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第八話 責任転嫁
第八話 責任転嫁
「ヴェルミリアの妨害だ」
アルヴァリオは、はっきりとそう言い切った。
王宮の会議室には重臣たちが揃っている。
机の上には相変わらず契約書の山。
その横には、支払い不能の通知書。
「公爵家が裏で動いている。俺を陥れようとしているのだ」
苛立ちを隠さない声。
老宰相がゆっくりと口を開く。
「殿下。公爵家は条文通りの対応をしているだけでございます」
「条文、条文と!」
アルヴァリオは机を叩いた。
「婚約破棄は俺の私的な決断だ。国政とは無関係だろう!」
「無関係ではございません」
冷静な返答。
「保証は婚約関係を前提としておりました」
「だからといって、すべて止める必要はない!」
「必要がございます」
沈黙が落ちる。
アルヴァリオは苛立った視線を巡らせる。
「ならば公爵家に圧力をかけろ」
「圧力、でございますか」
「王家に逆らうのかと問え」
宰相の目が細くなる。
「逆らっているのではなく、契約を終了させただけでございます」
「同じことだ!」
「いいえ。大きく異なります」
その差を、アルヴァリオは理解できない。
「殿下」
若い官僚が震える声で言う。
「南方の工事が完全停止いたしました」
「……再開させろ」
「資金がございません」
「臨時徴税だ」
室内の空気が凍る。
「殿下、それは……」
「王家の権限だろう!」
老宰相が低く答える。
「可能ではございますが、民衆の反発は避けられません」
アルヴァリオは歯を食いしばる。
「俺が悪いと言いたいのか」
誰も答えない。
だがその沈黙が、答えだった。
その頃、公爵邸では。
「王宮は公爵家への圧力を検討しているようです」
執事が静かに報告する。
私は窓の外を見つめた。
王都の空は重く曇っている。
「圧力、ですか」
「はい。保証停止は妨害行為だとの主張」
私は小さく息を吐く。
「条文は公開いたしましょう」
「公開、でございますか」
「ええ。契約内容を貴族院へ提出します」
事実は、最も強い。
「隠す必要はありません」
執事が深く頭を下げる。
「承知いたしました」
王宮では再び会議が続いていた。
「公爵家が悪意を持って動いていると公表すればよい!」
アルヴァリオが声を荒げる。
「婚約破棄への報復だと!」
「殿下」
宰相が静かに言う。
「契約は昨年締結されたものでございます。報復という主張は通りません」
「だがタイミングが!」
「保証が失効したのは、婚約破棄後でございます」
逃げ道が塞がれていく。
「……ではどうすればいい」
その問いは、かつて彼が口にすることのなかった言葉。
宰相はゆっくりと答える。
「責任を明確にし、再交渉を申し入れることかと」
「謝れと言うのか」
「必要であれば」
アルヴァリオの顔が赤くなる。
「俺が頭を下げるなど」
そのとき、扉が開いた。
「殿下!」
伝令が駆け込む。
「貴族院にて、契約条文が公開されました!」
「何だと」
「保証は婚約関係を前提とする旨、明記されております」
室内が凍りつく。
「公爵家は条文通りの対応と、貴族院も認めております」
アルヴァリオの喉が鳴る。
「……ヴェルミリア」
彼女は動いている。
怒鳴らず、責めず、ただ事実を示す。
それが最も厄介だ。
公爵邸。
私は報告を受ける。
「貴族院は公爵家の対応を正当と判断」
「当然でしょう」
紅茶を口に含む。
温かい。
「王太子殿下は?」
「かなり苛立っておられるご様子」
私は微笑む。
「感情は契約に勝てません」
窓の外で風が強まる。
王宮では、アルヴァリオが拳を握りしめていた。
「俺は悪くない」
低く、何度も呟く。
だが責任は、彼の署名の下にある。
誰かのせいにすれば軽くなるものではない。
そして今、王都では噂が広がっている。
「王太子殿下、契約を読まずに署名したらしい」
「公爵令嬢は正しかったのでは」
「南方の停止は殿下の責任では……」
責任転嫁は、うまくいかなかった。
事実は、静かに広がる。
そして静かに、信用を削っていく。
アルヴァリオはまだ理解していない。
問題は資金ではない。
問題は――
信用が崩れ始めたこと。
そしてそれは、一度崩れれば簡単には戻らない。
「ヴェルミリアの妨害だ」
アルヴァリオは、はっきりとそう言い切った。
王宮の会議室には重臣たちが揃っている。
机の上には相変わらず契約書の山。
その横には、支払い不能の通知書。
「公爵家が裏で動いている。俺を陥れようとしているのだ」
苛立ちを隠さない声。
老宰相がゆっくりと口を開く。
「殿下。公爵家は条文通りの対応をしているだけでございます」
「条文、条文と!」
アルヴァリオは机を叩いた。
「婚約破棄は俺の私的な決断だ。国政とは無関係だろう!」
「無関係ではございません」
冷静な返答。
「保証は婚約関係を前提としておりました」
「だからといって、すべて止める必要はない!」
「必要がございます」
沈黙が落ちる。
アルヴァリオは苛立った視線を巡らせる。
「ならば公爵家に圧力をかけろ」
「圧力、でございますか」
「王家に逆らうのかと問え」
宰相の目が細くなる。
「逆らっているのではなく、契約を終了させただけでございます」
「同じことだ!」
「いいえ。大きく異なります」
その差を、アルヴァリオは理解できない。
「殿下」
若い官僚が震える声で言う。
「南方の工事が完全停止いたしました」
「……再開させろ」
「資金がございません」
「臨時徴税だ」
室内の空気が凍る。
「殿下、それは……」
「王家の権限だろう!」
老宰相が低く答える。
「可能ではございますが、民衆の反発は避けられません」
アルヴァリオは歯を食いしばる。
「俺が悪いと言いたいのか」
誰も答えない。
だがその沈黙が、答えだった。
その頃、公爵邸では。
「王宮は公爵家への圧力を検討しているようです」
執事が静かに報告する。
私は窓の外を見つめた。
王都の空は重く曇っている。
「圧力、ですか」
「はい。保証停止は妨害行為だとの主張」
私は小さく息を吐く。
「条文は公開いたしましょう」
「公開、でございますか」
「ええ。契約内容を貴族院へ提出します」
事実は、最も強い。
「隠す必要はありません」
執事が深く頭を下げる。
「承知いたしました」
王宮では再び会議が続いていた。
「公爵家が悪意を持って動いていると公表すればよい!」
アルヴァリオが声を荒げる。
「婚約破棄への報復だと!」
「殿下」
宰相が静かに言う。
「契約は昨年締結されたものでございます。報復という主張は通りません」
「だがタイミングが!」
「保証が失効したのは、婚約破棄後でございます」
逃げ道が塞がれていく。
「……ではどうすればいい」
その問いは、かつて彼が口にすることのなかった言葉。
宰相はゆっくりと答える。
「責任を明確にし、再交渉を申し入れることかと」
「謝れと言うのか」
「必要であれば」
アルヴァリオの顔が赤くなる。
「俺が頭を下げるなど」
そのとき、扉が開いた。
「殿下!」
伝令が駆け込む。
「貴族院にて、契約条文が公開されました!」
「何だと」
「保証は婚約関係を前提とする旨、明記されております」
室内が凍りつく。
「公爵家は条文通りの対応と、貴族院も認めております」
アルヴァリオの喉が鳴る。
「……ヴェルミリア」
彼女は動いている。
怒鳴らず、責めず、ただ事実を示す。
それが最も厄介だ。
公爵邸。
私は報告を受ける。
「貴族院は公爵家の対応を正当と判断」
「当然でしょう」
紅茶を口に含む。
温かい。
「王太子殿下は?」
「かなり苛立っておられるご様子」
私は微笑む。
「感情は契約に勝てません」
窓の外で風が強まる。
王宮では、アルヴァリオが拳を握りしめていた。
「俺は悪くない」
低く、何度も呟く。
だが責任は、彼の署名の下にある。
誰かのせいにすれば軽くなるものではない。
そして今、王都では噂が広がっている。
「王太子殿下、契約を読まずに署名したらしい」
「公爵令嬢は正しかったのでは」
「南方の停止は殿下の責任では……」
責任転嫁は、うまくいかなかった。
事実は、静かに広がる。
そして静かに、信用を削っていく。
アルヴァリオはまだ理解していない。
問題は資金ではない。
問題は――
信用が崩れ始めたこと。
そしてそれは、一度崩れれば簡単には戻らない。
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