命売りの少年

喜島 塔

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「わかりました。それでしたら、お金での治療費は頂きません。その代わり、家に帰っても一週間は安静にして栄養もしっかり摂ってください。仕事に精を出すのはそれからです。お代は正平さんの家でとれた美味しいお米や野菜で支払ってください」
「院長しぇんしぇ、おぎに、おぎに。なんぼ感謝しても足りね」
 そう言って、男はぽろぽろと大粒の涙を流しながら、院長先生の手を握った。正平を見送った後、院長先生は、正平の隣のベッドの患者の傍へと移動した。ベッドに横たわる二十代くらいに見える痩せた青年の顔色は頗る悪い。青年は、院長先生の姿を見るや否や、
「先生、おい、死んでしまうんだべが?」
 と涙ぐみながら言った。
「大丈夫ですよ。みのるさんの病気は重症化すれば心不全を起こし最悪、死に至る病気ではありますが、実さんは、まだ初期の段階ですから治りますよ。よく、早くに気付き、この病院に来てくれましたね」
 院長先生がそう言うと、実という青年は安堵した様子で話した。
「体がだるぐで、店の仕事もしねで寝込んでしまったおいどご心配した母っちゃが、しぇんしぇのどごろへ行げっつってけだんだ」
 院長先生とやらと患者との会話に耳をそばだてていた七菊は、ああ、この青年は『脚気かっけ』だな、と思った。
「それは、お母さんに感謝しなければなりませんね」
 そう言って院長先生は微笑んだ、のだと七菊は思った。というのも、青年がベッドの上で体を起こしたため、丁度、院長先生の顔が隠れてしまったからだ。そして、いよいよ、院長先生が七菊の隣の患者の傍へやって来た。今度こそ、矢鱈と患者から尊敬されている藪医者の顔を拝むことができると思った瞬間、三人の看護婦が病室内に入ってきた。そのうち二人は、無事退院していった正平のベッドの消毒やら何やらを手際よく行い、一人は、七菊の隣の患者の左側、つまり、七菊に背を向ける体勢で検温を行い始めた。更に、もう一人の看護婦が注射器が入っていると思われる小さな木箱を持って室内に入り、院長先生の傍へ行き大切そうに手渡した。患者は高熱にうなされていて意識も朦朧としているようだ。
栄作えいさくさん、私の声が聴こえますか?」
 院長先生は栄作という患者に尋いた。
「は……い」
「さぞかし苦しいでしょう。無理して喋らなくても大丈夫です。もし、私が今からお話しすることが分かったら、頷くか首を横に振るかすることは可能ですか?」
 栄作は、僅かに頷いた。
「申し上げるのが、とても辛いのですが……」
 院長先生は言葉に詰まりながらも話を続けた。
「栄作さんのご病気は重いもので、私どもの小さな病院では、もうこれ以上の治療を施すことができません」
 そう院長先生が伝えると、
「おいは……死ぬ……だが?」
 と、栄作が院長先生に尋いてきた。
「それはわかりません。帝都の最新技術が整った大病院なら、もしかしたら……それでも、今の医学では難しいとしか、私から申し上げることはできません。私の力不足をどうか、どうかお許しください」
 そう言って、院長先生は深く頭を下げた。一粒の涙が床にぽたりと落ちた。
「んだが。おいの家じゃ、そんた大病院さ払う金もねし、もう充分さ生ぎだ。どうせ死ぬだば、おいは、院長しぇんしぇのいる、この『よもぎ医院』で死にてぁ。しぇんしぇ我儘言って申し訳ね」
 そう言って、栄作はにっこりと微笑んだ。

「あ……栄作さん! 渡りに船ですよ! 千時丸帝国最高峰の医療技術を備え、優秀な医療スタッフを集約させたと呼ばれている『二葉総合病院』理事長兼院長、そして、あの『二葉コンツェルン』の当主である二葉鳳仙ふたば ほうせん氏のお孫様である『九賀野財閥』のご令嬢の九賀野七菊くがの なぎく様が直ぐ其処にいらっしゃいますよ!」

 病室内にいる者すべての視線が七菊に注射器の尖端の針のように鋭く注がれた。そして、暗転したかと思うと、零と『命の受け渡しの儀式』をした廃病院へと一転した。そして、先刻まで居た筈の患者や看護婦たちが消えて、七菊と院長先生だけになった。
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