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いち
満員電車
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家を走って出た慣性で、しばらく走って駅へ向かう。
電車の時間は何分だったかな。余裕みてあったはずだけど。
今日、他に誰が行くのかおれは知らない。誕生日順で日程が組まれているらしいことはみんなの話で分かってたけど、仲良いヤツの中に4月生まれはいないし、少なくとも同じクラスにはいなかった。誕生日まで知ってるような友達はやっぱり少ない。
そういう理由で、今日は誰かと待ち合わせて行くことができない。一人だけで一度も行ったことのない場所へ行かせるのがちと不安な母さんは、ニヤニヤしながら「付いて行ってあげようか?」と言ったけど、ご遠慮申し上げた。さすがにそれは恥ずかしい。
単純な計算で言ったら、うちの学校からも3人か4人は今日行くはずだが、400人もいたら見つけられないかもしれない。だから今日は、完全に初対面の人間の中に置かれる可能性が高い。
まあ、おれは人見知りという訳じゃないから、大丈夫だけど。
普段から部活で走ってるから平気だけど、見たことある人物を見つけて走る足を緩めた。幼稚園で同じクラスだった……あの……うん、名前、全然思い出せない。女子だから、声もかけられないし。地味におかっぱにした彼女は急ぐことなく、ゆっくり歩いていたから、おれも少し安心する。もう走らなくて良さげ。
ようやく地下鉄の入り口に着いて階段を下りる。エスカレーターもあるけど、おれは階段派。小さい頃からなるべく階段を使えって言われてきたから、まあ習慣で。
地下鉄って雰囲気独特だよな。音がいつまでも響いてる感じ、おれ嫌いじゃない。
だんだん歩く人が増えてきて、ホームにはたくさんの人が次の電車を待ってた。これじゃあ誰かいても分からんな。
こういう時って、普通制服を着て行くようなシチュエーションだと思うけど、どういう意図か私服って指定だし。見慣れないから余計に知り合いを探しにくい。
到着を知らせるメロディーが流れて、やっと電車が来た。
車内を見て驚いた。
なにこれ、人、多い!
おれの前に並んでた人たちは何の表情も浮かべず乗り込んでいく。おれも後に続くけど、後ろの人の圧力で真ん中あたりまで押された。
これが満員電車ってやつかあ……
おれ、こんな電車に毎朝乗るなんて無理かも。
と思っていた自分はまだまだ甘かった。それから目的の駅に着くまで乗客は増え続け、おれは押し合いへし合い、つり革にすら掴まれないままぎゅうぎゅうに押され続けた。
身……身動きが出来ない……
創作ダンスしてるみたいなポーズの体勢を必死で立て直す。カバンが帰ってこん……ぐいっと引っ張って取り戻したら、右隣にいた女性にすっごい目で睨まれた。
「え? ……あ……すいません……」
弱気なおれはとりあえず謝る。しかし女性は文句を言いたいけど言えないわ、ふん! って表情でぷいっとあっち向いた。
そんなに失礼だったかな。カバン、引っ張った時引っかかって痛かったのかな? もっと謝った方がいいのかな……
「カバンはいつも脇に挟むか、背負うのがいいよ」
出し抜けに、左隣に立っていた男性が言った。
「世の中には人の持ち物に手を出す人間もいるからね」
「あ、はい、分かりました」
おれは斜めに掛けていた肩掛けカバンを左脇に挟んだ。
「満員電車は初めてかい?」
「はい……」
「満員電車はね、疲れなくていい」
……と、おじさんは言った
まゆがぽってりした垂れ目の眠ってるような顔をしたおじさんが、お地蔵さんみたいに見えてきてちょっと和んだ。
でも、どうして疲れないんだろう。めっちゃ疲れそうだけども。
電車の時間は何分だったかな。余裕みてあったはずだけど。
今日、他に誰が行くのかおれは知らない。誕生日順で日程が組まれているらしいことはみんなの話で分かってたけど、仲良いヤツの中に4月生まれはいないし、少なくとも同じクラスにはいなかった。誕生日まで知ってるような友達はやっぱり少ない。
そういう理由で、今日は誰かと待ち合わせて行くことができない。一人だけで一度も行ったことのない場所へ行かせるのがちと不安な母さんは、ニヤニヤしながら「付いて行ってあげようか?」と言ったけど、ご遠慮申し上げた。さすがにそれは恥ずかしい。
単純な計算で言ったら、うちの学校からも3人か4人は今日行くはずだが、400人もいたら見つけられないかもしれない。だから今日は、完全に初対面の人間の中に置かれる可能性が高い。
まあ、おれは人見知りという訳じゃないから、大丈夫だけど。
普段から部活で走ってるから平気だけど、見たことある人物を見つけて走る足を緩めた。幼稚園で同じクラスだった……あの……うん、名前、全然思い出せない。女子だから、声もかけられないし。地味におかっぱにした彼女は急ぐことなく、ゆっくり歩いていたから、おれも少し安心する。もう走らなくて良さげ。
ようやく地下鉄の入り口に着いて階段を下りる。エスカレーターもあるけど、おれは階段派。小さい頃からなるべく階段を使えって言われてきたから、まあ習慣で。
地下鉄って雰囲気独特だよな。音がいつまでも響いてる感じ、おれ嫌いじゃない。
だんだん歩く人が増えてきて、ホームにはたくさんの人が次の電車を待ってた。これじゃあ誰かいても分からんな。
こういう時って、普通制服を着て行くようなシチュエーションだと思うけど、どういう意図か私服って指定だし。見慣れないから余計に知り合いを探しにくい。
到着を知らせるメロディーが流れて、やっと電車が来た。
車内を見て驚いた。
なにこれ、人、多い!
おれの前に並んでた人たちは何の表情も浮かべず乗り込んでいく。おれも後に続くけど、後ろの人の圧力で真ん中あたりまで押された。
これが満員電車ってやつかあ……
おれ、こんな電車に毎朝乗るなんて無理かも。
と思っていた自分はまだまだ甘かった。それから目的の駅に着くまで乗客は増え続け、おれは押し合いへし合い、つり革にすら掴まれないままぎゅうぎゅうに押され続けた。
身……身動きが出来ない……
創作ダンスしてるみたいなポーズの体勢を必死で立て直す。カバンが帰ってこん……ぐいっと引っ張って取り戻したら、右隣にいた女性にすっごい目で睨まれた。
「え? ……あ……すいません……」
弱気なおれはとりあえず謝る。しかし女性は文句を言いたいけど言えないわ、ふん! って表情でぷいっとあっち向いた。
そんなに失礼だったかな。カバン、引っ張った時引っかかって痛かったのかな? もっと謝った方がいいのかな……
「カバンはいつも脇に挟むか、背負うのがいいよ」
出し抜けに、左隣に立っていた男性が言った。
「世の中には人の持ち物に手を出す人間もいるからね」
「あ、はい、分かりました」
おれは斜めに掛けていた肩掛けカバンを左脇に挟んだ。
「満員電車は初めてかい?」
「はい……」
「満員電車はね、疲れなくていい」
……と、おじさんは言った
まゆがぽってりした垂れ目の眠ってるような顔をしたおじさんが、お地蔵さんみたいに見えてきてちょっと和んだ。
でも、どうして疲れないんだろう。めっちゃ疲れそうだけども。
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