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Digressio翠のイコン
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※本作には、暴力や性的加害、身体への損傷、妊娠に関わる重い描写が含まれます。
心身に負担を感じやすい方はご無理なさらぬようお願いいたします。
生まれた村は貧乏だった。
ある日、男が数人の少女を引き連れてやってきた。
煌びやかな錦絵や光画を並べられて、知らない世界の話を捲し立てる。
愉快そうに話す男の側で、少女たちは肩を寄せあって俯いている。
男は周旋屋だった。
キレイなべべも、学校も気になるけれど、
白い米の飯を毎日食べられると言うのがなんとも魅力的に見えた。
腹一杯、飯を食いたいから行くと言ったら、お父とお母は困った顔をした。
でも男から袋を貰ったら、口が笑った。
困った目をして笑ってる。
それが、
お父とお母を見た最後の顔。
それからその男と、もう一つ村に行って、少しお姉さんが加わった。
乳がおっきいお姉さんだった。
次の日の朝、お姉さんはひどく暴れだして、朝飯の茶碗を投げた。
ごりって、音がして
ちくんとする、目。
ぬるんと落ちる、赤い汁。
血だ。
お姉さん以外も騒がしくなったけど、
着物で拭って、飯を食う。
ぐらんっと、頭が揺れて、
すーっと、暗くなって、
朝飯に突っ伏した。
冷えた味噌汁が顔にかかった。
勿体ないと思った。
目を覚ますと、背中だった。
乳の大きなお姉さんの背中。
見えにくい、と思ったら頭に晒が巻かれてた。
「どこ?」て聞いたら
「目を覚ました!」てお姉さんが言って、
背中から下ろされた。
宿はもう引き払って、目的地に向かっている。
お姉さんが、男の腕を掴んで連れてきた。
「ったくよ……怪我なんてしてんじゃねえよ。価値無くなるだろ。あと二日、しっかり歩けよ」
そういって、男は歩き始めた。
お姉さんは、男にしなだれかかってて、
他の子達は俯いてその後をついていく。
私も、後を追った。
その日の宿に着いた。
井戸で顔と晒を洗った。
桶が真っ黒になった。
つうーっと、生暖かい汁が顔を流れる。
水で洗って、晒を固く絞って、頭に巻いた。
お姉さんは男と同じ部屋だった。
足と、頭とどっちが痛いのかわからなくなっていた。
次の日も歩いた。
黙々と歩いた。
お姉さんは昨日より楽しそうだ。
他の子達は相変わらず、ぼーっとしてる。
私は、歩いた。
大きな川があって、
大きな橋を渡って、
大きな煙突が見えて、
赤い大きな囲いの中に入った。
私とお姉さんは、別の部屋で待たされた。
お姉さんは嬉しそうだ。
男が戻ってきて、お姉さんはしがみつく。
「次はおまえだ」
と、私に言った。
大きな庭の、
大きな家に連れてこられた。
笹の葉みたいだけど、厚い葉っぱの木があった。葉っぱの無い枝の先に、虫が干からびてる。
お姉さんは、男の腕にしがみついてる。
家に入ると、男はお姉さんを引き剥がして「逃げんじゃねえぞ」と、言ってた。
お姉さんは大きく頷いてた。
それが、お姉さんを見た最後だった。
おじさんの案内で、扉の前に来た。
とんとん、と扉を叩いて、おじさんだけが中に入って行った。
男が、着物の襟を正していた。
「どうぞ」と、扉が開きおじさんが私と男を中に入れた。
大きな窓があった。
そこに青竹みたいな色のべべを着た女がいた。
男が、ここまでで聞いたことも無い言葉で話している。
女が、私を見て「それ、取って」と晒を指差した。
男が、言われた通りに取ってぺりっと小さく音がした。
「……作ったの?」と、女が言った。
「まさか!事故ですよ。宿屋で喧嘩しましてね」
「乱暴者はお呼びでないのだけど?」
「いえ、いや。この子は……そ、そう!被害にあっただけで!とばっちりを食らっただけでさぁ」
「まあ、いいわ。置いていきなさい。これで良いかしら」
と、おじさんが男に金を渡していた。
紙のお金。
「迷惑かけんじゃねぇぞ、じゃあな」
と、男は、そそくさと出ていった。
それが、その男を見た最後だった。
「後は、良いようにやって頂戴」
女はそっぽを向いて、おじさんと部屋を出た。
「貴女には、坊っちゃんの世話をしてもらいます。ねえやということですね」
家を歩きながらおじさんが言った。
「くれぐれも、情を移さぬように」
そう言われて通された部屋には、木枠に入った赤ん坊が寝ていた。
きれいな布団に、きれいなべべを着た赤ん坊。
「この子のお母はいないの?」と、聞いたら
「奥様の手を煩わせないように」と言われた。
「奥様って、さっきの女の人?」と、言うと同時に頬が熱くなった。
叩かれた。
「奥様、です」
「わかりました」
「……貴女は、ここで寝なさい。布団部屋に行きます」
板で仕切られた一枚分の畳。
「聞いてもいい……ですか」
「なんです」
「私は、子守りです……か?」
「そうです。不満ですか?」
「いいえ。わかりました」
それから、布団部屋から布団を運んで、坊っちゃんのお乳の山羊のところに行った。
乳の代わり。
奥様は、乳の出が悪いのだろうか。
聞くと叩かれそうなので、やめた。
搾って、晒で濾して、暖めて、冷やして、水を足して、ほにうびんに入れた。
先がむにむにして、乳と似てるけど、似てるだけだと思った。
「山羊の世話も貴女の仕事です」
と言われた。
山羊……牛と同じで良いんだろうか?
聞いても教えてもらえない気がしたので、黙った。
毎日が淡々と過ぎた。
山羊の世話をして、乳を搾り、
坊っちゃんの世話をして、おしめを替えて、洗濯して、の繰り返し。
村にいるときより楽だった。
飯は1日二回で、宿屋の飯みたいだった。
冷たい飯。
冷たい味噌汁。
沢庵と、魚。
粟や稗でないからいいか。
坊っちゃんが三つになると、私は庭の土蔵で寝るようになった。
使われてなかった土蔵は、何もない。
使いなれた布団だけ持って、そこに入る。二枚だけ敷かれた畳。
私の部屋。
もうじき、坊っちゃんが学校に通うようになる。
お役目御免なんだろうか。
行くところ、ない。
山羊は元気だ。
庭の草を食うので、肉にはされなかった。
庭師さんが食べていいところを教えてくれた。
庭師さんが嫁に来ないか、って言った。
いつも一所懸命だから、って。
顔に傷があるのにって言ったら、構わないって。
けど、奥様が二人目を身籠った。
そしたら庭師さんが、今度は乳母になればいい、って言ってくれた。
いい人だなって思った。
屋敷の終い湯を使わせて貰った夜だった。
掃除して土蔵に戻る途中に、ご主人様に会った。
奥様のご主人様。
あんまり会ったことない。
じろりと見られたけど、頭を下げて通りすぎた。
土蔵に戻って、床に入っていると、
暗闇で扉が開いた。
月明かりの白い光が入って、
カンテラの赤い灯りが入ってきた。
誰かいる。
ご主人様。
扉が閉まる。
とろんとした目で近づいてくる。
お酒の匂い。
布団から出て、正座する。
「何のご用件でしょう」
答えない。
ゆらーりと近付いてくる。
逃げなきゃ、と思うけど、
逃げたら叩かれるのかな。
それは嫌だな。
ご主人様はカンテラを置いた。
