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記録 Ⅲ:ウノスとトレサ
⚫️記録III-1:はじまり
しおりを挟む理性の切れる音がした。
その日、彼に振って湧いた些細な出来事は、それまで押さえていた理性をぶち壊した。
そこからは、俯瞰。
己の行動が、まるで幼い頃に見た創作物だった。
己の欲望と衝動の赴くままに行動した。
世を儚んだ彼は、世界と心中を決め込んだ。
彼は、世界の命運を握る術を持った人物だった。
俯瞰の彼は、世の行く末に一抹の後悔は有ったが、止める術は無く――――否、止める気も無く、ただ眺めていた。
然して世界は炎に包まれた。
指の1本で始まった争いに、地上の全ての国は後手に回った。
対処も出来ずに大過に飲まれゆく世界。
手出しも出来ぬまま、灰となって消え行く世界の、なんと脆いことか。
そんな中、唯一防戦を掲げていた国が、あった。
今後、大戦など有り得ないと、創作に長けた国の、限りなく慰みに近い本気で用意されたモノ。
人々の嘲笑に晒されながらも、それに携わったもの達はいたって真剣に作り上げ、そして、起動させた。
――――急激な人工現象を把握。
生命至上国家存続プログラムを開始。
緊急バックアップ体制を起動。
全プログラムを緊急転送。
全機構配下ユニットに告ぐ。
最優先事項、生存者の保護及び警護。
如何なる外敵要因より生存者の生命の保護を優先。
その事項厳守の解釈は各ユニットにて随時最大限に拡張せよ。
──────────────
なーんて、事が起こって今現在、生存している人間は私を含めて、十二人だとか。
まあ、前半は私の妄想だけど。
トレサ、七歳。
知っとくべき事は知っときなさい、とプレマルジナとお父さん……人工頭脳から口酸っぱく言われ続けている。
愚かなる人にはならぬように、て言われるけど、産まれてこの方、人工頭脳としか会話してないから愚かが何なのかも理解しかねる。
目が覚めたとき、というのかな。
ガラスのなかで、私は液体に漂っていた。
アムニオンで満たされた器。
緑色の光が、ぽつぽつと光っていて、暗い部屋のなか、プレマルジナとポステアがいた。
今でこそ、よく液体のなかで目が開けられたのだなと思うけど、その時私は三才でただ暗いなと、思っていた。
私の頭の中には、既に基本的学習は施されており、三才で目が覚めるなり、辺りが『暗い』こと、光が『緑色』であることを理解していた。
そして、もうひとつの器に入っている男の子、トレィスがいた。
「おはよう。気分はどうかな」
頭の中に、声がする。
そこに立っている、ポステアとプレマルジナのものではないらしい。
二人は微動だせず、そこに立っている。
「我はこの国の中枢なるもの。お前達を作りしもの」
基本的――と言っても十歳児程の学習がされていた私は、記憶をたどる。
子供を作る男のヒト、よね?
それって、
「お父さん?」
私がそういうと、声は沈黙した。
暫く、ピーとか、かたかたとか記憶媒体の動く音がしていた。
今となっては、内部プロトコルで即時処理不能になってたのかなーとか考え付くけど、その時は黙っちゃったから、間違ったかな?としか思わなかったよ。
「お父さん……」
“声”は、そう言って。
ホント、今さらなんだけど、ポステアとプレマルジナが不思議そうな顔をしてた気がするよ。
多分、気のせいだけど。
でもそれが、生命至上国家存続の為の国家特別特使――――適応型汎用知性制御中枢T-IPrimaGeneralo――――『お父さん』とのファーストコンタクトだった。
器、は母体無き人工受精のお腹で、私たちは安定するまで余裕をみて、三年の間その中で育てられた。
器から出した処で、乳幼児の育成は困難だと判断したらしい、とお父さんが教えてくれた。
器からトレィスと出して貰って、お風呂に入れて貰って服を着る。
ずっと裸でアムニオンに浸っていたから、なんだかむず痒かったけど、直ぐに慣れた。
プレマルジナ曰く、私の学習能力は至って高いとのことだ。
ここにはいないけれど、別の処には他に十人の子供がいるらしくて、その子達と比較されて、の事だけど、いない子と比べられても、ねえ?
でも身近なトレィスを見てると、分かる気はするのよ。
同じ年とは思えないもの。
ある日、ポステアが読み聞かせてくれた、絵本。
器の中でも聞いてた話だったけど、トレィスがぼくのママは…って泣き出した。
いるわけ無いのに。
いや、いるにはいるか。
でも、そんなもの求めた処で、ママは後から出来ない。
泣きじゃくるトレィスを、ただぼーっと眺めていたら、プレマルジナが抱っこしてくれた。
んー。悲しんでるとか思われたのかな?
ポステアが困ってるから、泣き止めば良いのに。
頭の中に、お父さんの声がする。
『大丈夫か?』
「何が?」
『……寂しいか?』
「何で?お父さんも、プレマルジナもポステアもいるのに。寂しいてわかんない」
『そうか。プレマルジナにパンケーキでも焼いて貰いなさい』
「わぉ!プレマルジナ!パンケーキ作ろう!!トレィスの分も作ってくるね!ポステアも!一緒に食べよう!」
って、気をそらそうとしたけど、トレィスはポステアにしがみついて泣いてた。
そんな感じで、器から出た後の生活は、お勉強もそぞろに、泣いてるトレィスばかり見ていた気がする。
ので、次第に別々にいることが多くなった。
私はお父さんのそばで、色々教えて貰う方が有意義だったし、プレマルジナの他の子の話って云うのも、楽しみが見出だせていた。
そして五歳になった時、トレィスは第三ドームに移っていった。
ここから、六百キロは離れていて、もう再び会うことはないだろう、とプレマルジナに言われた。
車で一日かかる距離とか、想像もつかない。
冬は、ここより寒くなるって。
向こうでもトレィスはずっと泣くんだろうか?
「…………プレマルジナ!今日は味噌田楽の気分っ!」
二人で食べた味噌田楽は、美味しかったです。
そして、遂に今。
私は七歳になっていて、お父さんが慌てる様子を眺めていた、
「どうしたの?」
『第一ドームの生存者が、生身で外に出たとの連絡があったんだ……』
「バカなの?」
『他の子達は、トレサ程知識を身に付けてないのだよ』
「なぜ?」
『子供……だからだよ』
私は?て聞きたかったけど、聞いちゃいけない気がして。
だったら、
「ねえ?お父さん?私、その子に会いたい!」
お父さんは盛大にかたかたかたかた音を鳴らすし、プレマルジナは湯葉の鍋を落としそうになったよ。
勿体ない。
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