82 / 100
82
しおりを挟む
「久方ぶりだな、直理。元気そうで何よりだ。外は寒かろう。丁度、朝食の支度ができたところだ。さあ、中に入りなさい」
居間のちゃぶ台の上には、炊き立ての白いごはんと豆腐の味噌汁と胡瓜の漬物が用意されていた。それを見た直理は、目を丸くして、
「これ、全部、お父さんが作ったのですか?」
と尋いた。
「ああ。うちには、女中を雇う余裕などないからな。昔は一流の雇い入れコックが作ったビーフシチューだのオムライスだの高級な料理を食べるのが日常になっていたが、こうした質素な食事も存外悪くないものだ。最初は米を炊くのにも四苦八苦したものだが、今では漬物までつけることができるようになった。調理は少し実験と似ているのかもしれん。どうしたらより美味くなるのか色々試すのも楽しいものだ。そんなものしか用意できなくて申し訳ないが、冷めないうちに食べてくれ」
牡丹に促されて味噌汁を飲んだ直理は、
「美味しい……」
と呟き、涙ぐんだ。
「おいおい! それは流石に大袈裟だろう。寮の食事はそんなに不味いのか?」
牡丹は嬉しそうに笑った。
「いえ……そういうわけではないのですが……どんな高級な料理よりもお父さんの手料理に勝るものはないと思います」
「そうか、喜んでもらえて良かった……やはり、食事は、独りでとるよりも家族と一緒の方が数段美味く感じるな……医専での生活はどうだ? まあ、お前のことだから、授業についていけないということはないと思うが、まわりの学生はお前より年少者が多いだろう? 人間関係がうまくいっていないと心身に支障をきたしかねない。私は、そのことを心配しているのだよ」
牡丹は、そう言った後で、食後の茶を啜った。
「それでしたら、ご心配には及びません。確かに、私は若くはありませんが、私より年上の方も少なくありませんし、同じ志を持つ者同士の間で年齢による差別などはありません。少なくとも、僕の周りには、そのような器の小さい者はおりませんのでご安心ください。それに、僕は、お父さんから直々に英才教育を施していただいたお陰で、成績優秀で、同志たちから“先生”などというあだ名で呼ばれ親しまれているのですよ。さすがに“先生”は恥ずかしいのでやめてくれないか、と言っているのですが……鷹山という、僕より十も年下の同志は、特に、僕を慕ってくれていて……何というか……年が離れた弟のようで、ついつい世話を焼いてしまうのです」
照れくさそうに同志の話をする息子の顔を見て、牡丹は大笑いした。
「ちょ、ちょっと、お父さん! 揶揄わないでくださいよっ」
直理は頬を膨らませながら言った。
居間のちゃぶ台の上には、炊き立ての白いごはんと豆腐の味噌汁と胡瓜の漬物が用意されていた。それを見た直理は、目を丸くして、
「これ、全部、お父さんが作ったのですか?」
と尋いた。
「ああ。うちには、女中を雇う余裕などないからな。昔は一流の雇い入れコックが作ったビーフシチューだのオムライスだの高級な料理を食べるのが日常になっていたが、こうした質素な食事も存外悪くないものだ。最初は米を炊くのにも四苦八苦したものだが、今では漬物までつけることができるようになった。調理は少し実験と似ているのかもしれん。どうしたらより美味くなるのか色々試すのも楽しいものだ。そんなものしか用意できなくて申し訳ないが、冷めないうちに食べてくれ」
牡丹に促されて味噌汁を飲んだ直理は、
「美味しい……」
と呟き、涙ぐんだ。
「おいおい! それは流石に大袈裟だろう。寮の食事はそんなに不味いのか?」
牡丹は嬉しそうに笑った。
「いえ……そういうわけではないのですが……どんな高級な料理よりもお父さんの手料理に勝るものはないと思います」
「そうか、喜んでもらえて良かった……やはり、食事は、独りでとるよりも家族と一緒の方が数段美味く感じるな……医専での生活はどうだ? まあ、お前のことだから、授業についていけないということはないと思うが、まわりの学生はお前より年少者が多いだろう? 人間関係がうまくいっていないと心身に支障をきたしかねない。私は、そのことを心配しているのだよ」
牡丹は、そう言った後で、食後の茶を啜った。
「それでしたら、ご心配には及びません。確かに、私は若くはありませんが、私より年上の方も少なくありませんし、同じ志を持つ者同士の間で年齢による差別などはありません。少なくとも、僕の周りには、そのような器の小さい者はおりませんのでご安心ください。それに、僕は、お父さんから直々に英才教育を施していただいたお陰で、成績優秀で、同志たちから“先生”などというあだ名で呼ばれ親しまれているのですよ。さすがに“先生”は恥ずかしいのでやめてくれないか、と言っているのですが……鷹山という、僕より十も年下の同志は、特に、僕を慕ってくれていて……何というか……年が離れた弟のようで、ついつい世話を焼いてしまうのです」
照れくさそうに同志の話をする息子の顔を見て、牡丹は大笑いした。
「ちょ、ちょっと、お父さん! 揶揄わないでくださいよっ」
直理は頬を膨らませながら言った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
霊和怪異譚 野花と野薔薇[改稿前]
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
本作は改稿前/改稿後の複数バージョンが存在します
掲載媒体ごとに内容が異なる場合があります。
改稿後小説作品はカイタとネオページで見られます
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる