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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!
17 問題⑦ 配慮
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自称両親の男と女が逃げるように去ったあと、私と対談中ずっと私の背後に控えていてくれたライラは私の研究室に戻った。
部屋に戻る途中、私とライラは一言も言葉を交わさない。
通路では誰に何を聞かれてしまうのか分からないから込み入った話はできないし、誰に見られるか分からない場所で使用人と親しく話すことは憚られる。
だから、ライラと言葉を交わさずに無言のまま研究室へ向かって歩くことは当たり前のことだ。
それでもなぜかその沈黙が重く息苦しく感じられる。
ライラも同じ空気を感じたようで、時間的に夕食の時間だと言い訳を述べてライラは食堂へ食事を取りに行ってくれた。
私は一人で自分の研究室に戻り、椅子にだらしなく腰掛け、背もたれに凭れながら上を向いて天井を眺めながら深い深い溜め息を吐く。
人目が一切無いから疲れて弱っている素の自分を晒すことができる。
ライラが戻ってきたらもう少し平静な様子を取り繕わないといけない。
今のこの時間はライラの配慮なのだろう。
私に一人だけで過ごせる時間を作って、その間に心を落ち着かせて思考を整理できるようにというライラのさり気ない私のための心配りだ。
たぶんできる限りゆっくりと時間をかけて夕食を持ってきてくれるから、最低でも30分は一人でいられる。
その間にこのぐちゃぐちゃな心と頭を整理整頓しなくてはならない。
私は今16歳だ。
この国では基本的に春が来たら年齢が一つ上がる。
貴族などは誕生日という概念を持ち、誕生日にパーティーを開いたりしているが、正式に年齢が上がるのは春と決まっている。
平民では村や町で雪解けと春の訪れを祝う祭りをするときがみんなの誕生パーティーでもあり、このときに全員の年齢が一つ上がったと認識される。
この国では子どもの人生における大きな節目が3回ある。
1つ目は12歳で、12歳になれば平民の子は手に職を付けるために親元を離れて働きに出る。貴族の子は貴族の学校へ入学する。
2つ目は16歳で、職場で見習いを卒業して一人前として給金が支給されるようになる。ここで社会的に成人したと見做されて大人として扱われるようになる。結婚もできるようになる。貴族の子は学校を卒業する。
3つ目が18歳で、法律的に親や保護者からの独立が認められる。親や保護者の許可なく自分だけで戸籍の変更や重要な契約などができるようになる。
昔は社会的にも18歳が大人と見做される年齢だったそうだが、時と共に社会情勢が変化していき実質的な成人年齢が変わってしまった。しかし、法律としてはそのままで残っている。
今のこの国では18歳未満の人間は養子縁組をする場合は親か保護者の同意とサインが必要になる。
結婚自体は男女ともに16歳から可能だが、18歳未満での結婚も親か保護者の同意とサインが必要になる。
18歳未満が結婚や養子縁組で戸籍を変える場合は保護者の同意とサインが必要と数十年前に法律が変更された。
それ以前は18歳未満の結婚は認められなかったし、養子縁組に親ではない保護者の同意とサインは必要なかった。
16歳で経済的に独立はできる。就職もできる。結婚もできる。
でも、まだ完全な大人ではない。
完全な一人前の大人は18歳からであり、特に貴族社会では成人と認められるのは18歳からだ。貴族の爵位継承は18歳にならないと認められない。
それまでは後継者でしかなく、当主や貴族としての仕事や権利の行使には後見人が必要になる。後見人の許可がないと当主として独断で采配をふるうことができない。
王も同じで、成人前の18歳未満は摂政を立てなければならない。
法として定められており、伝統として根付いているため、過去のしきたりや風習を重んじる貴族社会では18歳で成人という認識が殊更に顕著だ。
