いたいけなほしくず─とおいみらいのおとぎばなし─

有城 沙生

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記録 Ⅳ:トレィス

★Aldonaj noto: 蜻蛉

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 幼馴染みの彼女とは、恋愛ってわけではなかった。
 けど、親同士が仲良く、俺らも憎からず思っていた。
 ので、年頃になったら結婚するんだろうな、なんて呑気に思っていた。

 あの、先輩に出会うまでは。

 先輩――とは言え、やつは美大で、彼女は獣医学、俺は情報工学とまるで接点はなかった。
 恥ずかしげもなく言えば運命のように引き寄せられていた。
 ――――やっぱ、恥ずかしいな。

 まず、彼女が何かの縁で先輩と知り合ったらしい。
 そこはプライベートだ。
 聞くまでもない。
 で、プログラムを組めるやつを探しているとかで、彼女から俺に声がかかった。

 やつがやってたのは
 ――昆虫の長寿化技術を用いた、自己修復型の生態防御システムの研究――とかで。
 おい?なんだって美大生がそんなことやってるんだ?
 で、そのどこにプログラムが必要なんだ?という奇っ怪な誘いだった。

 ひどく綺麗な男だと思った。
 その綺麗な顔に不似合いな、短く刈った後ろ頭に前髪だけ顔を隠すように伸ばしていて。
 奇っ怪な髪型を払拭するかのような、整った顔立ち。
 変なやつ、それ以外に当てはまる言葉が見つからない。

「で?俺が何をするの」
 彼女の前だけど、不服さを全面に出すと、先輩は不敵に笑った。
 これ、と手渡されたのは、一枚の硝子片。
 
 ?
 
 トンボの羽のような翅脈の張った小さな硝子。
 
 君、胡桃割れる?と聞かれたから、
「ええ、まあ」
 と答える。
 これ力一杯握ってみてと、怖いことを平気で宣う。
「割れないか?」
 いいから、と。
 怪我は嫌だなと、当たり前の事を思いつつ手の中の硝子を握りしめる。
 
 …割れない。
 
 すごいでしょ?それ、ホントに昆虫の翅なんだよ、と嬉しそうにする先輩。
 握りしめた手を拡げると、渡された時のままの硝子が、そのままの姿をしている。
 
 カゲロウに、ちょっといたずらしただけなのに、そんなになっちゃった。
折角だから使えないかなって、といたずら小僧…というよりは、お菓子のパッケージの子供のように舌を出す。

「これでなにするんだ?」
 んーと、文化財でも保護しようかな?と。
綺麗なのに、このままじゃ勿体無いじゃない?と、言う建前だと、善意的でお金が引き出せるかな?と、悪人顔で微笑む。
 
「平和利用とかは?そっちのが儲かるんじゃない?」
 平和?なんのための?ヒト?自業自得なのに?そんなのやりたいやつがやればいいさ。おれは情報は秘匿しないから、いつでも公開するさ、教えないけどね、めんどくさいから。
 ……ホントに変な人だ。

 先輩が幼馴染みの拵えた弁当に舌鼓を打ちながら、昆虫をスケッチしている。
「へぇーやっぱ上手いのな」
 と言うと、時間をかければ、それっぽく描けるよと簡単に言う。
 その時間も掛かっているようには見えないのだけど。
 
 こんな変なやつに、幼馴染みが惹かれていってるのは、手に取るように分かった。
 少し寂しいな、と思うが差別されているわけではないらしい。
 彼女自身も忙しいだろうに俺の分の弁当も拵えてくれている。
 
 いっか…

 当たり前に三人で過ごすことが多くなっていた。


 9人かな?
俺の大学の課題を覗き込んで奴が言う。
 
「なんで?」
 と聞くと、その辺にあった紙につらつらと関数を書いていく。
 几帳面に書き連ねられていく文字は、いつものお茶らけた様子からは想像出来ない。
 
「ああ…成る程」
 理路整然と組み立てられた解答。
 今まで悩んでいたのが、嘘のように頭に入る。
 でもね。最適解はこう。そしたら“知識の継承”が出来る。
 
「……ったく!なんでおまえは美大なんだよ!」
 と吐き捨てると、数字ばっかり見てても飽きるじゃん、とさらっと言う。

 あーもー!
 なんとかギャフンと言わせたくて、俺は立ち上がって先輩を抱える。
 え?え?まさか、と困惑するような喜んでいるような声を発している。
 
 先輩の洗濯?ならこの間の着てたもの洗濯しておいたから着替えさせて、と幼馴染みが言う。
 こいつ、飯の世話だけじゃ飽き足らず、洗濯までさせてやがる。
「おう。腕によりをかけて磨いてやる」
 からからと笑う彼女は幸せそうだ。

 三人で無作為に選んだ場所にエルフを埋める。
 そんなのでいいの?と、さすがに彼女は困惑の色を隠せない。
 おれが勝手にやることだし、好きなものを守るだけだよ、と相変わらずやることとは裏腹な軽い言動。
 
「ちゃんと、発動するのかな?」
 するさ。そんなことより心配なのは、見てくれだけを気にする莫迦に駆除される事だよ。
 
「確かに…な」
 ま、そうされたらヒトはまた、大事なものを失うだけだ。大したことじゃない。
「そうだな…」
 
 エルフ――蜻蛉の幼虫。
 小さく、単体では美しいとは言いがたいこいつは、先輩の理論だと世の中を覆すだろう。

 なら、俺に出来ることは?

 ころころと笑う幼馴染み。
 飄々と笑う先輩。

 守ってやるさ。  護ってやろう。
 そのくらいしか、俺には出来ないだろう。

 赤蜻蛉が空を切る。
 この空を覚えておこう。
 俺の、揺るぎない決意のために。
 
 
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