「ふうん、逃げないのか」
ご主人様が臭い息を吐く。
「ふうん、こう暗いと醜女も気にならんな。夜鷹と思えば、安全か」
そう言うと、ご主人様の手が私の乳を掴んだ。
「庭師と乳繰り合ってるのだろう」
ご主人様は、袷を開いた。
「乳はきれいなもんだな。
庭師にはまだ触らせてないのか」
声は出ない。
首だけ振る。
「生娘か。厄介だな。まあいい。肉壺に落す楽しみがある」
下卑た言葉に、ぞわっとする。
蒲団に押し倒された。
私の乳にかぶりつく。
気持ち悪い。
べちゃべちゃと、舐める音が土蔵に響く。
無意識に、ご主人様の体を押しやろうとするけど、酔漢の体は岩のようでびくりともしない。
「鬱陶しいな」
そう言うとご主人様は私の浴衣の帯をほどいて、手首を縛った。
「ついでだ」
浴衣の裾を顔に被せた。
自分の体温で生暖かい浴衣で、視界が閉ざされる。
ぼんやりと、カンテラの火だけが見える。
「これで体だけ楽しめる」
「……痛っ!」
乳首に鋭い痛みが走る。
「うるさい、黙れ」
きつく掴まれる乳。
「……あっ、ぐっ」
声をたてちゃいけない。
「やればできるじゃないか」
蛞蝓の這うようなぬるみが、腹を這い股へと進む。
股間を這い回る、蛞蝓。
「……ぐっ」
腰に走る、痺れ。
「勝手に達するな。酒のせいか勃たん。咥えろ」
何を?と思う間もなく口の中に生臭い物が捩じ込まれる。
えづくけれど、息も出来ない。
顎にぺちぺちと何かが当たっている。
「気持ちいいものでもないな。歯は立てるな。口をしぼめろ」
ごつごつと動かされるそれ。
口一杯に入ってるのにしぼめるなんて出来やしない。
ぐっと、喉まで入ってくるそれ。
「ああ、いいぞ。勃った……」
それを漸く抜かれて、息が出来る
襲ってくる吐き気。
その瞬間。
「……あっー!」
体を引き裂く痛み。
「喧しい」
被せられる布団。
喉まで上がった酸っぱい吐き気は、留まることなく口から吐きでた。
股の間に楔を打ち込まれて揺さぶられる体は、なす術なく自分の吐いたものを顔に塗りこんでいく。
気持ち悪い。
痛い。
気持ち悪い。
痛い。
気持ち悪い。
尻を畳に投げるように落とされ、股からそれが抜けた。
「汚えな」
そう言って、ご主人様はカンテラを持って出ていった。
「お風呂に入れた日だったのに、汚れちゃった」
口に出してみる。
饐えた匂いの蒲団から顔を出し、真っ暗な土蔵で、また、吐いた。
一頻り吐いた後、口で手首に巻かれた帯を外す。
泣いてるのは、吐いたからだ。
私が泣いたわけじゃない。
そう言い聞かせて、蒲団を持って井戸に向かった。
厚い笹の葉みたいな木に、花が咲いてる。
お月さまも、まん丸。
鈴虫も鳴いて。
さて、何から洗おう。
どうやったって、今夜はもうこの蒲団は使えない。
気持ち悪いところばかりだ。
顔、かな?
髪と。
股の間からも汁が出てる。
まずはこれか。
触ったこともない、自分の体。
掻き出しても掻き出しても出てくる汁。
漸く、それが子種であることに気づいた。
なんてことだ。
私は、犯されたのだ。
顔を塞がれて、体だけ犯された。
目からぽたぽたと涙が出た。
ああ、私は、
犯されたのだ。
泣きたくなんか無いのに、
あとからあとから涙が涌き出る。
井戸水で何度も洗った体は、すっかり冷えきっていた。
夏の夜明けは早くて、空が明るい。
蒲団を洗おう。
蒲団に手を伸ばすと、そこに庭師さんがいた。
真っ青な顔して、何か言ってる。
その言葉は、ちっとも私の耳に入らなくて。
自分が、怒りたいのか、
泣きたいのかもわからなくて、
もしかしたら謝るのがいいのかな?
