇ははっきりと弱まっていった。
鎌首は力なく下を向き、その口からは酸の血がだらだらと垂れて大地を焼いている。
大きく息を吸い、両手でしっかりとブレイブハートの柄を握りしめた。
俺の動きに反応してリンドヴルムが牙を向けてくる。
その口の下を滑り込むようにして首元にたどり着くと、ありったけの力を込めてのどに斬りつけた。
肉の焦げるにおいとともに、第十三開拓村の大蛇は大地に倒れた。
蛇の生命力の高さゆえか、その長く太い胴体はまだ弱弱しくのたうっていたが、アカリが改めて茨の拘束魔法で全体を拘束するとそれも収まった。
わずかな静寂ののち、村中から歓喜の声が上がった。
ボロボロになった家に隠れていた者、細い路地でうずくまっていた者、あるいは蛇の迫力にただ立ち尽くしていたものなどがわっと広場に集まってきた。
「おい、やったな。あんたすげえよ」
見知らぬ獣人が背中をバンバン叩いてくる。
ハーフリングの老婆が涙をぽろぽろ流しながら小さい体躯で深い礼をした。
「ふん、まあ当然だ。俺は王だからな」
誰も彼もが先ほど目にした光景について興奮して話し合っている。
犬狼族の獣人の少女が手を背中に回してもじもじと寄ってきた。その母親と思しき女が頭をなでる。
「ほら、行っといで」
少女が俺の前に来た。
「あ、あの、ありがとうございます」
差し出された彼女の手には一輪の赤い花が握られていた。
「ああ……あー、ありがとう」
俺はそれを受け取ると鎧の隙間に差した。
少女はパーッと走って行ってしまった。
その先ではミーティアが壊れた家の壁に背を預け、にやにやとこちらを見ている。
商人が倒れた屋台を起こし、商魂たくましく市を再開しようとしていた。
背後ではアカリのもとに多少裕福そうな只人の中年の男が来ていた。ローブにハット、ひげを蓄えている。あれがアカリの言っていた村の顔役だろう。
「本当にありがとうございます。これで国に再度開発の申請を出すことができるかもしれませんな」
長身ショートヘアの魔女は腕を組んでむっつりした顔をしていた。顔役の話にも上の空の様子だ。
「アカリ殿?」
「……視線を、感じる」
彼女の言葉に男は首をひねった。
だが言われて俺も気づいた。確かに見られている感じがする。村人たちではない。
五感を集中させて周囲を見渡すがそれらしい者はいない。
誰が──不意に正体に思い当ってつばを飲み込んだ。
その視線は、俺の体の中、天使の力そのものから感じられた。
「女神……」
視線からは憎悪も憤怒も嫌悪も感じられなかった。ただ見ていた。天使の力を取り込んだ俺を。
視界の端にミーティアが映った。
彼女は、空を見上げていた。
ボロボロになった村に散り散りになっている村人たちも、一人また一人と目を空に向ける。
昼下がりの太陽から東にずれた雲の下。そこには、巨大な窓が浮いていた。
高さは……十メートルくらいだろうか。比べるものがなくて大きさがわかりにくい。
見たところ高級な邸宅にある窓と同様に、上品な木の枠を白い緻密な装飾が彩っていた。
0
あなたにおすすめの小説
ハーレムキング
チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
っ転生特典——ハーレムキング。
効果:対女の子特攻強制発動。誰もが目を奪われる肉体美と容姿を獲得。それなりに優れた話術を獲得。※ただし、女性を堕とすには努力が必要。
日本で事故死した大学2年生の青年(彼女いない歴=年齢)は、未練を抱えすぎたあまり神様からの転生特典として【ハーレムキング】を手に入れた。
青年は今日も女の子を口説き回る。
「ふははははっ! 君は美しい! 名前を教えてくれ!」
「変な人!」
※2025/6/6 完結。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜
大沢ピヨ氏
ファンタジー
地味で不遇な風魔法──でも、使い方しだいで!?
どこにでもいる男子高校生が、意識高い系お嬢様に巻き込まれ、毎日ダンジョン通いで魔法検証&お小遣い稼ぎ! 目指せ収入UP。 検証と実験で、風と火が火花を散らす!? 青春と魔法と通帳残高、ぜんぶ大事。 風魔法、実は“混ぜるな危険…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる