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AIは学びでできている

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「ちょっと対応が冷たくないか」

 通話を終えると上司がそう言って、コーヒーカップを置いた。

「冷たいですか?」
「冷えっ冷え」
「そういう、人間の機微がよく分かりません」
「人間じゃないみたいに言うな」

 ある意味人間じゃないかもしれない、とは口に出せはしない。

「相手は傷つき易い子どもだ。もう少し言葉を選びなさい」
「……」

 できないことにイエスとは言えない。真下は黙って上司を見返した。

「ウグイス、もう少しちゃんと教育してくれ」

 彼が声をかけたのは、真下が身につけているケアウグイスにだ。

『わたし、教育係だったんですか?』
「知らなかったのか?」
『聞かなかったことにします』
「いや、聞いてよ」

 この上司は若い割に甘えるのが得意だ。

『真下さんの教育は、榎戸さんに一任されてるじゃないですか』
「押し付けられたって言ってよ」
『大丈夫ですよ、榎戸さんはちゃんとやってます』
「慰めは要らない……」

 先ほどから散々な言われようだったが、真下には響かない。仲良く喋っている、程度の認識だ。

「次は何と言えばいいか翻訳して下さい」

 自分では思いつかないらしい。

「俺が? いちいち?」

 白皙の額にシワを寄せて両手を広げる、リアクションがいちいちアメリカナイズされて鼻につく。

「一千万、文例が集まったら判断できるようになるかもしれません」
「お前はうさ衛門先生か」

 うさ衛門先生の開発には、コイツもがっつり加わっていたのにな。

「可能性の問題です。できるとは言ってません」
「AIにも劣るな。ウグイス、頼めるか?」
『できますよ。でも発言にタイムラグが出てしまいます』

 榎戸は笑った。

「飯食い終わるまで無言よりいいんじゃないか」
「当然の休憩時間を行使しただけですが。そもそもこんなに遅くなったのは一体誰のせ……」
「ハイハイわかったごめんなさい。まあいいや。彼もお前も学んでいくしかないんだ、若人よ」

 自分もまだ若者と言えなくもない年齢だが、年寄りぶるのは榎戸の癖だ。

「同意します。すべて学びです」
「うん、誰しもそうだ。間野辺で起きたケースについて意見は?」

 榎戸は話題を変えた。
 栃木県間野辺で女子が女子にストーキングした。予め想定していた通り誘導し早々に見失ったが、次回のペア変更が人口過少で難航している。

「何故変更するのですか? 必要ありません」
「変えないとまたストーキングするだろう。対処療法ではリスク増大、当然だと思うが?」
「相手は気付いていない。それに変えたところで新しい相手にするかもしれない。その場合また変更するのですか?」
「それは確かに。カテゴリは合ってるはずだしな。ウグイス、変更はないな?」
『ありません』

 カテゴリとは、セクシャルカテゴリのことだ。

「この件は想定241の近似です。マニュアルに従って同処理が良いでしょう」
「うん……さて、そろそろ一時間だ。戻るか」

 立ち上がる榎戸に、視線だけ動かして真下は言った。

「仕事の話をしていた時間21分の延長を求めます」

 榎戸は言った。

「却下」
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