私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

4 大義名分

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 翌日、カンパニュラ商会が私の衣装を持ってきてくれた。
 ほぼ完成状態ではあるが、最後の調節として細部の確認のために試着しなければならない。
 特殊な服のため、下着から全て専用のものを身に着けなければならないので、ライラやカンパニュラ商会の人たちの前で私は一旦丸裸にされて、下着から着せられる。

 昔なら顔を真っ赤にして羞恥心で逃げたくて仕方なかっただろうが、今はジュリアーナの屋敷でのお風呂の入浴やマッサージなどで多少は他人に裸を見られることに慣れた。
 それでも全く抵抗感や羞恥心が消えるわけではない。
 一種の無我の境地に到達して、諦めて受け入れているだけのこと。
 ここまで来たら恥ずかしがっていることを表に出す方が恥ずかしくなるので、羞恥心を堂々とした態度の裏に隠して一秒でも早く着替えを終わらせることだけを考えて無抵抗で従っている。

 着替え終わった私をカンパニュラ商会の商会長兼デザイナーのオリビアが真剣に上から下まで見つめている。
 オリビアはちょっとふくよかでそばかすのある愛嬌のある丸顔の中年女性で、普段は人好きのする相手の警戒心を緩ませるような優しい表情をしているが、今は違う。
 まるで視線だけで人を射殺さんばかりの鋭さと重みのある目で真剣に私を見つめている。
 正確には私自身は見ていない。私が着ている服を確認しているだけで、私という個人は意識外のようだ。その証拠に彼女と視線は一切交わらない。

 どれだけマネキンのように無言で微動だにせずにその場に立たされていただろうか。

 オリビアの指示でお針子の女性が私に触れたり、私の腕や向きや体勢を動かしたりして、オリビアの指示をカリカリをメモに取っていた。

 服のことは門外漢なので、全てを任せて私は何も口を挟まないでいることに決めていた。
 相手に質問されて、キツいか緩いか、違和感が無いかなどを口にするくらいだ。

 やっと一通りの確認が終わったようで、オリビアの視線から鋭さと重さが消えて、真剣な表情からいつもの優しい柔らかな表情に戻った。

 「ルリエラ様、どこか手直しを望まれるところなどございますか?」
 
 そう問われても、着心地に関しては何の問題もない。
 カンパニュラ商会が持参してくれた大きな鏡の前で私は自分の姿をまじまじと眺める。

 一言でこの服の印象を述べるとすると「格好いい」と言える。

 一見すると真っ白な長袖のシンプルなワンピースを着ているだけのように見える。色が白色なのはこの上から羽織る認定理術師の真っ黒なケープが最も映える色として白色が選ばれたからだ。
 首までしっかりと覆い、上半身にピッタリと沿っていてワンピースの一種にしか見えないが、これはワンピース風の上着だ。この下にしっかり服を着ている。
 無駄な装飾は一切付いていないシンプルで上品なデザインをしていて、腰辺りにベルトのような着脱可能な帯だけが付いている。
 このワンピース風の上着の裾は脛辺りまでであり、そこからは焦げ茶の編上げ式のロングブーツが覗いている。

 この服を着ている私は男装をしているわけでもないのに、どこかとても男らしく見える。
 女性らしい華やかさや可愛らしさを削ぎ落とし、どこまでも実用性だけを追求した小粋で洗練されたデザインが格好良くて、シンプルに肉体の美しさを際立たせるのがどこか男らしさを感じさせる。
 女性の美しさを強調するような服ではなく、女性らしさを感じさせないで、それでいて着ている人の身体の線の美しさを魅せるような品の良い服に仕上がっている。

 ピッタリと体に寄り添う服は一歩間違えば裸を晒しているように見せてしまう下品な服になる代物だが、この服は上品さと格好良さを着用者に与えてくれる服であり、素晴らしいプロの仕事だと感心する出来栄えだ。

 勿論、このワンピース風の上着の下にはズボンを穿いている。
 伸縮性のある柔らかな生地で作られたピッタリと脚に引っ付くようなズボンだが、締め付けられているような苦しさは感じないオーダーメイドの完璧な作品だ。
 程々に薄手で伸縮性があり柔らかなズボンを膝下まであるロングブーツの中に無理なく入れている。
 
 私とライラが作製した服とは月とスッポンの着心地と動きやすさと見た目だ。

 「特に問題はありません。このままでお願いします」

 「畏まりました」

 私はすぐにまた服を脱いで素っ裸になり、また元の服を着て椅子に腰を下ろした。
 服を着て脱いだだけなのに、もの凄い疲労感に苛まれているが、それを表には出さずにオリビアと向かい合ってお茶を飲みながら話をする。

