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ヒーロー

キーン

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 真下がそれに気が付いたのは、もう柳ヶ瀬会長がマイクを握ったところだった。
 蜷川がそれを渡して大股に歩いている。

「そうか」

 その可能性に思い当たった瞬間、大太鼓が打たれた。

 ドオオオオン!

 蜷川だ。
 一瞬で静まり返った場内に、マイクの声が響き渡る。

「まともな倫理観も持ち合せておらんような人間は記者など止めてしまえ!」

 キーン

 余韻があとを引いて、人々は固まった。
 試合を終えて席に戻ろうとした滝夜少年に群がろうとした記者団は、各々の抱えていた機材を足元に下ろした。

「研修に参加している中学生として」は取材できない。
 でも、「大会で優勝した選手として」なら、問題なく取材できる。
 その可能性にいち早く気付いた記者が、会場から自分の席まで移動しようとしている滝夜少年に向けて走り出し、それを見た記者も続く。
 蜷川は離れた場所にいる笹ヶ瀬会長を探し出して、正面まで連れてきてマイクを渡したんだ。

 完全に助けられた。

 真下は複雑な心境で身もだえした。


 笹ヶ瀬会長の声が続く。

「ええ~、一部の人間による混乱を招いたことを心からお詫び申し上げます。
 本日は剣道をする中学生が心待ちにしていた大切な試合の日です。
 この日に向けてみんな真面目に練習を重ねて来たと思います。
 このような目に余る取材と称した迷惑行為が、堂々と行われたことは誠に遺憾でございます。
 全国から剣道をしたくて集まってくれた人たちへの冒涜です。
 この後表彰式がございますが、ぜひ静粛にご覧下さいますよう、心からお願い申し上げます」


 真下が思っていたことを全て代弁してくれた会長は、マイクを切ると蜷川に渡し、表彰式の準備を指示した。
 鮮やかだった。

『マスター、蜷川さんが表彰式後の取材について説明しています』
「なに?!」
『この場に席を設けるので……終了してもここでお待ち下さい……とおっしゃっています』

 どこからか音声を拾ったか、くちびるを読んだか。
 いや、それはどうでもいい。
 何を考えている……ああ、そうか。

「そのままでいい。参加者を安全に帰すことに注力しろ」
『わかりました』

 つまりエサだ。
 一見正当に見える取材を、完全に禁止することには不満も出る。
 取材させると確約しておけば、足止めできるという腹だろう。頭いい。
 参加者さえ帰してしまえば、こちらの勝ちだ。

 ふう。

 真下はようやく肩の力を抜いた。
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