命売りの少年

喜島 塔

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「えっ? 僕、本当に下手ですよ。一流のピアニストのエリナ様の前でピアノを弾くなんて失礼極まりないことです」
 この展開は、さすがの零も予期していなかった。
「そうですわ。エリナさんの前でピアノを弾くなんて失礼ですし、ご遠慮しましょう、零くん」
 七菊が零に目配せをした。七菊が零の手をとりお暇しようとした時、勝将が話し始めた。
「エリナが欧羅巴から帰国した理由は、帝国内でリサイタルを行うことと、もう一つ、リサイタルの売上金で孤児院を設立し子どもたちにピアノを教えることなのです。私は、五光院財閥の男だから、あまり言える立場ではないのですが、私もエリナも平和主義者ですからね。軍需産業、つまり、戦争を促すような生業で財を成しているのが本当は嫌なのです。だから、せめて、慈善事業に力を入れることで、せめてもの償いをさせて欲しいと思っているのです……おっと、喋り過ぎてしまいましたね。この話はここだけに留めていていただけると助かります」
 何とも喩えようのない空気が室内に漂った。
「あの……僕、ドビュッシーの『月の光』が大好きなんです。他界した父がよく聴いていた曲なんです。この曲を弾くのは久しぶりなので、憶えているかどうか自信がないのですが、弾けるところまででもいいですか?」
 零が、もじもじしながら言った。
「勿論よっ! さあ、どうぞ」
 エリナが嬉しそうに零をピアノへと誘った。
「あのう……僕、ペダル届かないんで」
「分かったわ。では、ペダルはわたくしに任せて頂戴」
 零は、在りし日の父を思い出しながら、鍵盤に想いを乗せて弾いた。技術的には辿々しいながらも、その音色は優しく不思議と魅力的な音色だった。
「あの……下手な演奏を聴いて下さってありがとうございます」
 零が申し訳なさそうに頭を下げると、
「零くん、ピアノが弾きたい時はうちにいらっしゃい。私が家に居る時は私がレッスンしますし、不在の時も使えるように屋敷の者には伝えておきますから」
「えっ? そんな、畏れ多いことです!」
「これはわたくしの我儘なの。零くんのピアノの音色の良さは生まれながらに神様から授かった才能なの。わたくしは一介のピアニスト、教育者として、貴方の才能を見過ごすわけにはいきませんの」
「あ、ありがとうございます……僕、本当にそんなつもりでピアノを弾いたんじゃ」
 零は、七菊の顔色を窺った。七菊はかろうじて笑顔を繕っているものの目が笑っていなかった。零は内心、それが愉快で堪らなかった。
「でも、五光院様のご厚意を無駄にするわけにはいきませんし、才能があるなどと自惚れてはおりませんが、僕はピアノを弾くことが大好きです。この個性的な子どもが五光院様のお屋敷に出入りする無礼を何卒お許しくださいませ」
 零は勝将とエリナに恭しく頭を下げた。
「勿論よ! お願いしているのはわたくしの方なのですから。そう畏まらないでくださいまし」
九賀野財閥当主の父に続き五光院家の次男と長女を魅了した零のことを、七菊は危険人物と認識し警戒心を強めた。
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