公開婚約破棄? では公開廃嫡でお返ししますわ ~王太子と義妹を地の底へ落とした公爵令嬢の静かな逆転劇~

けろ

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第三話 静かな帰還

第三話 静かな帰還

王宮を出たとき、空は澄みきっていた。

昨日と同じ青空。
けれど、世界は少しだけ形を変えている。

馬車の扉が閉まり、車輪が静かに回り始めた。

「……書面は、今日中に届きますか」

私が問うと、向かいに座る執事は淡々と頷いた。

「王宮側も、体裁は整えたいでしょう。夕刻までには」

「そう」

窓の外を流れる王都の景色を眺める。

店先で囁き合う人々。
新聞を広げる商人。
貴族街へと急ぐ伝令。

物語はもう、王都を駆け巡っている。

冷酷な姉。
愛に目覚めた王子。
涙の義妹。

誰もが分かりやすい構図を好む。

けれど、現実は物語よりも残酷だ。

「お嬢様」

執事が低く告げる。

「王宮南方開発局より、三度目の問い合わせが来ております」

「まだ三度?」

「はい。公爵家の承認印がなければ資材の搬入が止まります」

私は小さく息を吐いた。

南方開発。
港湾整備。
交易路拡張。

王太子の“功績”として喧伝されていた大事業。

だが実際に動かしていたのは――

「わたくしの署名がなければ、動きませんものね」

「おっしゃる通りでございます」

馬車が公爵邸へと入る。

大きな門が開き、庭園の噴水が視界に広がる。

変わらない景色。

ただ一つ、変わったのは――私の立場。

婚約者ではない。

王太子妃候補でもない。

自由。

その響きは甘いが、責任が消えたわけではない。

邸内へ入ると、家宰と顧問団がすでに揃っていた。

全員が立ち上がる。

「お帰りなさいませ、ヴェルミリア様」

「ただいま戻りました」

私は椅子に腰を下ろす。

「状況は」

家宰が即座に報告を始める。

「王宮より正式な婚約破棄文書の草案が届いております」

「内容は」

「一方的破棄。ただし公爵家との友好関係継続を希望」

思わず笑いそうになる。

友好。

なんと都合の良い言葉。

「王太子殿下は、婚約破棄と支援継続を両立できるとお考えのようです」

「……理解しておられないのですね」

顧問の一人が苦笑する。

「殿下は、“ヴェルミリア様がいるのが当然”と思っておられたのでしょう」

当然。

そう。

私はいつも、当然のように隣にいた。

王太子が無責任な契約を結べば、後ろで修正した。
資金不足が起きれば、融資を通した。
外交問題が生じれば、根回しをした。

そして彼は言った。

“俺の手腕だ”。

「……止めましょう」

私は静かに言う。

「南方開発、港湾整備、東部砦の補給契約。すべて凍結」

部屋が一瞬、静まり返る。

だが誰も反対しない。

「王家との全面対立になりますが」

「なりません」

私は首を振る。

「契約上、婚約関係が前提条件でした。破棄された以上、無効です」

書面を机に置く。

「公爵家は条文通りに動くだけ」

感情ではない。

恨みでもない。

ただ、責任の所在を明確にするだけ。

「王太子殿下は……」

家宰が慎重に問う。

「ご自分の立場を理解されますでしょうか」

私は少しだけ視線を伏せた。

理解しない。

だから、昨日あの場で宣言できたのだ。

婚約破棄という言葉の重さも知らずに。

「理解なさらないなら、理解せざるを得ない状況になります」

私は立ち上がる。

窓辺へ歩み寄る。

庭園の薔薇が風に揺れている。

美しい。

けれど、棘はある。

「お嬢様」

執事が静かに告げる。

「王宮より急使が参りました」

「早いですね」

「資材搬入停止の件でございます」

私は振り返る。

「応接室へ」

扉が閉まり、伝令が通される。

若い文官は汗を浮かべ、息を整えながら頭を下げた。

「ヴェルミリア様! 南方開発の資材が止まっております!」

「はい」

「本日中に承認印を……!」

「婚約は破棄されたと承りました」

文官が言葉を失う。

「え……」

「よって、当該案件の取りまとめ責任は終了しております」

「ですが、王太子殿下は支援継続を……!」

「書面での合意はございません」

静かに告げる。

「公爵家は、無条件の支援機関ではありません」

文官の顔が青ざめる。

「……では、工事は」

「止まります」

「そんな……!」

彼の声が震える。

当然だ。

現場には数百人の労働者。
すでに資材は海路に乗っている。
違約金も発生する。

「王太子殿下にお伝えください」

私は微笑む。

「愛は尊いものです。ですが、契約はさらに尊いものです」

文官は言葉を失い、深く頭を下げて去った。

扉が閉まる。

静寂が戻る。

家宰が低く問う。

「よろしいのですか」

「ええ」

私は頷く。

「これは報復ではありません」

ただ、責任を返すだけ。

王太子殿下。

あなたは私を手放した。

ならば当然、私が担っていた責任も手放したのです。

私は椅子に腰を下ろし、指先で机を軽く叩く。

「明日には、王宮は混乱するでしょう」

「はい」

「けれど、それでも構いません」

私は穏やかに笑う。

「物語には、続きが必要ですもの」

王太子はまだ理解していない。

昨日、彼が破棄したのは婚約だけではない。

支え。
調整。
後始末。

そして――未来。

窓の外で、風が少し強く吹いた。

嵐の前触れのように。

私は静かに目を閉じる。

さあ。

本当の意味での“静かな帰還”は、ここからだ。
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