「君は健康だから我慢できるだろう」と言われ続けたので離縁しました。――義妹の嘘が社交界で暴かれます

暖夢 由

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侯爵の調査

馬車は王都へ向かう街道を静かに進んでいた。窓の外には春の野原が広がっている。風に揺れる若草、遠くの森。
だが、マリアの心はその景色に向いていなかった。

「修道院で……有名?」

マリアはゆっくりと言った。カイル侯爵は頷き、続けた。

「ええ」

そして指を軽く組みながら続けた。

「ただし、良い意味ではありません」

マリアの胸が小さく揺れる。

「……どういう意味でしょう」

侯爵は少し考えるように視線を落とした。

「まず確認させてください」

「はい」

「シャリルンがベルディア家に引き取られたのは三年前ですね」

「ええ」

マリアは頷いた。

「修道院から“体の弱い可哀想な少女”として」

「そう聞いています」

侯爵は静かに言う。

「その説明自体は間違っていません」

「ですが」

少し声が低くなる。


「修道院では、別の評判もあった」


マリアは息を詰める。

「どんな……?」

侯爵は淡々と言った。

「周囲の人間を操るのが、非常にうまい少女」

マリアの手が膝の上で少し強く握られた。

「操る……」

「ええ」

侯爵は続ける。

「病弱で、可哀想で、守ってあげたくなる」

「そう思わせるのが非常に上手い」

マリアの胸に、いくつもの場面が浮かんだ。倒れるシャリルン。泣きそうな顔。クラリモンドの手を握る姿。そして――あの笑顔。
侯爵は静かに言った。

「修道院では、何度か問題が起きています」

マリアは顔を上げた。

「問題?」

「寄付金の紛失、使用人同士の争い、修道女の配置替え」

侯爵は指を折る。

「そしてそのほとんどの場面で、シャリルンが“可哀想な被害者”としてそこにいた」

マリアの背筋に冷たいものが走った。

「……まさか」

侯爵は首を振る。

「証拠はありません。だから修道院も表立っては何も言えなかった」

「ただ」

 小さく息を吐く。

 「奇妙な偶然が多すぎる」

そして、わずかに声を落とした。

「私は現在、ある件について調査しているのですが……どうもこの修道院と関係があるようなのです」

マリアの背筋が、さらに強張る。馬車の中に静かな沈黙が落ちた。
しばらくしてマリアが言う。

「侯爵様」

「はい」

「それを……どうして私に?」

侯爵は少し笑った。

「あなたが一番近くにいたからです」

マリアが黙ると侯爵は続けた。

「あなたは彼女を一年間見ていた」

マリアの目を見る。

「そして…あなたは冷静に観察できる人です」

マリアは小さく息を吐いた。

「……私は」

少し言葉を選ぶ。

「いつも疑っていた気がします」

カイル侯爵は何も言わず、続きを待った。マリアは窓の外に視線を向ける。流れていく景色を見ながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「ですが……それが、嫉妬からくる感情なのか、それとも、ただの違和感なのか」

小さく首を振る。

「判断できなくなっていたんです」


侯爵の視線が静かに向けられる。マリアは少しだけ苦笑した。

「夫はいつも言いました」

『シャリルンは可哀想なんだ』
『君は健康なんだから』
 『君までそんなことを言うのか』

マリアは膝の上で指を重ねる。

「そう言われ続けると……自分の感じていることが、間違っているような気がしてしまうんです」

 
侯爵は静かに答えた。

「それはよくあることです」

マリアが顔を上げる。侯爵は落ち着いた声で続けた。

「人は繰り返し否定されると、自分の感覚を疑うようになる。特にあなたのように誠実な人はね」


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