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有名な少女
そしてその頃、馬車の中。
マリアは静かに窓の外を見ていた。ベルディア男爵邸が、どんどん遠くなる。一年間過ごした場所。けれど不思議なくらい胸は軽かった。
カイル侯爵が向かいの席で言う。
「後悔していますか」
マリアは少し考え、そして首を振る。
「いいえ」
侯爵は小さく笑った。
「それは良かった」
「ですが不思議ではあります」
マリアは言った。
「何がです」
「なぜ侯爵様が、ここまでしてくださるのか」
侯爵はしばらく黙った。そして窓の外を見ながら言う。
「理由はいくつかあります」
「……?」
「一つは」
彼はマリアを見た。
「あなたが有能だから」
マリアは苦笑する。
「それは先ほど聞きました」
侯爵は頷いた。
「もう一つは……修道院です」
少し声を落とす。マリアの心臓が小さく跳ねた。
「修道院……?」
侯爵は静かに言った。
「あなたの義妹」
そして続ける。
「シャリルン・ベルディア」
その名を口にした瞬間――侯爵の目が鋭く光った。
「彼女について、少し気になることがありましてね」
マリアの胸に、あの光景が蘇る。ベッドの上でクラリモンドの手を握りながら自分を見て――意味ありげに微笑んだ少女。マリアはゆっくり尋ねた。
「……何か、ご存じなのですか」
侯爵は静かに答えた。
「まだ確証はありません」
そして低く言った。
「ですが、あなたの義妹は――」
ほんのわずかに間を置く。
「修道院では、有名な少女だったそうです」
マリアの胸の奥で、何かが静かに動き始めた。
マリアは静かに窓の外を見ていた。ベルディア男爵邸が、どんどん遠くなる。一年間過ごした場所。けれど不思議なくらい胸は軽かった。
カイル侯爵が向かいの席で言う。
「後悔していますか」
マリアは少し考え、そして首を振る。
「いいえ」
侯爵は小さく笑った。
「それは良かった」
「ですが不思議ではあります」
マリアは言った。
「何がです」
「なぜ侯爵様が、ここまでしてくださるのか」
侯爵はしばらく黙った。そして窓の外を見ながら言う。
「理由はいくつかあります」
「……?」
「一つは」
彼はマリアを見た。
「あなたが有能だから」
マリアは苦笑する。
「それは先ほど聞きました」
侯爵は頷いた。
「もう一つは……修道院です」
少し声を落とす。マリアの心臓が小さく跳ねた。
「修道院……?」
侯爵は静かに言った。
「あなたの義妹」
そして続ける。
「シャリルン・ベルディア」
その名を口にした瞬間――侯爵の目が鋭く光った。
「彼女について、少し気になることがありましてね」
マリアの胸に、あの光景が蘇る。ベッドの上でクラリモンドの手を握りながら自分を見て――意味ありげに微笑んだ少女。マリアはゆっくり尋ねた。
「……何か、ご存じなのですか」
侯爵は静かに答えた。
「まだ確証はありません」
そして低く言った。
「ですが、あなたの義妹は――」
ほんのわずかに間を置く。
「修道院では、有名な少女だったそうです」
マリアの胸の奥で、何かが静かに動き始めた。
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