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肆
しおりを挟む「次は、私の番です。あの御方はすぐ其処にいらっしゃいます」
そう言って、眞方呂さんは、窓の外に視線を飛ばしました。私は、窓際まで行き外の様子を確認しました。
「大丈夫ですよ。眞方呂さん。外に不審な人物は居ません。ただ、月が浮かんでいるだけですよ。安心してください」
鎮痛薬の副作用で幻覚が見えているのだと思い、私は、彼女を安心させる言葉を掛けました。
「幻覚ならばどんなに良かったことか……」
そう言って、眞方呂さんは力なく笑いました。
刹那
――ミナゴロシ、ミナゴロシ、ミナゴロシ、ミナゴロシ、ミナゴロシ……
という男性のくぐもった声が病室全体に響き渡りました。そして、赤い月の黒い模様の部分が人間の形に変化しました。私と親しい看護師は霊感が強いので、よく、お亡くなりになった患者さんの霊を視るそうですが、霊感が無い私は未だかつて、その類のものを視たことがなかったので、きっと、夜勤で疲れているのだろうと思いました。しかし、私が、向き直ると病室内には……
黒い裃を身に纏った、痩せ細った武士のような人間が立っていて、おどろおどろしい表情をして、眞方呂さんを睨めつけていたのです。
『汝が、かの時の祭り物で誤りなしや?』
「はい。間違いありません」
『汝が里より逃げ去りし故に、汝を倣ひて、多くの若き娘たちが逃げ去りし。故に、我への祭り物が無くなり、我は常に飢えと戦ひ来りし。我が汝を四十五年も生かし来りしは何故やと思ふ?』
「私を、嬲り殺すためでしょうか?」
『よく知りておるやないか。かの里の人間たちは皆食ひ尽くしし。汝が最後なり。共に冥府へ堕ちん』
「わかりました。覚悟はできております。“赤月之命様”」
眞方呂さんが答えると、武士の亡霊は、眞方呂さんの腹部のあたりを勢いよく喰い千切りました。眞方呂さんの、雪のような髪が、白磁のように透き通る肌が、一瞬にして、赤黒く染まりました。私は、この世のものとは思えない悍ましい光景を目の当たりにしたショックでそのまま意識を失ってしまいました。意識を取り戻した私が恐る恐る目を開けると、病室には、私以外、誰も居ませんでしたし、何の痕跡もありませんでした。
この出来事が真実だったのか悪夢だったのかを知っているのは、
あの日の夜の赤い月だけなのです。
了
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