16歳で成人を法律上認めないのは子どもを大人が守るためなどと言われているが、経済的に自立している人間の結婚や養子縁組に親や保護者の許可を必要とするのは子のためではなく、子離れできない親や子を利用して甘い汁を吸いたい大人の都合でしかないと思う。
現実的に制度上は子の立場は非常に弱く圧倒的に子ども側が不利だ。
まず、子どもから親に認知を要求して養子縁組を求めることはできない。
この世界では血の繋がりを科学的に客観的に証明できないから、親が親子関係を否定すればそれが認められる。
しかし、親が認めれば、血の繋がりがあろうとなかろうとその親の子になる。親の気分次第で、親の都合で、誰でも対外的に法律上の親子になれる。
どれだけ子の側が親側に子として認めるように訴えても、要求しても、親側が拒否したらどうすることもできないから、子は最初から親がいない場合は親を諦めるしかない。
親に親としての義務や責任を追及することも、義務の履行を求めることもできない。
法的な親子関係の構築は親側に意思決定権がある。親側に親になるかならないかの選択権がある。
しかし、子には基本的に親側からの子としての認知を拒否する権利はない。
親が「その子は自分の子どもだ」と主張すれば、証拠がなくても、主張するだけで認められる。それが事実だと一方的に法的にも社会的にも親子にされてしまう。
親や大人にとても都合のいい社会になっている。
でも、子を守るために法律を改正するなら大人にならなければできない。
大人になってしまえば、大人の都合を優先して考えてしまう。
子を守る制度を作るということは親や大人に不利益や不都合が生じる制度になりかねない。
だから、法律の改正は今のところ特に話題にも議題にも上ってはいない。当分はこのまま実質的な成人年齢と法律上の名目的な成人年齢は別々のままだろうし、養子縁組の請求権も親側だけが持っていることは変わらないままだろう。
そんなどうしようもない現実の社会の制度や法やしがらみ等に思いを馳せて現実逃避をしていたら、少し心と頭が落ち着いてきた。
ライラが戻ってくるまであと15分くらいしかない。
早く今回の件について考えをまとめないといけない。
私はだらしなく力無く椅子に凭れていた体を起こして、姿勢を正して机に両肘をついて両手を組み、その上に顎をのせて目を閉じて真剣に考え込んだ。
部屋に戻る途中、私とライラは一言も言葉を交わさない。
通路では誰に何を聞かれてしまうのか分からないから込み入った話はできないし、誰に見られるか分からない場所で使用人と親しく話すことは憚られる。
だから、ライラと言葉を交わさずに無言のまま研究室へ向かって歩くことは当たり前のことだ。
それでもなぜかその沈黙が重く息苦しく感じられる。
ライラも同じ空気を感じたようで、時間的に夕食の時間だと言い訳を述べてライラは食堂へ食事を取りに行ってくれた。
私は一人で自分の研究室に戻り、椅子にだらしなく腰掛け、背もたれに凭れながら上を向いて天井を眺めながら深い深い溜め息を吐く。
人目が一切無いから疲れて弱っている素の自分を晒すことができる。
ライラが戻ってきたらもう少し平静な様子を取り繕わないといけない。
今のこの時間はライラの配慮なのだろう。
私に一人だけで過ごせる時間を作って、その間に心を落ち着かせて思考を整理できるようにというライラのさり気ない私のための心配りだ。
たぶんできる限りゆっくりと時間をかけて夕食を持ってきてくれるから、最低でも30分は一人でいられる。
その間にこのぐちゃぐちゃな心と頭を整理整頓しなくてはならない。
私は今16歳だ。
この国では基本的に春が来たら年齢が一つ上がる。
貴族などは誕生日という概念を持ち、誕生日にパーティーを開いたりしているが、正式に年齢が上がるのは春と決まっている。
平民では村や町で雪解けと春の訪れを祝う祭りをするときがみんなの誕生パーティーでもあり、このときに全員の年齢が一つ上がったと認識される。
この国では子どもの人生における大きな節目が3回ある。
1つ目は12歳で、12歳になれば平民の子は手に職を付けるために親元を離れて働きに出る。貴族の子は貴族の学校へ入学する。