と思ったけど何か違う気がした。
庭師さんは、泣きながら、何か怒鳴って去っていった。
それが、庭師さんを見た最後だった。
夜までに乾くといいなと、思いながら蒲団を干した。
それから身支度を整えて、坊っちゃんの部屋に向かう。
土蔵の中は、酸っぱい臭いか充満して吐きそうだ。
空っぽの土蔵だ、今日は開けておこう。
取られるものなんて、もう何も無いのだから。
庭師さんに、あの木の名前を聞いとけば良かったな、とだけ思った。
ご主人様は、いつも酒に酔ってから土蔵に来た。
縛り付けて、
組敷いて。
早く終われと、ご主人様の言い分を聞く。
詰まらなさそうに、捨て台詞を吐いて土蔵を後にするご主人様。
なら、来なきゃいいのに。
お姉さんか暴れたわけが、少しだけ解った気がした。
奥様に二人目が生まれた。
女の子だった。
役に立たない、って私に押し付けた。
くれぐれも、殺さないように、生かしといて、と言われた。
それと、情はかけないように、と。
哺乳瓶は貰えなかった。
お乳のもらえない子のために、山羊の乳を用意する。
匙では飲めない。
指につけてあげると、ちゅうちゅうと吸い付いた。
ふと、思い付いて自分の乳を吸わせてみる。
ぞわっとする乳房。
お乳が出てる。
そう言えば、月の物が来ていないことに気が付いた。
その夜、土蔵の扉が開いたとき、現れたのは奥様だった。
カンテラを掲げ、土蔵に入ってくる。
ご主人様と一緒だ。
子供の顔でも見に来たのかしら、なんて過ったけど、それは有り得ない。
奥様は、小面のような顔をして、ご主人様に言った。
「自分でやったことなのだから、自分で始末なさい」
なんのことだろう。
喧嘩なら、御自分の部屋でやれば良いのに。
ご主人様はがたがたと震えている。
「いつも貴方が入れていた所に、それを入れるだけですよ」
それ?ご主人様の持っているもの。
奥様のカンテラに照らされるのは、鬼灯。
「ほら、実を取って」
奥様の指で潰される鬼灯の実。
「挿れるだけ、です」
「う、……うわー!」
叫びながら、ご主人様はそれを私の股に入れると、外に出ていった。
「貴女はわたしの言うことだけ聞きなさい。以後、余計なことはしないように」
奥様が、カンテラを私の顔につけて言う。
肉の焼ける臭いが鼻をつく。
「わかったわね」
念を押して、奥様は土蔵を出ていった。
土蔵の扉が締まり、闇が戻った。
顔が痛い。
腹が熱い。
赤ん坊が泣いてる。
腹が痛い。
顔が熱い。
赤ん坊が、泣いてる。
どろっと、私の腹から剥がれ落ちた。
「──で、君はどうしたい?」
執事さんに連れられて入った、
大きな窓の部屋。
あれから、十年が過ぎた。
坊っちゃんは十六歳。
お嬢様は十歳になっていた。
一日一食しか食べさせて貰えなかったお嬢様は、士族の若様のお陰でちゃんと育っている。
坊っちゃんは、館内のすべての使用人に暇を出すらしい。
行くところ何かないのに。
「恐れながら、この焼けただれた顔と、子も孕めない体では外では生きて行けません。ここに置いてください」
こんなに長く喋ったのはこの家に来て初めてかもしれない。
「君はね。僕の宝物を育ててくれた、大事な人だからね。他の奴等と違って金は払うよ」
その顔は、どんな錦絵より美しく見えた。
「お願いします。ここにいさせてください。どんなことでも致します」
床に頭をつけて、言う。
坊っちゃんは大きく溜め息をついた。
「みんなそう言うんだよねー。君は、あいつらを殺せる?」
あいつら……?誰のことだろう?
