私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

76 餞別① 乱入

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 もうあまり時間は残されていないようだ。

 リース男爵家を囲んでいる兵士たちからの無言の圧がジュリアーナに集まっているのが感じられる。言外にこの場の最高責任者の指示を求めている。
 皆こんな不毛なやり取りは早く終わらせて事態をさっさと片づけたいと思っているのが手に取るように分かる。
 私も全く同じ気持ちだ。

 正直に言って、私ももう一刻も早く休みたい心境に達している。

 こんな不毛で無駄な茶番に付き合うくらいなら、強制的に終わらせて帰って寝たい。

 誘拐→暴行→監禁→強姦未遂→脱走→救出→口論で心身共に疲れ果てている。
 これまでずっと精神的な負荷が重くのしかかっていたのが消えた反動から、一気に気が緩んでいるようだ。このままこの場で寝てしまいそうなくらいにまで緩み切っている。
 ジュリアーナが一緒に居ることで完全に安心してしまっている。
 今ここで椅子に座ってしまったら、そのまま寝落ちしない自信が無い。

 でも、私にはジルコニアスとマルグリットの苦しみを無視して、無関係の赤の他人の振りをしてこのままさっさと帰って寝ることができない理由がある。

 私にとってジルコニアスは恩人であり、マルグリットには罪悪感がある。

 私は覚えていないが、リース男爵夫妻が企てていた私の狂言誘拐を知ったジルコニアスがその計画を乳母に漏らしたことで乳母は私を連れてリース男爵家から逃げることができたらしい。

 何も覚えてはいないけど、私を助けてくれたことには感謝はしている。
 私は兄のおかげで今の私がいるからだ。
 勿論、これまで辛いことも苦しいことも憤ることも悔しいことも悲しいことも沢山あった。それでも今の私は胸を張ってはっきりと嘘偽り無く「幸せだ」と言える。
 だから、私はそのきっかけをくれたジルコニアスに感謝している。

 そして、マルグリットには私の身替わりでリース男爵夫妻に引き取られ、私の代わりにリース男爵夫妻からの呪いを受けることになったという一方的な罪悪感を抱いている。

 私の身代わりになったと考えること自体が下手すると本物から偽物への優越感からの的外れな罪悪感だから、私から直接マルグリット本人へ謝罪することはできない。自分の罪悪感を軽くするためだけにマルグリットへ意味のない謝罪などできない。マルグリットが望んでもいない謝罪は相手を侮辱して傷つけるだけでしかない。でも、私はマルグリットに同情する気持ちを止められない。

 私は二人に幸せになってもらいたい。過去の恩を返すために。これ以上罪悪感を抱かないために。
 
 だから私はこのまま2人を見過ごすことはできない。

 それでも、折角降りた舞台に再び上がりたくはないという気持ちもある。
 私にとってリース男爵夫妻と関わることは百害あって一利なしだから、出来ることならリース男爵夫妻とはこれ以上関わり合いになりたくないというのも本音だ。

 私も周囲の兵士たちと同じようにリース男爵家とは無関係の無関心なただの観客でいたい。

 しかし、私はそういう気持ちを押し殺して、一度は退場した舞台に自分から上がる覚悟を決めた。

 これはジルコニアスとマルグリットへのプレゼントだ。
 2人にとってはただの余計なお節介で大きなお世話かもしれない。

 2人がこのままこの国でリース男爵夫妻と関わって生きていくならば私だってこんなプレゼントを贈ろうとは思わない。

 しかし、ジルコニアスは先程「親を捨てて、全てを捨ててカルバーン帝国へ行ってマルグリットと二人で生きる」と言った。
 それならば、未練はきれいさっぱり無くしてあげるのが親切だろう。
 後悔しないように、後悔できないように、親への幻想を打ち砕いてあげよう。
 自分たちが見ていたものは夢幻で、信じていたものは単なる自分の願望で、自分が本物だと思っていたことは自分の錯覚でしかなかったと気付かせてあげよう。

 私は旅立つ二人の後顧の憂いを断つ手助けを少しするだけ。
 彼らの中のリース男爵夫妻への希望と期待を打ち砕くだけ。
 甘い夢から目覚めさせて現実を見せるだけ。

 二度とリース男爵夫妻へ甘えることも、期待することも、信じることも、望むこともせずに済むように。

 「全てを捨てて外国でマルグリットと生きていく」とジルコニアスは言った。それなら私は邪魔な物、重荷になる物、負担になる物、害にしかならない物、不要な物を捨てる手伝いをしてあげる。

 親からかけられた呪いなんてものはその最たる物だ。

 呪いには自分で打ち勝つしかない。
 そのためには自分の中に巣食う親への幻想、期待、希望を壊すしかない。

 そうすることでしか親から受けた呪いの威力を弱めることはできない。
 親から自分を解放することは自分にしかできない。

 私が受けた呪いよりも、二人にかけられた呪いの方がこれまでの時間や関係と比例してより複雑で強くて重くて大きいだろう。
 それだけその呪いから抜け出すのは難しいはずだ。

 私にできるのはほんのちょっとしたきっかけを与えることだけで、完全に呪いを解いてあげることはできない。
 本当にこの微力な手助けが私が2人にできる最大のプレゼントだ。

 私はリース男爵夫妻との血縁関係は公式に社会的に否定されている。
 だから、公にマルグリットとジルコニアスに対して兄妹として接することはできない。
 2人は国外へ行くのだから今後関わることもない。

 これが私が兄妹へ贈れる最初で最後のプレゼントだ。

 これが恩と罪悪感のある相手への贈り物。親元を旅立つ2人への餞別。

 これからは親に縛られず、邪魔されずに、自分たち2人の幸せだけを考えて行動と選択をできるようになってほしい。

 親よりも自分と自分が愛する者と自分を愛してくれる人を優先して大事にしても、そのことに罪悪感を抱かないでほしい。

 親を捨てることに正当性を持てるだけの自己の正当化と自己弁護の根拠をプレゼントしてあげる。

 そうやって私が覚悟を固めている間にいつジュリアーナが強制終了の指示を出してもおかしくない程に場の緊張感は高まっていた。

 私も既に肉体の限界が近い。
 場の状況的にも自分の状態的にももう時間が無い。

 私は軽く深呼吸して舞台に上がるために声をあげる。

 「──ちょっとよろしいでしょうか?私、リース男爵夫妻にお尋ねしたいことがございます」

 私は場違いなほどに明るく楽しそうな声をあげて、笑顔でリース男爵家の舞台に乱入した。
 

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