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恥ずかしいのは――
「侯爵の前だからと言って、好き勝手していいと思うな」
マリアは静かに彼を見た。その顔は、いつもより少しだけ赤くなっている。怒りだろうか。それとも焦りだろうか。
「戻れ」
クラリモンドは命令するように言った。
「話は終わっていない」
マリアは少し首を傾けた。
「終わっていない、ですか?」
「当然だ」
マリアは穏やかに答える。
「不思議ですね。私の話は昨日終わっております。それ以上はございません」
離婚、優先順位。もう我慢しないという決意。マリアが話したい内容はこの2つで、それ以上はなかった。
クラリモンドは苛立ったように舌打ちした。
「だから感情的になるなと言っている!」
マリアは何も言わない。彼は焦ったように次の言葉を続ける。
「大体、侯爵の前でこんな騒ぎを起こして恥ずかしくないのか」
その言葉に、カイル侯爵が静かに口を開いた。
「恥ずかしいのはどちらでしょうね」
低い声だった。反応するようにクラリモンドが睨む。
「何だと」
侯爵は淡々としていた。
「爵位が上のものに対して、敬語も使えず、大きな声で喚き立てる」
「それだけでなく妻に対しての恫喝。なかなか興味深い夫ですね」
そして軽く首を傾けた。侍女たちが息を呑んだ。クラリモンドの顔が真っ赤になる。
「侯爵でも言っていいことと悪いことがある!」
「ふっ、どっちが」
侯爵は首を傾げ、静かに言った。
「ただ、これ以上は口出ししません」
視線はマリアへ向いている。
「決めるのは、あなたですから」
マリアは深く息を吸い、ゆっくり吐きだす。胸の奥に残っていた最後の迷いが、静かに消えていく。
「クラリモンド様」
彼女は穏やかに呼んだ。
「……何だ」
「今までありがとうございました」
クラリモンドの眉が動く。
「何だその言い方は」
マリアはただ黙って軽く頭を下げた。その様はとても丁寧だった。それがとても遠く感じた。
クラリモンドは苛立って言う。
「戻る気はないのか」
マリアは少しだけ考えて答える。
「はい」
クラリモンドは鼻で笑った。
「すぐ帰ってくる」
マリアは何も言わず、ふわりと微笑んだ。そして黙って侯爵の差し出した手を取った。
「……!」
クラリモンドの顔が強張る。侯爵はマリアを馬車へ導いた。
「お気をつけて」
御者が扉を閉める。クラリモンドは思わず一歩踏み出した。
「マリア!」
だが馬車はすでに動き出していた。車輪が石畳を転がる音が響く。どんどん遠ざかっていく。その様子を見ながらクラリモンドはしばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、背後から弱い声がする。
「お兄様……」
シャリルンだった。白い寝間着のまま、玄関の柱にもたれている。
「大丈夫ですか……?」
クラリモンドは振り返った。
「ああ」
そう答える。
「すぐ戻るさ」
シャリルンは小さく頷いた。
だがその目の奥で――ほんの一瞬。かすかな光が揺れた。
それはまるで何かが、うまくいったような――そんな微かな笑みだった。
マリアは静かに彼を見た。その顔は、いつもより少しだけ赤くなっている。怒りだろうか。それとも焦りだろうか。
「戻れ」
クラリモンドは命令するように言った。
「話は終わっていない」
マリアは少し首を傾けた。
「終わっていない、ですか?」
「当然だ」
マリアは穏やかに答える。
「不思議ですね。私の話は昨日終わっております。それ以上はございません」
離婚、優先順位。もう我慢しないという決意。マリアが話したい内容はこの2つで、それ以上はなかった。
クラリモンドは苛立ったように舌打ちした。
「だから感情的になるなと言っている!」
マリアは何も言わない。彼は焦ったように次の言葉を続ける。
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その言葉に、カイル侯爵が静かに口を開いた。
「恥ずかしいのはどちらでしょうね」
低い声だった。反応するようにクラリモンドが睨む。
「何だと」
侯爵は淡々としていた。
「爵位が上のものに対して、敬語も使えず、大きな声で喚き立てる」
「それだけでなく妻に対しての恫喝。なかなか興味深い夫ですね」
そして軽く首を傾けた。侍女たちが息を呑んだ。クラリモンドの顔が真っ赤になる。
「侯爵でも言っていいことと悪いことがある!」
「ふっ、どっちが」
侯爵は首を傾げ、静かに言った。
「ただ、これ以上は口出ししません」
視線はマリアへ向いている。
「決めるのは、あなたですから」
マリアは深く息を吸い、ゆっくり吐きだす。胸の奥に残っていた最後の迷いが、静かに消えていく。
「クラリモンド様」
彼女は穏やかに呼んだ。
「……何だ」
「今までありがとうございました」
クラリモンドの眉が動く。
「何だその言い方は」
マリアはただ黙って軽く頭を下げた。その様はとても丁寧だった。それがとても遠く感じた。
クラリモンドは苛立って言う。
「戻る気はないのか」
マリアは少しだけ考えて答える。
「はい」
クラリモンドは鼻で笑った。
「すぐ帰ってくる」
マリアは何も言わず、ふわりと微笑んだ。そして黙って侯爵の差し出した手を取った。
「……!」
クラリモンドの顔が強張る。侯爵はマリアを馬車へ導いた。
「お気をつけて」
御者が扉を閉める。クラリモンドは思わず一歩踏み出した。
「マリア!」
だが馬車はすでに動き出していた。車輪が石畳を転がる音が響く。どんどん遠ざかっていく。その様子を見ながらクラリモンドはしばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、背後から弱い声がする。
「お兄様……」
シャリルンだった。白い寝間着のまま、玄関の柱にもたれている。
「大丈夫ですか……?」
クラリモンドは振り返った。
「ああ」
そう答える。
「すぐ戻るさ」
シャリルンは小さく頷いた。
だがその目の奥で――ほんの一瞬。かすかな光が揺れた。
それはまるで何かが、うまくいったような――そんな微かな笑みだった。
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