「あいつらとは?」
「僕の宝物を、生まれてからひどい目に遭わせていた、あいつらだよ」
ぶわっと、頭が沸いた。
「貴方様の仰るままに」
坊っちゃんは、庭の夾竹桃の枝を差し出した。
※ねえや編でした。
必要だったのかと問われれば、
物語としては無くても成立したかもしれません。
けれど、この檻は彼女なしでは形にならなかった。
善悪の話ではありません。
選ぶかどうかの話です。
お付き合いありがとうございました。
心身に負担を感じやすい方はご無理なさらぬようお願いいたします。
生まれた村は貧乏だった。
ある日、男が数人の少女を引き連れてやってきた。
煌びやかな錦絵や光画を並べられて、知らない世界の話を捲し立てる。
愉快そうに話す男の側で、少女たちは肩を寄せあって俯いている。
男は周旋屋だった。
キレイなべべも、学校も気になるけれど、
白い米の飯を毎日食べられると言うのがなんとも魅力的に見えた。
腹一杯、飯を食いたいから行くと言ったら、お父とお母は困った顔をした。
でも男から袋を貰ったら、口が笑った。
困った目をして笑ってる。
それが、
お父とお母を見た最後の顔。
それからその男と、もう一つ村に行って、少しお姉さんが加わった。
乳がおっきいお姉さんだった。
次の日の朝、お姉さんはひどく暴れだして、朝飯の茶碗を投げた。
ごりって、音がして
ちくんとする、目。
ぬるんと落ちる、赤い汁。
血だ。
お姉さん以外も騒がしくなったけど、
着物で拭って、飯を食う。
ぐらんっと、頭が揺れて、
すーっと、暗くなって、
朝飯に突っ伏した。
冷えた味噌汁が顔にかかった。
勿体ないと思った。
目を覚ますと、背中だった。
乳の大きなお姉さんの背中。
見えにくい、と思ったら頭に晒が巻かれてた。
「どこ?」て聞いたら
「目を覚ました!」てお姉さんが言って、
背中から下ろされた。
宿はもう引き払って、目的地に向かっている。
お姉さんが、男の腕を掴んで連れてきた。
「ったくよ……怪我なんてしてんじゃねえよ。価値無くなるだろ。あと二日、しっかり歩けよ」
そういって、男は歩き始めた。
お姉さんは、男にしなだれかかってて、
他の子達は俯いてその後をついていく。
私も、後を追った。
その日の宿に着いた。
井戸で顔と晒を洗った。
桶が真っ黒になった。
つうーっと、生暖かい汁が顔を流れる。
水で洗って、晒を固く絞って、頭に巻いた。
お姉さんは男と同じ部屋だった。
足と、頭とどっちが痛いのかわからなくなっていた。
次の日も歩いた。
黙々と歩いた。
お姉さんは昨日より楽しそうだ。
他の子達は相変わらず、ぼーっとしてる。
私は、歩いた。
大きな川があって、
大きな橋を渡って、
大きな煙突が見えて、
赤い大きな囲いの中に入った。
私とお姉さんは、別の部屋で待たされた。
お姉さんは嬉しそうだ。
男が戻ってきて、お姉さんはしがみつく。
「次はおまえだ」
と、私に言った。
大きな庭の、
大きな家に連れてこられた。
笹の葉みたいだけど、厚い葉っぱの木があった。葉っぱの無い枝の先に、虫が干からびてる。
お姉さんは、男の腕にしがみついてる。
家に入ると、男はお姉さんを引き剥がして「逃げんじゃねえぞ」と、言ってた。
お姉さんは大きく頷いてた。
それが、お姉さんを見た最後だった。
おじさんの案内で、扉の前に来た。
とんとん、と扉を叩いて、おじさんだけが中に入って行った。
男が、着物の襟を正していた。
「どうぞ」と、扉が開きおじさんが私と男を中に入れた。
大きな窓があった。
そこに青竹みたいな色のべべを着た女がいた。
男が、ここまでで聞いたことも無い言葉で話している。
