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なつ

スッキリ

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 吸って、吐いた。

 やるしかない。
 師範はそれを望み、おれもそうする。

 音が消えた。
 端然と構える師範。

 吸う────そのまなじりが強く見えた。

「めええええぇぇんん!」

 受け流された、構える、合わせる剣先数度、「ってえぇぇええ! どおおおおぉぉ!」きれいにかわされた、構える。

 師範の構えは変わらない。
 隙はない。崩すしかない。上下左右前後上手く使って。

「えいあああああ!」

 ハァハァ……

「どおおおお!」
「それまで」

 ハァハァ……

 蹲踞、礼、「ありがとうございました!」

「ここへ」
「はい」

 中央に正対して座る。
 息はまだ整わない。

「良い打ち込みであった」

 誉めてもらえるとは思わなかった。
 師範は続けた。

「崩しとは捌き切れないことではない。相手の意識、力点を揺さぶることである」
「────はい!」

 手数を出すことばかり考えていた。今まではそれで相手は崩れたから。
 師範は息も乱れてない。やはり強い。本当に強い。おれが全然弱いのかもしれないけど。

「身体はちゃんと動いておる。問題なく闘えるであろう」
「はい!」
「もう一度」
「はい!」

 下がって仕切り直し、揺さぶることを考えながら、思い切り打ち込んだ。

 稽古していた時間はいつもと変わらないくらいだったけど、礼をするころにはもの凄く汗をかいていたのは、防具のせいばかりじゃないだろう。

 帰り支度をして外へ出た途端、爽やかな風が吹いて、おれの汗を一瞬乾かしていった。涼しい。

 よく練習できた。
 充実感が身体を満たしてる。

 居合と違うのは、やはり相手がいるからだと思う。動く相手がいる、そこが決定的に違うんだ。

 剣道と居合は、もうまったく違うものだとしか言いようがない。
 もし二つが同じになるとしたら、真剣で斬り合う時だけだ。そしてそれはあり得ない。
 どちらが楽しいかって言ったら、おれはやっぱり相手がいる方だって、今日思った。

 汗でぐっしょりだったからシャワーのひとつも浴びたかったけど、帰ったらまだハノさんがいなかったので我慢した。

 2階にそっと上がって荷物を下ろし、水で絞ったタオルで身体を拭く。
 何度かゆすいで全身を綺麗にしたら、めっちゃスッキリして、すっぽんぽんで寝転がった。

 あー気持ちいい。
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