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いち

うさ衛門先生

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 会議室の中は静まり返った中に、騒がしいのが二人。一人は先ほどのハジメくんで、もう一人はちょっとしまらない顔の男子。

「おはよう、ルイちゃん? どこ中? 終わったらどっか行かない?」
「行きません」
「つれな~い、ちょっとは考えてよ~ぅ。そんなコワイ顔してたらカワイイのに台無しだよん」
「ちょっと触らないで!」
「い~じゃんケチ~。あ、こっちの娘もか~わいい、おはよ~、まことちゃ~ん」
「マコだから。ウザいあっち行って」
「え~お話しようよ~」
「超ウザい! キモッ!」

 次々と女子にちょっかいを出してはキレられている。
 全員がたぶん初対面。この二人はある意味スゴイと言わざるを得ない。

 机の上には小冊子。表紙には、ロゴマークがシンプルに印刷されている。そしてネームプレート、小さなビニールケース、腕時計のようなもの。何だろう? シリコン製だろうか、くにゃくにゃと曲がるそれは、ちょうどアップルウォッチみたいな四角い部分がついている。

 時計……じゃないよな、やっぱり。

 ビニールケースには名前が書いてあり、何かプラスティック製のものが入っている。
 周りの机にも、同じものが一つずつ置いてある。だいたいの人が到着しているようだが、いくつかの机はまだ見ぬ主を待っている。部屋の中ほどに一人。そして、このおれの隣の席に一人。

 中学生にとって、一人で電車に乗って都心へ出て、見たこともない市役所へ到達するのは、割と難しい部類の任務なのではないだろうか。いやそうじゃないっていう中学生も多いかもしれないが、少なくともおれには難易度が高いし、実際母さんには心配されまくった。
 曰く、「誰か一緒に行ける子はいないの?」、また曰く「付いてってあげなくていいの?」……などなど。

 いくらおれでも、ルートぐぐって時刻表調べて、早め早めに家出たら間に合うさ。
 そう考えて出てきた訳だけど、これだけたくさんの中学生がいれば、中には遅刻するヤツだっているだろう。おれの隣に来る人がどんな奴なのかは気になるけど、そろそろ時間だ。

 学校のチャイムとは違うシンプルなメロディが流れた。

「定刻になった。席につけ」

 大きなスクリーンの影に隠れたパイプ椅子に座っていた女性が立ち上がり、先生みたいに言った。全然気付かなかった。どよめきが起きる。ぱっつん前髪、黒縁眼鏡、一つにまとめた髪、白衣。理系か。

「今から始めるが、君たちの先生は──」

 ガラッ!
 ズザー!

 急に扉が開いて、女子が滑り込んできた。

「あっ!遅れましたすみません!」

 飛び起きてペコペコ全方位にお辞儀をする。なんだか既にぼろぼろなんだが、何があったのか。

「早く席に着きたまえ」

 この人、こんなアクシデントにも表情動かない。クールだな。
 残念ながらその女子はおれの隣の人ではなかった。気になって隣のネームプレートを見ると、「花野咲良」と書いてある。
 芸名みたい。花野咲良って女優と同姓同名じゃん。

「さて、君たちの先生はこのうさ衛門先生だから、質問はうさ衛門先生にするように」

 するとスクリーンのうさぎ改めうさ衛門先生が間延びした声で言った。

「はい、この会議室初めて来た人こっち見て~」

 全員じゃん。
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