敗残王と亡国姫、冒険者として再起す  ~王女も聖女も皇女も魔女も、巫女も受付嬢も獣人もエルフも、いい女はぜーんぶ俺のもの!~

春風トンブクトゥ

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第三十七話 太古のヘビ、リンドヴルム3

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「ミーティア!?」

「こ、こっち」

 輪郭がようやく見えるような薄暗がりの中、彼女の手をつかむことができた。新米魔女は大きく深呼吸を一つした。

「木霊の魔法で二人の話は聞いてたから、分かってる。やって」

 俺は光子状になった左手に意識を集中する。奪い取り、支配する。国王であった頃に、そして生き返ってからも、散々やってきたことだ。だがそれをミーティアにすると思うとわずかに緊張する。

「いくぞ」

 左手を彼女の胸の中心に当てる。ゆっくりと手を体の中に入れていった。

「う……うう……」

 ミーティアが苦しそうな声を上げる。

「大丈夫、続けて……」

「ああ」

 彼女の胸の中心で光を感じた。それは優しく、温かく、慈愛に満ちたものだった。だが、俺の指先が触れると途端に冷たく、トゲトゲしい敵意を向けてきた。

 これだ。

 その光をわしづかみにする。

「ぐ……う……」

 彼女の肩に優しく右手を置いた。

「いくぞ」

 やり方は俺の血が知っていた。
 その昔、ほんの一瞬だけ見た女神の顔を思い浮かべる。それだけで憎悪の念がどろりと心の底に沸いた。あの女神の授けた天使の力を……簒奪する。

 ミーティアの胸の中に感じられた温かい光が俺の体に流れ込んで来た。

「あああっ、うぐううううぅぅ」

「くっ、ぐがぁぁああああああ」

 血管に火を流し込まれたような痛みが体を焼く。それでも俺は手を離さなかった。
 果てしなく長く感じられたが、実際にはほんの五秒か六秒程度だったろう。力の移譲が終わった。俺が手を離すとミーティアががっくりと膝をついた。

「大丈夫……リンドヴルムを、お願い」

 スクロールで作られた闇は消え去り、今までに見たどの建物よりも長さがあるであろう大蛇がこちらをにらんでいた。

「任せろ」

 大剣を抜いて走り出す。
 体が軽い。

 鎌首を持ち上げたリンドヴルムが口を開いて威嚇してくるのを、空中を踏んで近づきながら見た。
 太古の蛇の噛みつきを、宙を蹴って横に避ける。避けざまにその目に斬りつけた。

 ジュウゥゥ。

 肉が焦げるにおいがする。
 エレンディア王国に伝わる宝剣ブレイブハートは俺の力を受けて刀身を赤熱させていた。

 空を下り際に大蛇の胴体に斬撃を与える。
 肉が焼かれているため、酸の血は飛び散らなかった。

「ギィオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 二匹目のリンドヴルムのあげる苦悶の声は、一匹目よりも重く長かった。

 大蛇の尾がでたらめに振り回される。
 その先に人影が見えた。女だ。そう思った時には地を蹴り、尾の先端に剣を食い込ませることができた。

「ひぃっ」

 聞きなれた悲鳴が背後から聞こえた。頭に二本の角。羊獣人のマコモだった。

「おっとマコモちゃん。ここは危ないからな。でかい家の地下室にでも隠れてな」

「わ、わか、分かりました」

 花柄のワンピースを翻して去っていった。
 リンドヴルムは自身が傷つくのも構わず、何度も尾を俺に向かって叩きつけてくる。天使の力を得てなお骨身が軋む質量だったが、あえて俺は笑った。

「はっはっはっ! 効かんなあ! そうら今度はこちらからだ」

 巨大な尾を弾き、胴体に深く斬りつける。

 リンドヴルムが激しくのたうち回るのにも構わず、その体をなます切りにしていく。
 大蛇ははっきりと弱まっていった。

 鎌首は力なく下を向き、その口からは酸の血がだらだらと垂れて大地を焼いている。
 大きく息を吸い、両手でしっかりとブレイブハートの柄を握りしめた。

 俺の動きに反応してリンドヴルムが牙を向けてくる。

 その口の下を滑り込むようにして首元にたどり着くと、ありったけの力を込めてのどに斬りつけた。
 肉の焦げるにおいとともに、第十三開拓村の大蛇は大地に倒れた。

 蛇の生命力の高さゆえか、その長く太い胴体はまだ弱弱しくのたうっていたが、アカリが改めて茨の拘束魔法で全体を拘束するとそれも収まった。

 わずかな静寂ののち、村中から歓喜の声が上がった。

 ボロボロになった家に隠れていた者、細い路地でうずくまっていた者、あるいは蛇の迫力にただ立ち尽くしていたものなどがわっと広場に集まってきた。

「おい、やったな。あんたすげえよ」

 見知らぬ獣人が背中をバンバン叩いてくる。
 ハーフリングの老婆が涙をぽろぽろ流しながら小さい体躯で深い礼をした。

「ふん、まあ当然だ。俺は王だからな」

 誰も彼もが先ほど目にした光景について興奮して話し合っている。
 犬狼族の獣人の少女が手を背中に回してもじもじと寄ってきた。その母親と思しき女が頭をなでる。

「ほら、行っといで」

 少女が俺の前に来た。

「あ、あの、ありがとうございます」

 差し出された彼女の手には一輪の赤い花が握られていた。

「ああ……あー、ありがとう」

 俺はそれを受け取ると鎧の隙間に差した。
 少女はパーッと走って行ってしまった。

 その先ではミーティアが壊れた家の壁に背を預け、にやにやとこちらを見ている。

 商人が倒れた屋台を起こし、商魂たくましく市を再開しようとしていた。
 背後ではアカリのもとに多少裕福そうな只人の中年の男が来ていた。ローブにハット、ひげを蓄えている。あれがアカリの言っていた村の顔役だろう。

「本当にありがとうございます。これで国に再度開発の申請を出すことができるかもしれませんな」

 長身ショートヘアの魔女は腕を組んでむっつりした顔をしていた。顔役の話にも上の空の様子だ。

「アカリ殿?」

「……視線を、感じる」

 彼女の言葉に男は首をひねった。
 だが言われて俺も気づいた。確かに見られている感じがする。村人たちではない。

 五感を集中させて周囲を見渡すがそれらしい者はいない。

 誰が──不意に正体に思い当ってつばを飲み込んだ。

 その視線は、俺の体の中、天使の力そのものから感じられた。

「女神……」

 視線からは憎悪も憤怒も嫌悪も感じられなかった。ただ見ていた。天使の力を取り込んだ俺を。
 視界の端にミーティアが映った。

 彼女は、空を見上げていた。
 ボロボロになった村に散り散りになっている村人たちも、一人また一人と目を空に向ける。

 昼下がりの太陽から東にずれた雲の下。そこには、巨大な窓が浮いていた。

 高さは……十メートルくらいだろうか。比べるものがなくて大きさがわかりにくい。
 見たところ高級な邸宅にある窓と同様に、上品な木の枠を白い緻密な装飾が彩っていた。
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