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第10話
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あの方が出てくるまでに着替えてしまわなければ、と思い階段を登っていくと、この敷地の中に大勢の人間が入ってくる気配を感じた。
なんて間の悪いことでしょう。久しぶりの再会だというのに、邪魔者がやってくるなんて。
私は階段の1番上まで上がり、玄関口からガヤガヤと入ってくる民衆たちを見下ろした。
「私の屋敷にどのようなご用向きかしら。夕食時に来るなんて迷惑でしかないわ。」
「黙れ。東洋の魔女。お前が家族を殺したんだろ。」
微量の恐怖と多大な怒りが入り交じった怒号が響く。だけど、決して先んじて前に出ようとするものはおらず、私を中心に円を描くように取り囲んでいる姿を見て私は失笑を禁じ得なかった。
安全なところからしか強がれない愚かな生き物たち。一人にならなければ自分だけは平気だとどうして思えるのかしら。
私は百はいるであろう群衆に向かい、もっとも厳めしい顔つきで厳かな声音で言った。
「私が何をしたと言うの。私はただここにいて、運命の時を待つのみ。お前たちに手を下した覚えなどない。」
ホールいっぱいに音が反響し、気の弱い者には雷が落ちたような衝撃を感じたことだろう。私を悪者にするなら、目一杯悪者を演じてやろうと決めた。
「嘘を吐け。お前はここに来た奴らを何人も殺してるじゃないか。」
別の男が叫ぶと同意の声がそこここで上がった。
「何人も?何百人の間違いじゃないかしら?これでも悠久の時を生きる魔女。ここを訪れた者は少なくないわ。」
指を鳴らすとホールの明かりが一瞬明滅する。何が起きるのかと男たちが身構えるのが分かる。
「私から手を出したことがあったかしら?いつもお前たちが私の聖域を踏みにじる。私はお前たちが望んだように振る舞っているだけ。ただそれだけだよ。」
「ならなぜ街で人が殺されるんだ。あんな殺し方、お前以外にできるわけがない。」
そうだ、そうだと賛同の声が上がる。
「引き下がるなら見逃すかもしれないわよ。」
最後通告のつもりだったが、一度訪れてしまった以上、引き下がれないのだろう。誰も屋敷の外に出ようとはしなかった。
「では、私がお相手する前にこの子たちと遊んでくださらないかしら?」
両手を打ち鳴らすと壁紙から私のかわいい獣たちが現れる。そして民衆に向かって突撃したかと思うと男たちが手に持った武器に噛み付いたり隙あらば臓物を抉り出そうと襲いかかった。
だが、無策で乗り込んできたわけではないらしい。外から弓矢を持った兵士が押し入り、私や獣たちに向かって矢が放たれた。いくつかは獣に刺さり、動きを鈍らせた。
私に飛んできた矢は素早く生じさせた風の壁によって全て弾いた。
「私の決めた段取りを無下にすることは許さない。その者どもを倒した暁にはお前たちの矢の数本、受けてやろう。」
私が話す間、連続で矢が放たれたが、ことごとく見えない壁に弾かれたのを見るや、方針転換を決めたのか、獣たちに標準を合わせるようになった。
私はズルをしない。フェアに争わせてこそ面白く、美しいと考えているから。
人間、獣双方の数が減るにつれ、私は1歩ずつ階段を降りていった。少し近づくたびに高ぶった男どもが私に刃を向けて走ってきたが、同じように風が絡め取ってどこかへと刃を弾き飛ばしていった。
やがて、獣たちが全て倒された時には七人の男が立っていた。全員息も絶え絶えだったが、まだ戦意を失ってはいなかった。
よく見ると最初に私に啖呵を切った男も残っていた。この男がリーダー格のようだった。リーダー格の男は言った。
「家族はどこだ。」
「知らないと言ってるでしょう。」
「なぜ殺した。」
「ここに来た人しか手は出してないわ。」
無言のにらみ合いが続く。と、戦闘の間もキョロキョロと落ち着きのなかった別の男が言った。
「この黒い球はなんでしょう?」
「触らないで。」
私がピシャリと言った。
「ここで何かをしようとしてるのは確からしいな。」
「何もしてはいないわよ。少なくともあなたたちにはね。」
「調べろ。」
と言うのと私が「触れるな!」と叫ぶのはほぼ同時だった。
私が叫ぶと球体の回りに雷が落ちた。落ち着きのない男は驚いて一歩飛び退いた。