女が、私を見て「それ、取って」と晒を指差した。
男が、言われた通りに取ってぺりっと小さく音がした。
「……作ったの?」と、女が言った。
「まさか!事故ですよ。宿屋で喧嘩しましてね」
「乱暴者はお呼びでないのだけど?」
「いえ、いや。この子は……そ、そう!被害にあっただけで!とばっちりを食らっただけでさぁ」
「まあ、いいわ。置いていきなさい。これで良いかしら」
と、おじさんが男に金を渡していた。
紙のお金。
「迷惑かけんじゃねぇぞ、じゃあな」
と、男は、そそくさと出ていった。
それが、その男を見た最後だった。
「後は、良いようにやって頂戴」
女はそっぽを向いて、おじさんと部屋を出た。
「貴女には、坊っちゃんの世話をしてもらいます。ねえやということですね」
家を歩きながらおじさんが言った。
「くれぐれも、情を移さぬように」
そう言われて通された部屋には、木枠に入った赤ん坊が寝ていた。
きれいな布団に、きれいなべべを着た赤ん坊。
「この子のお母はいないの?」と、聞いたら
「奥様の手を煩わせないように」と言われた。
「奥様って、さっきの女の人?」と、言うと同時に頬が熱くなった。
叩かれた。
「奥様、です」
「わかりました」
「……貴女は、ここで寝なさい。布団部屋に行きます」
板で仕切られた一枚分の畳。
「聞いてもいい……ですか」
「なんです」
「私は、子守りです……か?」
「そうです。不満ですか?」
「いいえ。わかりました」
それから、布団部屋から布団を運んで、坊っちゃんのお乳の山羊のところに行った。
乳の代わり。
奥様は、乳の出が悪いのだろうか。
聞くと叩かれそうなので、やめた。
搾って、晒で濾して、暖めて、冷やして、水を足して、ほにうびんに入れた。
先がむにむにして、乳と似てるけど、似てるだけだと思った。
「山羊の世話も貴女の仕事です」
と言われた。
山羊……牛と同じで良いんだろうか?
聞いても教えてもらえない気がしたので、黙った。
毎日が淡々と過ぎた。
山羊の世話をして、乳を搾り、
坊っちゃんの世話をして、おしめを替えて、洗濯して、の繰り返し。
村にいるときより楽だった。
飯は1日二回で、宿屋の飯みたいだった。
冷たい飯。
冷たい味噌汁。
沢庵と、魚。
粟や稗でないからいいか。
坊っちゃんが三つになると、私は庭の土蔵で寝るようになった。
使われてなかった土蔵は、何もない。
使いなれた布団だけ持って、そこに入る。二枚だけ敷かれた畳。
私の部屋。
もうじき、坊っちゃんが学校に通うようになる。
お役目御免なんだろうか。
行くところ、ない。
山羊は元気だ。
庭の草を食うので、肉にはされなかった。
庭師さんが食べていいところを教えてくれた。
庭師さんが嫁に来ないか、って言った。
いつも一所懸命だから、って。
顔に傷があるのにって言ったら、構わないって。
けど、奥様が二人目を身籠った。
そしたら庭師さんが、今度は乳母になればいい、って言ってくれた。
いい人だなって思った。
屋敷の終い湯を使わせて貰った夜だった。
掃除して土蔵に戻る途中に、ご主人様に会った。
奥様のご主人様。
あんまり会ったことない。
じろりと見られたけど、頭を下げて通りすぎた。
土蔵に戻って、床に入っていると、
暗闇で扉が開いた。
月明かりの白い光が入って、
カンテラの赤い灯りが入ってきた。
誰かいる。
ご主人様。
扉が閉まる。
とろんとした目で近づいてくる。
お酒の匂い。
布団から出て、正座する。
「何のご用件でしょう」
答えない。
ゆらーりと近付いてくる。
逃げなきゃ、と思うけど、
逃げたら叩かれるのかな。
それは嫌だな。