2つ目は16歳で、職場で見習いを卒業して一人前として給金が支給されるようになる。ここで社会的に成人したと見做されて大人として扱われるようになる。結婚もできるようになる。貴族の子は学校を卒業する。
3つ目が18歳で、法律的に親や保護者からの独立が認められる。親や保護者の許可なく自分だけで戸籍の変更や重要な契約などができるようになる。
昔は社会的にも18歳が大人と見做される年齢だったそうだが、時と共に社会情勢が変化していき実質的な成人年齢が変わってしまった。しかし、法律としてはそのままで残っている。
今のこの国では18歳未満の人間は養子縁組をする場合は親か保護者の同意とサインが必要になる。
結婚自体は男女ともに16歳から可能だが、18歳未満での結婚も親か保護者の同意とサインが必要になる。
18歳未満が結婚や養子縁組で戸籍を変える場合は保護者の同意とサインが必要と数十年前に法律が変更された。
それ以前は18歳未満の結婚は認められなかったし、養子縁組に親ではない保護者の同意とサインは必要なかった。
16歳で経済的に独立はできる。就職もできる。結婚もできる。
でも、まだ完全な大人ではない。
完全な一人前の大人は18歳からであり、特に貴族社会では成人と認められるのは18歳からだ。貴族の爵位継承は18歳にならないと認められない。
それまでは後継者でしかなく、当主や貴族としての仕事や権利の行使には後見人が必要になる。後見人の許可がないと当主として独断で采配をふるうことができない。
王も同じで、成人前の18歳未満は摂政を立てなければならない。
法として定められており、伝統として根付いているため、過去のしきたりや風習を重んじる貴族社会では18歳で成人という認識が殊更に顕著だ。
16歳で成人を法律上認めないのは子どもを大人が守るためなどと言われているが、経済的に自立している人間の結婚や養子縁組に親や保護者の許可を必要とするのは子のためではなく、子離れできない親や子を利用して甘い汁を吸いたい大人の都合でしかないと思う。
現実的に制度上は子の立場は非常に弱く圧倒的に子ども側が不利だ。
まず、子どもから親に認知を要求して養子縁組を求めることはできない。
この世界では血の繋がりを科学的に客観的に証明できないから、親が親子関係を否定すればそれが認められる。
しかし、親が認めれば、血の繋がりがあろうとなかろうとその親の子になる。親の気分次第で、親の都合で、誰でも対外的に法律上の親子になれる。
どれだけ子の側が親側に子として認めるように訴えても、要求しても、親側が拒否したらどうすることもできないから、子は最初から親がいない場合は親を諦めるしかない。
親に親としての義務や責任を追及することも、義務の履行を求めることもできない。
法的な親子関係の構築は親側に意思決定権がある。親側に親になるかならないかの選択権がある。
しかし、子には基本的に親側からの子としての認知を拒否する権利はない。
親が「その子は自分の子どもだ」と主張すれば、証拠がなくても、主張するだけで認められる。それが事実だと一方的に法的にも社会的にも親子にされてしまう。
親や大人にとても都合のいい社会になっている。
でも、子を守るために法律を改正するなら大人にならなければできない。
大人になってしまえば、大人の都合を優先して考えてしまう。
子を守る制度を作るということは親や大人に不利益や不都合が生じる制度になりかねない。
だから、法律の改正は今のところ特に話題にも議題にも上ってはいない。当分はこのまま実質的な成人年齢と法律上の名目的な成人年齢は別々のままだろうし、養子縁組の請求権も親側だけが持っていることは変わらないままだろう。
そんなどうしようもない現実の社会の制度や法やしがらみ等に思いを馳せて現実逃避をしていたら、少し心と頭が落ち着いてきた。
ライラが戻ってくるまであと15分くらいしかない。
早く今回の件について考えをまとめないといけない。
私はだらしなく力無く椅子に凭れていた体を起こして、姿勢を正して机に両肘をついて両手を組み、その上に顎をのせて目を閉じて真剣に考え込んだ。
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