と、さらに別の男が間髪を入れず手に持ったナイフを愛しい人がいる球体に投げた。私の反応が遅れて対応できない。
あの球体に複数の物体が入ったとき、どのような作用を及ぼすのか分からない。無に吸い込まれていくナイフをどうにか引き戻す方法を考えたが、思い付くのが遅すぎた。
数秒の間、しばらく待っても何も起きない。と、氷が割れるような音が大音量で鳴り響き、館全体が崩れそうなほどの地震が起きる。
にょきりと球体から腕が飛び出た。その手には先ほど投げられたナイフが握られていた。
「愛しい人!」
そう呼び掛けると彼の声が返事をする。
「愛しい魔女。これも何かの試練なのですか?」
「いいえ。決してそのようなものではありませんわ。」
「では、貴女が襲われているのですね。」
あり得ない。自力であの空間を抜け出るなんて。驚きのあまり私が呆けているとバラけていた男たちの一人が私に向かって切りかかった。
「危ない!」
そう言うと目にも止まらぬ早さで私を抱き寄せた彼は背中でその刃を受けた。
「あぁ。あぁ。なぜこのようなことを。」
「貴女に傷を負わせることなどできません。」
彼はすくっと立ち上がり、床に落ちていた剣を手に取った。
「我が愛しい人に切りかかった罪、死を持って償え。」
そして彼は私の前で舞いを踊るように男たちを切り伏せていった。なんて美しい生命の揺らめき。彼が回転するごとに人が倒れていくようだった。
ふと、遠い記憶の中で唯一私を守ろうとした大きな背中を思い出した。あの時、私ですら永遠に生きることを知らなかった頃、私を守ろうなどと考えた愚かな両親は死んでしまった。
あの時の背中と今目の前で戦う男の背中を重ねた。この背中なら私とどんなときでも生きていてくれると確信した。確信したとき、私はもう試練などなくとも彼を愛せるのだと思った。
あっという間に全員を切り殺してしまった愛しい人が私のそばに来て言った。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。」
差し出された手を取り、立ち上がった。そして彼に言った。
「愛しい人。なぜ貴方は死ぬことのない私のために傷を負ったのですか。」
「死ぬことはなくとも傷は痛いもの。貴女に一瞬でもそれを体験しては欲しくないのです。」
「なんてお優しいお方。」
私はそのまま彼の肩を借りて泣きじゃくった。小さな小さな子供のように。
なんて間の悪いことでしょう。久しぶりの再会だというのに、邪魔者がやってくるなんて。
私は階段の1番上まで上がり、玄関口からガヤガヤと入ってくる民衆たちを見下ろした。
「私の屋敷にどのようなご用向きかしら。夕食時に来るなんて迷惑でしかないわ。」
「黙れ。東洋の魔女。お前が家族を殺したんだろ。」
微量の恐怖と多大な怒りが入り交じった怒号が響く。だけど、決して先んじて前に出ようとするものはおらず、私を中心に円を描くように取り囲んでいる姿を見て私は失笑を禁じ得なかった。
安全なところからしか強がれない愚かな生き物たち。一人にならなければ自分だけは平気だとどうして思えるのかしら。
私は百はいるであろう群衆に向かい、もっとも厳めしい顔つきで厳かな声音で言った。
「私が何をしたと言うの。私はただここにいて、運命の時を待つのみ。お前たちに手を下した覚えなどない。」
ホールいっぱいに音が反響し、気の弱い者には雷が落ちたような衝撃を感じたことだろう。私を悪者にするなら、目一杯悪者を演じてやろうと決めた。
「嘘を吐け。お前はここに来た奴らを何人も殺してるじゃないか。」
別の男が叫ぶと同意の声がそこここで上がった。
「何人も?何百人の間違いじゃないかしら?これでも悠久の時を生きる魔女。ここを訪れた者は少なくないわ。」
指を鳴らすとホールの明かりが一瞬明滅する。何が起きるのかと男たちが身構えるのが分かる。
「私から手を出したことがあったかしら?いつもお前たちが私の聖域を踏みにじる。私はお前たちが望んだように振る舞っているだけ。ただそれだけだよ。」
「ならなぜ街で人が殺されるんだ。あんな殺し方、お前以外にできるわけがない。」
そうだ、そうだと賛同の声が上がる。
「引き下がるなら見逃すかもしれないわよ。」
最後通告のつもりだったが、一度訪れてしまった以上、引き下がれないのだろう。誰も屋敷の外に出ようとはしなかった。
「では、私がお相手する前にこの子たちと遊んでくださらないかしら?」
