私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

10 賽は投げられた③ 改名

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 「『ルリシーナ』という名前はね、その子の深い青い瞳から名付けたの。遠い東の国では吸い込まれそうなほどに深い青い色の宝石のことを『 瑠璃ルリ』というのだと昔読んだ南部辺境伯家の書物に書かれていて、そこから名付けたのよ」

 ジュリアーナは嬉しそうにその子の名前の由来を口にする。
 その声にもその子への愛しさが溢れている。

 『ルリエラ』と『ルリシーナ』。
 とても似ている。
 しかし、似ているけど、違う名前。
 
 ジュリアーナのルリシーナと私は同一人物なのだろうか?

 同一人物だとしたらなぜ私は孤児院に捨てられていたのか?

 それ以前になぜジュリアーナの屋敷の前に捨てられていて、ジュリアーナに拾われることになったのか?

 まだ分からないことだらけだ。

 私は黙ってジュリアーナの話の続きを待った。

 ジュリアーナはすぐに話の続きを語りだしてくれた。

 「ルリシーナはよく笑って泣いて、すごく元気でとても可愛らしい子だったわ。わたくしは初めての子育てに何も分からずに右往左往したけど、屋敷の使用人たちと協力して一丸となってみんなで必死にあの子の世話をしたのよ。それまでは時間が止まったような静かで単調でつまらない日常の繰り返しでしかなかったわたくしの屋敷がルリシーナ1人によって一変したわ。毎日みんなが困って慌てて右往左往して、目まぐるしくて楽しくて幸せな活気あふれる屋敷に様変わりしたのよ」

 ジュリアーナは大変な過去を思い出しながら嬉しそうに苦笑いしている。
 
 私もジュリアーナの嬉しそうな様子につられて自然と笑顔が溢れた。

 しかし、すぐにジュリアーナの表情は陰ったものへと変わっていく。

 「……でも、そんな日々は長くは続かなかった。ルリシーナを拾って3ヶ月が過ぎた頃、わたくしは用事があって初めてルリシーナを置いて外出したの。そして、用事を済ませて帰ってきたときには屋敷は変わっていた。いいえ、元通りになっていた。ルリシーナがいなかった3ヶ月前の屋敷に戻っていたの」

 私はジュリアーナが語る言葉の意味が理解出来ずに首を傾げる。

 「言葉のとおりよ。屋敷からルリシーナとルリシーナのために用意した物が全て消えていたの。まるで最初から無かったかのように。使用人たちに聞いてもルリシーナのことは『知らない』の一点張り」

 益々意味が分からない。
 一体ルリシーナとその屋敷に何があったのか?
 神隠しにでもあったのか?

 「わたくしは屋敷を出て一人でルリシーナを探しに行こうとしたわ。そのわたくしを使用人たちは止めた。わたくしはその時点で犯人が誰か分かってしまったわ。だから、ルリシーナを探しに行くのを変更してすぐに犯人に会いに行ったの。ルリシーナを取り戻すために」

 犯人は誰ですか??
 私は分かりません。
 ルリシーナがジュリアーナの幻想でも、屋敷全員が集団催眠になっていたわけでも、神隠しや幽霊や魔法などの非現実な超常現象でもないことは分かった。
 犯人がいるのなら、ちゃんと人間の手によって引き起こされた現象だったようだ。

 「わたくしはわたくしの父親、南部辺境伯の屋敷に無理矢理押しかけて迫った。『ルリシーナを返して』とね。南部辺境伯はすぐに自分の犯行だと認めたけど、ルリシーナを返してはくれなかった。理由はいろいろ語っていたけれど、端的にまとめると『裏切り者のマルコシアスの娘を南部辺境伯の娘が育てることは絶対に許さない』ということだった。その時に初めてルリシーナがマルコシアスの子どもだと知ったわ」
 
 犯人はジュリアーナのお父さんだったのか!
 でも、犯行の動機がよく分からない。
 ルリシーナがマルコシアスの娘であることをどうやって知ったのだろうか?
 マルコシアスの娘をジュリアーナが育てることに何の不都合があるのだろうか?

 「あの屋敷も使用人も南部辺境伯家のものだった。だから、誰も雇い主である南部辺境伯には逆らえなかったのよ。……わたくしには何の力も無かった。あの頃のわたくしには生きる気力も何かをやる気力も無かったわ。出戻り娘であるわたくしは南部辺境伯家の力に縋ってその庇護下で無気力に惰性で時間をただ浪費していただけだったから」

 今のジュリアーナからは想像もできない姿だ。
 私の知るジュリアーナはいつも自信満々で気品と優雅さに溢れていて強い生命力を感じる魅力のある強い女性。
 そんな弱々しくて無気力で怠惰なジュリアーナは知らない。
 
 「ルリシーナに出会ってわたくしは生きる気力と生きる希望と生きる喜びを取り戻したのよ。でも、わたくしは失ってしまった……。わたくしが何の力も無かったが故に……」

 ジュリアーナは辛そうに寂しそうに、己の深い悔恨を口にする。

 私にはジュリアーナに掛ける慰めの言葉が見つけられない。何も言えずに黙って辛そうなジュリアーナを見守ることしかできない自分が歯がゆい。

 「ルリシーナを失ったわたくしは自分に力をつけるために商会を立ち上げたの。もう二度と大切なものを奪われないために」

 ジュリアーナの瞳に強さが戻った。
 目力というのか、意志の強さ、決意の固さを感じさせる他者を圧倒させるような瞳。
 私はあまりの力強さに圧倒されて息を呑んだ。

 「南部辺境伯はルリシーナをわたくしに返してはくれなかったけど、ルリシーナの近況だけは教えてくれたわ。ルリシーナが『ルリエラ』と名前を変えて田舎の村の孤児院で育てられていることも教えてもらったわ」

 私はジュリアーナの言葉にビクリと体を震わせてしまった。

 やはりジュリアーナの『ルリシーナ』と『ルリエラ』は同一人物だったようだ。

 「貴族風の名前だと平民の間で目立ってしまうからとわたくしが名付けた名前は勝手に変えられてしまったの」

 ジュリアーナは『ルリシーナ』が『ルリエラ』に変わってしまったことを不満気に口にしている。

 などの伸びる長音の名前は貴族に多いのは確かだ。
 長音を使うと名前の表記が複雑になるので、平民は避ける傾向がある。
 それでも平民の親が好んでそういう名前を娘につけることが無いわけではない。

 しかし、親が分からない孤児の名前が貴族風だと悪目立ちすることは想像に難くない。
 貴族風の名前を避けて平民風に変えたのは無難な対応だったと私が名前の変更には納得してしまうのはジュリアーナとは違って『ルリシーナ』という名前に何の思い入れも無いからだろう。

 私はジュリアーナの不満に共感できず、そっと目を逸らしてしまった。


 
 
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