ご主人様はカンテラを置いた。
「ふうん、逃げないのか」
ご主人様が臭い息を吐く。
「ふうん、こう暗いと醜女も気にならんな。夜鷹と思えば、安全か」
そう言うと、ご主人様の手が私の乳を掴んだ。
「庭師と乳繰り合ってるのだろう」
ご主人様は、袷を開いた。
「乳はきれいなもんだな。
庭師にはまだ触らせてないのか」
声は出ない。
首だけ振る。
「生娘か。厄介だな。まあいい。肉壺に落す楽しみがある」
下卑た言葉に、ぞわっとする。
蒲団に押し倒された。
私の乳にかぶりつく。
気持ち悪い。
べちゃべちゃと、舐める音が土蔵に響く。
無意識に、ご主人様の体を押しやろうとするけど、酔漢の体は岩のようでびくりともしない。
「鬱陶しいな」
そう言うとご主人様は私の浴衣の帯をほどいて、手首を縛った。
「ついでだ」
浴衣の裾を顔に被せた。
自分の体温で生暖かい浴衣で、視界が閉ざされる。
ぼんやりと、カンテラの火だけが見える。
「これで体だけ楽しめる」
「……痛っ!」
乳首に鋭い痛みが走る。
「うるさい、黙れ」
きつく掴まれる乳。
「……あっ、ぐっ」
声をたてちゃいけない。
「やればできるじゃないか」
蛞蝓の這うようなぬるみが、腹を這い股へと進む。
股間を這い回る、蛞蝓。
「……ぐっ」
腰に走る、痺れ。
「勝手に達するな。酒のせいか勃たん。咥えろ」
何を?と思う間もなく口の中に生臭い物が捩じ込まれる。
えづくけれど、息も出来ない。
顎にぺちぺちと何かが当たっている。
「気持ちいいものでもないな。歯は立てるな。口をしぼめろ」
ごつごつと動かされるそれ。
口一杯に入ってるのにしぼめるなんて出来やしない。
ぐっと、喉まで入ってくるそれ。
「ああ、いいぞ。勃った……」
それを漸く抜かれて、息が出来る
襲ってくる吐き気。
その瞬間。
「……あっー!」
体を引き裂く痛み。
「喧しい」
被せられる布団。
喉まで上がった酸っぱい吐き気は、留まることなく口から吐きでた。
股の間に楔を打ち込まれて揺さぶられる体は、なす術なく自分の吐いたものを顔に塗りこんでいく。
気持ち悪い。
痛い。
気持ち悪い。
痛い。
気持ち悪い。
尻を畳に投げるように落とされ、股からそれが抜けた。
「汚えな」
そう言って、ご主人様はカンテラを持って出ていった。
「お風呂に入れた日だったのに、汚れちゃった」
口に出してみる。
饐えた匂いの蒲団から顔を出し、真っ暗な土蔵で、また、吐いた。
一頻り吐いた後、口で手首に巻かれた帯を外す。
泣いてるのは、吐いたからだ。
私が泣いたわけじゃない。
そう言い聞かせて、蒲団を持って井戸に向かった。
厚い笹の葉みたいな木に、花が咲いてる。
お月さまも、まん丸。
鈴虫も鳴いて。
さて、何から洗おう。
どうやったって、今夜はもうこの蒲団は使えない。
気持ち悪いところばかりだ。
顔、かな?
髪と。
股の間からも汁が出てる。
まずはこれか。
触ったこともない、自分の体。
掻き出しても掻き出しても出てくる汁。
漸く、それが子種であることに気づいた。
なんてことだ。
私は、犯されたのだ。
顔を塞がれて、体だけ犯された。
目からぽたぽたと涙が出た。
ああ、私は、
犯されたのだ。
泣きたくなんか無いのに、
あとからあとから涙が涌き出る。
井戸水で何度も洗った体は、すっかり冷えきっていた。
夏の夜明けは早くて、空が明るい。
蒲団を洗おう。
蒲団に手を伸ばすと、そこに庭師さんがいた。
真っ青な顔して、何か言ってる。
その言葉は、ちっとも私の耳に入らなくて。
自分が、怒りたいのか、
泣きたいのかもわからなくて、
もしかしたら謝るのがいいのかな?
