敗残王と亡国姫、冒険者として再起す  ~王女も聖女も皇女も魔女も、巫女も受付嬢も獣人もエルフも、いい女はぜーんぶ俺のもの!~

春風トンブクトゥ

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第一話 プロローグ

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 十年? 二十年? それよりずっと長い時間か?
 光の射さない洞窟の奥で俺は動けないでいた。

 俺? 俺とは誰だ?

 決まっている、エレンディラ王国国王、ジャン・ジャック・ブレイブハートだ。
 体はとうに朽ち、骸骨が鎧を着ているにすぎない。
 鎧の真ん中には忌々しい片刃の大剣、我が家名を冠する宝刀ブレイブハートが深々と刺さっている。

 左手は、ここに縫いつけられる大捕り物の際に手首から先を切り落とされていた。

 だがそれが幸いした。
 エクトプラズムというのだろうか、とにかく精気の残りかすを左手から伸ばし、洞窟コウモリを、穴ネズミを、暗闇蝶をとらえてはその血を少しずつ岩の地面に垂らしていく。両手の指で足りない年月を掛けて、かつてある女から教わった魔法陣は描かれていった。

 あとは血が、乙女の血さえあれば完成する。
 だが真っ暗闇の大洞窟の奥では……。

 不意に岩の道の端に明かりがさした。数え切れないほどの年月の果ての光だ。まぶたがあれば目を細めていただろう。

 続いて聞き慣れた動物たちのものとは異なる複数の足音。
 逃げる一人を複数が追っているようだ。

「待て!」「止まれ!」

 逃げる者の荒い息づかいと追っ手の声。

 カンテラの明かりに照らされて、詳細が分かった。
 逃げているのは銀髪の若い娘。この洞窟に似合わない白い豪奢なドレスを着ている。

 その後ろ、十メートルほどのところにいるのはプレートアーマーを着込んだ三人の兵士だった。
 村娘と山賊かと思っていたが、あまりの場違いぶりに目をぱちくりしそうになった。まあ、まぶたも眼球もないから出来なかったが。