両手を打ち鳴らすと壁紙から私のかわいい獣たちが現れる。そして民衆に向かって突撃したかと思うと男たちが手に持った武器に噛み付いたり隙あらば臓物を抉り出そうと襲いかかった。
だが、無策で乗り込んできたわけではないらしい。外から弓矢を持った兵士が押し入り、私や獣たちに向かって矢が放たれた。いくつかは獣に刺さり、動きを鈍らせた。
私に飛んできた矢は素早く生じさせた風の壁によって全て弾いた。
「私の決めた段取りを無下にすることは許さない。その者どもを倒した暁にはお前たちの矢の数本、受けてやろう。」
私が話す間、連続で矢が放たれたが、ことごとく見えない壁に弾かれたのを見るや、方針転換を決めたのか、獣たちに標準を合わせるようになった。
私はズルをしない。フェアに争わせてこそ面白く、美しいと考えているから。
人間、獣双方の数が減るにつれ、私は1歩ずつ階段を降りていった。少し近づくたびに高ぶった男どもが私に刃を向けて走ってきたが、同じように風が絡め取ってどこかへと刃を弾き飛ばしていった。
やがて、獣たちが全て倒された時には七人の男が立っていた。全員息も絶え絶えだったが、まだ戦意を失ってはいなかった。
よく見ると最初に私に啖呵を切った男も残っていた。この男がリーダー格のようだった。リーダー格の男は言った。
「家族はどこだ。」
「知らないと言ってるでしょう。」
「なぜ殺した。」
「ここに来た人しか手は出してないわ。」
無言のにらみ合いが続く。と、戦闘の間もキョロキョロと落ち着きのなかった別の男が言った。
「この黒い球はなんでしょう?」
「触らないで。」
私がピシャリと言った。
「ここで何かをしようとしてるのは確からしいな。」
「何もしてはいないわよ。少なくともあなたたちにはね。」
「調べろ。」
と言うのと私が「触れるな!」と叫ぶのはほぼ同時だった。
私が叫ぶと球体の回りに雷が落ちた。落ち着きのない男は驚いて一歩飛び退いた。
と、さらに別の男が間髪を入れず手に持ったナイフを愛しい人がいる球体に投げた。私の反応が遅れて対応できない。
あの球体に複数の物体が入ったとき、どのような作用を及ぼすのか分からない。無に吸い込まれていくナイフをどうにか引き戻す方法を考えたが、思い付くのが遅すぎた。
数秒の間、しばらく待っても何も起きない。と、氷が割れるような音が大音量で鳴り響き、館全体が崩れそうなほどの地震が起きる。
にょきりと球体から腕が飛び出た。その手には先ほど投げられたナイフが握られていた。
「愛しい人!」
そう呼び掛けると彼の声が返事をする。
「愛しい魔女。これも何かの試練なのですか?」
「いいえ。決してそのようなものではありませんわ。」
「では、貴女が襲われているのですね。」
あり得ない。自力であの空間を抜け出るなんて。驚きのあまり私が呆けているとバラけていた男たちの一人が私に向かって切りかかった。
「危ない!」
そう言うと目にも止まらぬ早さで私を抱き寄せた彼は背中でその刃を受けた。
「あぁ。あぁ。なぜこのようなことを。」
「貴女に傷を負わせることなどできません。」
彼はすくっと立ち上がり、床に落ちていた剣を手に取った。
「我が愛しい人に切りかかった罪、死を持って償え。」
そして彼は私の前で舞いを踊るように男たちを切り伏せていった。なんて美しい生命の揺らめき。彼が回転するごとに人が倒れていくようだった。
ふと、遠い記憶の中で唯一私を守ろうとした大きな背中を思い出した。あの時、私ですら永遠に生きることを知らなかった頃、私を守ろうなどと考えた愚かな両親は死んでしまった。
あの時の背中と今目の前で戦う男の背中を重ねた。この背中なら私とどんなときでも生きていてくれると確信した。確信したとき、私はもう試練などなくとも彼を愛せるのだと思った。
あっという間に全員を切り殺してしまった愛しい人が私のそばに来て言った。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。」
差し出された手を取り、立ち上がった。そして彼に言った。
「愛しい人。なぜ貴方は死ぬことのない私のために傷を負ったのですか。」
「死ぬことはなくとも傷は痛いもの。貴女に一瞬でもそれを体験しては欲しくないのです。」
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