と思ったけど何か違う気がした。
庭師さんは、泣きながら、何か怒鳴って去っていった。
それが、庭師さんを見た最後だった。
夜までに乾くといいなと、思いながら蒲団を干した。
それから身支度を整えて、坊っちゃんの部屋に向かう。
土蔵の中は、酸っぱい臭いか充満して吐きそうだ。
空っぽの土蔵だ、今日は開けておこう。
取られるものなんて、もう何も無いのだから。
庭師さんに、あの木の名前を聞いとけば良かったな、とだけ思った。
ご主人様は、いつも酒に酔ってから土蔵に来た。
縛り付けて、
組敷いて。
早く終われと、ご主人様の言い分を聞く。
詰まらなさそうに、捨て台詞を吐いて土蔵を後にするご主人様。
なら、来なきゃいいのに。
お姉さんか暴れたわけが、少しだけ解った気がした。
奥様に二人目が生まれた。
女の子だった。
役に立たない、って私に押し付けた。
くれぐれも、殺さないように、生かしといて、と言われた。
それと、情はかけないように、と。
哺乳瓶は貰えなかった。
お乳のもらえない子のために、山羊の乳を用意する。
匙では飲めない。
指につけてあげると、ちゅうちゅうと吸い付いた。
ふと、思い付いて自分の乳を吸わせてみる。
ぞわっとする乳房。
お乳が出てる。
そう言えば、月の物が来ていないことに気が付いた。
その夜、土蔵の扉が開いたとき、現れたのは奥様だった。
カンテラを掲げ、土蔵に入ってくる。
ご主人様と一緒だ。
子供の顔でも見に来たのかしら、なんて過ったけど、それは有り得ない。
奥様は、小面のような顔をして、ご主人様に言った。
「自分でやったことなのだから、自分で始末なさい」
なんのことだろう。
喧嘩なら、御自分の部屋でやれば良いのに。
ご主人様はがたがたと震えている。
「いつも貴方が入れていた所に、それを入れるだけですよ」
それ?ご主人様の持っているもの。
奥様のカンテラに照らされるのは、鬼灯。
「ほら、実を取って」
奥様の指で潰される鬼灯の実。
「挿れるだけ、です」
「う、……うわー!」
叫びながら、ご主人様はそれを私の股に入れると、外に出ていった。
「貴女はわたしの言うことだけ聞きなさい。以後、余計なことはしないように」
奥様が、カンテラを私の顔につけて言う。
肉の焼ける臭いが鼻をつく。
「わかったわね」
念を押して、奥様は土蔵を出ていった。
土蔵の扉が締まり、闇が戻った。
顔が痛い。
腹が熱い。
赤ん坊が泣いてる。
腹が痛い。
顔が熱い。
赤ん坊が、泣いてる。
どろっと、私の腹から剥がれ落ちた。
「──で、君はどうしたい?」
執事さんに連れられて入った、
大きな窓の部屋。
あれから、十年が過ぎた。
坊っちゃんは十六歳。
お嬢様は十歳になっていた。
一日一食しか食べさせて貰えなかったお嬢様は、士族の若様のお陰でちゃんと育っている。
坊っちゃんは、館内のすべての使用人に暇を出すらしい。
行くところ何かないのに。
「恐れながら、この焼けただれた顔と、子も孕めない体では外では生きて行けません。ここに置いてください」
こんなに長く喋ったのはこの家に来て初めてかもしれない。
「君はね。僕の宝物を育ててくれた、大事な人だからね。他の奴等と違って金は払うよ」
その顔は、どんな錦絵より美しく見えた。
「お願いします。ここにいさせてください。どんなことでも致します」
床に頭をつけて、言う。
坊っちゃんは大きく溜め息をついた。
「みんなそう言うんだよねー。君は、あいつらを殺せる?」
あいつら……?誰のことだろう?
「あいつらとは?」
「僕の宝物を、生まれてからひどい目に遭わせていた、あいつらだよ」
ぶわっと、頭が沸いた。
「貴方様の仰るままに」
坊っちゃんは、庭の夾竹桃の枝を差し出した。
※ねえや編でした。
必要だったのかと問われれば、
物語としては無くても成立したかもしれません。
けれど、この檻は彼女なしでは形にならなかった。
善悪の話ではありません。
選ぶかどうかの話です。
お付き合いありがとうございました。
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