 洞窟のどん詰まりに来て女は力つきたようだ。ゼェゼェと息を吐きながらへたり込む。

「ちっ、手間を掛けさせやがって」

「なんだあ、こりゃあ」

 兵士の一人がたいまつで俺を照らす。魔法陣の中で壁に串刺しになっている骸骨。さぞ奇妙に見えただろう。
 だが、彼らはそれどころではないようだ。

「とにかく……追いつめたぞ。さあおとなしく来ていただきましょうか。我らの主人には、首さえつながっていれば多少手荒に扱っても構わない、と言われておりますのでな」

 指揮官とおぼしき兵士がそう言って手を伸ばした。少女はしゃがんだままずるずると後ろに下がる。

「なあ、なあ……生きてさえいりゃ何してもいいんだよな」

 指揮官の後ろにいた兵士が口を開いた。

「じゃ、じゃあさ、俺たちでヤっちまわねえか」

 指揮官は黙って兵士を見る。

「ど、どうせ連れて帰ってもこの女はなぶり殺しか断頭台だろ。だ、だったらさ、俺たちがこんな洞窟の奥まで来た苦労をねぎらったっていいじゃねえか」

 先ほどまで多少とも秩序立っていた洞窟内の空気が、暴力的で性欲の生臭さを伴ったものに変わっていく。

「こんな場所でか?」

 指揮官の言葉に三人目の兵士が肩をすくめる。

「どこだって構いやしねえですよ。王女さまのアソコを拝める機会なんてこの先一生ねえんだ。とっととヤっちまいましょうぜ」

「ふむ……」

 指揮官は二歩踏み出すと、たいまつで少女の顔と金髪を照らした。

「胸も尻もまだまだだが、顔は確かに、美人ではあるか」

「ふ、不敬な」

 少女が震える声を絞り出す。

「わたしを誰だと思っているのです」

「第三王女ミーティア様ですよ……元、ね。あなたは王位継承権と王族の資格を奪われて、今じゃその辺の村娘と大差ないご身分だ」

「痛い!」

 指揮官がミーティアの豊かな髪を鷲掴みにした。

「さてと、大人しくしていただければ、こちらもさっさと済ますのでね」

 ズバッ。

 小刀が空を切る音がした。ミーティアが隠し持っていたナイフで自分の長髪を切断したのだ。そのままナイフを構えたが、指揮官が苦もなく蹴り飛ばした。

「きゃあっ」

 ナイフは明かりの届かないところへ消えていった。
 じりじりと追いつめられた少女は洞窟の最奥へと来た。

「おやおや」

 指揮官は手に残った髪を捨てると肩をすくめた。

「お嬢様は乱暴なのがお好みのようだ」

 仲間たちがげびた笑いをあげる。

『おい、おい、小娘』

 エクトプラズマを唇に寄せて俺は声を出した。数十年ぶりかに聞いた自分の声は低く、粗暴さがにじんでいた。

「ひ、ひえ?」

 ミーティアが串刺しになっている俺を見た。

『そう、俺だ。時間がない、手短に訪ねるぞ……助かりたいか?』

「…………」

 少女はあまりのことに固まってしまっている。

「な、なんだ、どうした?」

 兵士がこちらに寄ってきている。

『助かりたいのなら、血を流せ。この大剣ブレイブハートに沿って、おのが血を捧げろ』

「どうして……」

 彼女はそう言った気がしたが、それ以上問うことはなかった。
 ドレスの袖をまくると白い手を露出させ、俺の胸に突き刺さっているブレイブハートのむき身の刃を握りしめた。

「うっ」

 かすかなうめき声とともに上質なワインのような赤い血の滴が、刀身を伝って心臓に注がれる。

 ドクン……ドクン……ドクンッ!

 魔法陣が赤く輝く。俺の身体に力が戻っていく。

「な、なにが起こってるんだあ?」

「分らん……が、遊びは終わりだ、全員抜刀。切りかかれ!」

 指揮官の命令が下されてからは早かった。三人の兵士がロングソードを抜くと、一斉に襲いかかってきた。

 ガギン!

 金属同士がぶつかる鋭い音がする。

 俺の胸から引き抜いた大剣が三人の剣を受け止めた音だ。

「おいおい右端のお前。お姫様の首を落とすところだったぞ。焦りすぎだ」

 かつて切り落とされた左手をのぞき、全身に血肉が通う。古い具足に体がフィットしていった。
 先端のない左手でミーティアをそっと床に降ろすと、三人分の剣を右手のブレイブハートで受け止めたままゆっくりと立ち上がる。

「さて諸君、今は皇国歴何年だ? ソロスの大うつけ者は未だに国王をやっているかね」

「化け物め」

 指揮官がそう言うと剣から片手を離して俺に向けた。その手には黒曜石が握られている。

「黒き意匠よ、その姿を現し敵を貫け」

 ビキ……ビキ、ビキィ!

 黒曜石が急激に膨張し、三つの石の刃物になって俺の顔に襲いかかった。
 首を振って二つまではよけるが、三つ目が顔の中心を狙う……!

「まふぉうをつかうほふぁね、ほふぉろいふぁよ(魔法を使うとはね、驚いたよ)」

 三本目の石柱は顔を横にして口で受け止めた。そのまま歯でかみ砕き、吐き捨てる。

「ふむ、諸君等は野党のたぐいではなく、訓練された兵士だと言うことが分かった。そう言う連中から情報を得るのは、いちいち拷問したりと面倒くさい」

「何を!?」

「だから……そちらの姫君から聞かせてもらうとするよ」

 ずるり、と指揮官の両脇の兵士たちが崩れ落ちる、向かって左は大剣を腹に受けて、右はエクトプラズムによって心臓を握りつぶされて、だ。

「お、お前は、お前はいったい何なのだ!」

 指揮官が剣を構えて切りかかる。片刃のブレイブハートで彼の剣をたやすく受ける。

「名乗っていなかったか、それは悪いことをした。我こそはエレンディラ王国国王、ジャン・ジャック・ブレイブハートだ。おっと、不敬だったなどと思う必要はない。何せ君はもう、死んでしまっているのだから」

 腰を落とし、横一文字に大剣をふるった。
 防御しようとした剣とプレートアーマーごと、指揮官は一刀両断された。

 油断なく剣を構えて残心を取る。
 これ以上の魔法は……ないか。

 何年ぶりか、あるいは何十年ぶりかに自分の髪をかきあげた。

 ミーティアがゆっくりと体を起こすとけがをした手にもう片方の手を重ね、詠唱を行う。

「天使の力よ、我をいやしたまえ」

 淡い光とともに傷がふさがっていった。

 元王女は立ち上がるとスカートの両端を摘んで礼をした。

「危ういところを救っていただきありがとうございます。この地にエレンディラのかつての国王が眠るという伝承が本当であったことを、神とジャン様に感謝いたします。先ほどのご質問ですが、今は皇国歴千二百十一年。ジャン様がこの地に封じられてから三百年が経っております」

 三百年!?

 あまりの年月に愕然とした。ということは俺をおとしめた憎き弟ソロスどころか、その子さえも。

「待て、貴様王族と言われていたな。名は何という」

 髪をナイフで短く切られても、なお端正な顔の少女は目を閉じたまま答えた。

「わたしの名はミーティア・ブレイブハート。エレンディラ王国最後の王族にして亡国の姫でございます、ご先祖様」
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