 「オリビア、とても素敵な衣装をありがとうございます。この衣装ならば発表会で誰にも文句を言われなくて済みそうです」
 
 私は自作の衣装で恥を晒さずに済んだことに安堵しながら感謝の気持ちを伝えた。

 「衣装がルリエラ様のお気に召して頂けて幸いです。でも、元々ルリエラ様が作製された衣装を元にして考えたデザインですので、発案者はルリエラ様でございます。これまでに無い新しい衣装をもたらしてくださったのはルリエラ様でわたしの功績ではございません」

 そのように謙遜しているが、私が作った飛行服とオリビアが作った飛行服は天と地ほども差のある代物だ。一緒にするのが間違っている。
 でも、それを言ってもオリビアはますます謙遜するだけなので黙っておく。
 この飛行服というズボンと共に着る服の発案者は認定理術師の私であると対外的に周知させることになっている。私が発案したものをオリビアが改良した服として対外的に公表される。
 そうしなければこの服は世間に認められないからだ。

 「そんなに女性がズボンを穿くのは悪いことなのかしら?」

 愚痴のようについ口から本音が溢れてしまった。
 
 オリビアは少し困ったように微笑んで私の愚痴に付き合ってくれる。

 「『男はズボン、女はスカート』という固定観念、既成概念がこの国にはございます。理由もなくそれを壊したり、逸脱することを誰も許してはくれません。でも、ルリエラ様は女性がズボンを穿く立派な大義名分を持っておられます」
 
 「大義名分?」

 そんな大袈裟なものを私は持っていただろうか?必要性ならば持っているが、思い当たる節が無い。
 そんな私の様子を見ても何も気にすることなくオリビアはそのままの勢いで言葉を続けた。

 「ルリエラ様は理術で空中を飛ばれます。でも、スカートで飛べば下着が見えてしまいます。飛ぶときに下着を見せないためにズボンを穿く必要があるということが大義名分になるのです」
 
 「でも、それなら他の女性でも乗馬などスカートでは下着が見えてしまう行為をするときにズボンの着用が認められたのではないの?」
 
 「残念ながらそれはありませんでした。女性が乗馬をすることはズボンを穿く大義名分にはならないのです」

 少し残念そうにそう言うオリビアに「なぜ?」と問うように続きを求めると彼女は静かに続きを教えてくれた。

 「女性がスカートから下着が見えるようなことをすることはそもそもが間違いであり、そういうことは女性がするようなことではないという考えだからです。そういう理由で馬に跨がるような乗馬は男性のすることであり、女性がすることではないと認められていません。そのせいで女性は横乗りの乗馬しか許されていません」

 ズボンを穿くことはファッションの問題ではなく、この国の男女差別問題というわけだ。
 「男だから」「女だから」という性別だけで、特に何の根拠も論理的な理由もなく禁止されていただけだった。
 やはりどこの世界でもこういう問題はあるのだと感慨に更けりそうになる私をよそにオリビアはちょっと空気を明るくして説明を続けた。


 「でも、ルリエラ様は違います。ルリエラ様しか理術で空中を飛ぶことはできません。男性も女性もそこには存在していないので、『下着が見えるようなことを女性がするのは間違っている』という理屈は通じないのです。女性で下着が見えるから理術で空中を飛ぶことは間違っていると認定理術師であるルリエラ様に真正面から喧嘩を売る人はいないでしょう。それは学園全体を敵に回す愚かな行為です。そして、ルリエラ様が空中を飛べばスカートでは下着が見えてしまうのだからズボンを穿くのは当然の選択です。ルリエラ様にズボンを穿くなと強要する人は下着を見せろと強要する変態と同じです。ルリエラ様にズボンを穿かないように主張できる大義名分を持っている人はいません。ルリエラ様がズボンを穿くことを否定して批難したい人はズボンの代わりに下着が見えないように飛べる飛行服を提示しなければなりません。それができなければ己の行為が学園を敵に回すことだと認識できない間抜けかスカートを穿かせて下着を見たいだけのただの変態だと見なされて周囲に軽蔑されてしまいます」
 
 長々と説明してくれたオリビアはちょっと毒を含む笑みを浮かべてお茶を一口に飲んだ。

 ズボンを女性が穿いてはいけないと頭から押さえつけられていたことにオリビアは多くの不満をこれまで溜め込んでいたようだ。

 オリビアの女性のズボンに対する熱意に圧倒された私は何も言えずお茶を飲みながらに今後の女性のズボンの商品展開に不安を募らせた。



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