私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

29 律儀

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 それから私と南部辺境伯との養子縁組の手続きはあっという間に進んだ。

 翌日には再び南部辺境伯の屋敷で、ジュリアーナにも同席してもらって正式な契約書を南部辺境伯と交わした。

 内容に関しては私よりもジュリアーナの方が「仲介者の責任だから」と言って神経質に何度も詳細を南部辺境伯に確認していた。
 
 そのおかげで私は自分の養子縁組なのに特別にすることや確認することや注意することもなく、数枚の書類にサインをするだけで終わってしまった。

 後の必要な処理や手続きに関しては全て南部辺境伯側が責任を持って請け負ってくれる。

 これで数日以内には正式に私と南部辺境伯の養子縁組は成立するそうだ。

 あまりにも簡単すぎて逆に何か問題が起こらないかと不安になった。
 
 だから、3日後に南部辺境伯が突然、私の研究室に訪問してきたとき、慌てたり驚いたりする前にやっぱり不安が的中してしまったのかとどこか達観してしまった。

 「な、南部辺境伯、突然のご来訪ですが何かありましたか?」

 「いや、特に何の問題も無い。これから領地に帰るだけだ。だが、その前に其方に会っておく必要があった。其方を儂の屋敷に呼んでも良かったのだが、そうするとが不安がるからな……」
 
 南部辺境伯はジュリアーナへの配慮のためにわざわざ私の研究室にまで来たようだ。
 
 領地に帰る前に私に会いに来た用件はただの別れの挨拶のためというわけでは無いみたいだ。

 南部辺境伯は「帰り際にちょっと寄っただけだから気を遣わなくてもいい」と言ってくれたが、ライラは大急ぎでお茶の準備をしている。

 「わざわざ領地に帰る前に寄られたのは何か私にお話でもありましたか?」

 私がそう尋ねると南部辺境伯が不思議そうに私を見返してきた。

 「いいや、話があるのは儂ではなく其方だろう?」

 「……私、ですか?」

 「そうだ。先日、『最後に一つだけ聞きたいことがある』と言っていただろう。その後のゴタゴタで有耶無耶になってしまったからな……」

 思い出した!!
 ジュリアーナの乱入により直前の南部辺境伯とのやり取りをすっかり忘れていた。

 確かにあの時私は南部辺境伯に「絶対に聞かなければいけないことではないが、余裕があれば南部辺境伯に聞いてみたいこと」を尋ねようとしていた。

 興味本位の質問で、絶対に知る必要がある質問ではなかったから自分の中の優先順位は低く、養子縁組の方が重要だったからすっかり忘れていた。

 質問しようとした本人が忘れていたのに、質問を受けようとしていた相手の方が覚えていてわざわざ帰り際の忙しい中に会いに来てくれるなんて、南部辺境伯はとっても律儀な人だ。

 もしかしたらとても重要な質問だと勘違いして、私に気を遣って会いに来てくれたのかもしれない。

 それなら質問の中味があまりにも重要性も緊急性も無い単なる興味本位のものだと知ったら呆れられるかもしれない。

 そう不安になったが、南部辺境伯の気遣いに応えるために私は正直にあの時言えなかった質問を口にするしかない。

 「あの、わざわざ聞きに来てくださってありがとうございます。…でも、本当にそんなに大した質問ではないのですが……。南部辺境伯、私の『ルリエラ』という名前は誰が付けたのですか?何か意味や由来などはあるのでしょうか?」

 私の質問に南部辺境伯は面食らったような顔をした。
 やはりこのような個人的な興味本位の質問だとは思っていなかったようだ。

 南部辺境伯はそのまま不機嫌そうな気難しそうな表情を浮かべて視線を逸したままで口を開いた。

 「『ルリエラ』という名前は儂が付けた。特に意味は無い!」

 「そ、そうですか……。分かりました。ありがとうございます」

 私はお礼を述べながら内心で少しがっかりした。

 私の『ルリエラ』という名前はジュリアーナの名付けた『ルリシーナ』から適当に平民風に変えただけの名前ということだ。

 自分の名前に不満は無いし愛着もある。
 だからこそ特別な意味や誰かの祈りが込められていたら嬉しかった。
 ただそれだけだ。
 無いなら無いで問題無い。
 
 そう思って心の中で折り合いをつけていたら、話し終わったと思っていた南部辺境伯の声が降ってきた。

 「……『ルリ』は遠い東の島国で『透き通っていながら溺れるような果ての見えないほどに深い青い色の宝石』のことだ」

 その話はジュリアーナがしてくれた名付けの内容と同じだ。
 ジュリアーナが読んでいた東の島国の翻訳本を南部辺境伯も読んでいたことが判明した。
 いつか私もその本を読んでみたいが、南部辺境伯の本邸の図書室に私がお邪魔できるかは分からない。養子縁組したからといってあまり期待はしないでおこう。

 私は突然話し出した南部辺境伯を反射的に見たが、南部辺境伯は私と目を合わせないままで勝手に話を続けた。

 「エはエリザベートの頭文字、ラはライオネルの頭文字だ。全体的には深い意味は無い」

 「あ、あの、エリザベートさんとライオネルさんはどなたですか?有名な人ですか?」

 「……エリザベートは儂の妻でジュリアーナの母親の名前だ。ライオネルは儂の名だ」

 「……え、……あっ⁉」

 私は驚き過ぎて言葉を失った。

 当然、目の前の南部辺境伯の名前が『ライオネル・サウシュテット』だと知っていた。
 ジュリアーナの母親の名前も『エリザベート』だと貴族名鑑で見て知っていたが咄嗟には思い浮かばなかった。
 
 その人物を知ってはいたがその名前と自分の名前が繋がらなかった。

 別のどこかの有名人か歴史上の人物の名前だと思い込んでいた。


 ジュリアーナが私の名前が『ルリシーナ』から『ルリエラ』に変わったことに深い憤りを抱いていたので、あの後に貴族の名付けについて少し調べてみた。

 貴族では子どもに代々似たような名前を付けることが多いが、それは一族の加護がその子にあることを願って付けているからだ。
 似たような響きの名前は先祖からの加護を受けやすいという迷信が貴族の間にはある。
 
 だから、ジュリアーナは自分と似た響きの部分を変えられたことが不満だったみたいだ。
 それでは自分の先祖からの加護を私に授けることができなくなるから。
 自分の父親が自分の子に先祖からの加護を受けることを認めなかったとも受け止められる。
 
 でも、そうではなかった。
 ジュリアーナの父親は自分の妻と自分の名前から一文字ずつ取りその子の名前に入れていた。
 それは先祖からの加護が受けられなくなる代わりに自分たちの加護を与えようとしたと考えられる。
 奪ったものの代わりをわざわざ渡すなんてとても律儀だ。


 自分の名前と彼らの名前が繋がる事実を徐々に実感してくると胸が温かくなってきた。
 喜びが溢れて胸いっぱいになる。
 自分でも整理できない想いが表情に出てしまう。

 私は必死に嬉し泣きするのを我慢して、恥ずかしそうにそっぽを向いている南部辺境伯へ頭を下げた。

 「素敵な名前をありがとうございました─」

 「……気に入っているなら良かった」

 南部辺境伯は小さな声でぶっきらぼうにそう言ったが、私にはどこか満足そうに聞こえた。





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